死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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事務所立ち上げ準備

 遂に完成したと聞いて、所員一同でやってきました『八百万ヒーロー事務所』。

 

 繁華街の一角にある白い建物がそれだ。

 私はお母様や百ちゃんと先に下見を済ませてるけど、できたてでぴかぴかの建物を見ると、一回目と同じようにわくわくした。

 宮下さん、ラブラバ、センスライ夫妻を見ると、彼等は事務所を見上げて固まっている。

 

「どうですか? 専門家の意見も聞いて作ったので、たぶん不備はないと思うんですが……」

「いや、でかいわよ!?」

 

 ラブラバが言うと、他のみんなもうんうんと頷いた。

 

「いや、お金がかかっているだろうとは思っていましたが……予想以上でしたね」

 

 デトネラットの本社で働いていた宮下さんが言うなら間違いないだろう。

 

「あはは……。私も『ひょっとしたら凄いんじゃない、これ?』って思ってはいたんですけど」

「ひょっとしなくても凄いの!」

 

 地上三階、地下二階建て。

 数十名収容できる会議室や専用のトレーニングルーム、キッチン、休憩室に宿泊施設、レクリエーションルーム等々を完備している。

 ここで生活できる設備――というか、私と百ちゃん用の生活スペースもあるし、実際私はここに住むつもりなんだけど。

 

「でも、ナイトアイ事務所の方々は三、四人で凄い事務所使ってるんですよ? うちはもっと人数増えるかもしれないですし」

「あれはヒーローとインターンが三、四人って話でしょ? うちはスタートメンバーこれだけよ?」

 

 センスライさんにもっともなツッコミをされた。

 実際、ナイトアイ事務所は一般的な事務作業とか清掃、警備なんかは専門のスタッフを置いている。

 うちもそうするつもりだけど、他の人を入れるのはちょっと遅らせる予定だ。主にセキュリティ的な理由から。

 

「これだけ大きいと土地代・維持費も馬鹿になりませんが……」

「ただ、先に大きい事務所を作ってしまうのは理に適ってはいます。ヒーロー事務所の改装工事や移転ってなかなか難しいですからね」

「なるほど。本社というよりは物流拠点のイメージですかね」

 

 多くのヒーロー事務所は地域に根差している。

 活動すればするほど「我が街のヒーロー」と認識されていくので、移転とか「しばらく事務所が使えないので別の場所使いますねー」とか言うと反発を喰らうのだ。

 一般市民側からしても、今まで守ってくれていた人が突然いなくなるのだから死活問題なのである。

 

「そういう場合はどうするんです?」

「一時拠点を移しても活動地域は変えないとか、後進のヒーローに地元を託す、とかが多いんじゃないかしら」

「競合他社に既存ユーザーを明け渡すと……それは大変ですね」

 

 宮下さんの感想が企業マンチックでカルチャーショックがすごい。

 

「あんたたち、そういう話は中ですればいいじゃない。いつまで立ち話してるのかしら?」

「確かに」

 

 ラブラバの一声で私達は中へ入ることにした。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「広いくせに入り口すぐが詰め所って……」

「奥に作ったら、来客の人が戸惑うじゃないですか」

 

 普段使うスペースはひとまず普通の事務所っぽくまとめた。

 事務机に椅子、パソコン、コピー機にコーヒーミル、冷蔵庫などなど。

 

「ほら、普通です」

「全部有名メーカーのいいやつだけど」

「そ、それは許してください」

 

 どうせ買うならいいやつだと思う。

 安いのがウリ、みたいなのを買ったってすぐ壊れるんだから、お金があるなら高いやつ買った方があとあとお得だ。

 ……と、「お金に余裕ができて調子に乗っている一般庶民」みたいなことを最近思っている私である。

 

「でも、まあ、いいんじゃない? 綺麗だし、色遣いもセンスがあるわ」

 

 わ、ラブラバから褒められた。

 

「ふふふ。実は私のデザインなんですよ?」

「嘘ね」

「なんで秒で見破るんですか」

「あんたが作ったらなんかこう、中途半端な値段の喫茶店みたいになる気がする」

 

 ……なかなか鋭い洞察かもしれない。

 

「あんたのお母さんかお姉さんかしら? とにかく、居心地が良さそうなのは良いことよ。……座席は決まってるの?」

「一応暫定で、あそこが相場さんの――って、速!」

 

 言い終わらないうちに自分の席に飛んでいくラブラバ。

 そんなに仕事したかったのかと思ったら、机の上に載っているノートPCが目に留まったらしい。

 

「こ、これってハイエンドモデル!? 自分じゃ絶対買えないって諦めてたやつよ!?」

「相場さんには良いPCが必要だろうと思って用意しました。デスクトップにしようか迷ったんですが――」

「デスクトップとかありえないわ! いざって時に持って逃げられないじゃない!」

「そこですか」

 

 どうせ高いの買うなら性能が良い方が……とも思ったんだけど、持ち運びができないから、ということでノートにした。どうやら選択は正解だったらしい。

 

「夢みたいだわ。こんなマシンを好きにいじれるなんて……。あ、ねえ。これって持って帰ったら――」

「それは駄目です」

「ちっ」

 

 舌打ちされた。

 まあ、心ゆくまでチューンしたい気持ちはわからなくもないんだけど、落としたり盗まれたり、むしろ情報目当てに襲われたりがあるので許可できない。

 仕方なく、時間の許す限りいじりまわすことにしたらしいラブラバは「ここに住もうかしら」と呟いていた。

 

「泊まりたい時のための宿泊施設とキッチンですよ」

「素晴らしいわね、この事務所」

 

 ひどい手のひらの回転だった。

 宮下さんが苦笑して「私としても泊まりやすいのは助かります」と言ってくれる。

 

「泊まり前提でお仕事するのは身体によくないですよ?」

「ここはヒーロー事務所ですよね?」

「……確かに」

「そこは『ヒーロー事務所をなんだと思ってるんだ?』じゃない?」

 

 いや、だって、明らかにブラックですし……。

 

「いつから活動開始です?」

「五月一日オープンは間に合いそうにないので、八日からにしたいと思います。準備期間も兼ねて、出社――出所? は一日からにしようと思うんですが、いかがでしょう?」

「「異議なし」」

 

 誰からもノーは出なかったので、私達は五月八日オープンを目指して動き始めた。

 

「あ、四月中に私はこちらに越してくるつもりです。セキュリティカードは発行してあるので、机の整理とか、したいことがある方は四月中に来ていただいても構いません。ログから遡ってお給料は出せますので――」

「仕事場の調整くらい自己責任でやりますよ」

「そうね。使いやすく調整できるチャンスなんだし、それくらいはね」

「神様か仏様ですか?」

「トワさんは仕事に負の幻想を抱きすぎでは?」

 

 いや、仕事って辛くて苦しいもので、従業員は雇用主に従わないものじゃない?

 

「人々の希望になるヒーローが楽しくやらなくてどうするんですか?」

 

 目から鱗が落ちた気分だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 決めることが決まって、メンバーも集まってしまえば、後はやることをやっていくしかない。

 

 まず、私が八百万邸から引っ越してきた。

 お屋敷内の広い部屋、使用人付きの生活は落ち着かなかったので、新しい部屋で一人になるとなんだかほっとした。もちろん、お母様たちの気遣いはとても有難かったんだけど。

 事務所の建物内に用意した部屋はお屋敷の部屋ほどじゃないけど、そこそこ広い。

 雄英の寮と同じ広さでいいと言ったらお父様やお母様、更に百ちゃんからも止められたのだ。なので、普通にワンルームマンションくらいの広さになった。

 こっちの家具もいいやつなので快適だ。何より通勤時間がほぼゼロなのが嬉しい。レディさんに自慢したらものすごく羨ましがられた。

 

 みんなも四月中からちょこちょこ来ていたようだ。

 会ったり会わなかったりだけど、気づくと私物が増えていたり、花が飾られていたり、ノートPCに外付けハードディスクやマウスをセットされていたりした。

 私も時間が空いたら事務所内、及び周辺の掃除をしたりしてたけど、なんだかんだ色々お仕事が入ったのでそこまで関われなかった。

 

 そんな感じで五月一日。

 朝から事務所の全メンバー、それからプロデュース担当のお母様が集まって結成式的なささやかな会が開かれた。

 何故かノリノリのみんなに唆されて一言喋らされたので、自己紹介を強要――もとい、お願いして道連れにした。

 三十分もしないで会は終わって、慣らし運転的に業務へ。

 

 事務所がオープンしてないのに仕事があるのか、と思うなかれ。

 私とセンスライさんは個人としてお仕事をしていたので、その分の書類仕事や手続きがある。これを練習台として作業に慣れようという狙いだ。

 

「センスライさんと旦那さんは慣れてらっしゃいますから、みんなで教わりましょう」

「あんた……えーっと、所長は?」

「私もこの一か月ちょっとくらいでさんざんやりましたけど、慣れてるっていうレベルにはとても」

 

 しょっちゅう不備を指摘され、泣く泣く書き直す羽目になっている。

 ちゃんと書かないとお金が出ないというのだからやるしかない。お役所は融通がきかないのだ。

 

「……わかりました。早く覚えられるように頑張ります」

「お願いします、宮下さん」

「ちょっと、私は!?」

「相場さんってそういうの得意なんですか?」

 

 尋ねると、ラブラバは目を逸らした。

 

「わ、私の能力はクリエイティブな方向に特化されてるのよ」

「そうだと思いました。なので、初めは一通りの業務を覚えてもらいながら、事務所のホームページとか作ってもらおうかなって」

「はあ? 別にいいけど、なんでそんな半日もあれば終わるような仕事?」

「えっ」

「な、何よ?」

「事務所のホームページですよ? 『あなたは何人目のお客様です』とか『キリ番』とか『交流用掲示板』とかの個人用ページじゃないんですよ?」

「知ってるけど。っていうか、いつの時代のホームページよそれ」

 

 悪態をつきながら作ってくれた事務所のホームページはこじゃれていて、かつ、必要な項目はきちんと用意されていた。

 

「とりあえずガワだけだけど、こんなもんでしょ?」

「……相場さんって、本当に凄いんですね」

「ホームページ作っただけで褒められても困るんだけど。っていうかその『相場さん』っていうのやめてくれない?」

「下の名前で呼んだ方がいいですか?」

「やめて」

 

 呼び名に関しては結局「ラブラバ」に決まった。

 ハッキングの件では実名報道されていたし、ラブラバの名前は投稿動画くらいにしか載っていなかった(その上、動画は投稿サイトがしつこく削除していた)ので、敵ネーム――というかハンドルネームは殆ど知られていない。

 むしろ本名の方が危険だろうということになったのだ。

 センスライさんなんかはさっそく「ラバちゃん」とか呼び始めて「頼むからやめて」でも、言いやすいから定着しちゃいそうな気もする。

 

「所長。この事務所の活動範囲は具体的にどこまででしょう?」

 

 宮下さんからはそんな質問をされた。

 地図を広げた彼に、私は首を傾げながら指を動かして、

 

「このあたりからこのあたりくらい、でしょうか」

「くらい? いえ、正確にお願いします」

「正確にと言われても……一定の線を越えた敵は追わない、というのではないので、きっちりは決められません」

「それは困ります」

「ええと、具体的にどう困るのでしょう?」

 

 決めごととして明確になっていないと書類上必要になった時や尋ねられた時に困る、ということだったので、そういうことならと、役所への届け出の際に書いた範囲を答えた。

 

「でも、主なお仕事が敵逮捕なので、完全な線引きができないのも本当なんです。近隣のヒーロー事務所には立地が決まった際にご挨拶に行っていますが、もし意地悪なことを言われたら教えてください。私が対応します」

「所長が不在の時はひとまず私が対応しますね」

「ありがとうございます、センスライさん」

「助かります。……うーん、やっぱり業種が違うと慣習の違いに戸惑いますね。ビジネストークとして『御社ではどのような事業を』と聞かれた時に近いでしょうか」

「そういう時はどう答えるんですか?」

「現在は~~を主に扱っています、とかですかね」

 

 今後増えるかもしれないし、末端事業として行っている可能性はあるよ、というわけか。

 

「ヒーロー事務所なんて縄張り争いレベルのことしてますもんね……。人助けだから助け合いでなんとかやってますけど、収入を奪った! なんて言われるくらいなら多少譲るくらいの方がいいかもしれません」

「市街地での敵逮捕の手柄を譲ったところで、うちにはTV出演や警察からの協力依頼がありますしね。損して得を取りましょうか」

 

 そんな感じで日々が過ぎ、『八百万ヒーロー事務所』がスタートした。

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