死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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その後のトガ

「ヒーロー事務所ってのは本当に忙しいのね」

 

 我らが八百万ヒーロー事務所。

 愛用のノートパソコン(本人はジェントルと呼んでる)を操作しながらラブラバがぼやいた。

 事務所が本格始動してからしばらく経ち、通常業務くらいは戸惑わなくなってきてる。頻繁にわからなくなるので、その都度マニュアル(Mt.レディ事務所やナイトアイ事務所からもらってきた)を開かないとだけど。

 

 研修の時間が減ったからといって仕事が楽になったかというと、そうでもない。

 研修してる間に溜まり気味だった仕事や、今まで目に入らなかった仕事が次々タスクに積まれていくので、むしろ、どんどん忙しくなっている気さえする。

 

「あはは。やりがいがあっていいですよね」

 

 所長決裁が必要な書類に目を通し、ハンコを押しながら苦笑するとジト目で睨まれて、

 

「雄英体育祭の件が滅茶苦茶面倒なんだけど」

「う」

「収入になるのはいいけど支出も増えたんだけど」

「ぐ」

 

 目を逸らしても視線が追っかけてくる。

 しばらくそうしていた後、根負けしてため息を吐いた。

 

「……仕方ないじゃないですか。押し付け合いに負けたんですよ」

「自分でも面倒な案件だって自覚あるんじゃない」

「そりゃそうですよ」

 

 雄英体育祭で外典を倒した件は、最初に遭遇して食い止めた私の手柄ということになった。

 前科がないものの、解放軍の残党であり、雄英体育祭という危険なタイミングでの出現だったこと、それから彼の能力が考慮され、報酬はかなりの額になると伝えられた。

 ただし、手柄が私のところに来るということは、壊した設備の修繕費用の請求もうちの事務所に来てしまう。

 

『レディさんが倒したんですから、ここは譲りますよ』

『いやいや。トワちゃんがいなかったらもっと被害出てたじゃない』

『ええ。私はだいたい自分の身体で受け止めたので、壊れたのは他の要因ですよね』

『ははは。いいから貰っときなさい。立ち上げ初期の収入は貴重でしょ』

 

 敵出現による損害は国がある程度保障してくれる。

 損害額から保険が適用される分などを控除した額を国が一括で被害者(今回の場合は雄英)に支払い→保障される額を差し引いた分を当事者(ヒーロー個人か所属事務所)に請求→必要書類を提出することで過失に応じて請求額が減額という手順なんだけど、この「必要書類を提出」が死ぬほど面倒臭い。

 スーパー技術革新で工事費用が凄く安い世界だけど、それにしたって学校とか企業レベルの損害額って想像を絶するものになる。支払いは一部だけ+別個で報酬が出るとはいえ、減額される前の請求額が通知されて来た時はちょっと肝が冷えた。

 報酬から損害額が引かれるんじゃなくて、それぞれ別個に付与&請求なのがまた怖い。

 大体の場合、報酬が振り込まれる方が請求が確定するよりずっと遅いので、一時的に資産が「がくっ!」と減るし。

 

 ちなみに今回の場合はしかるべき書類を出すことで被害額と報酬をMt.レディ事務所、シンリンカムイ事務所に割り振ることができたんだけど、当然、そうすると書類が増える。

 レディさんが断固として拒否したのも仕方ない話だ。

 最初に発見したのが私、応援が来るまで食い下がったのが私、一般人を庇ったのが私、主に怪我したのも私、設備壊しまくったのはレディさんという状況では、出費ばっかりかさんで大した収入にならない。

 

『トワちゃんはいいわよね。身体も周りへの損害もコンパクトで』

 

 嫌味じゃなくて割と辛そうに言われてしまっては「ごめんなさい、うちで引き受けます」としか言えなかった。

 

「でも、ラバさんのお陰で助かったんですよ?」

「その名前で呼ぶなって言ってるでしょ。……というかよく言うわよ。私がやるのが早いからお願いします、って、みんなして押し付けてきた癖に」

 

 お役所への提出書類は基本的に紙媒体で電子化されていないんだけど、ラブラバはこれが気に入らなかったらしく、よく使う書類を悉く、そっくりそのままの形でパソコン内のアプリケーションによって再現、キーボードで入力して印刷すれば「はい書類ができあがり」というシステムを構築してくれたのだ。

 問題があるとすれば、センスライさんも私もパソコンにはあんまり強くなかったこと、宮下さんはそこそこ情報関係に強いもののラブラバほどではない、ということで、楽をしようとした結果、ラブラバの仕事が増えてしまったことか。

 

「すみません。私ハイテクな機械って苦手で」

「当たり前にスマホ使ってる奴がマニュアル見ながらでも音を上げてるんじゃないわよ!?」

「いや、パソコンはofficeで表計算するくらいが限界ですって」

「生々しい例えは止めてくれない!?」

 

 そう言われましても。

 と、事務所内の掛け時計に目をやった私は「もうこんな時間?」と立ち上がった。

 

「すみません、そろそろ私は外出しますね」

「あ? ……ああ、今日は警察だっけ?」

「はい。友達に会う日なんですよ」

 

 お金にはならない、ただの個人的な我が儘なんだけど、こればっかりは譲れない。

 警察に対して融通が利くのはプロヒーローの特権。ホークスほどじゃないにせよお偉いさんの犬と化しているのは、半分くらいこのためと言っても過言じゃない。

 うきうきし始めた私にラブラバはため息をついて、

 

「……殺されないようにしなさいよ」

「大丈夫ですよ。今日は返り血の処理する時間ないですから」

「そう言う問題じゃないでしょ!?」

 

 事務所にラブラバの絶叫が木霊するのは割といつものことだったりする。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 というわけで、やってきましたとある刑務所。

 

 ヒーロー免許と一緒に名乗るとあっさりと中へ通してくれる。

 まあ、ぶっちゃけ、免許見せなくても顔が見えた時点で「ああ、あの子か」ってなったけど。魔法少女のコスチュームを着て堂々と刑務所に乗り込んでくる幼女なんて私以外いないもんね……。

 

「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」

「お忙しい中、無理を言って申し訳ありません」

「いえいえ。トワさんのお噂は私も聞き及んでおりますので」

 

 まずは所長さんに面会。

 とてもいい人で、笑顔で私に応対してくれた。

 

「……それに、その。我々としても『そろそろ限界か』と思っていたところでして」

「トガちゃんが暴れたりとか?」

 

 遂にストレスが限界に達したか、と、私は大して驚かないで尋ねてしまう。

 酷いといえば酷いのかもだけど、トガちゃんがろくに血を見ず「ちうちう」もせずに長期間我慢できるわけがない。あれは性癖とかそういうレベルじゃなくて、トガちゃんがトガちゃんである限りそう簡単に切り離せない習性なのだ。

 と、所長さんは慌てて、

 

「いえ、そこまでは。ただ……」

「ただ?」

「『永遠ちゃん分が不足しているのです』と言っては変身するものでして」

「あー……」

 

 私に会えない期間が長すぎて私に変身して紛らわせちゃってるのか。

 嬉しいような、どうしていいか困るような。

 

「あの、それ、リストカット始めたりとかは?」

「……お察しの通りです」

 

 ですよね。

 私を切り刻めない欲求を補うには変身して自傷、っていう発想になりますよね。トガちゃんの衝動を満足させるのにあの方法は仕方なかったと思うけど、トガちゃんの中で私の存在が大きくなりすぎちゃったかも。

 でも、私がそれを強いたんだ。

 トガちゃんに我慢させてしまった以上、私はそれに責任を持たないといけない。

 

「会いに来れて良かったです」

「いや、本当に」

 

 所長さんがしみじみと頷くのを見て、本当に申し訳ない気分になった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 所員の人に案内してもらって向かったのは監禁施設ではなく、刑務所の厨房だった。

 

「No.TF01――あ、いえ、失礼しました。トガヒミコさんは現在、こちらで調理の仕事に従事しています」

「気にしないでください。皆さんのお仕事はわかっているつもりです」

 

 収容されている人間を番号で呼ぶのは情が移らないようにだろう。

 人扱いされていないのは酷いと思うけど、トガちゃんが犯した殺人は今の法体制では悪なのだ。嫌なら犯罪に手を染めなければいい、というのも正しい理屈。

 罰を重くするのには「そんな目に遭いたくない」という心理的な抑止効果もあるのだ。

 

「着きました」

「ありがとうございます」

 

 所の厨房は結構広かった。

 最大収容人数を考えるとそのくらいは必要なんだと思う。少なくとも街の小さな料理店のキッチンなんかよりはよっぽど広い。

 中では何人もの職員の方が働いていて、

 

「つまんないです。ニワトリの解体のお仕事とかまたないですか?」

「あんなこと、そうそう何度もできるわけないでしょ」

「ぐちぐち言ってないで手を動かしなさい」

「うー……」

 

 トガちゃんが料理の下ごしらえをしていた!

 

「すごい」

 

 思わず小学生並みの感想を漏らしてしまう私。

 だって、凄いと思う。

 トガちゃんが、あのトガちゃんが、割烹着的な調理服を身に着けたおばちゃん達に混じって、ぐちぐち言いながらも普通に料理してるのだ。

 

 ――え、大丈夫? 近くにいる人殺しちゃわない?

 

 私が「その光景」を見て最初に思ったのはそんなことで……ある意味、私が一番、トガちゃんを信用していなかったのかも。

 

「トガちゃん」

 

 そっと、名前を呼ぶ。

 すると、囚人服の上からおばちゃん達と同じ服を着たトガちゃんは、こっちを振り返って――。

 

「永遠ちゃん!?」

 

 花が咲いたような笑顔と共に、()()()()()私に向かって走り寄ってきた。

 

「永遠ちゃん、永遠ちゃん、永遠ちゃん! 本物だよね!?」

「と、トガちゃんストップ。その振りかざした包丁振り下ろしたら後片付け大変だから!?」

「ツッコミどころはそこでいいんでしょうか……?」

 

 職員の方の困惑した声が印象的だった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「じゃあ、ざくざくするの我慢するために料理始めたんだ?」

「そうなのです」

 

 応接室みたいなところで、監視付きでトガちゃんとお話する。

 トガちゃんは囚人服のまま私に抱きついていて、手には刃先が引っ込む玩具のナイフを持っている。それを勢いよく私の肌に「ざくざく」突き立ててくるんだけど、当然、私には傷一つつかない。

 いや、尖ったもので殴られてるわけだし、柄は硬いから微妙に痛いのは痛いんだけど。

 

「永遠ちゃんが会いに来てくれないからストレスがマッハなんだよ?」

「ごめんね。私も忙しかったし、偉い人がなかなか許してくれなくて。……あ、お花ありがとう。嬉しかった」

「えへへ……喜んでくれて良かったぁ」

 

 でへへ、と、鼻の下を伸ばすトガちゃん。

 超可愛いんだけど……これで普通に彼氏とか作って普通にデートとかできる子だったら、すごく幸せだったんだろうなあ。生まれ持った性質が特殊だっただけでこんなに苦労しないといけないんだから、人生ままならないものだと思う。

 

「永遠ちゃん。せっかくだから食べて欲しいのです」

「あ、うん。もちろんいただくよ」

 

 前のテーブルにはトガちゃん作の肉じゃがが置かれている。

 と言っても、おばちゃん達と一緒に作ったやつの一部だから見た目からして完璧だ。いや、トガちゃんが一人で作ったらこうはいかない、って言いたいわけじゃないけど。

 箸を手にしてぱくっと口に運ぶと――じゃがいもがぼろっと解れて、煮汁がじゅわっと染み出してくる。

 

「……美味しい」

「永遠ちゃん。その意外そうな顔はなんですか?」

「いや、わかってるってば。トガちゃん一人でつくったわけじゃ――いたっ!? 痛い!? 何してるのこれ!?」

「こことここを押さえれば構造的に引っ込まなくなるのです」

「何それ!? なんで見ただけでそんなことわかるの!?」

 

 刃が引っ込むのを強制的に封じられた玩具のナイフでしこたま刺され――殴られた私には痣が出来た。

 

「と、トワさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です。このくらいすぐ治りますから」

 

 実際「すぐ」治るから困る。

 

「永遠ちゃんは殺しても死なないもんね」

「死ぬよ。生き返るだけで」

「……なんですか、その会話」

 

 私とトガちゃんの会話としては比較的普通である。

 

「トガちゃん。お料理楽しい?」

「楽しいですよぉ」

 

 にかっと笑うトガちゃん。

 

「刃物使えるのは嬉しいのです。たまーにニワトリとかマグロとか解体させてくれますし」

「マグロ!?」

「生き物解体できるなら料理人目指すのもいいかなーって、思い始めてるです」

「すごいなあ。私、料理は食べる方が断然好きだから」

 

 料理店の娘やってた頃から一通り料理はできたけど、志望はウェイトレスだったはずだし。

 

「一番解体したいのは永遠ちゃんですけど」

「あはは。解体させてあげたいんだけどねー」

「TF01。そういった言動が刑期を伸ばすのだと理解しなさい」

「……うるさいのです」

 

 あ、やばそう。

 やっぱりストレスが溜まっているっぽいトガちゃんの頭を撫でて、私は囁く。

 

「もっと私が有名になって、トガちゃんが警察の人の信用をもらえたら、一緒にお仕事できないかかけあってみるから。事務所の食事担当、なんて楽しそうじゃない?」

「本当? 永遠ちゃん?」

「本当だよ。だから、一緒に頑張ろうね」

「うんっ」

 

 以後、トガちゃんがちょっと大人しくなったと、所長さんから感謝のメッセージが届いた。

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