プロヒーロー・トワ 活動開始
三月が終わり、四月がやってきた。
卒業式の後、その日のうちに八百万家へ戻った私は、事務所やその他の決めごと、更にはこれまで見逃してもらっていた礼儀作法教育などで忙しい日々を過ごしていた。
結果――事務所立ち上げが間に合ったかというと、全然間に合いませんでした!
駄目じゃん。
……とは、できれば言わないで欲しい。
プロ試験に合格したのが三月初め。そこから事務所の場所を決めて、内装のプランを決めて、備品を購入して運び込んで設置して、求人募集まで行って、四月頭に間に合うわけがないのだ。
事務所の位置なんかが決まらないとお役所に届け出も出せないし。
届け出を出して「じゃあ今すぐ認可しますねー」となるわけもないので、もう笑っちゃうしかないくらい間に合わない。
それでもできる限りの手は尽くしたけど、早くて四月末、順当に行けば五月頭くらいが事務所としての活動開始になる見込みだ。
なので、しばらくは野良ヒーロー。
「トワさん、お迎えに上がりました」
「ありがとうございます。……では、お父様、お母様。行ってまいります」
「ああ」
「ええ。いってらっしゃい」
四月一日。
警察の人に迎えに来られる形で、私はプロヒーローとしての初仕事に出発した。
◆ ◆ ◆
『新プロヒーロー 五百三十一名 門出の日を迎える』
公園のゴミ箱から拾った今日の新聞には、そんな見出しが掲載されていた。
一緒に載っている写真には、新人ヒーローの代表とばかりにビッグ3と、それから中学生のような少女が一人、映っている。
「……糞が」
男は悪態をつき、手にした新聞をくしゃっと丸め――ようとして、ギリギリで思い留まる。こいつ(新聞)には利用価値がある。今日の寝床を確保できなかった場合には、貴重な防寒用具になるのだ。このところはだいぶ暖かいので、公園で寝るのもそう苦ではなくなってはいるが。
今日はどこで寝るか。
考える間も足は動き続けている。エネルギーを温存するコツはペースを変えないことだ。余計な力が加わるとその分、消耗が大きくなる。
――何日か雨が降ってないから、身体も洗えていない。
腹いっぱいの食事もできていないので、その辺りも考慮したいところだ。
となれば、田舎の方へ足を向けるか。
適当な畑から野菜を拝借すれば、とりあえず腹は膨れる。あとは川で水浴びだ。森の中で寝るのはリスキーかつ、せっかく洗った身体が汚れてしまうが、もし追手が来た場合に逃走しやすい。
悪くないな。
悪の親玉をやっていた時に詰め込んだ各地の地図を思い浮かべながら、男――死柄木弔は頷いて、
「こんにちは、死柄木」
「 」
何の脈絡もなく現れた魔法少女――もとい、ヒーローの姿に一瞬、本気で思考を停止した。
◆ ◆ ◆
初任務は死柄木弔の捕縛でした。
……うん、何を言ってるのかわからないけど。
私ならうってつけだろう、というお偉いさんの一声によって白羽の矢が立ったらしい。
三月の末に依頼が来た時は割と耳を疑った。
でも、考えてみればわからない話でもない。
敵連合は雄英襲撃、神野の事件、それからギガントマキア奪還未遂の一連の事件によって実質的に壊滅、バックアップメンバーであったドクターの裏切りもあって活動を停止している。
死柄木弔、トゥワイス、荼毘。
残ったメンバーは未だ逃走を続けているものの、彼らの位置はラグドールの『サーチ』がマークしており、ただ逃げ続ける以上の動きを許していない。
とはいえ、ラグドールからの情報を得て、一日数回現地の警察やヒーローが捜索に向かっているにも関わらず、未だ捕まっていないだけでも恐ろしい。
『残るメンバーがいずれも危険人物であることが大きいです』
警察の人はそう言っていた。
危険じゃない
刺激しすぎると死人が続出しかねないので強硬手段に出にくい。向こうもそれがわかっているので、敢えて市街地を出歩いたり、一般人のいる方へ逃げ出したりする。
刺激しない限りは殺さないので危険度は低く、後回しになり――結果的に今日まで彼らは生き延びていた。
午前中の公園。
決して人気がないわけではないけど、周りは開けている。
「……てめえ」
死柄木が放心から復帰したのは、彼が被っていた帽子を私が取り払った後だった。
「え? なに?」
「ヒーロー?」
「あ、トワちゃんだ!」
気づいた人達が声を上げる中、私は大きく聞こえるように、
「皆さん、ここは危険です! 指名手配中の凶悪敵、死柄木弔を見つけました! 早く避難してください!」
世間話の途中だった主婦も、駆け寄って来ようとした子供も、それで止まった。
言われた通り、できる限りのスピードで公園から離れていこうとする。
死柄木の目が彼らを素早く見渡す。
「行かせると思う?」
「……格上のつもりかよ」
「少なくとも、今なら勝てるつもりだよ」
死柄木は動かない。
数秒。
でも、その間に、人質を取って逃げる選択肢がどんどん遠ざかる。
「動かないなら――」
気配遮断モード、オン。
死柄木の反応が遅れる。一瞬の後に状況を理解した彼は、逃げるか攻めるかを考えるように視線を巡らせる。つまりは二呼吸ほどの間が生まれた。
それだけあれば、距離を詰めるには十分すぎる。
「ッ!」
殴りに行った右腕がぬるりと掴まれる。
瞬時に崩壊。
激痛が走るも、私は掴まれる前から左腕を伸ばしている、
掴んだ。
死柄木の首筋。
生温かくて、気持ちいいとは言えないけど。
――
直後。
死柄木の手が私の左手も掴んできたけど、そんなことは、もうどうでもいい。
「……ッ」
幽鬼のような目が驚愕に見開かれる。
当然だ。
自分と一緒にあった“個性”が突然なくなったんだから。
ずるっ、と。
死柄木は腕を滑らせ、落とした。
地に膝をついた彼は呆然と項垂れる。
「使ったのか」
「うん。許可が下りてたから」
今回の逮捕に関しては、外見から効果が推測できない“個性”であれば使用が許可されている。
筆頭は、当然『
「奪ったのか」
「………」
「ふざ、けるなよ」
がっと顔を上げた死柄木は、懐から取り出したナイフを私の心臓に突き立てた。
痛い。
でも、手は、ぐりぐりと心臓をえぐることもナイフを引き抜くこともないまま、離れた。
「返せよ!」
悲痛な叫びが公園に木霊する。
「返せよ! それは俺のものだ!」
「それは、どっちの話?」
「ッ。ううう、ああっ、あああああぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶ死柄木の手に、私は拘束用のカフスを嵌めた。
「ねえ、死柄木。あなたに殺された人も、きっとそう思ってるんじゃないかな。俺の命を勝手に奪うなって」
「ふざ、ふざけるんじゃねぇ……っ!! そんな雑魚共と、この俺が同じだとッ!?」
「同じだよ。同じ人間」
「―――」
死柄木は叫び声を止めた。
涙をぼろぼろとこぼしながら、吐き捨てるように、
「なら、死なないてめえはなんだよ。化け物か」
「……そうかもね」
私は死柄木を腹パンで気絶させた。
「……とう、さ……」
拘束用のロープを取り出してぐるぐる巻きで拘束した後、公園の入り口で避難誘導などをしていた警察の人へ引き渡す。
「終わりました」
「お疲れ様でした。ご協力感謝します」
「いえ。被害なく終われてよかったです」
公園には徐々に人気が戻ってきて、私はサインを求めるちびっことかに取り囲まれて、しばらく動けなくなってしまった。
◆ ◆ ◆
「……そうか。死柄木弔が捕まったか」
「はい。“個性”も奪ったので、もう何もできないと思います」
ドクターによる定期健診もこれで何度目だろう。
お互い慣れたもので、世間話のように物騒な会話を繰り広げながら作業が進んでいく。
「これで『崩壊』も君のものか」
「まあ、使いどころはないと思いますけど」
診察中なので肩を竦めることもできない。
死柄木の『崩壊』に関しては「返さなくていい」とお達しが出たので私が持っている。
下手に返して逃亡されても困るし、犯罪者が「ヒーローに個性を奪われた」などとのたまわっても戯言にしかならない、ということだろう。
「もう少し、何かやってくれると期待していたんだが」
「さすがにあの状況じゃ何もできないと思います」
「だからこそ、じゃよ。あのオール・フォー・ワンの後継者に選ばれた男が、その程度の逆境に負けるようでは……」
オール・フォー・ワン。
そもそも、どうして死柄木が後継者だったんだろう。オールマイトへの嫌がらせ?
わからないけど、普通に考えられる意味での「後継者」だとしたら、その狙いは潰えたと思っていいだろう。
「まあ良い」
ドクターはため息をついて言った。
「終わった男の事より、君の方が重要じゃ。一体、その身体は幾つの“個性”に耐えられるのか」
「無限……だったらいいんですけどね」
「それは良い。君一人を研究するだけで個性特異点の行く末を観察できるのだから」
私が、ありとあらゆる“個性”を掌握する。
そんな未来が訪れずに、世界が平和になってくれたら一番いいんだけど。
◆ ◆ ◆
『先日はありがとうございました。さて、次の依頼です』
死柄木を逮捕した二日後(昨日は病院)、私はとある刑務所へとやってきていた。
建物の地下、奥まった場所。
厳重な警備の敷かれる中を案内され、訪れた場所には――黒い霧を纏った男が一人、椅子へガチガチに拘束されていた。
「黒霧」
「……貴方は」
霧が揺らめく。
「コスチュームが少し変わりましたか? そろそろ、二年生に進級した頃でしょうか? おめでとうございます」
「ありがとう。……でも、生憎、二年生にはなれなかったんだ」
「?」
「敵連合の副官、黒霧。今日はプロヒーロー・トワとしてあなたに会いに来ました」
「!?」
さすがの黒霧もこれには驚いたらしかった。
「……まさか。飛び級とは、体制側はそこまで改革を急いでいると?」
「かもね。死柄木弔を捕らえて、次はあなた。敵連合を実質じゃなくて、本当の意味で壊滅させようとしているっぽいし」
「死柄木弔が、捕まった……?」
「うん。私が捕まえた」
「………」
しばらくの間、沈黙が流れた。
「我々が間違っていました。貴方はさっさと始末しておくべきだった。死柄木弔も、
「殺されても簡単には死なないよ、私は」
喋りすぎたのか、耳に着けたインカムから『早くしてください』と指示が飛んだ。
私は監視カメラに頷いて、黒霧に近づく。
「何の真似です……?」
「ちょっと、試したいことがあってね」
起動。
――『巻き戻し』。
変化は、すぐに起こった。
◆ ◆ ◆
捕縛された黒霧への尋問、及び正体解明については、ドクターの協力もあってかなり進んでいた。
敵連合、というか
死体の用途は、改造人間の製造。
黒霧もそうやって作られた、いわば脳無に近い存在だった。
ただ、黒霧の『素材』に誰が用いられたかはわからなかった。
収集した死体がなんていう人間のものか全て把握しておく必要はないし、データとして保管しておくのもセキュリティ上、ちょっと危ない。
ドクターとしても、改造が終わってしまえばそこまで興味がなかったようで、詳しいことを覚えていなかったのだ。
なので、根気強く尋問などを繰り返した結果――ある決定的な事実がわかった。
黒霧のメイン素材となったのが、相澤先生やプレゼントマイクと同期だった青年――白雲朧だ、という事実だ。
これは私も知らなかった。
知っていたらもっと早くに何かしらアクションを取っていたかもしれない。でも、結果的に、知らされたのはついさっきだ。
黒霧――白雲への尋問には相澤先生達が導入されたものの、僅かに残った自我とほんの短い間、会話ができただけだったらしい。
そこで、私に役目が回ってきた。
一度、遺体になっていたとしても、今は生きている。
であれば、原理上『巻き戻し』は効果があるはずだ。
彼の時間を巻き戻して、どうなるか確かめる。
もちろん、単に遺体が出てくるだけかもしれない。
複数人の身体が使われているせいでエラーが出るかもしれない。上層部は、相澤先生達は「それでもいい」と判断した。
ドクターという、もっとずっと上等な情報源がある以上、黒霧を後生大事に抱えておく意味もない、というのもあったと思う。
だから私は“個性”を黒霧に使った。
結果。
現れたのは、ボリュームのある髪を持った、生意気そうな少年だった。
次話の本文にも書くと思いますが一応補足です。
黒霧とか脳無を巻き戻すとどうなるのか→メインボディに使った人物、もしくはその遺体に戻る
死んだ状態に戻るだけじゃ?→一度に巻き戻す年数を調節することで、今回の場合だと「黒霧」から「白雲」へ一足飛びに戻すことも可能
このお話では↑という設定にしました。
ただし、もし壊理ちゃんが使っていた場合はコントロールが効かないので無に返っていました。
永遠のスタッフに使えそうな原作キャラがいなくて困っている今日この頃です。