死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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予兆

 悪質サイト事件からしばらく時間が経った。

 

 ヒーローの戦いは日々、続いていく。

 例のサイトの閉鎖で一安心した私を嘲笑うように、各地で「小さな事件」が増えていた。

 

 覗き、痴漢、下着泥棒、職場でのセクハラ等々。

 男性から女性への事件だけではない。

 複数犯もあれば単独犯もあった。SNS等で繋がっているケースも見られたものの、各事件の犯人には面識がない場合が殆ど。

 特定の犯行グループが関与しているという雰囲気はなく、謎めいた現象としか言いようがない。

 

 目に見える形でデータが出たことで、問題視するヒーローも増えている。

 ただ、本格的な捜査はヒーローだけでは不可能だ。

 

 ――モギ田モギ夫の意味深な台詞。

 

 まずはあの意味を確認しないといけない。

 それには警察やセンスライさんに尽力してもらうしかなかった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 果たして、取り調べの結果は。

 

「何も知らなかったわ」

「……え?」

 

 長い前髪で目を隠した長い髪の女性ヒーローは、どこか疲れたように息を吐いた。

 

「ハンドルネーム『モギ田モギ夫』のバックに特定組織や人物の影は一切なかった。ラバちゃんにも協力してもらってメールや電話、SNSの履歴も洗える限り洗ったけど命令者がいた形跡はなし。例の悪質サイト経由の友人・知人は複数見つかったけど、どれも小者だった」

「登録していない“個性”がある、もしくは知られていない使い方がある、とかはないですか?」

 

 コーヒーの入ったカップを手のひらで包み込みながら私は尋ねた。

 カップの中で漆黒の液体が小さく揺れている。

 

「プッシーキャッツのラグドールにも『視て』貰った限り、モギ田モギ夫当人にも、現状捕まえたどの人物にも、洗脳等を実行できる“個性”はなし。違法薬物が使われた形跡もなかったわ」

 

 正確に言うと、モギ田モギ夫の“個性”なら可能性はある。

 ただ、彼は他者を直接操作するのが苦手だった。また、彼自身の淫らな経験を原動力とする以上「不特定多数の同性を洗脳」というのには不向きだろう。

 あの口ぶりからするとモギ田自身も「大きな流れ」の末端に過ぎない感じだったし――首謀者が捕まったのだとすれば、そろそろ事件が減って良い頃だ。

 

「他に何か気になる点はありませんでしたか?」

「モギ田に限らず複数の逮捕者について、衝動の異様な肥大化が見られたわ。それこそ、何かに扇動されたみたいに」

「でも、モギ田はバックに居る人物に心当たりがない」

「ええ。所長に言った台詞は、感覚的に予感していたからだそうよ。彼のような者の増加と、それによる混乱を」

 

 センスライさんは相手の嘘を見抜くことができる。

 ということは、モギ田の言葉に嘘はない。もちろん、大規模な記憶操作を受けている(本人が真実と信じていれば嘘発見は効果がない)可能性はあるけど。

 

「……やだなあ」

 

 私は思わず呟いていた。

 コーヒーをぐいっと飲み干してカップを置くと、センスライさんは髪の奥にある瞳で私をじっと見つめてきた。

 

「トワちゃん。何か気づいているんじゃない?」

「……そういうわけじゃないんです。でも、なんていうか、じわじわ犯罪件数の増えている感じが『アレ』に似てるなって」

「アレ、って?」

感染爆発(パンデミック)

 

 別の作業をしていたラブラバが手を止めて顔を顰める。

 

「縁起でもないこと言うんじゃないわよ」

「根拠がないわけじゃないよ。本人が知らない間に受けた洗脳効果なら『嘘発見』も『サーチ』も『個性消去』も効かないでしょ?」

 

 更にはAFO(オール・フォー・ワン)でさえ意味がない。

 洗脳をかけた当人を見つけて個性を奪えば増え方は大人しくなるだろうけど。

 

「更に、被害者から被害者に『感染』する“個性”があったとしたら……?」

「欲望を増幅する“個性”。数人に『感染』させれば所有者本人が手を下さなくても爆発的に増えていくってわけ……!?」

「最悪のケースね。持続時間や伝達できる人数に限界があると信じたいけど……」

「際限なく自分の分身を作り出せる、なんて馬鹿げた“個性”が普通にあるんですよね……」

 

 場合によっては、当の“個性”所有者はもう捕まってるかもしれない。

 新しい犠牲者を増やさなくても、犠牲者が犠牲者を呼んで日本中、世界中に広がっていく。そんなものどうやって止めればいいのか。

 まあ、そんなこと企む奴ならまず間違いなく、自分はのうのうと当たり前の顔して暮らしてると思うけど。

 

「あくまで想像です。そういう可能性もあるな、ってだけで」

「怖すぎて『所長は心配性だなあ』で済まないわよ!?」

 

 と、ここまで黙っていた宮下さんが顔を上げて、

 

「ただの想像でも、念のため注意喚起はしておいた方がいいと思います。モギ田モギ夫と同じ刑務所に入っている人間に定期的な精神鑑定を実施するとか、確認する手段はあるでしょう?」

「そうですね」

 

 私は頷いて、思いつきの『最悪』を伝えるべくホークスに電話をかけた。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「いやあ、トワさんの慧眼でしたね」

「全く嬉しくないです」

「静かにしろ。会議の最中だ」

「「すみません」」

 

 ホークスの軽口を窘めるつもりで相槌を打てば、サー・ナイトアイから注意されてしまった。

 

 警視庁の大会議室。

 密かに集められたヒーロー数十名に、今回の『事態』が伝えられていた。

 

 性犯罪を中心とする小さな犯罪の増加。

 私が関わった違法サイト事件と管理人の逮捕、犯人の意味深な言動。

 増え続ける犯罪件数と、私の懸念を発端としたとある『検証』。

 

 ――懸念が当たってしまった。

 

 モギ田モギ夫や他の犯罪者について、彼らに接触した人間に衝動の増加、犯罪指向の強化が見られると、警察が正式見解を出したのだ。

 

「具体的な条件は?」

「直接的な接触。つまり、相手に触れることと見られています」

 

 警察を代表して塚内警部が質問に答える。

 

「既に影響下にある人間を『犯罪因子保有者』としますが、保有者に触れられる、あるいは保有者に触れることで因子が伝染すると思われます。伝染された者も新たな因子保有者となります。接触時間、回数が多いほど効果は累積していき、やがては抑えられない衝動になる……ということかと」

「相手が目に見えない因子では捕えようもないな」

 

 現No.1ヒーロー、エンデヴァーが腕組みをして呟く。

 

「病気と違い、症状が収まるというものでもないのだろう?」

「衝動の上昇自体は恒久的なものではなく、気分の浮き沈みによって沈静化することがわかっています。つまり根が真面目な者や私生活が充実している者には効果がないと考えて構いません。……完全に鎮静化した場合、犯罪因子が消滅するのか否かは現段階ではわかりませんが」

「犯罪を起こしているのが『起こしそうな奴』に多いのはそれが理由か」

 

 雄英代表の相澤先生が心底嫌そうに言った。

 

「厄介なのは事の始まりが不明だってことだ。場合によっちゃ俺達も、いや、世界中の人間の殆どが因子に犯されている可能性がある。……一人だけ絶対無事だろうって奴がいるが」

 

 ほぼ名指しじゃないですか。

 

「ウイルス的なものなら、私からワクチンが作れるかもしれませんけど」

「“個性”による洗脳効果である可能性が高い以上、望み薄と思われます」

「で、どーすんだよ? 犯罪ウイルスが流行ってるからお大事に、ってポスターでも作るのか?」

 

 机に足を乗せてガラの悪い姿勢を取ったウサミミ美人――ミルコが投げやりに言うと、塚内警部は深く頷いて、

 

「ええ。警察では犯罪撲滅運動により力を入れることを決定しています」

「……マジかよ」

 

 たぶん、そういうのが一番効果的なんだ。

 悪いことだから止めよう、って思い留まってくれれば効果が消えるってことは、そういう意識付けをする機会が増えればいいってこと。

 ポスターを張ったりCMを作ったり、そういう細かいことで増加を防げる可能性が高い。

 

 触るだけであらゆる特殊効果を打ち消す手、とかあればもっといいんだけど。

 

「でも、そういうのって一番見て欲しい相手に伝わらないものでしょ?」

 

 と、これはレディさん。

 

「ええ。だからこそ、皆さんにご協力いただきたい」

「……ああ。ヒーローの存在を抑止力に、ってわけね」

「そうです。皆さんにはこれまで通り、人々の平和を守っていただきたい。一人でも多くの敵を捕まえることが何よりの抑止力になります」

 

 当たり前のことを当たり前に、か。

 

「加えて、事件の首謀者捜索に力を入れます」

「“個性”届を偽っている、あるいは能力が進化している可能性もあるが」

「当人でさえ気づいていない可能性もありますね」

「現行犯で捕まえるにせよ、発動の瞬間が全く目立たないのも問題だ」

「いただいたご意見、ご指摘を念頭に置いた上で、あらゆる手段を検討します」

 

 こうして、悪をぶっ飛ばして終わりにならない、ヒーロー達の静かな戦いが始まった。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 で。

 

「トワさん、着替え終わりましたか?」

「あ、はい」

 

 広報課の職員だという婦警さんの呼びかけに、私は答えた。

 着替えはばっちり。

 身に着けたコスチュームは、いつもの魔法少女風のをあちこち改造したもの。

 

 まず、頭に警察の帽子。

 腕には腕章。

 スカートは長めにし、インナーで首から下の露出は避け、警棒代わりにステッキを所持。

 

「わあ、とっても可愛いです! さすがですね!」

「ありがとうございます。でも、こんなので本当にいいんですか?」

「いいに決まってるじゃないですか! 絶対効果ばっちりですよ!」

「ならいいんですけど……」

 

 さあさあ、と婦警さんに引っ張られながら、私はこうなった経緯を思い起こした。

 

 犯罪撲滅キャンペーンに力を入れると決定し、全体としては解散した後、私は個別で呼ばれて話をすることになった。

 議題は私のメディア露出についてだ。

 

『あ、そっか。減らした方がいいですよね?』

『いえ。どんどんやっていいッス』

『なんで!?』

『ヒーローを目にする機会が減ったら多分逆効果なんスよ』

『ああ……』

 

 いつでも、どこにでもヒーローがいる、とアピールするにはテレビや雑誌がうってつけだ。

 もちろん警察もポスター張ったりするけど、こういうのは多ければ多い方がいい。

 

『トワさんが関わっている分野は男が代われないところですし、Mt.レディさんやミッドナイトさんに任せるわけにはいかないでしょう?』

『そうですね』

 

 露出度が高かったりおっぱい大きかったりするヒーローがCMに出まくってたら、犯罪は止めようね! っていうのにイマイチ説得力がない。

 魅力的な身体がそこにあるだけで男は興奮するのか、とは言っちゃいけない。言っていいのは異性に興奮したことのない人だけだ。

 

『トワさんだったら性的なイメージはないですし、地味にステゴロヒーローですから』

『いや、私、メイン武器はステッキなんですけど』

『あのステッキって折れてから本番じゃないスか』

『敵の強さをアピールするギミックみたいな扱い!?』

 

 ともあれ、私は「どんどんやってくれ」という警察側からの要望を了承した。

 一部の特殊な趣味の人は大喜びかもしれないけど、一般的にはこの方向で正解だろう。

 

『あ、あと、新しく作るポスターにも出て欲しいらしいっスよ?』

『ええー……?』

 

 と、まあ、そんな感じだ。

 

 撮影は順調に進んだ。

 私は「こういうポーズを」とか「笑顔お願いします」とかの要請に従っていくだけ。警察の要請なのでエッチな写真なんか一枚もなかったし、周りには女性警察官を配置してくれたので気持ち的にも楽だった。

 撮られた写真から検討の上、一番良い物がポスターに使われ、残りの写真もSNSなんかで情報拡散に使われるらしい。

 

「犯罪撲滅、ってステッキ握ってるトワちゃんが映ってる感じがいいですよね」

「あはは、面白いですね」

 

 いいけど、撲滅っていうか撲殺じゃないかな?

 

「あ、今度ある一日警察署長の方もお願いしますね?」

「が、頑張ります」

 

 私、なんやかんやのうちにお仕事が増えました。

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