「『巻き戻し』を使わせてください」
「駄目です」
冷徹な返答が、私の想いを叩き潰した。
答えたのはお役人だったか、警察上層部からのエージェントだったか、そんなところ。どっちでも「私を管理する権限」を持っていることには変わりない。
ここは、とある警察病院。
突然倒れたトガちゃんは病院に搬送されることになったものの、色んな意味で普通の病院には送れない。なので、上層部の息がかかったここに送られた。
搬送中もトガちゃんはずっと苦しんでいた。
変身したままの状態で奥まった――かなりのVIP以外には使用されない個室に入れられ、お医者さんに診てもらった結果、異常はなし。
詳しくは精密検査をしないとなんとも言えないが、心疾患等、通常の身体異常による不調ではないだろう、というのが見解。
そして、トガちゃんは今も苦しんでいる。
普通の異常でないなら、まず間違いなく『個性』の影響だ。
診察してくれた先生は内科が専門。外科や呼吸器科についてもある程度詳しいけど、
うってつけの方法が私にはある。
『上』によって禁じられた“個性”の行使、という方法が。
でも、許可は下りなかった。
「どうしてですか?」
「貴重な『検体』の可能性があるからです」
「『検体』……?」
眉を顰め、その言い方にイラっとした後――私は気づいた。
「因子、保有者……?」
「はい」
彼は冷静な表情を崩さないまま頷いた。
「そう考えるのが妥当でしょう? ……あなたが戦った三人の脱獄
「……はい」
といっても、三人とも元からハイテンションだったり、理性がぶっ壊れていたりする奴らなので、そこまで大きく区別はつかないんだけど。
私を殴りに来たはずのマグネが関係ない少年に声をかけていたり。
あの『ロリコン』が殴っても殴っても興奮して起き上がってきたり。
ムーンフィッシュが肉肉言いながら変態みたいな動きをしたり……は、前からか。
例の“個性”に影響されて衝動が抑えきれなくなっていた、と考えれば、脱獄して即、警察署なんかを狙ったのも納得だ。
「でも、あの子はマグネ達に会っていません」
「確かに経路は不明です。直接接触以外にも条件があるのか――それも含めて調査すべきでしょう。蛇腔総合病院へ協力を依頼し、今後のためにも徹底的に究明すべきです」
理屈はわかるけど……。
「彼女でなくても良いでしょう?」
「“個性”の関係から拘束が有効で、かつ、ある程度は理性的な元敵。因子の影響を強く受けていることがほぼ確定――しかも、一定期間拘束しても問題ない。そんな都合の良い存在が他にいるとでも?」
「っ」
唇を噛む。
気に入らない。気に入らないけど、それは私の個人的感情だ。理屈で言うならそもそも、最初にトガちゃんに肩入れしたのも間違い。今だって、私とトガちゃんの両方が協力するのを条件に温情を貰っているだけ。
「暴れるかもしれませんよ」
藁にも縋る思いで、逆に危険性をアピールしてみる。
無理に研究するより治しておいた方がいいと思わせられれば――。
「拘束が有効と言ったでしょう? それに、他人には危害を加えられない制約が課せられているのです」
「それは、絶対じゃありません」
「ええ。ですから、彼女が暴れた場合はあなたが処理する――そういう約束でしたよね?」
「で、でも、彼女はみんなを助けたんです。その結果、実験動物みたいにされるなんて」
彼はふん、と、鼻で笑った。
「助けた。ええ、そうですね。独断専行の結果ですが」
「……う」
「トワさん。あなたもです。いくら彼女に乞われたからと言って『変身』の許可を出すとは、何を考えているのです? 本来であれば即、彼女の扱いを戻してもいいくらいなんですよ?」
「違います」
「え?」
「許可したんじゃありません。あれは、私がお願いしたんです」
言いだしたのはトガちゃんからだったけど、あれは私が願ったこと。
悪いのは私であってトガちゃんじゃない。
と、深いため息。
「……ルールに反することは反社会行為に繋がる。それでは敵と同じです。あなたが一番分かっていたはずでは?」
「それは、そうですけど」
口ごもる。
彼の言っていることは正しい。悪いことは悪いこと。そう言い続けてきたのは、他でもない私自身。
だったら、上との約束事だって本当は守るべきだ。
「ああしなかったら、助けられなかったかもしれないんです」
「助けられたかもしれない」
「助けられないとわかっていても、ルールを守る方が優先ですか?」
見上げると、冷たい言葉が再び降りかかった。
「助けられない実力不足が悪いのでは?」
私は、何も言えなくなった。
◆ ◆ ◆
ドクターに連絡を取るという宣言に、黙ったまま消極的な同意を示して、トガちゃんのいる病室へ戻った。
「……永遠ちゃん」
「ただいま。お待たせ」
少女は起きていた。
眠れないんだと思う。謎の症状――想像が正しいとすれば、極度の興奮状態のせいで、目が冴えてしまっているのだ。
熱っぽい表情ではあはあと息をしながら、首だけ動かして私を見つめる。
ベッドに四肢、上半身と下半身を拘束されているので、首くらいしか動かせないのだ。私の身体は知っての通りミニサイズ。動物に変身できるという話は聞かないので、ここまでガチガチに拘束されたら『変身』しても抜け出せない。
下手に『変身』を解除すれば圧迫で死ぬ。
「具合はどう?」
「身体はぴんぴんしてるのです」
「じゃあ、幻覚とか、そういうの?」
「ううん」
自分と同じ顔をした人と話す、というのは不思議なものだ。
話し方でなんとなくトガちゃんだとわかるので、まだいいけど。
「もう、わかってるんでしょ? これは、病気なんかじゃないのです」
「―――」
「ううん、病気なのかな。これは、私の中にずっとあったものが大きくなっただけ。誰かに無理やり与えられたわけじゃないのです」
トガちゃんが持っている殺人衝動。
本来の量だってギリギリ抑えていたのに、増幅されたら、そんなの、耐えられるわけない。
「我慢、してたの?」
「………」
「警察署から、ここまで、今まで、そんな気持ちを抱えて、我慢してたの?」
「はい」
「いつから?」
トガちゃんは少し考えてから「握手会の間かな」と答えた。
「そんなに前から、ずっと? どうして?」
「約束、だから」
「っ」
胸が締め付けられる。
トガちゃんはいつの間にか泣き笑いのような表情になっていた。唇を強く噛みしめて、血が流れる。『不老不死』のない私の身体は、傷つけば傷つく、普通の女の子だ。
「私の、せい?」
私が、トガちゃんに呪いをかけた?
更生して欲しいなんてエゴで縛って、自由に生きるチャンスを奪った。あんな干渉せず、原作通りに動けた方が、ずっと幸せだったんじゃないか。
これまでにも何度か思ったことを、あらためて思う。
「違うよ」
でも、トガちゃんは首を振った。
「永遠ちゃんのお陰で我慢できた。……永遠ちゃんがいなかったら、とっくの昔に誰か刺してるのです」
「……ありがとう」
「私こそ、ありがとう。だから、思いつめないで欲しいのです。永遠ちゃんは間違ってない。悪いことは悪いこと。その上で、私みたいな子が生きられるように、頑張ってくれてるんでしょ?」
「それは」
そのつもり、だけど。
そうなれたらいいな、とは思ってるけど、現実の私はまだまだ全然だ。あの人の言った通り、ルールを守りながら全部の人を守ることもできない。弱くて情けない、ひよっこヒーロー。
「忘れちゃってもいいよ」
「え?」
「私のこと、忘れてもいいのです。その方が、楽なら」
にこり、と、トガちゃんは笑って、
「そうしたら、気兼ねなく私も永遠ちゃんを狙って、逮捕してもらえます」
「……そんなの」
私はトガちゃんの手を両手で握った。
「できるわけない。今更、あなたのこと忘れられるわけない。もう、あんなこと、絶対――」
「永遠ちゃんは優しいね」
優しくなんかない。
私は正義の味方を気取ってるだけの子供だ。自分に正義を強いていないと道を踏み外しそうだからそうしてるだけ。自分が住みやすい世界を目指したら正義の味方に行き着いただけ。前に死柄木に言われたことは正しかったのかもしれない。
その証拠に、私は『ロリコン』を殺したいとさえ思ったし、今この瞬間も、ルールを破ってトガちゃんを助けようか考えてる。
「永遠ちゃん」
「……なに?」
「キスして」
は?
「え、あ、え?」
「キスして欲しいのです。駄目?」
潤んだ瞳で見つめられる。
いや、あの、そういう場面だった? もっとシリアスなシーンだったと思うんだけど。そもそもトガちゃんってノーマルだよね? しかも今の状況だと私がナルシストみたいだし。というか、予想外過ぎて思考がわけのわからないことになってるし。
うん。
どうせキスするなら、元の姿のトガちゃんとしたいなあ――って。
「いいよ」
わかってる。
これはきっと、誘いだ。
キス、なんて体のいい口実でしかない。私が動揺するような言葉を使って、わかりやすく誘っているだけ。断られれば断られたでいい、そう思っているんだ。
私は微笑んで頷いて、彼女に
「永遠ちゃん」
切なげな声の後、唇が重なった。
目を見開く。次の瞬間、私の唇が猛烈に強く噛み千切られた。激痛。
「えへへえ」
蕩けきった少女の顔があった。傷口からこぼれた血液でその顔が汚れていく。私の姿が、血塗られていく。
「おいしい」
完全に狂気に呑み込まれている。
私はもう迷っていられなかった。トガちゃんの――私の形をした身体に手を翳して『巻き戻し』を、
「無駄だよ」
「……え?」
「言ったでしょ? これは与えられたわけじゃないのです。“個性”の効果はもしかしたら消えるかもしれないけど――『巻き戻し』って、記憶とか感情も戻るんですか?」
「……ぁ」
戻らない。
オールマイトは五年以上前に『巻き戻し』されても私のことを覚えていた。原作のデクくんは壊理ちゃんから常時『巻き戻し』を受けながら普通に戦い続けていた。
少なくとも記憶や想いは戻らない証拠だ。
“個性”因子に干渉できないのが『巻き戻し』の特性だという仮定から考えれば――私達の記憶や感情は脳じゃなくて“個性”因子に由来しているのかもしれない。
ともかく。
『巻き戻し』ても、今受けている増幅の効果がなくなるだけ。増幅されて今ある猛烈な感情は消えてなくならない。
抑えられれば消えるけど、トガちゃんはもともと、爆発寸前の状態を維持していただけだった。
「でも、それじゃ」
「いいんです、これで」
言って、トガちゃんは――少しずつ、どろどろと溶け始める。
「監視カメラで見てる誰かさん! 永遠ちゃんは何もしてません! これは全部、私の独断です!」
「トガちゃん、やめて、トガちゃん!?」
どうして。
どうしてこうなるんだろう。
敵は撃退した。みんなも守った。なのに、全く予想していないところから、予想もしていない悪いことが降りかかってくる。
呪われているみたいに。
私が、私自身が、災いを呼んでいるみたいに。
「止めません」
半ば以上、トガちゃんは元に戻っていた。
ぎしぎしと拘束具が悲鳴を上げる。慌てて壊そうとするけど、増強系個性にも耐えるように作られたそれはびくともしない。力いっぱい殴れれば別だけど、それじゃトガちゃんにまでダメージがいく。
そうしているうちにとうとう、姿が戻って、
「永遠ちゃん。私は、永遠ちゃんになりたい」
「……え?」
もう一回『変身』が始まる。
私に。
改造されていない魔法少女コスを着た、私の姿に。
「永遠ちゃんが羨ましい。みんなから好かれていて、格好よくヒーローをやっていて」
「―――」
「永遠ちゃんが憎い。こんなに好きなのに、みんなに構って、なかなか構ってくれない」
「―――」
「永遠ちゃんが可哀想。これから永遠に、一人で、生き続けなくちゃいけないなんて」
「―――」
「私は、私が嫌い。みんなに嫌われていて、嫉妬深くて、永遠ちゃんを置いておばあちゃんになっていく私が、大嫌い」
そんなことない。
私はあなたが好き。そう言いたいのに、言葉が出てこない。
「だから私は、あなたになりたい」
私になったトガちゃんの全身が悲鳴を上げた。
「が、っ、あ、がああああああぁぁぁぁぁっっ!?」
「トガちゃん!?」
わけがわからない。
何が起こっているのか。私は何もわからないまま、今度こそ『巻き戻し』を使おうとする。とにかく戻せば、この謎の反応だけは収まるはず。
「い、いからっ!!」
「でもっ!」
「これで、いいのですっ! このまま、待って――」
「駄目だよ、こんな、トガちゃんが死んじゃいそうでっ!?」
全身から血が吹き出す。
みしみしと筋肉が鳴り、目からも血が噴き出る。明らかに尋常じゃない。拒絶反応でも起こっているような。
――拒絶反応?
『変身』に身体が耐えられない。それは、どこかで。
「あ……」
「え……?」
反応が止まった。
くたりと身体が落ち、逆流するように傷が治っていく。かと思えば口が大きく開かれて、絶叫がこぼれた。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!?」
「何、なんなのこれ、どうしてトガちゃんは、こんなこと……っ!?」
何もできない。
もう、『巻き戻し』で治せるのかもわからない。私はただ十数秒の間、それを見守って、
ばん! と、何人もの人が飛び込んでくるのと同時、ぷつん、と、糸が途切れたように変身が途切れて、トガちゃんの身体が元に戻っていく。
再び悲鳴を上げる拘束具。入ってきた人達によってロックが外されトガちゃんの身体が解放される中、私は、見た。
傷だらけで戻ってきたトガちゃんの身体。
その傷が癒えて、まっさらな状態に戻りつつあった。