「永遠ちゃん、永遠ちゃん永遠ちゃん永遠ちゃん!」
「ちょっ、トガちゃん苦しいってば」
応接室で引き合わされるなり、トガちゃんは私に抱きついてきた。
ぎゅーっと全身でホールドされた私はすぐさまギブアップする。何気にこの子、両手両足の動きを封じながら首を締めに来てるし。
ごほん、と、他の人の咳払いを聞いて、ぱっと離れる。
そこでもトガちゃんは私の腕を抱きながら、
「これからは永遠ちゃんと一緒にいられるんだよね?」
「ええ。もちろん、暫定的な措置ではありますが」
「一緒に住んでいいんだよね?」
「犯罪やマナー違反を犯さない限り、私生活に踏み込むつもりはありません」
「永遠ちゃん殺してもいいんだよね?」
「駄目です」
トガちゃんは聞かなかった振りをして「バレなきゃ犯罪じゃないのです」と言った。
「あの、本当にいいんですか?」
「永遠ちゃん!? 裏切るの!?」
「えー……我々も後悔し始めていますが、ここに置いておくよりはいいかと」
「? なんの話です?」
「トガちゃん。最近流行してる性質の悪いウイルス――じゃない、“個性”のこと、どれくらい聞いてる?」
殆ど知らなかったようなので、あらためて説明する。
例の“個性”は他人に伝染して、その人の欲望(主に性的欲求)を増幅する。
同じ『因子保有者』に直接接触する度に効力は強まっていき、二次感染もするし、時間が経っても効果は消えない。良識を持った人間であれば欲求を抑え込んで無効にすることができるが、潜在的な欲求の強い人間、あるいは犯罪に至る心理的ハードルの低い人間に伝染することで犯罪を引き起こす。
元の“個性”の所有者が何もしなくても世の中に広がって悪性変異、侵食汚染を繰り返していく、タチの悪すぎる能力。
「最近、殺したい欲求が強くなってない?」
「なってるのです」
「肌に爪を立てない。……そういうわけで、トガちゃんが暴走したら大変だから、刑務所から離そうってことになったの。私のところならストレス発散もできるでしょ?」
「発散の方法は具体的に言わないでくださいね」
「永遠ちゃんを殺していいってことだよね?」
言うなって言ったばかりなのに……。
いや、まあ、全面的に合ってるけど。
「幾つかの条件についてトワさんと打ち合わせ済みです」
「条件?」
【条件その1:トガヒミコはプロヒーロー・トワと一緒に行動する】
「トガちゃんは事務所の私の部屋で暮らしてもらうから。……ちょっと狭いかもだけど、我慢してね?」
「ナイフありますか?」
「そういうのはお風呂でやってね? 部屋が汚れると困るから」
寝る時も一緒、仕事中も可能な限り一緒にいることになる。
「だから、トガちゃんは私のマネージャー扱いね」
「マネージャーって何するのです?」
「私の荷物持ってついてきてくれたり、次のスケジュールが何か管理してくれたり、かな?」
一緒にいればトガちゃんの凶行も止めやすい。
私が傍にいれば十中八九、最初に狙われるのは私だから他の人に被害が行かないし、私なら一回や二回殺されても蘇生するし。
女性のマネージャーが欲しかったところなのでちょうどいい。
【条件その2:トガヒミコには“個性”による制御を施す】
「特殊な“個性”による条件付けを施し、トガヒミコさんはトワさんの許可なく他人に危害を加えた場合、絶えず全身に激痛が走るようになります」
護衛の一般所員の人もいるので具体的には言わないが、私がストックしてる“個性”の一つだ。
脳無にした人を従わせるために使えるかな? って収集したものの、使用条件として「一定以上の知性を持ち合わせている」必要があった上、脳無は痛覚軽減するのがデフォだからあんまり使えない――と、お蔵入りになっていたものらしい。
効果を与えるのに対象の同意も必要なので、なんというか、味方の裏切りを防止するくらいにしか使えない、用途の限定される“個性”だ。
もちろん、それでも悪用が怖いけど。
「痛いのは嫌なのです」
「嫌だったら無暗に人を殺さないこと、ってこと」
「トワちゃんが許可すればいいんだよね?」
「私を殺す以外では許可出さないけどね」
「自分の時も許可しないでください」
そんな無茶を言われましても……。
【条件その3:トガヒミコは変装して偽名を使う】
「何で?」
「世論を刺激しないための措置です。あなたは表向き、別の場所に移送されて特別な奉仕活動を行っている、ということになります」
嘘じゃないけど本当のことも言っていない、というやつだ。
「普通の方に変装しろ、などと言っても難しいでしょうが――」
「トガちゃん、そういうの得意だよね?」
「大得意です」
良かった。
そうだろうとは思ってたけど、あっさり返事が来た。
変装することへの心理的抵抗もなさそうだ。
「じゃあ、何か名前を考えないとね」
「名前……コガ ヒトミとか?」
速っ。
「……問題ありません。あまり本名とかけ離れていると、トワさんが言い間違った時にリカバリーが効きません。音が似ているのは好都合です」
「なるほど。じゃあコガちゃん、かな?」
「うんっ!」
ごろごろとじゃれてくるトガちゃんを「よしよし」と撫でつつ、思う。
――普通の名前過ぎて違和感あるなあ。
麗日お茶子とか八百万百とか葉隠透とかが当たり前の世界で「コガヒトミ」。転生者には一発で偽名ってバレそうだ。“個性”と関係ない上に変な名前でもないとかおかしい! って。
いや、デクくんはそこまで変な名前じゃないけど。
ちなみに字は「古賀人身」に決まった。あ、やっぱり変な名前かも。
【条件その4:プロヒーロー・トワはトガヒミコに関する全責任を負う】
「ん?」
「トガちゃんが何かしたら私のせいってこと」
「永遠ちゃん、責任重大なのです」
「そうだよ。だから変なことしないでね?」
じっと瞳を見つめると、驚くほど透き通った目のまま「わかりました」と彼女は答えた。
なお、全責任というフレーズには裏の意味もある。
トガちゃんが暴走した場合は私が止めろ、ということだ。
止める際、一切の手心は許されない。
最速で最短で被害を食い止めることが要求される。でないと私のプロヒーロー資格が剥奪になるし、何より一般の人が犠牲になってしまう。
◆ ◆ ◆
「というわけで、新しいスタッフです」
「警視庁の紹介で派遣されてまいりました、古賀人身と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
トガちゃんには大した荷物もなかった。
調理場のおばちゃん達への挨拶を済ませて刑務所を出たら、警察の車(覆面パトカーってやつだ)で送ってもらった。
至れり尽くせりの対応だけど、実態としては「公共交通機関で帰すのは怖すぎる」というところだろう。
途中で服屋さん等に寄ったので、トガちゃんは着替えと変装を済ませている。
曼珠沙華みたいな髪の毛を解いて梳かしてストレートにして、レディーススーツをびしっと着こなし、大人びたメイクをした彼女は「できる女」の装いだ。
言葉遣いまでばっちり変わっているので、最初から決め打ちして見ないとなかなか正体にはたどり着けないと思う。
『変身』の個性を持ち、気配遮断レベルで身体制御できる彼女だ。
演技や化粧も当然凄腕。
原作でもケミィに変身した上、同じ学校の生徒に別人だと気づかれずに過ごしていたくらいだ。
と、事務所の面々は突然の新スタッフにぽかんとして、
「……あんた、また新しいのを拾ってきたわけ?」
「そんな犬か猫みたいに」
ラブラバがジト目で放った言葉がだいたい、みんなの総意だったっぽい。
「警視庁の紹介であれば身元は確かなのでしょうが……随分急ですね」
宮下さんが鋭いところを突く。
経理等の事務作業的にも急な変更は大変なので気になるんだろう。
トガちゃんはこれに慌てず騒がず、
「必要書類等は追って送られてくる予定です。何分、急遽決定したことですので、先に身一つでこちらに参りました」
「急遽決定というと、何か問題でも?」
「いえ。トワさんの事務所は知名度を増し、ますます忙しくなっておりますので、表向きはサポートスタッフとして、裏の意図としては内部から監視するために派遣されてきた――というわけです」
「……なるほど」
前もってある程度の打ち合わせはしたけど、よくもまあ、ぽんぽんとそれっぽい設定が出てくるものだ。
実際に監視するのは私の方なんだけど、その上で、私の監視態度を警察の人が監視する魂胆だろうとも思う。
「所長。業務としては何を?」
「古賀さんには私のマネージャーをしてもらいます。私が事務所にいる時は雑用というかスーパーサブですね」
「なるほど。……古賀さんは“個性”をお持ちですか?」
「いえ、私は無個性です」
「その歳で無個性はなかなか珍しいですね。余りある才覚を期待しても?」
「精一杯頑張らせていただきます」
トガちゃん、センスライさんとの会話も完璧。
嘘ばっかりだけど、実際天才にも程がある子だし、お仕事もそつなくこなすだろう。
――って、センスライさん?
彼女の“個性”って、今更言うまでもないけど『嘘発見』で……。
「所長?」
「は、はい」
「彼女のお住まいはどちらに?」
「わ、私の部屋に住んでもらいます」
これに「は?」と声を上げたのは、センスライさんとトガちゃん本人以外の全員。
センスライさんはしばらく考えるようにしてからくすりと笑い、
「なるほど。所長の『親しい間柄』の人でしたか」
「ちょっ――」
迂闊だった。
考えてみたらセンスライさんを誤魔化しきれるはずがないわけで、最初から彼女には打ち明ける方向で進めるとか、何か方法を考えておくべきだった。
私の失策だけど、なんでそうなったんですか。
……いや、うん、そんなに間違ってないのかな……?
「あの、愛人とかそういうのじゃないですからね?」
「わかってるわ。トワちゃんには恋人がいないんだから浮気じゃないものね」
「だ、だからそうじゃなくて……!」
ほら、ラブラバとか宮下さんがぽかんと口を開けてるし!
「あ、あんた……」
「な、何、ラブラバ?」
「好きな人いるんなら言いなさいよ。あんたの恋の話くらい聞かないと割に合わないでしょ!?」
「そっち!?」
あ、でもそっか、ラブラバもジェントルとラブラブなわけで、特殊なカップルには耐性というか理解があるのか。
いや、待った。
この子もう成人してるし、ジェントルも老けて見えるだけで老紳士とかじゃないから。……あ、でも、身長差的にやっぱり特殊か。
「所長。堂々とし過ぎていて咎めにくいです。……仕事さえきちんとしていただければ私としては構いませんが」
「み、宮下さんの目まで冷たい」
ちらりとトガちゃんを見れば、口だけが猫みたいな可愛いものに変化していた。
「所長? 食事は私が作りますから、食べたいものがあったら言ってくださいね?」
「え、いいの? じゃあ――」
「「ふーん?」」
所員からの複数の視線が同時に突き刺さり、私は更なる墓穴を掘ったことにようやく気付いた。
みんなの勘違いが解けるまで、というか、どうやらプラトニックな関係らしい? くらいまで理解が深まるのにはしばらく時間がかかった。
後でセンスライさんにだけ「いいんですか?」と尋ねてみたところ、大人びた笑みを浮かべて、
「トワちゃんが大丈夫と判断したなら大丈夫でしょう。ワケアリの子なのはわかったけど、どうやら目の光はちゃんとしてるしね。……古賀さん、は?」
「あ、ありがとうございます」
お仕事が軌道に乗ったらみんなのお給料を上げようと思った。
◆ ◆ ◆
なお、後日トガちゃんと対面した白雲少年は特に屈託もなく説明を受け入れてくれた。
「よろしくな!」
「ええ、よろしくお願いします」
爽やかな笑みと共に差し出された手をトガちゃんは握り返して、
「ちなみに、私を口説いても無駄ですので止めてくださいね」
「……なあ、所長? 俺、口説いてないのに振られたんだけど」
「あはは……。白雲君は格好いいから大丈夫だよ」
フォローしたらトガちゃんにこっそりつねられた。