外典が立ち直るのに要した時間は短かった。
「また凍らされたいか、八百万永遠」
「好きにしていいよ。何度やられても私は復活するから」
言いながら、私は溶け残った氷をぱんぱんと払う。
魔法少女風のコスチュームはぼろぼろだ。もうちょっと発育が良かったら事件映像が放送できなくなってるところだ。
いや、これはこれで別の法に触れるかもだけど。
「ヒーロー校の体育祭に来て、逃げられると思わないでね」
「捕まるかどうかは問題ではない。志を遂げられるかどうかだ」
外典は動じない。
彼は熱狂的な四ツ橋の信者だ。あの男の理想を遂行するためなら、たぶんなんでもやる。そういう風に育てられたか、洗脳されたかしたんだと思う。
他の生き方はできない。
デストロからリ・デストロ、そして外典。
一人の敵が一人、また一人と新たな敵を生み出してしまう、負の連鎖。
「あなたは間違ってる」
彼自身は可哀想な人なのかもしれない。
それでも、敵に対するヒーローとして、私は言う。
「もちろん、みんなが自分で身を守れるならその方がいいよ。でも、そうできない人もいる。“個性”は一人一人違うんだから、傷つけるための“個性”を持たない人がいる。人を傷つけられない優しい人だっている。警察やヒーローはそういう人のために生まれたの」
「お前に何がわかる」
「わからないよ! 『普通の人』に呼びかけるために『敵』になって、暴力を振りかざすような人の気持ちは!」
「ヒーローと敵の違いなど、体制側かそうでないかに過ぎない」
「そうだね。私利私欲のために力を振るうなら、体制側でも、そのヒーローは敵だと思うよ」
誰かのために戦えないような人間は、きっと試験に受からないだろうけど。
――私の言葉は、避難を続けているみんなにも届いたはずだ。
外典達の思想に染まるのは構わない。
でも、敵になるのはやめてほしい。他のみんなのことを顧みるのを忘れないで欲しい。
私は気配遮断モードで地面を蹴る。
「!?」
迎撃しようとした外典は気配のなさに戸惑ったのか、明確な防御に出た。
跳躍し、氷でできた龍を作ってその上に飛び乗る。そして、
「
私の全身を氷が覆った。
――起動『蒼炎』。
あっという間に氷が溶けて、解放された私は再び走り出す。
氷の龍に向けて跳躍して、
「何度凍れば気が済む」
空中で氷漬けになって地面に落下、着地すると同時に割り砕いて脱出。
「何回でも試してみればいいよ!」
「ただし、その前に捕らえさせてもらう……!」
氷の障害物を回り込み、ひっそりと忍び寄っていたシンリンカムイが氷の龍へと跳び乗った。
私は囮。
派手に動いて注意を引くのが目的で、本命はシンリンカムイの方だ。
「邪魔だ」
駆け出してすぐに凍り付く、蔦状の腕。
「幸い、寒いのは割と得意でな――!」
でも、本人が言う通り、シンリンカムイの身体は植物。氷耐性はそれなりに強い。龍に叩きつけて砕けば、すぐに使えるようになる。
「近づくのが困難ならば、喰らえ、種マシンガン!」
「そんな技あったんだ」
名前がどこかから訴えられそうで怖い。
効果はそのまま、硬い種を射出してぶつける技のようで、シンリンカムイには貴重な遠距離攻撃技。
だけど、これも外典が出した氷の壁に阻まれ、空しく落ちた。
「あれを植えたら急速成長するとか、そういうのはないんですか!?」
「それはさすがに超人技にも程があろう!」
確かに。
植えた種からシンリンカムイが生えてきたりしたら作品が変わってしまいそうだ。
「……まあ、今度チャレンジしてみるが」
「するんですか」
「漫才をしている暇があるのか」
ごごご、と、地響きが聞こえる。
「何をした!?」
「地下下水道の水をまるごと氷に変え、操ってやる。……八百万永遠を倒し、民衆を扇動するつもりだったが、こうなっては『大いなる脅威』でも作り出さなければインパクトが足りない」
まだそんなことをするつもりか。
「させるか!」
「止められるか、お前達ごときで」
シンリンカムイの猛攻もあっさりと弾かれる。
何しろ、相手は氷の龍を作って高いところにいる上、氷の壁や鎧を作って簡単に攻撃を防いでしまう。“個性”の規模とコントロール能力がけた違いだ。
でも、
「させない!」
全力の跳躍なら、届かない距離じゃない。
「無駄だと――!」
「無駄じゃない!」
形成される壁に、私は拳を振るう。
硬い手ごたえ。
でも、命中した瞬間、氷はじゅっと溶け始め、脆くなったところからぱきんと砕けた。
「な、に!?」
種は簡単。
ストックしている“個性”を使って腕部分の体温を超高くしただけだ。
もちろん、金属か何かでできてるとか、エンデヴァーみたいにそういう“個性”じゃない生身でこんなの多用できないけど、ブレイクスルーにはなった。
私は氷の龍の上、外典のすぐ傍に辿り着く。
「何をした、八百万永遠」
「何度も冷やされたせいで、温度調節がおかしくなってるんだよ」
「世迷言を!」
細切れにされても復活します、も十分世迷言だと思う。
複数本にわたって投射されてきた氷の槍を、熱くなっていない方の拳で叩き落とす。
「コントロールが鈍ってる」
「っ」
「さっきみたいに私やシンリンカムイさんをいきなり串刺しにしないのが証拠。片手間でできる操作じゃそのくらいが限界なんでしょ?」
なら、距離を詰めるのは難しくない。
一気に接敵して、腹に一撃を――。
「舐めるな」
どん、と、私のお腹に衝撃。
特大の、氷の槍。
地下のコントロールをいったん手放して反撃に転じたのか。
落ちる。
お腹からは出血。すぐに処置しないと命に関わるかもしれない。
普通なら。
「トワ、まだ行けるか!?」
「当然です!」
でも、私もシンリンカムイも、ここで攻めを止めるつもりはなかった。
シンリンカムイの両腕の蔦が絡まりあい、即席の網のようなものを作り出す。それは落下した私を受け止めると、砲丸投げの要領でぐるんぐるん振り回して、
「行け!」
「これ、女の子にする扱いじゃないですね!?」
一応文句を言いながら、私はさっき以上のスピードで飛んでいく。
「来るな」
氷の槍を叩き落とす。
氷の壁を、熱した拳で突き破る。
氷の龍に激突し、頭部を砕きながら更に上空へ。
「来るな!」
落下しながら放とうとした蹴りは、数えるのが面倒くさいレベルの氷の針に迎撃された。
全身に突き刺さり、体内に潜り込み、神経をずたずたに傷つける。完全に勢いを殺されたところで特大の槍がお腹に風穴を開けた。
さすがに、簡単には復活できない。
落ちるしかない。
一度でも触れられれば最悪『
こうなったらもう、私は戦えない。
だから。
「後はお願いします、レディさん」
「任せなさい!」
巨大化したレディさんの手のひらが私をあっさりと受け止め、空いている方の手が、頭部のなくなった氷の龍を完膚なきまでに打ち砕いた。
◆ ◆ ◆
「Mt.レディ」
外典は自分の落下を、氷の龍の再構築によって防いだ。
「Mt.レディ!!」
再構築された龍は、さっきのような東洋の細長いそれを通り越し、更なる姿へと変貌していく。
細長い首の先にずんぐりと大きい胴体が形成。
胴体からは更に一つ、二つ、三つ――最初のものも合わせて計八本の首が生え、ガラスのように透き通った瞳で女巨人を睥睨する。
氷でできたヤマタノオロチ。
「あら、怪獣? いいじゃない、真打ちに相応しい相手だわ」
レディさんは私の身体を、下にいるシンリンカムイに向かって「落とす」と、オロチを「見下ろした」。
「来なさい化け物! 私の妹分を痛めつけてくれた借り、きっちり返してあげるわ!!」
「死ね、Mt.レディ!!」
八本の首がレディさんに殺到。
太いのと硬いのをいいことに、そのまま首でぶん殴りにかかってくるも、レディさんは全く怯まなかった。
首の二本が無造作に捕まれへし折られる。
残り六本は身体に当たるも、そんなことは気にしない。折った首を捨てたら他の二本を掴んでへし折り、また捨てる。
「……私達が苦労したのは一体」
「言うな」
コンビを組んでるシンリンカムイはよく感じるのだろう、目を細めて言った。
後四本なら楽勝じゃん、と思ったけど、さすがに外典も強い。
折られた首は“個性”を使って即座に復元。本数を戻して攻撃してくる。
「へえ、本当にヤマタノオロチみたいじゃない!?」
レディさんはこれを見て戦法を変更。
首の一本を掴むとオロチを持ち上げ、胴体を地面に叩きつける。みしみし、と、細かい罅割れを起こす氷の胴体。外典は即座に修復。七本の首がレディさんの首をぶっ叩く。
戦いは根競べの様相を呈した。
――長期戦になれば、レディさんが不利だったかもしれない。
氷の元になる水は空気にも含まれている。
素材に事欠かない外典に対し、レディさんは身一つで戦わないといけない。巨体と怪力を持つ代わりに私みたいに再生できるわけでもなく、ダメージと疲労は確実に蓄積されていく。
でも。
それはこのまま、レディさん対オロチが続いていればの話だ。
そもそも、外典はどうして地下の水による大規模テロを急いだのか。
レディさんの本格参戦に声を荒げて憤ったのか。
勝てないから? 違う。逮捕されるかどうかは問題じゃないと言いながら、本当は恐れていたからだ。勝てなくなるのを。
時間をかけて、他のヒーローがやってきてしまうのを。
「これで、どうっ!」
何度目か、オロチの胴体が砕けて、
「―――」
再生、しなかった。
外典が目を見開き、ある方向を振り返って――敗北を悟ったように、口をぽかんと開けた。
「イレイザー・ヘッド」
私にとってはしばらくぶりに見る顔が、そこにあった。
「体育祭中だってのに、派手にやらかしてくれたな、おい」
心なしか私達に向けて言っている気がするのは、気のせいだろうか。
◆ ◆ ◆
相澤先生の『個性消去』を受けた外典にシンリンカムイの『ウルシ鎖牢』を防ぐ手段はなかった。
外典は厳重な拘束の末、警察に引き渡し。
「……ご協力感謝します、ヒーローの皆さん」
私とレディさん、シンリンカムイは、相澤先生から感謝の言葉を受けた。
「あらあらー、イレイザー? かたっ苦しい顔がいつにも増してかたっ苦しくなってるケド? どうしたんですかー? 私達は学校を救った英雄なんですケド?」
「うるせえ。お前、そっちのちっこいのから変な影響受けてないか」
「え? 私はもともとイイ性格してたと思うけど」
「なお悪い」
ぴしゃりと言ってレディさんとの会話を打ち切ると、先生はシンリンカムイに頭を下げ、それから私のところへ来てくれた。
「無事か?」
「はい。これくらいなら慣れっこなので」
明らかにズタボロの私を見て「無事か?」もないと思うけど、まあ、私にとって本気で「無事じゃない」状態って「再生するエネルギーがない」っていう緊急事態くらいだもんね……。
「そうか」
頷くと、先生はどこか遠くに視線を逸らして、
「まあ、その、なんだ、助かった」
「……はい」
久しぶりに見た先生のツンデレは微妙に破壊力が高くて、一、二か月のことだというのに懐かしくなってしまった。
「先生。体育祭はどうなりましたか?」
「とりあえず一時中断している」
スタジアムの外とはいえ、敷地内で敵が出たのにそのまま続けるわけにはいかない。
レディさんやシンリンカムイだけじゃなくて他のヒーローも敷地内の見回りや避難誘導をしてくれていたそうで、教師達も協力して対応にあたっていたらしい。
「ただ、あの状況で中にいた客を出す方が危ないからな。中の人間は生徒も含めて待機していただけだ」
「じゃあ……?」
「ああ。そろそろアナウンスが出るだろ」
言った傍から電子音が響き、校長の声が聞こえた。
『やあやあ、騒がせたね! 警備をかいくぐって敵を侵入させてしまったことは申し訳ないが、暴れていた敵は逮捕した。数十分遅れにはなるけれど、〇〇時から体育祭を再開しようじゃないか!』
わあああああっ、と、湧きあがる歓声が私の耳にも届いた。
「……そっか」
良かった。
「体育祭、中止になったらどうしようかと思いました」
「トトカルチョにでも参加してたか?」
「あれ十八歳過ぎないと買えないじゃないですか」
クジが買えないプロヒーローも私くらいだと思うけど。
「妹。……せっかくだ、見ていくか、体育祭」
「いいんですか?」
「その格好で歩かせるわけにもいかんし、傷を治す時間も必要だろ」
そういうわけで、ある意味外典のお陰で、私は途中から二年生の体育祭を見学できることになった。
本格的に原作の敵が尽きてきた気がします。