「ここが、例の管理人の家……」
閑静な住宅街に佇む一軒家。
性犯罪を犯すのは寂しい男性が多い――というと偏見になっちゃうだろうか。でも、イメージよりはいい家に住んでいる。
『二十五歳、職業はWebプログラマー。既に両親は他界しており、現在は一人暮らし。表向きの職業での収入は微々たるもので、主な収入は広告収入やアダルト動画の販売等によるものね』
ラブラバからの情報は移動中に確認済み。
違法行為抜きにしても、あんまり好ましいとは思えない人種だ。
「令状は取ってありますので、トワさんは相手が暴れた場合の対処をお願いします」
「わかりました」
警察の人と一緒なので、私は後ろで見守っていればいい。
出番がないまま終わってくれれば平和でいいんだけど。
――彼が出てくるまでには、ベルを数回鳴らす必要があった。
玄関のドアが開いて、中から顔を出したのは、情報にあったのと一致する容姿の男性。髪はボサボサでラフな部屋着姿。ポリポリと頭をかきながら私達を見て、
「……どちら様ですか?」
間延びした声と裏腹に心音が異常に速いことを、こっそり起動した聴覚強化の“個性”が捉えた。
玄関先に設置された監視カメラはダミーじゃなくて本物か。
今どき、防犯のために設置する人も多いから「悪いことしてます」っていう証明にはならないけど。
警察手帳が提示され、所属と用件が伝えられる。
「Webサイト上への違法画像・動画の掲載、および犯罪教唆等の容疑がかかっています。一度、近隣の署までご同行いただけますか?」
「な、警察? 何かの間違いじゃないですか? サイトって、俺、悪いことなんて何もしてませんよ」
「悪いことをしているかしていないか、こちらで確かめるためにもご同行ください」
こちらは令状を取って来ているのだ。
警察の捜査により悪質サイトの関与が確定→先んじて令状を発行→ラブラバのハッキングによりサイト管理者の情報を入手、という非正規の手順を踏んでいるのであまり大きな声では言えないけど、違法捜査ではない。
「ええー?」
彼は戸惑うフリをしながら先頭の警察官の後ろ――つまり、私を含めた後続を見て、
「あ、キミってトワちゃんだよね? プロヒーローの。捜査協力お疲れ様です!」
ぱっと表情を輝かせたかと思うと声を弾ませてくる。
心音がちょっと落ち着いた。突破口にするつもりか。
「ねえ、トワちゃんからも言ってよ。この人達、ロクに証拠もないのに俺が悪いことしたって言うんだよ。そういうのって良くないんじゃないの? ケーサツノフショージ、とか、よくニュースになってるじゃん」
「すみません。ヒーローは犯罪捜査に協力することはできますが、警察の捜査を妨害したり、停止させる権限はないんです」
私はできるだけすまなそうな顔を作って答えた。
「私達としても、何もないならその方がいいんです。玄関先で騒ぐとご近所に迷惑ですし、お話聞かせてもらえませんか?」
「はあ? 何言ってんのお前?」
懇願が効かないと見るや、彼は即座に方針を変えてきた。
声を荒げ、私を睨みつけ、口汚く罵ってくる。
「『不老不死』のロリババアがかわい子ぶってんじぇねえよ。ヒーローってのは善良な市民の味方だろうが! なに国家権力の犬になってんだよ!?」
「国家権力があるから街の平和が守られているんです。私達ヒーローはあくまでそのお手伝いをしているだけです。……こちらとしても手荒な真似はしたくないので、大人しく従っていただけませんか?」
「ちっ」
舌打ちする彼。
一方、苛立たしげなポーズとは裏腹に、心音はどんどん落ち着いていっている。
――ふうん?
何か企んでるっぽい。
センスライさんにも来てもらえばよかったかもしれないけど、彼女はむしろ署での取り調べ向きだ。どっちにしても今はいない以上、ここは私が動いてみる。
「モギ田モギ夫さん、サイト拝見しました」
「……は? 何その名前。ハンドルネーム?」
「見るに堪えないサイトでした。私の写真もありましたけど、パンチラだとか服が破けてる写真だとか、正直、非常に腹立たしく思います」
「はあ。えーと、あのさー。だから人違いなんだって。どうでもいい話するくらいなら帰ってくんね?」
うん、間違いない。
時間が経つほど心音が落ち着いていくってことは、彼がしたいのは時間稼ぎだ。
「ところで、警察の技術はすばらしくてですね」
「ん?」
「データを消去したところで復元できるんです。Webサイトの情報にしても、複数のサーバーを経由しようが、時間をかけて追えば足跡を発見できます」
「っ!?」
「さあ。十分お話しましたし、そろそろ従っていただけますか?」
「………」
モギ田(仮)が俯く。
彼は悔しそうに肩を震わせ、そして――。
「皆さん、下がってください!」
「従うわけねえだろうが、ばぁーか!!」
私は前にいた警察官を引っ張るようにして後ろへ押しのけると、背中のステッキを手に取り、思いっきりフルスイングした。
モギ田はその間に後ろへジャンプし、両手から何やら白く濁った液体を発射している。
飾り付きのステッキの起こす風圧が液体の勢いを軽減、警察の人達が後ろに後ずさってくれたお陰で、振りかけられたのは私と、周囲の無機物だけで済んだ。
肌に触れると若干、ぴりっとする粘液。
その効果はすぐに表れて、
「な、何これぇ!?」
思わず悲鳴を上げてしまう私。
ステッキの柄が、魔法少女衣装が、粘液のかかった部分から溶けてボロボロになる。幸いと言っていいのか、生体には効果を発揮しないみたいだけど、耐熱や耐冷処理の施された装備をこうも簡単に無力化するなんて。
これが、彼の“個性”。
「エッチな想い出を消却することで、それに応じた結果を齎す――『淫望』」
「そーいうことぉ!」
テンションの上がっている男の周囲、何もない空間から複数の触手が突如出現、にゅるにゅると伸びてきたかと思うと、私の四肢に絡みつく。
いやいやいや、なにこれ!?
前情報で聞いた時にも耳を疑ったけど、こんなの出したらマンガのジャンル変わっちゃうよね!? ギリギリ少年マンガではいられるかもだけど、お色気系とかのレッテル張られて真面目な展開できなくなるよね!?
だから原作では出てこないんだろうけど!
「“個性”の不正使用は法律で禁じられています、直ちに使用を中止してください!」
「聞くわけねえつってんだろアホか!」
「ああ、そう。じゃあ、力づくでなんとかするしかないよねっ!」
ピンク色のぶよぶよした触手を力づくで引きちぎり、私は宣言する。
「これより貴方を
「それはこっちの台詞なんだよ!」
不本意ながら、私はモギ田モギ夫との交戦を開始した。
◆ ◆ ◆
「ゴブリン! オーク! あいつを狙え!」
「悪いけど、ご都合主義は通用しないからっ!」
次々産み出され、殺到してくる醜悪な怪物達を端からぶっ飛ばす。
ぶっ飛ばされた一体が別の仲間に当たって連鎖的に倒れるのがある意味爽快だけど、一定以上のダメージを与えて消滅させない限は起き上がってくる。
とはいえ、数だけ居たところで所詮はモンスター、油断しなければ攻撃を喰らうことは、
「
「なっ!?」
虚空から生み出された謎の拘束具が直接私の自由を奪ってくる。
「
「きゃあああああぁぁっ!?」
甘い痺れを伴う謎パワーが全身を襲い、身体の力が入らなくなる。
「
「うううううっ!?」
お腹の辺りに趣味の悪い模様が浮かび上がって、身体に妙な熱が生まれる。
「現代の創作物ってのは便利だよなぁ!?
「あ、ああ……」
「“個性”届の内容だけでは脅威度は測れないというのは鉄則だが、これは――」
遠巻きにした警察官達が絶望の声を上げている。
抵抗された場合を想定してセメントガン等の拘束装備は用意してきてたけど、ゴブリンやらオークやらが周りを守っているせいで当てられない。
何より、想像を遥かに絶する猛攻を前に、逮捕などと悠長なことを言っている暇さえあるかどうか、
「ひ、避難! 市民に避難を呼びかけるんだ!」
「は、はいっ!」
あまりにも現実離れした光景に思考が麻痺していたんだろう。
慌てて動き出す彼らを見て、私は「無理もない」と思った。
『淫望』。
馬鹿らしい名前と効果だけど、こうして使われると純粋な脅威だ。
何が来るのか予想がつかない。事前準備が必要+限定的とはいえ、ある種の願望実現能力。加えて言えば、男性に都合のいい欲求である以上、邪魔な同性を排除し異性を無力化する手段に恐ろしいほど長けている。
二次元のマンガやゲームでいいなら材料の補充も簡単だ。
「いや、本当、ファンタジーは反則でしょ……!?」
「なにぃ!?」
拘束具を破壊し、変な刻印を解除して、群がるモンスターをなぎ倒す。
「な、何で動けるんだよ!?」
「何でって言われても。私、行動阻害系は受けるほど耐性できるから」
眠らせるのと身体のコントロールを奪うのはほぼ完全耐性がついてるし、その派生形についてもある程度は抵抗できる。
「っ。なら、俺自身を強化して……!」
「させない」
「ぐ、はっ!?」
オークの一体を殴り飛ばし、ガードしていたモンスターごとモギ田を吹き飛ばす。
その辺のゴブリンをひょいっと持ち上げて二撃目、三撃目。
『淫望』の弱点は、記憶から結果を導き出す「わけじゃない」ことだ。
結果自体を導けるなら、私は一瞬で屈服させられて彼の奴隷にでもなっている。だからゴブリンやオークなんて怪物を出して戦わせる必要があるんだけど、彼らだって「女性に対して無敵」なわけじゃない。常識的な補正がかかってしまうのか、戦って倒せる程度だ。
触手やら拘束具やら活力吸収やらにしたって、抵抗すれば抜け出せる。決して対抗策がないわけじゃない。
といっても、油断はできない。
安全性を考えれば
でも。
「それだけ強い“個性”があるなら、ヒーローにだってなれたんじゃない?」
妄想の全てが悪辣なものとは限らない。
正義の味方になって弱きを助け、ハーレムを築くような健全(?)な方向性だってあるはずだ。
と、モンスターがあらかた消滅し、ボロボロになった玄関から立ち上がったモギ田は皮肉げに笑って、
「できるわけねーだろ」
「………」
「俺がどんな人生送ってきたのかわかるか? “個性”があるってわかったのは小学校高学年の時だ。それまでは無個性だって馬鹿にされてた。喜んだよ。こんな、人様に自慢できないような“個性”だってわかるまではな!」
いじめられた。
笑われ、蔑まれた。
「彼女なんてできるわけがない。俺を相手にしたらどういう風に『使われる』かわからないんだからな! ヒーロー? なれるわけねーだろ!? いいよなあ『不老不死』なんて絶対無敵の“個性”貰って、みんなから愛されてるお前はよぉ!」
「……ごめん」
軽率だった。
彼の気持ちも考えずに言ってしまった。彼の考えが正しいかどうかはともかく、彼だって悩んで、苦しんで、今に至っているんだ。
「言いすぎた。でも、悪いことは悪いことなんだよ! 必要以上にいやらしい目で見られて、実際に欲望に晒されて、嫌な気持ちになるのがわからない!?」
「苦しいのがお前達だけだと思ってんのか!? 俺だって、俺だって、我慢してたんだ! でも、どんどん強くなってくんだよ! 欲望が、衝動が!」
「衝動……?」
「女を犯せ、辱めろ、蹂躙しろ! そういう声が聞こえるんだ! 毎日毎日、毎日毎日毎日っ!」
どういう、こと?
彼が言ってるのは、単に彼の性衝動が強いってことなのか。
やりたくないのにやってしまったっていうのは、単なる言い訳に過ぎないのか。
それとも、私達には見えていない何かがある……?
「ねえ。あのサイトは、あなただけで運営してるの!?」
「サイト? ああ、あれは俺のサイトだよ。共同管理者なんかいないさ。……ははっ。そんな
「………」
わからない。
彼が何を暗示しているのか、考えても思い当たらない。
モギ田の身体が筋骨隆々に変わっていく。
肌まで色黒になり、極めてマンガ的な「力強い男」に変わった彼は、私に向かって駆けてくる。
私は拳を握り、彼のストレートにタイミングを合わせて――ぶっとばした。
「……もう遅いんだよ。始まりは最近じゃない。もっと、ずっと前だ」
意味深な言葉が、私の耳に強く残った。
◆ ◆ ◆
こうして、一つの悪質サイトが警察の手によって閉鎖された。
かなり念入りに削除してなお、サイトに投稿されていたデータの多くがネット上に拡散してしまったみたいだけど、ローカルに保存していたユーザーだっているのだから、こればかりはどうしようもない。
協力者である峰田君には感謝状が贈られた。
「いいコトするってのは気分がいいモンだよな!」
なんて、冗談めかして言っていた。
ヒーローはもう目指さないの? と尋ねると、
「やっぱヒーローはいいよな、って改めて思ったよ」
と笑った上で、ふっと目を細めて、
「だけどさ、同好の士が逮捕されるってのは、切ないもんだよな」
そう、辛そうに呟いていた。
モギ田の取り調べに関してはセンスライさんにも協力してもらい、じっくりと行われることになった。
彼は確実に何かを知っている。
今回の事件はもしかしたら、何らかの大きな事件の引き金に過ぎないのかもしれない――そんな予感を、私は抱き始めていた。