激しい打ち合いが展開されていた。
必死に拳や蹴りを振るう私。
応じながら炎を纏い、噴射してくるエンデヴァー。
手数、威力のどちらで言ってもエンデヴァーが上回っている。
それでもある程度、拮抗しているのは――我ながら「他にないのか」って感じだけど、耐久力と回復力のお陰だ。
エンデヴァーの“個性”は『ヘルフレイム』。炎系では世界最高峰の能力だけど、使えば使うほど体温が上がって身体の動きを鈍らせてしまう。だから彼は自分の後継者に、炎と氷の両方を使える者を望んだのだ。
つまり、エンデヴァーとしては熱量をなるべく抑えたい。
でも、身体の表面が火傷する程度なら私の身体はすぐに治してしまう。一気に勝負を決める方が効率はいいけど、相手を消し飛ばすような必殺技は試験という性質上使えない。
付け入る隙があるとすれば、そこだ。
私は果敢に攻めかかりながら、エンデヴァーの攻撃をできるだけ避けるか防いでいく。
もう一つの私の長所は身体の
割と大柄なエンデヴァーからするとかなり小さいので、拳による攻撃が届きにくい。コバンザメのごとく懐に入ると向こうからはどこにいるのか見えづらい。
攻撃して注意を引きつつ、ダメージを減らして時間を稼ぎ、少しでも回復する。
エンデヴァーも蹴りや体当たりを利用して対応してくるも、そこは気配遮断モードと通常モードを切り替えることでなるべく撹乱。
「……その、なんだ」
「?」
打ち合いの最中、厳かな声が私に語り掛けてくる。
「焦凍は、雄英でどんな様子だ」
息子の心配だった。
なんだこの親バカ。いや、後継者として見出した轟君にスパルタ指導を施してトラウマを植え付けたあたりバカ親かもしれない。ついでに言うと、満足する子供ができるまで奥さんに子供産ませた挙句、用が無くなったら放っておくあたり、夫としてもアレかもしれない。
でも、なんとなくキャラクターとして憎めないのは、彼が不器用で一生懸命だからだろうか。
「轟君……あ、苗字だと紛らわしいですよね?」
「焦凍を名前で呼ぶことは許さん」
「あ、はい」
これ、轟君の嫁になる子は大変そうだ。
「息子さんは楽しそうにしていますよ」
「本当か?」
「はい。最初の頃はツンツンしてたんですけど、だんだん棘が抜けてきて、天然っていうか、おおらかな性格が出てくるようになって、友達を作って切磋琢磨しています。成績や能力で言っても1-Aのエースの一人ですね」
エースは轟君、デクくん、爆豪といったところだろうか。
飯田君や百ちゃんなんかもすごいけど、彼らは戦闘特化というよりは色々できるのが強みだから、マルチプレイヤーとかそんな呼称の方がしっくりくる。
エンデヴァーはなおも攻撃を繰り出しながら「そうか」と低く唸った。
と、急に鋭い蹴り。
なんとかかわすと、追いかけるように声が降ってきて、
「特例でのプロ試験受験」
「―――」
「そんな偉業を為すとしたら焦凍だろうと思っていた」
「それは」
「親の欲目かもしれん。だが、あの子は立派なヒーローになる。俺なんかさっさと飛び越えて、No.1のプロヒーローに」
私は、なんと言うべきか迷った。
エンデヴァーの言っていることは決して大袈裟じゃない。
轟君の“個性”は「素でダブル個性じゃん」と言いたくなるほど強力だし、本人もそれを使いこなせるように努力を重ねている。
でも、同期である私は彼のライバルということになる。
「簡単にはさせませんよ。私も、ライバルのみんなも」
「……そうだな」
さっきと同じように不意に放たれた鋭い拳に反応し損ねた。
肩を強く叩かれ、こんがり焼かれる。
仕方なくいったん後退すれば、
「私怨で評価を決めるつもりはない。だが、戦いに気持ちが入ってしまうくらいは許して欲しい」
足裏から炎を噴射しての猛加速から、すくい上げるような蹴り。
「――がっ!?」
身体が浮いた。
かと思えば、がっと腕を掴まれ、空中に高く放り投げられる。
浮いている状態では機動力が発揮できない。
一方のエンデヴァーは、さっきやってみせたようにジェット噴射を利用したダッシュ、跳躍、疑似飛行が可能で――。
あっという間に追いついてきた彼は、私の上に躍り出ると、組んだ両手をハンマーのように叩きつけてくる!
浮き上がった時の二倍の速度で落下した私は、コンクリートの地面に小さなヒビを入れながら動きを止めた。
頭が、全身が痛い。
立て続けのダメージで、いくら回復しても回復しきらない。
ごろん、と仰向けになって上空を見上げる。
エンデヴァーは空中に留まったまま、じっとこちらを見下ろしていた。
――終わりか?
彼は、まるでこっちにそう尋ねてきているようだった。
終わりなら街を攻撃する。
無言の宣告を受けた私は、よろよろと起き上がる。
「まだ、動ける」
考える。
この状況でできることは何か。
満身創痍。
劣勢の、ギリギリの状況と考えていい。
ならば。
「ちょっとくらい、死力を尽くしてもいいですよね……っ!?」
ぐっと身を屈め『筋骨発条化』を脚にだけ適用。
通常ではできない超跳躍力を得て、空中のエンデヴァーへ。
「―――!」
驚く様子を見せるエンデヴァー。
瞬間的に縮まっていく互いの距離。でも、彼は慌ても騒ぎもしなかった。
噴射を調節して僅かな距離を移動。
たったそれだけで、私の身体は空を切り、更に高く昇っていく。
昇って、落ちる。
「……そういうことか」
私は僅かに斜めに跳んでいた。
昇るにつれ、その僅かな角度が確かな距離を作り――落下地点を『ジャンプした場所』から『近くのビルの屋上』に変えてくれた。
このまま着地すれば、屋上から外壁を使って二度目の攻撃ができる。
落下しきる前にエンデヴァーの追撃があるかもしれないが、それならそれでいい。攻撃対象が向こうから来てくれるなら、最後の一撃を見舞うチャンスだ。
エンデヴァーは、さすがに悩む様子を見せた後、
「全身が焦げる程度に調節する」
男の全身から放たれた熱線が、宣言通り、私の身体をこんがりと調理し――私はビルの屋上に落ちた後もしばらく動けなくなった。
◆ ◆ ◆
「……撃たないって言ったじゃないですか」
寝転がったまま恨み言を言えば、傍らに立ったエンデヴァーは気まずそうに目を逸らした。
「……あの出力ではプロミネンスバーンとは呼べん」
「やましいところがあるから目を逸らすんじゃないですか!」
「うるさい。不合格にするぞ」
「エンデヴァーさんに勝たないと合格できないなんて、誰が合格できるんですか!」
喋っているうちにちょっと元気出てきた。
身体を起こしてちょこんと座ると、エンデヴァーは鬱陶しそうに、
「……全ての課題に合格する必要はない」
「へ?」
「他の課題全てが合格だったのだ。貴様のプロ入りはほぼ決定している。俺の課題が不合格だろうと関係ない」
「マジですか」
頑張った意味は……?
「最初から諦めるようなら、プロになる資格なしと進言したがな」
エンデヴァーは視線を逸らしたまま、ぽつりとそう付け加えた。
◆ ◆ ◆
傷を癒して下に戻った私を出迎えたのは、相澤先生だった。
「よう、お疲れ」
「ありがとうございます。……いや、本当に大変でした」
通常のプロ試験もこんなにきついんだろうか。
だとしたら、残り二年で大勢がプロ入りできるまで鍛え上げてる雄英教師陣をあらためて尊敬してしまう。
「で、だ。八百万妹」
「?」
「このフィールドはもう用済みだ」
ぐるりと見渡せば、街並みがある。
「まあ、そうですね」
持って帰って保管、っていうわけにもいかないだろう。
作るのも大変だっただろうに勿体ない話だ。きっと、何かしらの“個性”でコスト削減&時間短縮をしてるんだろうけど。
「壊すのも大変だよな」
「そうですね」
頷きながら、私はなんとなく嫌な予感を覚え始めていた。
なんでわざわざこんな話をするのか。
考えてみればだいたいの予想はつく。
「ぱーっと一瞬であらかた吹き飛んだら楽だと思わないか?」
「ですよねー」
そんなことだと思った!
「八百万永遠さん」
と、歩いてくる人影。
人生に疲れている感が満載な細身の男性――仮免の時に司会をしていた、ヒーロー公安委員会の目良さんだ。
「正式な審査はまだですが、面倒なので言ってしまいます。合格おめでとう。というわけで初仕事です。このフィールド、簡単に片づけられる程度にやっちゃってください」
「は、はあ」
いや、ちょっと待って、どういうリアクションすればいいんですか。
合格おめでとうの後に馬鹿みたいな大仕事の指令が来たせいで、頭と気持ちが混乱しちゃってるんですけど。
と、とりあえず。
「……それは、『本気』を出していいってことでしょうか」
「ええ。『全力』でやっていただいて構いません。つい先程、フィールド内の録画装置も全て停止しましたので」
つまり撮ってたってことですね。
後日放送したり、販売したりしないですよね? あ、目を逸らした。
「そういうことなら、わかりました」
頷いた私は目良さんやエンデヴァー、相澤先生と一緒にフィールドの範囲内から外に出た。
エキストラの皆さんにも完全退避してもらってから、本気でちょっとした街くらいある高級セットを見渡して、
「どうするつもりだ」
尋ねてきたエンデヴァーに答える。
「こうします」
起動『二倍』。
良く知っている相手を増やす、トゥワイスの“個性”。その条件も自分自身を増やす場合には関係ない。
私が三人に増え、九人に増え、二十七人に増え、八十一人に増える。増えた『私』は私が持っているのと同じ“個性”を備えている。
本来の持ち主であるトゥワイスは「自分自身による仲間割れが起きる」「自分が本物でないかもしれない」恐怖から「自分を増やす」ことに制限をかけていたけど、私の場合は問題ない。
――個性“不老不死”。
増えた『私』は生まれた傍から、同一性保存のための自壊が始まる。
『超再生』の“個性”によってある程度抑えることができるためすぐには崩壊しないものの、オリジナルとコピーの判別がつかなくなることはない。
「ごめん、私。悪いけど手伝って」
「「「はいはい」」」
仕方ないなあ、といった感じの自分の声がサラウンドで響いた後、『私達』がフィールドの外周へと散開していって、
「せーのっ」
『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』。
どっかん!!
超圧縮されて押し出された空気が地面より上の構造物を全て破壊しながら押し流していく。普通にやったら余波でドーム自体も傷ついてしまうところだけど、攻撃同士がぶつかって消滅するのでそういう心配もない。
と、一回じゃ壊しきれなかったか。
じゃあもう一回。
「せーのっ」
どっかん!!
「うん、綺麗になった」
分身たちは『超再生』をカットして自壊していく。
……見てて気分のいいものじゃないから、できればあんまり使いたくはないなあ、これ。
ともあれ。
「終わりました。こんな感じでいいですか?」
振り返ると、大人達が呆然とした顔で硬直していた。
「……夢でも見ているのか」
「……合理的ではあるが」
「ええと。片付けの間に意見の取りまとめをしようと思っていたんですが、あっという間に終わってしまいましたねえ」
結局、試験結果の取りまとめが終わるまで私は別室で待たされた。
◆ ◆ ◆
「永遠ちゃん! おかえり!」
雄英に戻って寮の入り口まで歩いていくと、宙に浮いた制服が抱きついてきた。
「透ちゃん、ただいま」
「みんな待ってるよ! ほら、こっちこっち!」
ぐいぐいと引っ張られる。
疲れたからってホテルにもう一泊してこなくて良かった。
中に入ると、女子を中心にもみくちゃにされた。
「お疲れ様、永遠ちゃん! お弁当食べきれた!?」
「なんだよ、元気そうじゃねえか! プロ試験、意外と大したことなかったのか!?」
「皆様、騒ぎすぎですわ。永遠さんが困っているじゃありませんか」
わいわいがやがや。
いつものA組のノリがなんだか懐かしく思えて、私はくすくすと笑ってしまった。
笑い続ける私を見たみんなはいったん離れてくれて、何かを待つようにじっと見つめてくる。
「で? で? 永遠ちゃん、結果は?」
「普通のプロ試験だと、人数が多いから発表は後日らしいんだけど……」
私は一枚のカードを取り出すと、みんなに見えるように掲げた。
『ヒーロー活動許可免許証 八百万永遠』
文字にしてしまうと『仮』の文字が取れただけだけど、仮免と区別できるように色やレイアウトが多少工夫されている。
「八百万永遠。合格しました!」
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
大騒ぎになった。
何かしたいことはあるかと聞かれて「ご飯食べたい」と答えた結果、寮の夕飯は終わっていたにも関わらず、飲めや歌えの大騒ぎになった。
いやもう、アルコール入ってないのにあれだけ騒げるか、というレベルで、その、すっごく楽しかった!!