死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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※品のない敵が出るので一応ご注意ください。


悪夢2

「トワちゃんだあああああぁぁぁぁっっ!!」

「……敵、敵……」

 

 小太りの男――『ロリコン』が歓声を上げて駆けだす。

 全身ぎちぎちに拘束された顔も不明の男――ムーンフィッシュは奇妙な軌道で跳躍。彼らの狙いは、いずれも私だった。

 マグネは何メートルか吹っ飛んでぴくぴくしてる。セメントガンを持った警察官が複数名向かったので、そちらは任せていいだろう。

 

「悪いけど――」

 

 私は跳躍してムーンフィッシュを迎え撃つ。

 

「変態には容赦できないからっ!」

「――っ!?」

 

 ムーンフィッシュは全身に生やした刃で攻撃、防御、変則機動が可能。刃を幅跳びの棒のように使って軌道をずらしながら、別の刃を伸ばしてくる。

 こっちは空中で動きを変えられないから一方的に攻められたに近い。

 でも、私は慌てず――自分に伸びてきた刃を掴んだ。痛い。傷口から血が吹き出す。それでも、骨が切断されるようなことはない。そのままぐっと引けば、繋がっている敵もバランスを崩すしかない。

 

「ッ、シャッ――!」

「とりあえず、一本折っとこうか!?」

 

 掴むものができたということは、こっちも軌道を変えられるってこと。

 引き寄せられてくる本体が更なる刃を伸ばしてくるも、それはかわして靴の踵を叩きこんだ。ぱきん、と、いい音がして折れる。

 勢いがついた。

 

「ついでっ!」

 

 空中で縦に一回転しながらムーンフィッシュ本体を蹴り、地面へ叩きつける。

 

「ィ――ッ!」

 

 射出するように複数の刃が飛び出て胴体を刺したけど、痛みを堪えながら着地。

 手の切り傷はもう塞がりかけている。

 叩きつけられたムーンフィッシュは動いてない。衝撃で思考が混濁したか。でも、まだ安心できない。幸い両足は無事なので、駆け寄ってもう一発腹へ叩きこむ。

 

「な、何よガキンチョ。あんた、あれから一年半しか経ってないのよ……!?」

 

 肩とお腹にトリモチを喰らいながらも、ゴロゴロ転がって抵抗中のマグネが、叫んだ。

 

「戦い慣れてる! それじゃ、まるでプロヒーローじゃない――!」

 

 プロヒーローだよ、と返したいところだけど、黙って見返す。

 ただいま絶賛契約不履行中なので偉そうなことは言えない。私は、敵を安全に止めることを優先し、握手会の方をぶっちぎったのだから。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「約束……?」

「はい。“個性”を使わないって、約束」

「っ!?」

 

 理解する。

 トガちゃんの“個性”は今更言うまでもなく『変身』。血を飲んだ相手に一定時間変身することができる。“個性”はコピーできないものの、姿かたちは完全に真似られる。本人の演技力が合わされば見分けることはかなり困難だ。

 私の血はたっぷり飲んでる。

 一年くらいぶっ通しで変身していられるんじゃないか、っていうくらいだ。

 

「でも、使っちゃったら、最悪もう会えないかも……」

「悪いコトに使うわけじゃありません。また何年か会えないかもしれませんが、一生ということはないでしょう」

「それ、は」

 

 理屈の上で言ったら、そうだ。

 

「永遠()()が考えている通り、このまま握手会をやったら犠牲者は増えます」

「……うん」

「握手会を勝手にサボったら、ファンの人達が悲しみますし、きっと怒ります。騒ぎになって、敵に付け込まれるかもしれません」

「うん」

「だったら、永遠ちゃんが分身するしかありません」

 

 分身。

 実はできるんだけど、トゥワイスの『二倍』で作った私の分身は時間経過で自壊していく。お客さんの人数と進行状況によっては「ぽろっ」と腕とか取れ始めかねない。アンパンの戦士じゃないんだから子供が見たら一生トラウマだ。

 それに、外に現れる“個性”は使用を禁じられている。

 こんな比べ方をしちゃいけないけど――トガちゃんの“個性”使用禁止よりずっと重い禁じられ方だ。起こる騒ぎによっては『プロヒーロー』の肩書が『人類の敵』に変わりかねない。

 

「やりましょう。私もそれが良いと思います」

「……いいの?」

「はい。私も、この事件は怪しいと思うんです。何かが裏で動いている気がする。……あの覆面男なのか違う奴なのかはわかりませんけど」

 

 AFO(オール・フォー・ワン)

 あいつの策略だとは思いたくない。でも、何かの陰謀があるなら、止めておかなきゃいけない。

 

「わかった。……力を貸してくれる?」

「もちろんです。私達は親友でしょう?」

 

 私はぎゅっと、トガちゃんを抱きしめた。

 

 ――で、後は簡単。

 

 変身したトガちゃんが改造魔法少女コスを着て「トワ」として握手会に出て、私は髪と顔を帽子で隠し、少年風の格好をして警察署の入り口あたりでこっそり待ち伏せ。

 予想通りやってきたマグネ達を奇襲させてもらった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 ムーンフィッシュには痛いのを二発入れた。

 これで普通なら気絶するはず。こいつが『普通』とは思えないからもう二発くらい叩きこんでおこうか――と、思った時、後回しにしていた最後の一人が迫ってきた。

 

「トワちゃ――ああああんっ!」

「シンプルにキモイ」

 

 切られなかった方の拳で顎を突き上げ、吐き捨てるように言う。

 脳を揺らされた『ロリコン』はハァハァ言いながら悶えた後、跳ね起きるようにして復活する。玉のような汗が浮かんでいてキモイ。

 

「そんなこと言って、僕に会いたくて待っててくれたんだよねぇっ!?」

 

 いや、ある意味その通りだけど、

 

「言い方っ!」

「あふぅんっ!?」

 

 腹部につま先をめり込ませると、変な鳴き声を上げる『ロリコン』。

 笑顔が不気味。びくんびくんしてるのが痛みのせいなのか、それとも他の何かなのか、判別できないのが性質が悪い。

 

「トワちゃ――ぎゃふん!?」

「近づかないで! いいから、大人しく自首して!」

「またまたぁ、照れなくてもおほぉっ!?」

 

 ギャグのつもりはないんだけど、独特のノリが止まらない。

 殴っても蹴ってもすぐ起き上がってこっちに走ってくる。他の人には見向きもしない。それは逆にありがたいんだけど、得体の知れない感じがある。あの時は戦いさえしなかったから知らなかった、こいつの姿。でも、考えてみればあの時でさえ、こいつは料理で鍛えた中三男子の腕をあっさり折っているのだ。

 あの時、近くにいた幼女は二人。私を入れるなら三人。

 今はゼロ、ないしは一人のはずだけど。

 

「“個性”の効果範囲、意外と広いのっ!?」

「な、なんのことなんだなぁ!?」

「建物の中にいる女の子まで対象になるのかってことっ!」

 

 起き上がる『ロリコン』を殴り続けながら尋ねる。

 

「ああ。はっきり認識できない子は含まれないんだな! だ、だから、今、僕が滾ってるのは、トワちゃんだけのせいだよぉ!?」

「いいから早くお縄についてよ、この不審者っ!」

「いぃぃぃぃっっ!? い、今の良かった! も、もう一回……!」

「やるかっ!」

 

 股間を蹴り上げられてなお喜ぶ変態を、右ストレートでぶっ飛ばす。

 

 ――おかしい。

 

 さすがに耐久力がありすぎだ、と、私は訝しむ。

 これだけぶん殴ったら一線級のプロヒーローでもフラフラになるか気絶するはず。こいつは『ロリコン』であって『変態』ではないはずなんだけど。

 

「も、もう一つ教えるんだなぁ?」

「っ!?」

「ぼ、僕の“個性”は、僕が興奮すればするほど強くなるんだな。つ、つまり」

 

 こいつは『あの時』よりもはるかに興奮している?

 中に入ればたくさんの幼女がいるのに、偽物である私に?

 

「け、刑務所に入っている間、ずっと考えてたんだな。()()()()()のこと。ぺろぺろできなかった君のこと。た、多分、ガチで恋しちゃったんだな」

「いらない。気持ちは嬉しいけど、そういうのは間に合ってるの。脱獄はいけないことなの! 性犯罪も悪いことなの! それがなんでわからないの!?」

気持ちいいから

 

 ぞくっとした。

 

「気持ちいいことを、なんで禁止されなきゃいけないのかな? 君も、他の幼女たんも、体験すれば絶対、絶対、わかってくれるのにっ!」

「……っ!?」

 

 駄目だ。

 心がぞわぞわする。必死に抑えながら戦っていたのに、こいつの一言一言で心が揺れる。恐怖。怒り。悲しみ。忘れようにも忘れられない「最初の敵」の、どうしようもない発言が、私の「ヒーロー」を揺るがしていく。

 

 ――こんなやつ、一生性犯罪を犯せないように。

 

 よぎった思考を押し殺して唇を噛む。

 駄目だ。駄目だ。

 ヒーローがやっていいのは無力化するだけ。殺すのも、一生残る傷をつけるのも、最後の最後にしかやっちゃいけない手段。

 ましてや、個人的な恨みでなんか、

 

「ねえ、トワちゃん?」

「……え?」

「僕といっぱい、遊んでくれて、ありがとねえっ!」

「っ!」

 

 背後に、気配。

 思った直後『引っ張られるように』後ろへ――意識を回復して上へ跳んだムーンフィッシュと引かれあうように、移動させられてしまう。

 マグネ。

 とうとう全身べたべたにされて動けなくなりながら、彼はにやりと笑ってみせる。小さく動いた唇が「ざまあみなさい」と言っているように思えた。

 

「肉、肉肉肉肉――っ!」

「う、あああああぁぁぁっっ!!」

 

 足が、届かない。

 ムーンフィッシュが前もってジャンプしたのはこのためか。地面を蹴っての方向転換ができない。さっきと違い、牽制の刃も飛んでこない。

 彼我の距離が一気に近づいて、刃が一斉に飛び出してきて――。

 今度こそ、全身余さずずたずたにされながら、私は今日一番の打撃を脱獄死刑囚の胴体へと叩きこんだ。

 

 上昇する力がなくなって、落ちる。

 浮き上がったムーンフィッシュは動く気配がない。また気を失ったのだろう。でも、彼は十分すぎる痛手を私に残していった。

 痛い。痛い。

 着地体勢を取るだけで気が遠くなりそうな痛み。あと一歩で死にそうなダメージ。なのに下では、ニヤニヤした『ロリコン』が手ぐすね引いて待っている。

 

「待ってたよ、トワちゃ――」

負けるなああああああっっ!

 

 ()()()()()()()

 だけど、私の意識を呼び覚ますのには十分だった。痛いからなんだ。苦しいからなんだ。私はヒーローになったんだから、こいつを倒さないといけない。

 拳を握る。

 雄英入学からずっと馬鹿の一つ覚えみたいにぶん殴るしかできないけど、

 

「ロリコンっ!」

「!?」

「罪を償って、更生したら、考えるだけ考えてあげるっ!」

 

 握った両の拳でぶっ叩かれた『ロリコン』は、とうとう我慢の限界に達したのか――。

 

「やっ、た……」

 

 満足げな笑顔を浮かべながら、気を失った。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 着地して、尻もちをつく。

 振り返ると、声のした方には誰もいなかった。私に声をかけたのが誰だったのか、私にはわからない。

 でも。

 あの声がなかったら、待っていたのは別の結末だったかもしれない。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

「皆さん、本当にごめんなさい。握手会をしていたのは代役の方でした」

 

 深く頭を下げて謝ると、幸い、ファンの皆さんは温かい拍手で私を許してくれた。

 

「お疲れ様、トワちゃん」

「ありがとう」

「敵が来るのがわかってたんだな、さすが」

「全然気づかなかったよー!」

 

 ボロボロになった服のまま、私は「ありがとうございます」と微笑んだ。

 

 ――ここは警察署の建物の中。

 

 敷地の入り口は移送やら現場検証でしばらく使用するということで、握手会が終わった後もファンの皆さんは待機になった。

 それでも大きな文句が出ない辺り、みんな本当に慣れていると思う。

 

「トワちゃーん!」

「あ、だめだよ。汚れてるから」

「いいの! 抱っこしたいの!」

 

 小さな女の子が抱きついて来てくれる。

 血の匂いがするはずなのにすりすりしてくる彼女を軽く撫でてあげると「きゃーっ!」と歓声を上げて喜んでくれた。

 それでスタッフの皆さんもほっとしたのか、服だけ着替え(出血はもう止まってるので)をして、しばしの交流会となった。

 抱きつかれたり握手を求められたり。ちなみに、抱きついてくるのは多くが幼稚園~小学校高学年くらいの女の子。いや、当然というか、大人の男性に抱きつかれたらアウトだけども。

 

「あの、トワさん? 偽トワさんの件、後でお話聞きますからね」

「……本当にすいません」

 

 こっそりスタッフの方に耳打ちされて謝ったり。

 トガちゃん(私に変身中)に目線で謝意を送り「なんのなんの」という顔をされたり。

 と。

 

「お姉さん」

 

 また一人、女の子が近づいてくる。

 そろそろ私より大きいんじゃ? という年齢の彼女は微笑みを浮かべると「助けてくれてありがとう」と私をぎゅっと抱きしめた。

 温かい。

 

「こっちこそ、応援してくれてありがとう」

 

 応えるように囁くと、囁きが更に返ってきて、

 

「二回も、助けられちゃったね」

「……え?」

 

 顔を見る。

 見覚えがあった。『あの時』。『ロリコン』に先に襲われて、裸で抱きかかえられていた女の子。結構年月が経っているのでかなり成長してるけど、間違いなく面影がある。

 良かった、トラウマから立ち直れたんだ。

 瞳から涙が溢れてくる。ごめん、と言って涙を拭い、彼女をもう一度見つめようとして、

 

「……助けてくれなくて良かったのに」

「……え?」

 

 幻聴だろうか。

 去っていく女の子を歪んだ視界で見つめ、呼び留めようか迷った時、

 

 ――とさ。

 

 小さな身体が倒れる音。

 振り返る。

 『もう一人の私』が苦しそうに、はあはあと息を荒げて床に伏していた。




何とは言いませんが、リアルで子供への性犯罪とか本当に駄目だと思います。
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