死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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二年目の体育祭

「やっほートワちゃん。相変わらずちっちゃいわねー」

「成長するにしてもそんな簡単に大きくなりませんよ……」

 

 その日、私は一か月と少しぶりに雄英高校を訪れた。

 

 学校の敷地内は人でいっぱい。

 それもそのはず。今日は年に一度の体育祭の日なのだ。

 一般客から報道陣まで大勢が詰めかけての大騒ぎ。去年はフィールドから観客席を見ただけだったけど、こうやって人混みを見るとまた別の感慨がある。

 人が多いということはそれだけトラブルも多いわけで、私が来ているのは警備のお手伝いのためだ。同じように何人ものヒーローが動員されている。

 

 私を呼び留めたレディさんは、当然のようにシンリンカムイと一緒だった。

 

「エッジショットさんが泣いちゃいますよ」

「別に仲間外れにしてるわけじゃないわよ。こういうのは若手に声がかかるようになってるの」

「ああ。エッジショットさんはちょっと別格ですもんね」

 

 泣いちゃう理由は恋愛の方なんだけど。

 

「シンリンカムイさんもお久しぶりです」

「うむ。活躍めざましく、追い抜かれないかと心配なくらいだ」

「本当よ。もうちょっとゆっくりやりなさいって言ってるのに」

「あはは……。私もそうしたいんですけどね」

「どうだ、事務所の方は?」

「順調、って言っていいんでしょうか。四苦八苦しながらなんとかやれてる感じです。経験者が一人いてくれるのですごく助かってます」

「ああ、センスライさんね。あの人がいれば安心でしょ」

 

 レディさんよりはセンスライさんの方が年上かあ、と今更ながらに確認して頷くと、レディさんが殺気の籠もった目で見てきた。口に出してないのになんでわかるんだろう。

 

「でも、この警備も割と雑ですよね」

「ちゃんとした警備は専門の警備員がいるからねー。私達は『いること』が抑止力になるってわけよ」

「ヒーローの姿が目に付けば、暴れるのは躊躇するものだからな」

「なるほど」

 

 原作のレディさんも食べ歩きしてるの? って感じだったもんね。

 

「だからトワちゃんもせっかくだから楽しみなさい。校長からのご厚意も出ることだし」

「そうですね」

 

 警備の謝礼は微々たる額だが、現金に加えて屋台の無料券(二十枚綴り)が配られている。一枚につき五百円までの品がタダという仕組みだ。警備のヒーローは屋台完全無料としないあたり、身体が資本のヒーローの食べっぷりをよくわかっている。

 屋台の品って基本高いから、五百円で収まらない食べ物もあるし。

 

「あー! トワちゃんだー!」

「あら本当。こんなところで会えるなんて良かったわね」

「うん! トワちゃーん! あくしゅしてくださいー!」

「と、あんまり立ち話もできないわね。それじゃ、お互い楽しみつつ頑張りましょ」

「はい」

 

 レディさんに手を振って別れると、私は駆け寄ってきた女の子に向き直って笑顔を作った。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 握手したり、サインしたり、買い食いしたり、笑顔を振りまいたり。

 

 何しに来たんだっけ? と思ってしまうような時間を過ごす私。

 警備の範囲は雄英の敷地内――主に人の多い屋外と定められている。会場内には教師達が多数いるので警備は不要。せっかく来たのに映像でしか競技を見られないのはすごく残念だ。

 でも、デクくんやお茶子ちゃん、みんなが頑張っている姿を近くで見られるのは嬉しい。

 

 時々外部スクリーンに目をやって「頑張れ」と心の中で思いつつ、酔っ払いの人や喧嘩してる人を宥めたり、人前でいちゃついてるカップルにそれとなく注意を促したり、できる限りの警備に励む。

 

 ――まあ、といっても、さすがに(ヴィラン)が出たりはしないよね。

 

 去年色々あったとはいえ、ここは天下の雄英。

 凄腕のヒーローが何人も在籍しているし、USJへの襲撃を生徒が撃退したりしているのだ。レディさん達が言ってた通り、警備に回っているヒーローまでいる中、騒ぎを起こそうなんていう敵は普通はいない。

 いるとしたら相当の馬鹿か、相当の自信があるか、たくさん人が集まっている場所そのものが目的の奴か。

 

「八百万、永遠」

「……?」

 

 声が聞こえた。

 振り返る。

 人がいっぱいで声の主がわからない。小さな声だった。ヒーローとしての私を呼ぶ人は殆どが「トワ」と呼ぶんだけど――違うってことは、なんだろう。

 と。

 いた。

 

 人混みの中に、五月に着るには違和感のあるもこもこフード付きコートの人物。

 目深にかぶったフードのせいで顔はわからない。

 男なのかも、女なのかも。

 

 でも、私は知っている。

 該当する敵の名前を。

 

「外典」

「知っているのか、僕を。会ったことはないはずだが」

 

 距離は少し離れているのに会話が通じる。

 

「何をするつもり?」

「『彼』を継ぐ」

 

 敵連合の次は解放軍――!?

 みんな後を継ぐとか志を引き継ぐとかに拘り過ぎじゃない!?

 

「あなたは必ず捕まる」

「何の策もなく来たと思うか?」

 

 リ・デストロ――四ツ橋の秘蔵っ子、外典。

 彼は解放軍の中でも飛びぬけた実力を持っている。具体的な個性名は不明だが、氷を操る強力な能力だ。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか。

 血の気が引く。

 みすみす逃がす気はないけど、相手がその気になったらいくらでも人を巻きこめる。

 

「……場所を変えない? 声をかけてきたってことは私が狙いなんでしょ? 復讐のつもり?」

「違う。僕がやりたいのは、思想を受け継ぐこと」

 

 乗ってこない。

 冷静なのか。ううん、違う。思想も感情も行き着くところまで行っちゃってるから変わりようがないんだ。他人の影響を受けようがない、ある意味で狂っている状態。

 

「他の人を巻き込むのは」

「勿論。ギャラリーを傷つけるのは本意じゃない」

「ねー、トワちゃん。何してるの?」

「っ!?」

 

 くいっと袖が引かれて、小さな男の子が声をかけてくる。

 まずい。

 最悪の事態に一瞬、どうすべきか迷う。

 

「ヒーローは忙しいんだ。これから敵と戦うから」

「え?」

 

 外典の方を見た男の子が、目を見開いた。

 彼が氷を纏っていたからだ。

 

 ――自分から敵を名乗った。

 

 でも、好都合。

 解放軍の思想は一般大衆を扇動するもの。それを啓蒙という方向で実現しようとするなら、宣言通り、外典は人を傷つけない。

 傷つけるのはきっと、ヒーローだけだ。

 

「みなさん、避難してください! そこのフードの男は異能解放を掲げ、逮捕された敵――四ツ橋力也の部下です!」

「その通り。僕はヒーローに用があってきた。力比べ以外に興味はない。怪我をしたくなければ距離を取ることだ」

 

 場が一気にざわついた。

 

 急すぎて理解が追いついていない人。

 悲鳴を上げながら逃げ出す人。

 スマホを構えて撮影を始める人。

 しきりに「警備員!」を連呼し始める人。

 

 敵の出現にはみんなある程度慣れているだろうけど、それでも「まさか」と思っていたのだろう。私でさえそうだったんだ。

 こんなところに敵が出てくるわけがない、と。

 

「みんなに手を出さないで!」

 

 叫んで、私は外典に向かって駆ける。

 フェイントも気配遮断も使わない。私が攻撃しようとしている、と、伝われば伝わるだけ良い。

 

「遅い」

「―――!」

 

 どん、と、腹部に衝撃。

 前に進めなくなった私は、視線を落として状態を確認する。お腹が氷の槍で貫かれている。槍は、外典のすぐ傍から私まで伸びていた。

 射出したんじゃない。空気中の水分の温度を下げることで、槍の形を瞬時に作り出したんだ。走っていた私はそれに自分から突っ込んでしまった。

 

「いやあああああーーーっ!?」

 

 近くにいた女性の上げた悲鳴が、周囲の人達に緊急事態を明確に伝えた。

 

「こ、のっ!?」

 

 手刀で槍を叩き割り、お腹に刺さった先端を引き抜く。

 即座に始まる再生。

 痛いし、またしてもコスチュームがダメになっちゃうけど、この程度で倒れるわけがない。コスチュームは消耗品みたいなものだからってダース単位で買ってあるし。

 

 跳躍。

 

 槍を足場にするようにして向かえば、その足場が即座に溶解を始める。

 バランスを崩した私は再度跳躍して、

 

「隙だらけだ」

 

 全身に激痛。

 小さな氷の槍が顔も含めた身体中に突き刺さって、私の進もうとする力を削ぎ落す。

 ぐらり、と、傾いた身体がどしゃりと地面に落ちた。

 寒い。

 こっそり炎系の“個性”を起動して身体を温める。うん、体温さえ戻れば再生に支障はない。

 

「氷漬けにしたって私は死なないよ!」

「知っている。死なないのが“個性”なのだろう。だが、負けないから勝てるわけではない」

 

 外典の“個性”は氷だけなら轟君のアッパーバージョンだ。

 凍らせるだけじゃなくて大気中の水分まで操れるうえ、操作範囲が異常に広い。近づいて殴るしかない私とは相性が悪い。

 だけど、弱点がないわけじゃない。

 

「体温は大丈夫? 限界まで付き合ってあげるよ」

「問題ない。優秀なブローカーからいい装備を手に入れた。このコートの中は僕の体温を引き上げる仕様になってる」

「なら……っ!」

 

 ステッキを抜いて、飾りの方を前にして投げる。直撃すればデリケートな機器をおかしくするくらいの威力はある。

 でも、氷の盾が形成されて、あっさりと外典を守った。

 追撃に駆け寄れば氷の槍に氷の矢。形成が瞬間的なせいで出がけにかわすのも難しい。コスチュームには次々と血の染みが増えていく。

 

 血。

 

「そろそろいいか」

 

 外典がおもむろに右手を持ち上げ、私に向かってかざす。

 別に必要な手順ではなかったんだろうけど、傍目にも「何かが起こる」と知らせる明確な動作だった。

 

 まずい。せめて距離を取――。

 

「無駄だ」

 

 背後の地面から突如、極太の錐状の氷がせり出して私を阻む。

 退路を断たれた私が次の行動を起こす前に――私の身体は、みるみるうちに体温を奪われていく。

 

 氷の槍。

 

 最初の一撃を喰らった時点で、()()()()に氷を潜ませられていた。

 

「あ――」

 

 血が、次々と凍りついて。

 私は悲鳴を上げるだけのエネルギーさえ生み出せず、内側から氷となって倒れた。

 

「見ろ、民衆よ」

 

 外典は私にとどめを刺すでもなく、すぐさま声を上げた。

 

「ヒーローは強い。だが無敵ではない」

 

 動けない。

 

「敵もまた強い。そしてどこにでも現れる。不平等ではないか? 何故、ヒーローだけが“個性”を使うことを許される? 何故、試験などというもので“個性”の強さを選別されないといけない? 己の身は己で守ればいい。己の“個性”は自己責任で振るえばいい。それが世界の正しい在り方だ」

 

 外典は最初からこれを狙っていた。

 私を。

 知名度はあるが経験の足らないルーキーを完膚なきまでに叩きのめして、『不老不死』でさえ完全ではないことを示した。

 一般の人達の危機感を煽り、ヒーロー不要論――ううん、異能解放論を唱える。

 効果は絶大だ。

 何しろ今、目の前でヒーローが負けたんだから。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「トワちゃん!? トワちゃーん!?」

「立てよトワ! 死なないんだろ!? 絶対負けないんだろ!?」

 

 子供達が泣いている。

 外典は彼らを見て、彼らに一歩、近寄って言う。

 

「怖いか?」

「ひ……っ」

「怖いなら戦え。抵抗しろ。ヒーローなんて役に立たない。最後に信用できるのは自分だけだ」

 

 体育祭を中継していたマスコミがいるので、この様子も流れてる。

 会場はどうなってるんだろう。

 中止になっちゃったりしたら可哀想だけど。

 

「観念して自首しなさい! ヒーローよ!」

「これ以上の狼藉は我々が許さぬ!」

「Mt.レディにシンリンカムイか。ふん。こいつの二の舞になりたいのか」

 

 地面から氷の錐が連続して出現。

 レディさん達はうまく避けたけど、外典との直線を塞がれてしまう。

 

「Mt.レディ、避難誘導を!」

「え、ええ!」

 

 レディさんの巨大化はサイズ調整がきかない。

 氷を壊すのにはもってこいでも、周りの屋台や人に被害が出てしまう。せめて人気がなくならないと戦えないのだ。

 他のヒーローが来たことで、さっきの挑発はいったん置いておかれた。

 でも、なかったことになるわけじゃないし、マスコミは逃げずに撮影を続けている。敵に慣れているのも善し悪しとしか言いようがない。

 後で特集が組まれたりするんだろう。「新たなる凶悪敵の出現! ヒーロー社会はこれからどうなっていくのか!」とか。

 

 ――そんなの。

 

 解放軍の言ってることは一面的には正しい。

 でも、それは性善説が全面的に有効で、かつ、理論の流布に暴力が伴わない場合の話だ。自分が敵になってヒーローを倒しておいて「自分で身を守ろう!」って人々に呼びかけるとか頭がおかしいと思う。

 

「トワちゃん! いつまで寝てんの!」

 

 ほんとだよ。

 ここで立ち上がらないで、何が『不老不死』なのか。

 

 ――『蒼炎』瞬間発動。

 

 内外の氷を溶かしつつ体温を上昇。跳ねるように起き上がる。

 

「馬鹿な。こんなに早く復帰できるはずが」

「知らないの? ヒーローは何度でも立ち上がるんだよ!」

 

 全身ボロボロになっても戦い続けたオールマイトみたいに、ね。

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