電話が鳴った。
「――はい。八百万ヒーロー事務所です」
『フヒヒ。トワちゃん、今日のパンツ何色?』
悪質な悪戯だった。
「電話番号は調べられますから、警察に不審者として通報しますね」
『ぱ、パンツ……』
「白ですけど」
『ひゃっほぉぉぉ――』
がちゃん。
受話器を置いて電話を切った。
「番号、所内メッセンジャーで送ったわよ」
「ありがとうございます。仕事速すぎです、ラバさん」
「次その名前で呼んだら殺すわよ」
「またまた」
八百万ヒーロー事務所は平常運転だ。
◆ ◆ ◆
「……なんか、変態っぽい事件増えてる気がする」
「あんたのせいでしょ」
件のパンツ男ほどひどくないにしても、迷惑電話は結構かかってくる。
デートしてくださいとか、事務所で働きたいですグフフとか、ロリキャラで売る以上はもっと媚びないといかんとか、グッズ売りたいんで許可下さいとか。
いや、最後のはまともな企業の売り込みも混じってるから「検討します」って返すし、善意のご指摘であれば暇な時は相手をするんだけど。
電話だけじゃなくて実際の事件も多い。
白昼堂々事務所に殴り込みに来たと思ったら「トワちゃんに会いたかった」って言われたのが一回、夜中にセキュリティが作動したと思ったら「トワちゃんの寝顔を撮影しに来た」ってのが一回。
事務所の管轄区域内でも下着泥棒だの公衆浴場の覗きだの。
「え、私の影響で性犯罪が増えるんですか……?」
ドン引きなんですが。
「嫌なら『白ですけど』とかしれっと答えるの止めなさいよ!?」
「いや、そのくらいならいいかなって……」
「良くないわよ。そんなことやってるから一部界隈で『神対応』とか言われるのよ」
「褒められてるならOK――っていう界隈じゃないんですよね、多分」
「正解」
ラブラバはブックマークから幾つかのサイトをぽんぽん、と開いてくれる。
某大手掲示板のスレッドに、個人ブログに個人サイト。
どれもいわゆる「女性ヒーローフェチの集い」みたいなページだった。
「例えばこのスレ。頻出拾うとあんた、十位以内に入ってるわよ」
「ビルボードチャートなら嬉しいんですけどね……」
ウワバミさんとかレディさんとかミッドナイト先生とかミルコに混じってると「正気?」と尋ねたくなる。
主に男性が書き込むスレだからか、飛び交っているフレーズはなかなかに濃い。
なんというか、耐性のない女性が見たらしばらく男性不信に陥りそうなくらいには欲望に満ち溢れていた。
「こっちの個人ブログは割とマトモそうですね?」
「ああ、まあ。写真掲載して『好みのポイント』語ってるだけだしね」
厳密には写真も盗撮や肖像権の侵害なんだけど、ヒーローは芸能人みたいなものなので、無断で写真撮ったり載せたくらいで捕まることは基本ない。
ちなみに、いやらしいコラージュを作ったり、プライベートな下着姿とかを撮ったら別件で捕まる。
「最後の個人サイトは……濃いですね」
「犯罪者予備軍のたまり場ね。さっきのスレッドでも『某所』として名前が挙がってるわ。濃い奴らの中でも更に濃い奴らの蟲毒かしら」
画像ページやろくでもない特集ページに独自の掲示板。
掲示板はおおむねヒーロー毎に分かれていて、私にはマニアックなファンがついているのかかなり賑わっている。まあ、有名な女性ヒーロー自体が割とみんなマニアックなんだけど。
(耳、巨大、SM、耳、永遠のロリ、etc)
「ん? 私の話題、一割くらい『ロリ声の事務員さん』が話題になってないですか? ラブラバの出勤写真とかあるし」
「目の錯覚じゃないかしら」
「でもほら、これとか」
「ああもう、個人サイトは削除依頼出してもそうそう消えないから面倒だわ」
話を有耶無耶にされた。
ちなみにセンスライさんも「おねロリキタコレ」とかネタにされてたけど、本人は「慣れてるから」とスルーだった。
さすが大人の女性は違う、と感心してしまう私とラブラバだった。
「何の話だったかしら。……そうそう、中でも管理人はとびきりの危険人物よ」
個人サイトなのをいいことに欲望ダダ漏れの記事を更新しまくっている。
さっきのブログが青少年の欲求って感じなのに対して、こっちのサイトの管理人は思考が完全に性犯罪者のそれだ。
長時間見てると気分が悪くなりそうというか、最悪思想に悪影響を受けそうだ。
「実際、こいつはカルト教祖的な人気があるわ」
「ろくでもないカリスマを持ってるんですね?」
「そ。こいつに触発されて盗撮紛いのことやセクハラまがいのこと、果てはガチの犯罪報告まで上がってるわ」
「通報」
「とっくにしてあるわよ」
そりゃそうか。
でも、警察がどこまで動けるかも怪しいところだ。サイト閉鎖くらいはできるだろうけど、サーバー変えて再開されたらいたちごっこにしかならない。
掲示板に集まる犯罪報告一つ一つを本当なのかネタなのか、貼られた画像がオリジナルなのか元の投稿者が別にいるのか調査するには時間もかかる。
「いっそ何かヘマして捕まらないかしら。このモギ田モギ夫」
「あはは、変な名前ですね……って」
私の脳裏にとある人物の顔が浮かんだ。
実像じゃなくて、マンガのキャラクターとしての顔。この世界に転生してからまだ一度も会ってないからだ。
それもそのはず。
原作の登場人物でありながら、彼はヒーロー科に入ってきていない。私が入学したせいで合格者から漏れてしまったからだ。
偶然の一致だと思うんだけど……。
「み、峰田君、信じてるからね?」
「誰よ峰田君って。彼氏?」
「断じて違います」
私はきっぱりと答えた。
◇ ◇ ◇
『峰田? ……ああ、D組にそんなヤツがいたな』
電話越しに淡々とした返答。
普通科にいたんだ、峰田君。
『女好きで、特に女のヒーローに目がない奴だろ。仲いい何人かといつもそういう話をしてたはずだ』
「心操君は仲良いの?」
『そんなわけないだろ。……っていうか、あいつに興味があるのか?』
「恋愛とか友達になりたいとか、そういう興味ではないんだけど……」
私は心操君にお礼を言って通話を切った。
透ちゃん経由で心操君の連絡先を教えてもらい、電話で峰田君の心当たりを聞いてみた。普通科にいた彼なら他の科の生徒に詳しいと思ったからだ。
駄目ならデクくん経由で発目さんにも聞いてみるつもりだったけど、幸い一発目でビンゴだった。
といっても、突きとめて何かできるわけじゃない。
いきなり乗り込んで「モギ田モギ夫!」とか名指しするわけにもいかないし。
それで別人が犯人だったらどうするのか。
「となると次は……警察かな?」
私はサイバー犯罪対策課? とかそんな感じの部署に繋ぎが作れないか、ホークス宛にメールを打った。
◆ ◆ ◆
「有名なトワさんに協力願えるとは光栄です」
「そんな……。むしろ、我が儘を聞いていただいて申し訳ありません」
幸い、すぐにコンタクトを取ることができた。
さすがホークスというべきか、その日のうちには「了解が取れたんで連絡先送りますね」と返信が来たのだ。そこからまたメールを送ったり電話したりして数日後、私はとある会議室にいた。
「例のサイトについては我々も目をつけていたんです」
「それじゃあ……」
「ええ。連動していると見られる現実の事件も増えていまして。対策に乗り出さないわけにはいかなくなってきています。なので、ご協力いただけるのであれば心強いです」
「良かった。こんな事件、早く解決しましょう」
警察ではネット経由で管理人の個人情報の抜きだしを試みつつ、最近捕まった性犯罪者のサイトとの関連、何か情報を持っていないかを調べている最中だという。
「じゃあ、私は別方向から調べた方がいいですね」
「何かプランがおありなのですか?」
「はい。囮作戦が実行できないかな、と」
案を話すと、担当者さんは頷いて了解してくれた。
「ただ、逐一連絡をください。荒事になりそうな際は連携して動きましょう」
「わかりました」
◆ ◆ ◆
私はラブラバにも手伝ってもらい、この前見たブログサイトの管理者に連絡を取った。
悪質個人サイトの名前を出した上で「止めるのに協力してもらえないか」と持ち掛けたのだ。
メールにはラブラバ謹製の暗号によってうちの事務所の名前を仕込んだ。
返信は夜のうちに届いていた。
自分にできることなら協力する、という内容。
私は実際に彼(仮)と会うことにした。
待ち合わせは平日午後十六時のとある駅前。
というか、雄英最寄り駅。
この時点で妙な予感を覚えつつ、こっそり警察官に監視してもらいつつ、私自身も隠れて相手の出現を待つと――現れたのは案の定、ブドウ頭をした小柄な少年だった。
「こっちが峰田君だったの……!?」
驚いた声を上げたせいか、警察の人が「どうしますか?」と聞いてくるが、
「大丈夫です、会ってきます」
と、私は顔を見せることにした。
「初めまして、地雷処理班さん」
「……ほ、本物だ」
騒がれないための伊達眼鏡と帽子をずらして挨拶すると、峰田君は口をぱくぱくさせながら言った。
◆ ◆ ◆
峰田君は「そこのハンバーガーショップにでも」ってノリだったけど、落ち着いて話ができないので個室のあるレストランに移動した。
移動中に相澤先生に連絡して、峰田君の門限を伸ばして(くれるように担任の先生に頼んで)もらった。
「好きなものを頼んでください」
「じゃあスマイル一つ」
「そんなにハンバーガー食べたかったんだ!?」
思わずツッコむと、峰田君は「このキレ……本物だぜ」とほろりと涙した。
「どうせならおっぱいでかいヒーローと会いたかったけどな」
「へー。ふーん。そうですかー」
「オイラが悪かったので話を進めてください」
遠慮なく、と言いつつステーキセットを頼んだ峰田君に「それだけでいいんですか?」と聞きつつジャンボハンバーグセットのご飯大盛り+エビドリア+野菜たっぷりクリームパスタを注文してから本題に。
「あのサイトの実情はご存知ですか?」
「ああ。あの管理人はオイラ的にもなんとかして欲しい。マジで」
「何か被害でも?」
「知らない? ハンドルネーム、パクられてんのよ」
管理人が使っている「モギ田モギ夫」は峰田君が使っていたハンドルネームらしい。
なのに、後から現れたあの管理人が被せてきた。
とはいえ、本名ならともかくハンドルネームだ。正当性の主張も難しいし、個人サイトの管理人では外野を巻き込むのも限界がある。
事を荒立てるよりは、と、峰田君の側がハンドルを変えて事なきを得た。
「でも、気持ちいいもんじゃないよね、正直」
「それはそうですね……」
「それに、あいつのサイトには美学がない」
「美学?」
「エロのためになんでもやる姿勢はいい! だけどな! あれじゃ『エロい情熱を吐き出してる』んじゃなくて、ただの犯罪自慢だろ!?」
いや、犯罪犯すこと自体も駄目だからね?
「じゃあ、協力してもらえますか?」
「いいよ」
峰田君はあっさり頷いてくれた。
「あそこは低俗な馬鹿が絶賛してるけど、マニアにはうちの方が評価高い。うちが煽れば乗ってくる可能性は高いよね」
「それは頼もしいです」
こうして作戦は開始された。
◆ ◆ ◆
作戦は簡単。
峰田君が自分のブログで例のサイトをさりげなく貶す。
「最近、ヒーロー愛もろくにない犯罪自慢みたいなサイトが台頭してるけど、お前らはそんなところに行かないでここを愛してくれよな!」
とか。
何回か繰り返しつつ、例のサイトの方にも批判コメントを書き込む。
するとヒット。
峰田君のところに攻撃的なメールが入った。
見るに堪えない文面はスルーしつつ、煽るような文面を返信してもらう。
「じゃあ直接やり合おうぜ! 場所はここで時間はこれな!」
直接と言っても、こっちが用意したチャットルームだ。
まあ、相手の手中に入るのは危険だって少し考えればわかることではあるんだけど、頭に血が上っていると意外にそういうのはどうでもよくなるもの。
相手は、乗ってきた。
峰田君には適当に言い合いをしてもらいつつ私達は、
「ラブラバ、どう?」
「解析中。……一応対策はしてるみたいだけど、プロじゃないわね。素人の付け焼刃。こんなもの私にかかればないも同然よ」
さすが、重要情報を単独でハッキングした凄腕。
「割れたわ」
「じゃあ、行きましょうか」
私は警察の人達と一緒に立ち上がった。