内通者は誰か。
『ヒロアカ』における大きな謎だ。早くに示唆されながらもなかなか判明しないため、色んな人が「あいつだろう」「いやあいつだ」と説を展開していた。
完結まで見届ければ正解がわかったんだろうけど、残念ながら私は途中までしか知らない。
この件については推測するしかない。
根津校長説は個人的にナシ。
原作における「USJ襲撃事件」で怪しい動きをしてたけど、内通者というには動きが中途半端。もし
もし校長が内通者なら、私は一番渡しちゃいけない人に情報を流したことになる。
個人的一押しは警察の塚内警部。
彼には「黒霧と服装が同じ」っていう物凄い不審な点がある。オールマイトの親友というポジションでもあるため、各種情報も入手可能。
他にも何人も候補はいるものの、塚内警部以上に怪しいとは思わない。
――ただ、怪しい上、その怪しさを否定しようもない人物が一人。
『透明化』という“個性”を持っているために隠密行動が可能。
服を完全に脱いで全裸になってしまえば、基本的に発見不可能。盗み聞き、極秘資料の閲覧、敵側との密会・情報交換などなどが思いのまま。
黒霧の“個性”で飛ばされる際、私が咄嗟にくっついた人物だ。
「いたた……。永遠ちゃん大丈夫!?」
「う、うん。葉隠さんこそ」
私達が飛ばされたのはやや奥まったエリア。
水難ゾーンや火災ゾーンなど四つのアトラクションと等距離にあり、相澤先生達が戦っている広場にもダイレクトで移動できる。
中途半端な場所だからか、近くにヴィランの姿はない。
私のすぐ傍には手袋とブーツだけが浮いている。
葉隠さんだ。
知っている範囲では素顔さえ明かされていない、謎に包まれた透明女子。
「バラバラに飛ばされちゃったのかー! みんなは大丈夫かな?」
「みんな簡単にはやられないと思うけど……」
楽観はできない。
私達だってもちろんそうだ。
――あらためて周りを見渡す。
原作で誰がどこに飛ばされたか、詳しくは覚えてない。
ただ、デクくん&梅雨ちゃん&峰田君が水難ゾーンは確かだ。配置が同じで、峰田君がいない穴がそのままだと仮定すると、残った二人が気になるけど、
「もうー、永遠ちゃん危ないよ! いきなり抱きついてくるんだもん!」
「ごめんね。葉隠さんは見えにくいから、万が一があるかなって」
「私一人の方が安全だよ! 裸になって隠れれば見つからないし!」
「ご、ごめんなさい」
轟君とか爆豪の流れ弾が怖いのは本当。
原作でも「いたのか。凍らせるところだった……」みたいな場面があったくらいだ。
でも、それは表向きの理由。
本当の理由は、葉隠さんには伝えられない。
「せっかくだから脱いじゃお」
言って、ぽいぽいと手袋&ブーツを捨てる葉隠さん。
所持品は透明にできない彼女だけど、逆に言うと身体は完全に透ける。全裸になればどこにいるのか全くわからない。
絶対恥ずかしいから私ならやりたくないけど。
「さて! これからどうしよっか! 別行動する?」
「ううん、できるだけ一緒にいた方がいいと思う。非常時だし」
ちょっと苦しいかな?
さっき、一人の方が安全って言われたばかり。
でも、ここで彼女を一人にするわけにはいかない。
「うーん、そっか」
返事だけが聞こえる。
姿は見えない。声の位置が、さっきと少し違った。移動している。何のために? どうしてこのタイミングで
――原作のUSJ襲撃が解決した後、葉隠さんは「轟君の傍にいた」と証言していた。
ただ、彼女は轟君の範囲攻撃に巻き込まれていない。本当に近くにいたなら凍っていてもいい。凍らなくても彼女なら「もー! 気をつけてよ! ぷんぷん!」くらい言いそうなのに、轟君は葉隠さんの存在を知らなかった。本当にそこにいたのか? いなかったとしたらどこにいたのか?
騒ぎに乗じて何か別の工作を行う。
いかにも内通者がしそうなことじゃないだろうか。
「ねえ、永遠ちゃん」
「―――!?」
声は、背後からした。
びくっとして飛びのこうとするも、その前に、首へ冷たいものが触れた。
指だ。
細い女の子の指。でも、爪を立てれば首の皮くらいなら破れる。
「何を気にしてるの?」
「っ」
「妙に冷静じゃないかなー? 戦闘訓練でも圧勝だったし、体力テストもビリになるように調整してなかった? 何を隠してるの?」
「そんな、こと」
怖い。
葉隠さんが怖い。
妙に冷たい声以外、情報がないから余計だ。今、彼女はどんな顔をしているのか。何を思って私に尋ねているのか。
彼女にとって都合の悪い答えを出したら、私はどうなるのか。
「ねえ。永遠ちゃんは、誰の味方なのかな?」
◆ ◆ ◆
一方。
広場周辺の戦いは、綾里永遠の知る『原作』と概ね同じ流れを辿った。
黒霧の接敵を許した13号は、霧を免れた生徒達を守ることを優先した。
最も機動力に優れる飯田を逃がし、己の“個性”でブラックホールを作り出して攻撃――黒霧の“個性”によってブラックホールの位置をズラされ、当人が重傷を負う結果となる。
永遠が送った手紙の内容を、根津はオールマイト以外には伝えていなかった。
漏洩を恐れたのが理由だが、結果的にはこれが裏目に出た。
相澤・シンリンカムイvs死柄木率いる敵軍団は一進一退。
二人のプロヒーローの共闘によって雑魚は少しずつ蹴散らされていくものの、首魁と見られる死柄木が捕まらない。
深追いすれば、触れた物を崩れさせる“個性”が発動しかねないし、相澤もシンリンカムイも捕縛に向いたヒーローであって長期戦は得意ではない。
じりじり、じわじわ、「数」と「体力」の交換が行われる中――ブレイクスルーとなったのは、敵の増援。
脳が剥き出しになった謎の怪人。
死柄木が脳無と呼んだその敵は、オールマイト並のパワーによって相澤達を圧倒。
しかし、黒霧が飯田を取り逃がしたことで、敵連合も窮地に。
「平和の象徴としての矜持を少しでも、へし折って帰ろう」
死柄木がそう宣言し、脳無が相澤の身体を砕こうとした時。
「もう大丈夫。私が来た」
No.1ヒーローの剛腕が怪人・脳無に強烈な一撃を浴びせた。
オールマイトは、相澤達との連絡がつかなくなってすぐに行動を起こしていた。
校長に報告した上で訓練場に急行。
途中、行き会った飯田をそのまま校舎に向かわせ、全速力で到着した。
このUSJ襲撃――敵連合側の目的は平和の象徴・オールマイトである。
彼の登場によって連合は方針を変更。
撤退は取り消され、オールマイトvs脳無の大決戦が始まった。
◆ ◆ ◆
まさか、当たりだった……?
最悪すぎる流れに、私は冷や汗をかいていた。
A組に内通者がいるとは思いたくなかった。
でも、何の裏もない子がこんな言動するはずない。これじゃまるで、私が「勘のいいガキは嫌いだよ」って消される流れだ。
――次の一手で最悪、殺される。
正解は何か。
葉隠さんが敵側なら、私もそうだと勘違いしてもらうべき? でも、彼女はどこまでの情報を持っているのか。協力者一覧まで握っているなら藪蛇になりかねない。
わからない。
わからないなら、素直に答えるしかない。
「私は弱い者の味方だよ。……もっと言うなら、平和に暮らしたい人の味方かな」
それが私のアイデンティティ。
心に嘘はつけない。
読心術を使ったって「嘘」判定はされないだろう。
「本当?」
でも、指は離れない。
「本当だよ。スパイ的なアレなら、もっと上手くやると思わない?」
「………」
さあ、どうだ。
ドキドキしながら待っていると――指は、そっと私の首から離れていった。
「しょうがないなあ! 信じてあげる!」
何も見えないけど、「ニコッ!」って擬音が見える気がする。
「殺さないの?」
「殺さないよ! 私をなんだと思ってるの!?」
「……敵のスパイ?」
「知られたからには口封じを。……って、しないよそんなこと! 私、ヒーロー志望なんだよ?」
良かった……。
息を吐いてへたりこむ。
――心臓に悪いよ、もう。
葉隠さんは味方だったっぽい。
内通者じゃないのか。それともやっぱり二重スパイ?
「詳しいこと、教えてくれる?」
「いいよ! って言いたいところだけど、今はそんな場合じゃないよ、永遠ちゃん!」
「あ、そうだね。先に敵をなんとかしないと」
答えて立ち上がる。
「私的には水難ゾーンが気になるんだけど」
「んー、そっちは緑谷君と梅雨ちゃん、あと青山君が船の上にいるみたい。ビームを警戒してるのかな? 敵は上がって来てないから、しばらく平気じゃないかな!」
「見えるの?」
「目はいいんだよ!」
私も船のシルエットくらいは見えるけど、よく見えるなあ。
つくづく敵に回したくない。
「それなら優先は暑いところかな」
「火災ゾーンだね。なら、そっから半時計周りにみんなを回収しよっか!」
「りょうか……わっ、と?」
話が決まった途端、ひょいっと抱き上げられる私。
柔らかいものが当たってるような。
葉隠さん、今、裸だったよね……?
「は、葉隠さん?」
「この方が早いからね! それじゃあ行くよー永遠ちゃん!」
「わ、ちょっ」
私が手ぶらで走るより早いんだけどっ!?
ともあれ。
私と葉隠さんは急いで皆のところに急行、寄せ集めのチンピラっぽい敵をぶっ飛ばしながらA組メンバーと合流していった。
火災ゾーンで尾白君。
山岳ゾーンで百ちゃん、耳郎さん、上鳴君。
土砂ゾーンで轟君と合流。
倒壊ゾーンはどっかんどっかんやってるのが聞こえたので「あ、爆豪だコレ」と無視した。
物の多いところで爆発を連打されてたら、近づく方が危ない。
「助かりましたわ」
「これで三分の一くらいか。他の奴らはどこだ?」
「たぶん、飛ばされなかった人もいると思うよ!」
「轟君。水難ゾーンの敵を凍らせて緑谷君達を助けられない?」
「ああ。できると思う」
広場周辺はまだ危ないので、こっそり迂回してデクくん達を救出。
「た、助かったよ……! でも、目立ちすぎじゃ……っ!?」
凍った水面を歩いて船の上まで行くと、デクくんがそう叫ぶ。
「大丈夫。向こうも取り込み中だから」
「な、なんだあの怪物……!?」
もう脳無が出てきて、オールマイトと打ち合ってる。
相澤先生とシンリンカムイは疲弊してるけど、命に関わる怪我じゃない。黒霧も牽制されて大きな動きができてないけど、死柄木の動向含めて予断を許さない。
下手に介入すると不利になりかねない。
既に救援要請が行ってるなら、見守る方が得策かもしれないけど――。
「なんだよオイ! ボス残ってんじゃねえか!?」
「爆豪ぉ!?」
私達が迂回した分、向こうが先になったか。
不意を突いて死柄木に襲い掛かるツンツン頭の不良少年。あれがボスって判断したのは凄いけど、死柄木の反射神経は異常だ。
直撃を回避された上、爆豪はコスチュームごと腕を掴まれる。危ない! と思った時には咄嗟の判断で腕を引き、手榴弾を模した腕パーツを犠牲に離れた。セーフ。
「……助けよう!」
うん。デクくんならそう言うよね。
「オールマイトの邪魔はしない方がいい。やるなら手だらけ男と霧のやつだと思う」
「なら、俺の出番か」
呟く轟君。
「不意打ちなら私にお任せだよ!」
「透ちゃん、喋ってないといるのかいないのかわからないわ」
葉隠さんも危険な位置を買って出てくれる。
作戦会議ができる時間は短い。
「行こう!」
自然とリーダーになったデクくんの一声で、皆が動きだした。
まずは、轟君が氷結で壁を作り、オールマイト&脳無とそれ以外を分断。
「なに……!?」
「やあああああっ!」
驚く死柄木。
黒霧は霧を展開し、向こう側にワープしようとするけど、そこに私が大声を上げて突っ込む。
ステッキ構えた魔法少女が真っすぐぶっ飛ばしに来た。
見た目のインパクトで一瞬、注意を逸らし、葉隠さんが背後から一撃。
「!?」
これには黒霧さえも動きを止めた。
でも、まだ終わってない。止まった死柄木と黒霧に向け、残ったメンバーが野球ボール(百ちゃん作)を次々に投擲。葉隠さんの存在を認識させる前に畳みかける。
ここまで来たら、あの暴れん坊が黙っているわけがない。
「邪魔すんな! ボスは俺がやる!」
「餓鬼がぞろぞろと……!」
死柄木も、黒霧も、オールマイトの方を忘れざるをえない。
死柄木に殴りかかった爆豪が。
黒霧に殴りかかった私が。
それぞれ一蹴され、葉隠さんが離脱、野球ボールが尽き、残った轟君達が敵にロックオンされた時には、
そして。
物凄い衝撃音と共に脳無がどこかへぶっ飛ばされていく。
氷が砕ける。
「どうやら私達の勝ちのようだな悪党共!」
オールマイトが、無事に姿を現した。