死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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プロ試験3

「つ、疲れる……!」

 

 開始から数時間。

 私はプロ試験の過酷さを実感していた。

 ウワバミさんとのカラオケ勝負は、お互いに十曲くらい歌ったところで()()()()()()()百点を出したということで終了となった。

 

「先に出せなかったから不合格ですか?」

「どうして? 合格だよ?」

「え?」

「百点出せる歌唱力がプロヒーローに必要だと思う?」

 

 じゃあなんでこんな課題出してるんですか! と言いたいところではあったけど、純粋な歌唱力以外のところを見られていたんだろう。

 歌手本人がやっても、当日の調子とかでなかなか百点出ないっていうし。

 

 そうしてスタジオを出たと思ったら、小さな女の子(知らない子だったのでエキストラだろう)からスカートをくいくい引っ張られ、ペットの子猫(みーちゃん)がいなくなっちゃったの、と泣きつかれた。

 

「おーい、みーちゃん!」

「みーちゃん、どこー?」

 

 もう一生みーちゃんに会えないんだ、と、定期的に泣きだすその子を宥めながら必死にあちこち歩き回り、なんとか路地裏で発見した。

 街と言ってもイミテーションで、基本的に静かだったので助かった。注意していれば小さな鳴き声を聞き取れたからだ。

 

「ありがとうお姉ちゃん! 合格だよ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 大人の演技に乗せられていたんだと思うと一発ぶん殴ってやりたくなったものの、ぐっと堪えて頭を下げるとアナウンスがあって、

 

『食事休憩の時間とします。持参した品があれば食べていただいて構いませんし、B4地区のファーストフード店も利用可能となっています』

 

 お弁当はかさばるからって街には持ち込まなかったので、ありがたくハンバーガーのお店を利用させてもらうことにした。

 なんとメニューは全て0円。そうなると逆にスマイル0円を頼んでみたくなったけど、ネタでスマイルを頼むプロヒーローとか嫌すぎなので普通に注文した。

 ここにも動員されているエキストラの皆さんに混じってテリヤキバーガーセット+ダブルチーズバーガーセット+ナゲット+チキンをもぐもぐ頬張っていると、

 

「ん?」

 

 店のドアが開いて、何やら小っちゃいおじいちゃんが。

 妙に鋭い目つき。わざとらしいくらいによろよろした歩き方になんとなく目が留まる。あれ、あれってもしかしてグラントリノ……?

 いや、でもなんでグラントリノがプロ試験中のフィールドにハンバーガー食べに来るわけ?

 なんとなく嫌な予感がした私は両手にバーガーを持って急いで食べつつ、そのおじいちゃんの動向を見守った。すると、しばらくコントのような店員さんとの攻防(「味噌ラーメン一つ」「あの、ここはハンバーガーのお店なんですが……」とか)が繰り広げられた後、

 

「きゃー」

「ハッハア! この店の売り上げは貰ったぜ!」

「泥棒! 泥棒よー!」

 

 やっぱりなんか起こった!?

 

「残念だったな! こんなところにヒーローがいるわけ――」

「いるよ、ここに一人!」

「なにぃ!?」

 

 わざとらしく叫んでこっちを向くグラントリノ。

 私は食べかけのバーガーを口に押し込みながら立ち上がった。

 

「強盗は犯罪行為です! 大人しくお金を返して自首しなさい!」

「んなこと言われて素直に従う敵がいるかよ!」

 

 グラントリノは脱兎のごとく逃げ出していく。

 ちょっ、機動力であのおじいちゃんに全力出されたら追いつけないんですが。とにかく店を飛び出して、逃げた方向を見る。

 都合よく直線の道路。あのバネみたいな変則機動は使っておらず、速いけど、まっすぐ走っている。

 周りにエキストラの姿はなし。

 

「この強盗! 止まりなさい!」

 

 言いながら、私はステッキを投擲した。

 幸い、うまいことまっすぐ飛んでくれて、そのままおじいちゃんの後頭部に直撃――。

 

「おっと」

 

 直撃せず、ひょいっと横っ飛びにかわされた。

 かと思えば、横手の道から買い物袋をぶら下げた主婦がふらりと現れたかと思うと、グラントリノと視線を合わせて腰を抜かす。

 にやりと笑うおじいちゃん。

 

「やめなさい!」

 

 叫んで駆け出せば、

 

「おっと! この女の命が惜しければ変な真似はやめるんだな!」

「ひ、ひぃ……っ」

 

 主婦の片腕をホールドしながら言ってくる。

 

「く、この卑怯者……!」

「なんとでも言えよ! さあ、大人しくしろ。ゆっくり、そうゆっくりこっちに近づきながら、自分でスカートめくってくれよ、ヒーローさん」

「なっ!?」

「嫌ならこの女に代わりにやってもらうぜ?」

 

 な、なんというセクハラ。

 

「グラントリノさん、なんでそんな役を引き受けたんですか」

「……誰じゃ、それは? そんなやつは知らん」

「急にボケないでください!」

「とにかく、パンツ見せるのか見せないのかどっちじゃ!?」

「そうよ、早く見せなさいよ私のために!」

「ええー……」

 

 なんで主婦の人にまで罵倒されるのか。

 ともあれ、人質を取られた状況では他に方法がない。私はじりじりと近づきながらゆっくりスカートをめくっていく。

 まあ、インナー着てるから見られても恥ずかしくないし――って、そうか、その手が!

 私はにやりと笑った。

 

「な、何がおかしい」

「犯人さん。いいことを教えてあげましょうか?」

「何?」

「私、パンツ穿いてないんですよ」

「何!?」

 

 目をみはるグラントリノ。

 じっと私のスカートを凝視する彼は正直隙だらけ。私達の距離も、会話で時間を稼いだことでかなり近くなっている。

 

「ここだ!」

 

 私は一気に地面を蹴り、おじいちゃんの頭に飛び蹴りを喰らわせる。

 

「ぎゃああ! 頭が割れるよーに痛い!」

 

 なんかわざとらしいことを言ってのたうち回ってるけど、直撃の瞬間、主婦さんから手を離して受け身を取りに行ったのはわかってる。

 私はグラントリノに近寄ると彼の両手をねじり上げ、うつ伏せにして動きを封じる。

 

「大人しくしなさい」

「ぐ、ぐう……参った」

「あ、あの」

「お騒がせしてごめんなさい。大丈夫ですか?」

「は、はい。お陰様で怪我もなく……」

 

 良かった。

 ほっと息を吐いて安堵する。

 

『合格です。次はH8の地点に向かってください』

 

 アナウンスがあった。

 

「ありがとうございました、グラントリノさん」

 

 彼は特殊なヒーローだ。

 免許は取ったものの長くヒーロー活動はしておらず、とある目的があって動いているらしい。オールマイトとは古い付き合いで、彼に関わることであれば出張ってくることが多いんだけど。

 そんな彼が出てきたっていうのは、何か理由があったはずだ。

 

 頭を下げると、おじいちゃんはじっと私を見つめて、

 

「本当にパンツ穿いてないのか?」

 

 私は無視して走り去った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 水辺で溺れている人を助け、TCGのレアカードがどうので喧嘩していた男の子達を仲裁して一緒に遊んであげ、コンビニ強盗をしばき倒し、サインをねだってくるエキストラ達に笑顔で対応した。

 

「そ、そろそろ終わり……?」

 

 そもそも『終わり』があるのだろうか。

 時間を限界まで使ってもクリアしきれないだけの課題が用意されていて、何がなんでも十八時まで終わらないとかだったのかもしれない。

 時計の針がもうすぐ十七時を指そうとしているのを見て、私はそう思った。

 

 たぶん、この試験は「ヒーローの一日」を表したものだ。

 

 もちろん、かなり強調されているとは思う。

 実際は敵が出現しない日っていうのもあったりするんだろうけど、ヒーローっていうのはなかなか休めない。いつ誰が見ているかもわからないし、ご飯中でさえ事件が発生すればすぐに動かなければいけない。

 自分の力で解決できる事件ばかりが発生するとも限らない。

 

 一つ一つを解決できるかどうかというよりは、息をつかせずに起こる事件やお仕事に対応し続けられるかどうかを見られている。

 でも、これは試験だ。

 終了時間が決まっている以上、絶対に終わりはやってくるわけで、

 

「ああ。俺が最後の障害だ」

 

 街中にて。

 堂々とした姿で現れたその男を見て、私は呆然とした。

 

「……嘘でしょ」

「嘘ではない。名高い(ヴィラン)が現れたからといって、一々呆然とするのか、お前は?」

「っ」

 

 強烈な威圧感にびくっと震える。

 でも、怯えて逃げるわけにはいかない。

 なんとか必死に睨み返す。

 原作において、ハイエンドを一人で打倒するという偉業をなしえた男。

 

 ――新No.1ヒーロー・エンデヴァーを。

 

 彼は、いつものコスチューム姿。

 黒を主体とするスーツに、炎を模した装飾。

 明るく陽気に応援できるタイプじゃない。ただ、強さと誠実さに対する信頼感は、他のヒーローの追随を許していない。

 

「エンデヴァー。あなたを、どうすればいいんですか?」

「無論。俺の打倒だ」

 

 男は無造作に手を持ち上げて、

 

「敵として破壊活動を行う俺を、実力行使で止めてみろ――!」

「っ、あああああぁぁぁっ!」

 

 私はすぐさま前に走り出した。

 作戦なんて何もない。

 ただ雄たけびを上げながらエンデヴァーに接近し、思いっきり右拳を振るう。

 でも。

 拳は回避されるどころか、出かかったところで強制的にキャンセルされる。

 男の全身から吹き付けてきた炎に、私の身体が吹き飛ばされたからだ。

 

「ぐううっ!?」

「この俺を無策で倒せると思ったか」

 

 そんなわけがない。

 彼は、私に突撃を強要したのだ。破壊活動を行うと宣言することで、距離を取ったりまわり込んだりといったタイムロスを封じてしまった。

 私は、エンデヴァーに街を攻撃させないために攻め続けなければならない。

 火傷でひりひりするのを感じながらポーチに手を突っ込んで、おなじみになりつつあるボールを投擲。

 

「無駄だ」

 

 跳ね返されることもなく全部溶ける。

 でも、一瞬の時間は稼いだ。投げると同時に私は再び走り出している。グラントリノの件の時、一応回収しておいたステッキを握って、掛け声と共にぶっ叩く――。

 

「無駄だと言っている」

 

 ぐっと握られた柄が一瞬にして溶けた。

 まだまだ。下からつま先で蹴り上げ。入ったけど、ぶすぶすと靴が焦げていく。特殊加工の丈夫なやつなのに。

 足を離して着地し、拳を連打。高熱が吹きつけて阻もうとしてくるけど、私の身体は耐久力も再生力も並じゃない。とにかく、こっちのダメージを度外視して少しでも足止めを――。

 

 瞬間的な意識ごと身体が吹っ飛んだ。

 

 見えたのは、拳が突き出されてきたということ。

 

「赫、灼熱拳……?」

 

 よろよろと身を起こすも、身体が思うように動かない。

 

「貴様の身体はボロボロだ。しばらく動かない方がいい」

 

 強面の顔がこっちをじっと見ている。

 一見怖いけど内心繊細だったりするこの人のことだから、私の身を案じてくれてるのかもしれない。ここまで合格続きだったから、ここで倒れても受かる可能性は十分ある。

 でも。

 私はぐっ、と拳を握りしめた。

 

「敵を前に、諦めるヒーローなんていません」

「……いい覚悟だ」

 

 エンデヴァーの表情は変わらない。

 ただ、街へよそ見をする気はなくなったのか、身体を完全に私へ向けた。

 

「認めよう。お前を倒すまで浮気は許されない。前もって排除しておかなければならない障害だ」

「ありがとうございます」

 

 短い会話だけど、そうしている間に身体が治る。

 とりあえず普通に動ける程度には回復した。

 

「治るか。厄介だな」

「プロミネンスバーンでも使わないと殺しきれませんよ」

「……使えないと知っているだろうに」

 

 使ったら、というか本気で殺しに来たら試験官失格だもんね。

 でも、生憎、私はハイエンド級にしぶといんですよね。

 

「はっ!」

 

 男性共通の急所を狙って蹴りを放つ私。

 並の敵なら避けられればいい方だろうけど――エンデヴァーは慌てず騒がず反応し、私の足をがしっと掴むと、私の身体を振り回すようにして地面に叩きつけた。

 

「ぐううっ!」

「考えすぎだったか」

 

 手が離され、男の身体が向きを変える。

 

「なめ、るな……っ!」

 

 跳ね起き、続けざまに飛び掛かる。

 側面からの攻撃に、エンデヴァーは片手をかざして熱波を放つことで対応。でも、勢いをつけていた私は吹き飛ばされない。

 前方向へのベクトルを失って着地するも、再び前進。

 

「む……」

 

 再びエンデヴァーが振り返るが――ここで、気配遮断モード。

 

「!」

 

 これまでの傷の回復待ちも兼ねて敵の意識を逸らしつつ、回り込んで右腕に一撃。

 決まった。

 一発で腕を痺れさせるほどの威力はないけど、何発も入れられれば――。

 

「動きを捉えられないのなら」

 

 全体への、熱波。

 

「範囲に攻撃すればいいだけのこと」

「ぐううっ!?」

 

 意識が身体に引き戻される。

 せっかく回復しかけていた身体がまたボロボロである。炎耐性が欲しい。爆豪は殆ど毎回、どこかを掴んで爆破してきてたから、熱衝撃波ってあんまり経験がないのだ。轟君も氷の方を使いたがるし。

 でも。

 

「凍らされるよりは対応できますね」

「……貴様」

 

 初めて、本気の刺すような視線が来た。

 

「排熱は順調ですか、エンデヴァーさん。……プロミネンスバーンが使えないなら、私は粘りますよ」

「……ねじ伏せる」

 

 最後の戦いはまだ終わらない。

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