死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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悪夢

 悪しき“個性”が裏で蔓延しながらも、人々の暮らしは続いていく。

 

 依然、例の“個性”に影響されたとみられる犯罪は減っていないものの――この世界の人達は(ヴィラン)の出現には慣れっこだ。

 大きな混乱のないまま、少しだけ物騒になった日常の中、改造コスチュームを着た私のポスターが街に貼り出され、Webサイトのトップを飾り、キャンペーン映像となって各所に流れた。

 

「晒し者だよね、これ?」

「ヒーローが何言ってんのよ」

「いや、なんていうか、警察の真面目なポスターとかにこんな格好で写ってるとさすがに来るものが……」

 

 なんて言っているうちに、私が雄英を卒業してから一年が経とうとしていた。

 

「さあ、永遠さん。行きますよ」

「うん。行こう、古賀さん」

 

 スーツをびしっと決めた古賀さんことトガちゃん(オフの時はキャミ一枚でごろごろ転がってる。シフトは私と完全に同じ)と一緒に、事務所を出る。

 本日のお仕事は来るべき(?)、一日警察署長。

 ポスター等の広報物が出回って、私がイメージキャラクターに使われた、という情報が定着しないと効果が薄い、ということで結構間が空いていたのだ。

 

 そろそろ知名度も上がってきたということで、日曜日の今日、ようやく実施されることになった。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

「永遠ちゃんのコスプレ、直接見られるなんて嬉しいです」

「私は恥ずかしいよ。一日警察署長って要は見世物じゃない」

「敵は隠れてこそ、ヒーローは目立ってこそです」

「敵はもっと堂々としていいよ。一般の人襲わないで、名乗りを上げてヒーローに突っかかって来てよ」

 

 トガちゃんの運転する車で仕事先の警察署へ向かう。

 出会った頃は17だった彼女も運転免許の取れる歳になっている。「運転するだけなら前からできたのです」とは本人の談だったが、宣言通り、驚くほど短期間で取得して帰ってきた。

 ちなみにトガちゃんはほぼオフモードの口調だけど、私の方は『古賀さん』呼び。

 万一、誰かに聞かれた時、二人の関係が『同僚以上』とバレるのは問題ないけど、トガちゃんの正体がバレるのはまずいからだ。

 

 あと、車内を流れる音はもう一つ。

 カーラジオがヒーロー情報の番組を流している。最近の大きな事件から目立った活躍をしたヒーローの紹介、知る人ぞ知るいぶし銀ヒーローの発掘や、ヒーローになりたい少年少女向けの情報など、様々なコーナーの詰まった人気番組だ。

 いつも通りスムーズに流れていくその番組を、暇つぶしがてら、教養の一環として聞くでもなく聞いていると――。

 

『コーナーの途中ですが緊急ニュースです』

 

 司会進行にノイズが走った。

 

「え」

「なんでしょうね」

 

 驚く私。

 元敵のトガちゃんは淡々と受け止め、話の先に耳を澄ませる。

 

『都の〇〇刑務所に収容中だった受刑者――敵、計三名が脱獄、逃走を続けているとのことです。警察ではただちに追跡、捜索を開始すると共に、近隣のヒーローにも協力を仰いでいるとのことです』

 

 脱獄。

 敵の中には拘置所や刑務所から抜け出して犯罪を繰り返す者も少なくない。そういう意味ではこれも「よくあること」ではあるんだけど――。

 

「〇〇刑務所って、結構近かったよね?」

「はい。目的地から近いとまでは言えませんが、遠いとも言えない距離ですね」

「連絡してみる」

 

 私は一日警察署長の担当者に電話をかけると、対応について確認を取る。

 

 イベントを取りやめるか、延期するか。

 私も応援に向かった方がいいのかどうか。

 担当者の返答は、

 

「開始時間を一時間遅らせて、警備体制を強化のうえ開催するって」

「……まあ、そうですね。目と鼻の先でもない以上、下手に中止する方が『敵に対応できない』と見做されかねません。ヒーローまで動員している以上はすぐ捕まるでしょうし、脱獄犯がこのイベントを狙うとも考えにくいです」

「もし狙われても、一日警察署長をしているのはプロヒーロー……か」

 

 自分が何もできない歯がゆさもあるが、与えられたお仕事を全うするしかない。

 

「それでも、ね」

 

 私はブラウザを起動し、脱獄事件に関する更なる情報を集め――脱獄した者達の名前に、猛烈な悪寒を覚えた。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ムーンフィッシュ。

 マグネ。

 

 脱獄した敵三名のうち二名が『敵連合』所属だった。

 奴らと私は因縁浅からぬ仲。というか、中枢メンバーを捕縛したのが他でもない私だ。ムーンフィッシュとマグネは直接捕らえたメンバーではないものの、組織に対して一定以上の愛着、あるいは恩を感じているならば、復讐を企ててもおかしくない。

 狙われる可能性は、十分にある。

 

 私はあらためて開催中止を訴えたものの――電話でも、現地に着いてから訴えても、担当者の反応は私の希望とは違った。

 

「握手会に変更して開催する!?」

「はい。完全中止、というのはむしろ難しい状況なんです」

「でも、危ないんです。敵が来ても私が守るつもりですが、()()()()()()()()()()かもしれないんです」

「お気持ちはわかります。ただ、来客の危険を考えるのであれば、きっぱり『来るな』と言ってしまう方がかえって守りにくいのです」

 

 私の一日警察署長は公開イベントだ。

 参加者の中には遠方から来てくれているファンもいる。そして、私のファン層は幅広く――小さな子供も多く含まれる。参加受付不要のイベントなので各自に連絡することもできない。

 朝一の電車や飛行機で来た、というような人達に「中止だから帰れ」と言ってしまうと、彼らは落胆するだろうし、それ以上に「街を通ってもう一度帰らなければならない」。

 帰宅中に誰かが襲われない、という保証はどこにもない。

 

 であれば、近隣住民以外は収容してしまい、事件が収束するのを待った方がいい、という判断。

 私が最初の電話で提案していても、結論は変わらなかっただろうとのこと。

 

「実施場所も屋外から警察署内に変更します。イベント規模を縮小することで危険は最小限に食い止められます」

「……それは、そうなんですけど」

 

 唇を噛む。

 嫌な予感が止まらない。勘なんて根拠にできないと思う反面、何か起こると『勘で』確信できてしまっている。

 

「あの、どうしてそんなに不安に思われるのですか? ここは警察署です。脱獄したその日に暴れるなら、刑務所を襲って被害を大きくするでしょう? もし復讐が狙いだとしても、わざわざ今日襲ってくる意味が――」

「いいえ」

 

 私は首を振る。

 

「正直、『敵連合』の二人についてはまだいいんです」

 

 もちろん、本当に良いわけじゃない。

 ムーンフィッシュは機動力が高い上に動きが読めないタイプだし、マグネの“個性”は厄介だ。男と女をくっつける能力を活用された場合、大量の犠牲者が出るかもしれない。

 それでも、大体の手の内は割れているし――今の私なら、敵わないとまでは思わない。

 

「むしろ、私が気にしているのは()()()

「? 負傷者一名で捕らえられた小者の敵ですよね? この敵が何か?」

「彼は、私が『ヒーローを志す前に』出会った敵なんです。その“個性”と性格は――」

 

 思いだすだけで、背筋が震えた。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 昨日のことのように思いだせる、あの出来事。

 

 前後の記憶はほぼ飛んでいるし、あの時隣にいた少年の顔も声も思い出すことはできないが――あいつとの出会いは、私自身の恐怖として刻まれている。

 

新しい幼女だあああっ!

 

 “個性”名でも性格でも言う事は変わらない。

 あいつは『ロリコン』だ。

 

『ぼ、ぼくは、幼女が近くにいるほどパワーアップするんだなああああっ!』

 

 私は、何もできなかった。

 雄英に合格し、一年でプロヒーローになって飛び級で卒業して、いい気になって活動してるけど、私はあいつを倒すどころか、立ち向かうことさえできなかった。

 あの時の無力感、敗北感は、私を大きく変えた。

 

 あいつがいなかったら、私はヒーローを志さなかった。

 

 峰田君がヒーロー科に合格し、AFO(オール・フォー・ワン)はオールマイトとの死闘の末に倒され、死穢八斎會はデクくんとミリオの奮闘の末に倒されただろう。

 私は『自分の過去』に向き合うこともなく普通の高校に入り、普通の幸せを二、三十年くらいは続けられただろう。

 

 『不老不死』を自覚する必要もなかった。

 疑似ハイエンドになることもなかった。

 死柄木の代わりにAFOを手に入れることだって、なかった。

 

『……もう遅いんだよ。始まりは最近じゃない。もっと、ずっと前だ』

 

 モギ田モギ夫の言葉を思い出す。

 知っていたのだろうか? 私の経歴を調べれば、あいつの存在にも辿り着くはず。

 

 あいつが“個性”の持ち主、というわけではないだろう。

 

 でも、混乱の種は、もうあの時から蒔かれていたのかもしれない。

 モギ田は同じ『因子保有者』としてあの事件に感じるものがあったのかもしれない。

 

 だとすれば。

 この“個性”によるパンデミックは、ある意味で私の事件だ。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

「トワさん? 大丈夫ですか?」

「……すみません、古賀さん。大丈夫ですから」

 

 与えられた改造コスチュームを手にしたまま固まっている私に、トガちゃんが声をかけてくれる。

 話し方こそ仕事モードのものだが、声音やちょっとした表情から、本気で私を気遣っているのだと、簡単に察することができた。

 駄目だな、私。

 

 私はトガちゃんに歩み寄ると、彼女の胸に顔を埋めるようにし言った。

 

「……怖いよ」

「……永遠ちゃん」

「あいつのことが、じゃないよ。今ならきっと殴り飛ばせる」

 

 怖いのは、あいつからみんなを守れるかどうか。

 

 あいつの“個性”は『幼女が近くにいるほどパワーアップする』こと。

 私の握手会には多くの子供連れも来る。子供の多くは女の子のはずだ。魔法少女などの変身ヒロインに憧れる年齢の。

 担当者さんは警備体制の強化を了承してくれたが、中止に舵を切ってはくれなかった。

 常識的に考えたらそうだ。

 距離的にも損得勘定でも、ここが襲われる可能性は低い。

 

「でも、呑気に握手会なんかしてていいのかな、って」

「そうですね」

 

 トガちゃんは多くを語らず、私を抱きしめてくれた。

 そして、囁くように言った。

 

「ねえ、永遠ちゃん。ひとつ約束を破っちゃダメですか?」

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 果たして、プロヒーロー・トワの一日警察署長イベント改め、握手会イベントは開催された。

 

 脱獄事件以降、警察はイベント内容の変更をあらゆるメディアから呼びかけたものの、それでも会場には多くのファンが押し寄せた。

 私自身、私の人気を舐めていた――と、言えるかもしれない。

 でも、やっぱりお客さんのうち、かなりの割合を女の子の家族連れが占めていた。意外と大人の男性も混じっているのは、お父さんも来ているからか、それとも例のサイトが効果を発揮しているのか。

 

 ともあれ、予定より一時間遅れでイベントは開催された。

 

 始まってしばらく、異常は起こらなかった。

 お客さんが思ったより多いせいで「一人一分」という制限でもなかなか終わりそうにないこと、興奮しすぎたのか『私に』キスする幼女が出るなどのハプニングはあったが、幸い、成人男性が真似をするようなやばい事件は起こらず、関係者一同ほっと胸を撫でおろしかけた時。

 

「肉、肉……」

「ああ、いつ来ても警察署(ここ)は空気が悪いわね」

「ぐ、ぐふふ。そんなこと、どうでもいいんだな……」

 

 顔を隠した三人の男が警察署の入り口に現れた。

 

 警察はイベント内容の変更を「脱獄事件に伴う警備体制の強化」と説明している。それを利用して彼らの危険物所持、顔の確認等を済ませようとしたところ――三人は、一斉に動いた。

 

「肉、肉肉肉――ッ!」

「暴れ時よっ! 煮え湯を飲まされた恨み、少しでも多く晴らしてやろうじゃない!?」

「幼女、幼女はどこなんだなあああぁぁぁっっ!?」

 

 動き出す、三人の敵達。

 

「な、な、敵だ……っ!?」

「本当にここに来たのかっ!?」

 

 警察の人達もすぐさまセメントガンで応戦するも、変則機動を得意とするムーンフィッシュはもちろん、マグネや『ロリコン』も当然のようにこれをかわした。

 マグネの“個性”で婦警が『ロリコン』に引き付けられたのを機に、警察署入り口付近での攻防は早くも決着が付こうとしてた。

 

 ――でも、そうはいかない。

 

「やめてくれない?」

「あん? 何か用かしら、坊や? ……あら、細くて可愛い身体。ねえ、顔を隠してないでもっと良く見せてくれない?」

 

 マグネがいやらしい笑みと共に()()囁く。

 私は彼の要請に応えるようにして顔を上げると――力いっぱいぶっ飛ばした。

 

「っ!? ガキンチョ!? なんでここに!?」

「敵が来るってわかってるのに、ヒーローがじっとしてられないからだよっ!」

 

 こうして、私と脱獄敵達の戦いが始まった。

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