「本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます」
四月下旬のある日。
私は八百万邸の一室でヒーローコスチュームを着て、かしこまった態度を取っていた。
……衣装と言動が合ってない?
私もそう思うけど、スーツが絶望的に似合わなかったので仕方ないのだ。
ヒーローの制服ってコスチュームだし。こうなってみると「学校の制服」ってすごく優秀な衣装だと思う。ドレスコード的な意味で。
この場で私が最年少なのも仕方ない。これから一事務所の所長になるのだから。
「ほとんどの方は初めましてですよね。プロヒーロー・トワこと、八百万永遠です」
しーん。
沈黙。
拍手をするべきか迷った結果、微妙な空気が生まれてしまった感じ。
私は苦笑して話を続けた。
「本日は暫定メンバーの顔合わせと、雇用契約のためにお越しいただきました。お互いに後悔や行き違いのないよう、忌憚のないお話ができればと思っております」
私が個人としてヒーロー活動している間も、八百万ヒーロー事務所設立の件は着々と進んでいた。
立地は八百万邸から近からず遠からずの一角に決定。
百ちゃんの意見を聞きつつ私も要望を出しつつ、最終的にはお母様の趣味をふんだんに混ぜて間取りや内装が決定し、工事が着工済み。
スタッフの選定もほぼ終わった。
ここに集まってもらった何人かのメンバーがオープニングスタッフとして仮決定した方々。今日の顔合わせで「やめます」とか言われたり、あるいは私が「この人はどうしても無理」とならなければ、このまま正式採用になる。
「では、まずは一人ずつ自己紹介をお願いします」
◆ ◆ ◆
「宮下です。二か月前までデトネラット社で務めていました」
一人目は、テディベアっぽい顔をした男性。
デトネラット社といえば、異能解放軍のリーダー・四ツ橋が社長をしていた会社だ。
というか、四ツ橋をぶっとばしたのが私とレディさんだ。
「……えっと、私がお尋ねするのもすごく心苦しいのですが、どうして退職されたんですか?」
リストラ、だろうか。
すると、宮下さんは苦笑いを浮かべて首を振った。
「お気になさらないでください。むしろ、いい切っ掛けだったと思います」
「と、いうと……?」
「元社長の件で、あの会社を信用できなくなってしまったんです」
社長である四ツ橋が突然逮捕されたことで、デトネラット社は大パニックになった。
警察の捜査が入り、異能解放軍やその他の敵に横流しされていたアイテムのリストが発見されたり、軍に加担していた幹部が次々逮捕されたり……。
当然、会社は大規模な縮小を余儀なくされ、重役の大幅な入れ替わりもあった。
「大きすぎる変化でした。突然、私の信じていたものは偽りだったのだと、気づかされた。冷たい水を顔にかけられたような気分でした」
宮下さん自身は会社への貢献が認められ、かなり上のポストを用意してもらえたらしい。
「ですが、辞退しました。それまでやっていた仕事を片付け、引き継ぎも済ませた上で退職し、心機一転、やり直すことにしたんです」
「宮下さんのような方こそ、新体制に必要だったのでは?」
彼――宮下さんは原作で、かなり悲惨な最期を迎えた人だ。
四ツ橋から世間話的にされた質問に何気なく答えた結果、答えが気に食わなかった四ツ橋に「ぐしゃっ」と潰されて……死の真相さえ闇に葬られた。
真面目に仕事をしていただけだったのに。
だから、彼はもっと報われていいはずだ。
「私に上役は務まりません。中間管理職あたりが関の山です」
「それで、ここに? でも、あなたの能力なら他にいくらでも……」
「まるで思い留まって欲しいみたいですね」
またも苦笑されてしまった。
「い、いえ。そういうわけじゃないんですよ? ただ、不思議で」
「ええ、理解しています」
宮下さんは苦笑を微笑に変えて、
「次の職をどうしようかは随分悩みました。本当なら新しい職場が決まってから退職すべきだったのですが、早くデトネラットを離れたかったのと――どこに行っても同じになるのではないか、と思ってしまって」
「……後ろ暗いところが全くない企業なんて、そうそうないかもしれませんね」
「ええ。そうして悩んでいる時、ここの求人募集を見たんです。これだ、と思いました。ヒーロー事務所なら世のため人のために仕事ができるでしょう?」
それは、確かにそうだ。
ヒーローの一番の仕事は、人に迷惑をかける敵を捕まえることなんだから。
「でも、縛られる先が警察や政財界に変わるだけかもしれませんよ?」
「それでも、一つ一つの仕事は間違いなく人のためになります」
宮下さんは晴れやかな顔をしていた。
目のきらきらしたテディベア(顔)。可愛い。いや、言ってる場合じゃないんだけど。
「……ありがとうございます」
彼の決意を聞いた私はちょっと泣きそうになった。
「私には何も言うことはありません。上司がこんな小娘で本当にいいのでしたら、是非、よろしくお願いします」
「私としても若い方と仕事ができるのはとても楽しみです。後はお給料さえ出していただければ」
「それは、必ず出しますのでご心配なく」
軌道に乗るまでは全く予測が立たないけど、四月頭に敵を三人ほど捕まえた件とかその他諸々あるし、しばらくは私のポケットマネーだけでも皆さんのお給料くらいは出せる。
元デトネラット社勤務、宮下さん――採用。
◆ ◆ ◆
二人目はうって変わって、目つきが悪くて小柄な女性だ。
「……ラブラバよ」
もっと正確に言うと、目の隈を頑張って化粧で誤魔化しているちびっこ――もとい、とても幼く見える成人女性だ。
服はちゃんとしたスーツ。
私と同じく似合わないかと思いきや、バストとヒップが意外にあるせいか、結構様になっている。
ずるい。
「はい。相場愛美さん、二十二歳ですね」
「ラブラバだって言ってるでしょう!?」
睨まれた。
宮下さんが「なんでこんな人がいるんです?」みたいな顔をしている。ごもっともです。
「あの、相場さん」
「ラブラバ」
「……ラブラバ。さすがに犯罪者やってた時のハンドルを名乗るのは良くないと思うんですが」
「……ちっ」
正論だと悟ったのか、ラブラバは「相場愛美でいいわ」と言った。
「あの、トワさん? こちらの方は……?」
「相場愛美さんはついこの間まで警察のご厄介になっていたんです」
「警察……!?」
驚きますよね。
でも、できれば懲りずにうちの事務所に来て欲しいです。
「ジェントル・クリミナルの事件はご存知ですか? 義賊を名乗ってコンビニ強盗なんかを続けていた敵が逮捕された事件です」
「……ああ、なんとなくは覚えています。確かその後、彼の恋人がハッキング騒動を起こしたのですよね?」
「はい。そのハッキングの犯人が彼女です」
「! こんな小さな子が……っと、失礼」
こほんと咳払いをして濁したのは、私が「二十二歳」と紹介したのを思い出したからか、それとも、ラブラバに睨まれたせいか。
「罪状はハッキングと、とある未成年女子の個人情報を公開したこと。“個性”は一切使用していないので、正確には敵ではないんですが、犯罪は犯罪ですから」
「なるほど……。あれ? その被害に遭った女の子って――」
「はい。当時雄英の一年生だった八百万永遠――ぶっちゃけ私です」
そういう意味では因縁の相手だ。
「……その節はよくもやってくれたわね」
「どっちかというと私の台詞じゃないでしょうか、相場さん」
「うるさい! あんたたちヒーローがジェントルを捕まえなければ……!」
きっ、と、ラブラバは私を睨みつけてくる。
見た面が小さな女の子なので迫力はあまりない。むしろ親近感がある。あ、でも、ケミカルXとかでできてそうな見た目だから、殴られるのは怖いかも。
「ヒーローを憎んで事件を起こした女性がヒーロー事務所に応募……?」
「彼女は自主的な応募ではないんです。司法側の要請で……まあ、一種の特別措置として、ヒーロー事務所で働く代わりに、真面目に働けば二人揃って刑を軽くしますよ、という」
「そういうことですか。……ご自身だけならともかく、恋人であるジェントル・クリミナルの刑まで軽くなるとなれば……」
「そうよ!」
ラブラバは、だん! と机を叩いた。
「ジェントルのために来ただけなの! そこのところをちゃんと理解しておきなさい、八百万永遠!」
「相場さん、あなたの勤務態度を報告するのは私なんですよ?」
「お、脅す気!?」
いや、脅すというか。
不真面目な態度を「不真面目です」って報告するのは当たり前なわけで。むしろ忠告だと思うんだけど。
「……すみません、権力をかさに着た態度は良くないですね」
でも、私は彼女に謝った。
好きな人が逮捕されて気分のいい人はいない。
たとえ、相手が犯罪者――捕まるのが当然の人物でも。
「私は、あなたやジェントルが逮捕されたのは当然だと思ってます。それは、あなたたちが法に触れる行為をして、人に迷惑をかけたからです」
「っ」
「考えてみてください。ジェントルが逮捕されてあなたが悲しかったように、あなたたちのせいで苦しんだ人もいるんです。店で乱闘されたコンビニの店長さんがその後どうなったか、あなたは知っていますか?」
「………」
ラブラバはしばらく黙った後、ぽつりと言った。
「お説教はたくさんだわ」
「……そうですね。でも、これだけは言わせてください。私にはあなたの能力が必要です。そして、あなたにはここで働く理由があります。だったら助け合って、利用しあっていきませんか?」
「利用、しあう?」
「はい。ここでちゃんと働ければジェントルが早く復帰できるかもしれません。そしたらここで一緒に働いてください。ヒーロー事務所で経験と実績を積めば、もう一回、プロヒーロー試験に挑戦できるかもしれません」
と、宮下さんがふっと笑った。
「トワさんはその試験を突破したわけですからね」
「はい。私のはちょっと特別な試験でしたけど、アドバイスくらいはできるかもしれません」
「……あんた」
見れば、ラブラバは震えていた。
「お人好しすぎるって言われない?」
「はい。たまに言われます」
『ラブラバ』相場愛美――採用。
◆ ◆ ◆
「扇頼子。『センスライ』という名前でプロヒーローをやっています」
「何やってるんですか、センスライさん」
「就職活動よ?」
何かおかしい? とでもいうように首を傾げる大先輩。
長い前髪のせいで目が隠れている感じだけど、結構な美人さんなので様になっている。
いや、それはまあいいんだけど。
彼女がいることも前もって書類で知ってたけど。
「もうヒーロー活動されてますよね?」
「私、個人で活動しているのよ。知らなかった?」
「一応、知ってはいますけど……」
縁あって何度か会っているし。
「でも、書類仕事が大変で。夫が手伝ってくれてるんだけど、それでもね」
旦那さんがいるんだ。
って、この歳でこの容姿ならいない方が珍しいか。
「ご自分の事務所、作らないんですか?」
「嫌よ。私、出張仕事が多いもの」
「? それだと、何か問題でも?」
「事務員に女の子でも雇おうものなら、夫と二人っきりになるのよ?」
「絶対嫌ね」
「でしょう?」
いや、ラブラバと意気投合しないでください。
「もちろん何もないと思うけれど。でも私の“個性”ってアレでしょう? 万が一嘘なんてつかれたら一発でわかっちゃうのよ」
「あー……」
旦那さんにその気がなくても、相手の子が本気にならないとも限らない。
まあ、恋愛沙汰だけなら男の子を雇えばいい話なんだけど。
所長が出張することが多い小規模事務所で、かつ他にヒーローがいないってなると、旦那さんに管理の負担が全部行っちゃいかねない。
資金的なやりくりとか不動産的な手間とか色々考えたら「雇われの方が楽だわ」ってなるかも。
「その点、トワちゃんなら気心も知れているでしょう?」
「あはは……」
たぶん、私はこの人に一生頭があがらない。
その程度には恩があるし、年の功も違いすぎる。
「だからちょうどいいかと思って。所長より指名の多いサイドキックを目指すわ」
「それはどうかと思いますけど……私としても助かります。宮下さんはどうですか?」
「ええ、私としても、大人の方がいてくださると心強いです」
「ちょっと! 私も成人してるんだけど!?」
旦那さんも一緒にどうですか? と尋ねたら「是非」と言ってくれた。
『センスライ』扇頼子――採用。
永遠周りを除くと唯一のオリキャラ、センスライさんをせっかくなので引っ張ってきました。
最初に出した時は本当にちょい役のつもりだったのですが……すっかり「もう出ないと言ったな。あれは嘘だ」状態に……。