「インターンで来ました、白雲朧です! お世話になります!」
彼はびしっ、と敬礼を決め、大きな声で挨拶をした。
ふわふわと広がっているというか、見事に爆発しきっているというか不思議な髪形。額にはゴーグル。鼻には怪我しているわけでもないのに横一文字にテープが貼られている。
白雲朧。
相澤先生達と同世代なのに肉体・精神年齢は高校生な雄英ヒーロー科二年生。
「ようこそ、八百万ヒーロー事務所へ。歓迎するわ、白雲君」
「お久しぶりです、扇先輩。ちょっと老けましたかって、痛い痛い!」
「今のは素? それともわざと?」
「も、黙秘します!」
頬をつねり上げるセンスライさんと、どこか嬉しそうに悲鳴を上げる白雲。
二人を見た私は思わず「おぉ……」と呻いた。
「知り合いだったんですか?」
「大学時代、雄英に顔を出した時に少しだけね。
「あれは事故だって言ってるじゃないですか……」
睡っていうのは香山睡――ミッドナイト先生の本名だ。
ミッドナイト先生は相澤先生の一つ上で、センスライさんは更にいくつか年上。
(元)担任と同世代の男がインターンとしてやってきて、同僚と学生時代の話で盛り上がっているという、わけのわからない事態に頭が混乱しそうになる。
白雲の肉体年齢が戻っているのが原因。誰だ、そんなことしたのは。いや、私なんだけど。
「えーっと、とりあえず、初めまして。所長の八百万永遠――ヒーロー名は『トワ』です」
「よろしくお願いします」
顔を見上げながら手を差し出すと、白雲はわざわざ膝をついて私の手を取った。両手で。
「会いたかった。やっと会えた。……ありがとう」
「……プロポーズかしら?」
「ラバちゃん、静かに。今いいところなんだから」
いや、いいところじゃないです。
一見すると「運命の人との出会いを神に感謝するイケメン(仮)」だけど、白雲は私に惚れてないだろう。さっきのありがとうは「助けてくれてありがとう」。『巻き戻し』の件を口にできないせいで言葉足らずになっただけだし、跪いたのは身長の足りない私に合わせようとしてくれただけだ。
「えーっと、白雲さん? 私の方が年下ですから、そんなに畏まらなくてもいいですよ」
享年で考えても何か月か私より上のはず。
「そういうわけにはいきません。上司には敬語を使えってブラド先生からも言われてますし」
「トワちゃんは私より偉いわけだしね」
「扇先輩が誰かの下につくとか怖すぎます――って痛いですって!」
「言っとくけど私、既婚者だから。今度あんなことしたらこの程度じゃすまないわよ」
「わ、わかってます!」
前に何があったの!?
「と、とにかく、ようこそ白雲……君? センスライさん、事務所の案内お願いしてもいいですか?」
「了解しました、所長」
こうして、白雲朧が我が事務所にやってきた。
◆ ◆ ◆
白雲はあれから本人の希望もあり、雄英に復帰した。
彼が一度死んでからかなりの年月が経っている。ご両親も歳を取っており、昔のままの息子に戸惑っただろう。加えて、死の原因になったヒーロー科への復帰――ひと悶着もふた悶着もあったはずだ。
それでも雄英に帰ってきたのには、一般高校だと手続きや事情説明が煩雑になること、雄英は国立なので学費が安いこと、
編入されたクラスは2-B。
ブラド先生が受け持っている方だ。
「さすがに2-Aには入れなかったんだね」
「ショータ先生が断固拒否したらしいですね」
「先生の仏頂面が目に浮かぶなあ」
「ははは、ですよね」
一通りの事務所案内を終えた白雲と雑談をしてみる。
っていうか「ショータ先生」は新しいなあ。他の生徒がやったら大目玉だろうけど、白雲ならまあ、嫌な顔しつつも最終的に許されそうな気はする。
白雲を自クラスに受け入れるか、相澤先生的には悩ましいところだったと思う。
もう一度彼を死なせる可能性を考えれば自分の手元に置いておく方がいい。だけど、教師としての立場を保つために泣く泣く諦めたんだろう。普段合理性を主張しておいて「友達が心配だからA組に入れる」は筋が通らない。そういうところ真面目な人だ。
「授業にはついていけそう?」
「問題ないっす。リハビリしてるうちに身体がどんどんコツを思い出しましたし。まあ、法律とか色々新しくなってるんでそこは困りますけど」
「あー、わかる。一回覚えたのを更新する時って混乱するんだよね」
「そう! 浦島太郎にでもなったみたいで!」
あの相澤先生が親友のように思っていただけあって、白雲は人懐っこく屈託のない、少年らしい少年だった。
これなら2-Bでも楽しくやれそう。
物間の嫌味を素で煙に巻いた挙句、クラスの雰囲気を盛り上げてるに違いない。むしろ物間より拳藤さんの方と気が合いそうだ。この爽やかさだと素でラブコメ空間を形成してそうで若干(拳藤さんほか女子の面々が)心配になるけど。
「っていうか、良かったの?」
「何がです?」
「発足から一年経ってない、うちの事務所なんかで」
不思議そうに首を傾げる白雲に率直な問いを投げる。
「白雲君なら他のところでも受け入れてもらえたんじゃない?」
相澤先生やミッドナイト先生、プレゼントマイクの世代ってことは、現在一線級のプロヒーローに顔が利くってことだ。
いきなり電話して「俺だよ俺」ってやっても、呆れられつつ話を聞いてもらえる可能性は高い。一緒に勉強してた仲なら実力も把握できるだろうし。
でも、
「あー、それはそうなんですけど、お互い気まずいっていうか……」
「あー……」
そりゃそうだ。
良く知ってる相手と上司部下の関係、しかも向こうと自分の認識にはズレがある。となるとなかなかオーケーしがたいかも。
「それに、インターンの申し込み時期を過ぎてるから、受け入れ態勢のあるところも少なかったんですよね」
「ああ。うちなら絶賛人手足りてないから大歓迎だね」
通常業務はなんとかこなしてるけど、マニュアル見ながら手探りの状況だし。
細々した作業は残業してやってるような状態。自分が残業する分には人件費とか気にしなくていいから気楽だよね。
なので、書類整理とか電話応対だけでも手伝ってくれたらすごく有難い。
「それで、俺は雑用係って感じですか?」
「事務所にいる時はそんな感じになるかな。私かセンスライさんのお仕事についてきてもらうことも多いと思う。後は、時間のある時に組み手とかしよっか」
「了解です!」
◆ ◆ ◆
「やかましいのが来たわね……」
白雲に対するラブラバの反応は微妙だった。
「不満?」
「そこまでは言わないけど。でもまあ、得意なタイプじゃないわ」
「ジェントルも結構暑苦しくない?」
「ジェントルとは全然違うでしょう!? 馬鹿なの!?」
「ご、ごめんなさい」
すごく怒られた。
「ラブラバセンパイと所長は仲良いんですねー」
「良い、かなあ?」
「良くない!」
首を傾げたら、ラブラバが自信を持って宣言してくれた。
◆ ◆ ◆
「白雲朧君、ですか……」
宮下さんの反応はもっと微妙だった。
「所長。その、彼の――身なりはあれでいいんでしょうか?」
「ああ……。やっぱり気になっちゃいますか?」
「はい。制服を着ているのはいいんですが、髪形とあのゴーグルは……。お客様の前に出していいものか、と思わずにいられません」
気持ちはわかる。
普通の会社に勤めてた人からしたら「バイトならともかくインターンだよね? 普通にアウトでしょ」ってなって当たり前だ。
「ま、まあ、外に出る時はヒーローコスチュームですし」
「そういう問題ですかね……?」
首を傾げる宮下さん。
「ヒーローは目立って当たり前じゃないですか。個性的な人ばっかりですし」
「それはまあ、そうですが」
「私とかラブラバだって、応対向きかっていうと微妙でしょう?」
「確かにそうですね」
「………」
「………」
「あれ、話終わっちゃいました?」
「冗談です。所長やラブラバさんに関しては『身長を伸ばせ』『成長を止めるな』と言っても無理ですからね。お二人はなんだかんだ、対外向けの応対はできてるでしょう?」
ラブラバもあの性格で、電話応対する時は余所行きの声を出す。
電話越しに喧嘩売られると怒鳴り返すけど。
「白雲君もできると思いますよ。私相手に敬語使える子ですから」
「……確かにそうですね。馴染もう馴染もうとしているんですが、私もまだまだみたいです」
苦笑する宮下さん。
「宮下さんのこと、頼りにしてます。私達も頑張りますから、少しずつ慣れていきましょう?」
「はい、ありがとうございます、所長」
◆ ◆ ◆
休日に白雲が来てくれるようになって、多少仕事が楽になった。
宮下さんやラブラバ、センスライさんも週二日(を目標に)休んでるし、私も毎日出勤してると「休んでください」と言われるし、毎日フルメンバーが揃うわけじゃない。私は出勤しててもパトロールしたり出先の仕事だったりするので、追加の人員はほんとにありがたい。
今度、一日警察署長とかあるし、テレビの仕事とかも引き続き入ってる。
「所長のマネージャーが欲しいくらいですね」
「あの雲頭が週四くらいで来れるなら任せてもいいんだろうけどね」
「更衣室やメイク室に入ることもある以上、いずれにせよ同性が望ましいでしょう」
「事務所にいる時は仕事手伝ってくれるなら、ほんとに欲しいなあ……」
求人募集とかもしてるんだけど、事務所にどんどん「ワケアリメンバー」が増えているせいで、下手な人を入れられないというジレンマがある。
あと、面接するとその分、仕事の時間が削られるし。
これが負のスパイラルっていうやつだろうか。
◆ ◆ ◆
私達の希望は意外な形で叶えられることになった。
警察の人から呼び出しを受けて向かった先は、トガちゃんが収容されている刑務所。
所長さんやもっと上のお偉いさんと挨拶をして、ソファに向かい合って座る。
「あの、トガちゃんが何か?」
「ああいえ。元の罪状から考えれば驚くほどに大人しくしてくれています。調理場のスタッフからも可愛がられていますし」
所長さんは「ただ……」と言葉を濁した。
何かしら問題が発生したのは明らかだった。
「トワさんと会ったり、料理をすることで収まっていた『悪癖』がぶり返しつつあるようなんです」
「一回会ったせいで我慢が効かなくなっちゃったとか……?」
「それもあるかもしれませんが……」
所長さんはちらりとお偉いさんを見る。
代わって口を開いた彼は、
「昨今問題となっている『例の件』が関係している可能性があります」
「あ……っ」
伝染する扇動個性。
耐性の低い人ほど犯罪を起こしやすく、刑務所は犯罪を起こした人が来るところだ。つまり、こういうところが一番、あの“個性”の影響を受けやすい。
既に影響下にある人と接触を重ねれば重ねるだけ効果は増していくわけで、
「このままだと、トガちゃんが……?」
「はい。再び罪を犯す可能性があります」
「それは――」
なんとかならないだろうか。
『巻き戻し』? 一応効果はあるはずだけど、どこまで戻せばいいのかわからないし、周りの人全部を戻して回るわけにもいかない。身体の状態を全部戻すわけだから、せっかく治った病気が再発する人や鍛えた身体を失ってしまう人だっているかもしれない。
それに、それだと時間稼ぎにしかならない。
「収容場所を変えていただくとかは……」
「検討中ですが、それは全ての犯罪者に言えることです」
怨恨から殺人を犯した人とかは逆にこの件については比較的無害だけど、危険があることには変わりない。
移動させる際に暴れる可能性もあるし、移すといっても十分な空きスペースがなければ意味がない。接触頻度を減らせなければ「どこで事件が起きるか」が変わるだけだ。
お偉いさんは私を見て、言う。
「そこで、一つ提案があるんです」
「提案、ですか?」
「本来はもう少し時間をかけて行うつもりの措置でしたが、それを速めようかと思っています。もちろん、対外的には秘密というか、当人はボランティア活動でもしていることにしてもらい、偽名を使わせるつもりではありますが」
「ええと、つまり?」
一つの答えを想像しながら先を促す。
警察の施設に置いておけないなら外に出してしまえばいい。
「トガヒミコを貴事務所にて預かりませんか?」
私にとっては願ってもない申し出だった。