「……中学生の女の子が犯人、か」
長い前髪で目を隠した隠れ美女、センスライさんが呟きと共に深い息を吐きだした。
有翼の美青年ヒーロー、ホークスが頷いて答える。
「なんとも面倒なことになったっスね」
八百万ヒーロー事務所の会議室内。
所員だけの時はわざわざ移動することも少ないので、まだまだ真新しさが残るそこには、私を含めた二人のプロヒーローと、警察代表として塚内警部がいた。
面々の表情は硬い、というか苦々しい。
ホークスが言った通り、状況が良くない。
『常動型の“個性”の扱いには今なお決着のついていない問題だからね』
雄英の校長先生もリモートで参加中。
大型スクリーンに映し出された愛らしいネズミの姿は、どこかの組織の首領のようにも感じる。
“個性”感染爆発の犯人がラグドールによって特定された。
これ自体は事件解決に向けての大きな一歩であることに間違いないんだけど――同時に別の問題が発生してしまった。
件の“個性”が常時発動するタイプであったこと。
犯人、というか因子の発生元が未成年であったこと。
オフにできない“個性”については、使用しても罪に問えないケースが多い。使いたくて使っているわけではなく、効果を発揮しないようにしていても、不意に働いてしまうことがあるからだ。
それでも、目に見えて効果がわかるタイプ、特に死柄木弔の『崩壊』のような破壊的なものであれば因果関係の特定や逮捕、拘束が比較的容易。
ただ、今回の“個性”は効果が目に見えない。未だに「誰がどの程度の影響下にあるか」測定する手段もない。しかも他人に触っただけで効果が発揮されるのだから、犯人がわかったからといって「はい、逮捕ね」とはいかない。
更に持ち主が中学生ときている。
責任能力を問うのは厳しい年齢。となると当然、家族――ご両親も交えて事情を話し、対応を検討するしかない。
既に一度、警察の人とホークスが一緒に自宅を訪問、事件解決に向けて協力してもらえないか、と頼んだんだけど、上手くいかなかった。
「わたしは“個性”なんて持ってません」
説明を終えた時点で、女の子本人がまずそう主張した。
実際“個性”届上でも『無個性』になっている。
検査方法については色んな工夫がされていて漏れが出にくいようになってるけど、目に見えなかったり、影響が直接的でなかったり、発動条件が特殊なものについては網羅できてないのが現状。ラグドールみたいな“個性”は貴重なので、まさか全員を『サーチ』させるわけにもいかない。私の『不老不死』が判明していなかったのもこれが原因だ。
つまり、本人や家族が「本当はどう認識していたか」はともかく、公的には「無個性として生活していた」という事実がある。
「そうです。証拠はあるんですか?」
もちろん、証拠書類は持参していた。
解析できた限りの詳細を規定のフォーマットに則り記載したもので、関係機関の捺印とラグドール本人の署名、プッシーキャッツ事務所の名前まで記載されている。文句なく正式な書類だったけど――これも結局、難しいところがある。
「そうじゃなくて、娘がそんな“個性”持ちだって私達に証明してください」
難癖に近い。
でも、ご両親だって真剣だ。確認できるところは全部確認してからでないと「はい」とは言えない。認めてしまった瞬間、彼らの娘は日本中どころか世界にまで影響を与える災いになり、彼らはそれを看過していた罪深い人間になってしまう。
保身を考えないにしても、万が一にも「間違いでした」とならないようにしないといけない。
そして、ホークス達には証明の手段がない。
女の子にぺたぺた誰かを触らせて変態行為に及び出したら確定、なんて方法じゃ不確かすぎるし――まして「失礼ですがご夫婦の性生活は?」なんて聞けるはずがない。
ラグドールの実績、公的機関が認定したという事実の重みを主張して理解を求めた。
「じゃあ、娘にどうしろっていうんです……!?」
対処方法も問題だ。
誰とも接触しないように監禁されて一生過ごす、なんて、両親及び本人が承知するはずがない。まして、そのための費用負担、および補償を国が行うのも難しい。
結局のところ「裏技」を教えるしかない。
他言無用の念押しをした上で「個性を消去する方法がある」ことを伝える。
(正確には「奪う方法」だということは伏せた)
「危険な方法じゃないんですよね?」
「もちろん、一切の痛みは伴いません。怖い思いをさせることもないとお約束します」
「なら、私達にも立ち会わせてください」
両親としては「“個性”はなかった」のだ。
実はあったのだとしても、本当に消えてしまえば問題はない。一日で簡単に終わるなら拒否する理由も少ない。懸念は娘への影響だけになるけど、
「嫌! わたしにそんな“個性”ない!」
本人が強硬に拒否した。
両親にしたって娘が疑われていい気はしない。
ましてや効果が「対象の性的欲求を高める」だ。認めずに済むならそれに越したことはない。
「お帰り下さい」
食い下がってはみたものの、言い募ればそれだけ心象は悪くなる。結局、引き下がるより方法はなかった。
『現行法に個性消去、剥奪に関する文言はないしね』
法的な権限があるわけでもない。
“個性”は呼び名の通り、一人一人が当たり前に持っているものと認識されている。勝手に消したり奪ったりすれば批判されても仕方ない。
強硬な姿勢を取って大騒ぎにされたら、困るのはお偉いさんだ。
ネット上のSNSで誰でも情報拡散できるこの時代、相手をちょっと怒らせただけでもそうなる可能性はある。
「不甲斐ない結果で申し訳ないっスが、次回以降の『説得』には女性に行ってもらうことになります」
「私……じゃ、駄目ですよね」
プロヒーローで現在活躍中、知名度も上がっているとはいえ、見た目ちびっこの私が行っても「真面目に話しています」感は全くない。
こういうのは見た目の印象も大事なのだ。
センスライさんは皆まで言うなと頷いて、
「私が行きましょう。そういう仕事は慣れています」
「助かります。……まあ、決め手がないわけですが」
頭をぽりぽり掻いて息を吐くホークス。
「あんまり何度も押し掛けるのも『あの家に警察が来ているらしい』なんて噂になりかねませんし」
「詰んでるじゃないですか」
「まあ、割と詰んでますね」
苦笑さえできない様子で青年は言うと、私を見て、
「いっそ、こっそり奪っちゃえればいいんですが」
「それこそ大問題じゃないですか」
大きな事件だ。なりふり構っている場合じゃない――とは思うけど、事が女の子、幸せな家庭となると、手も出しづらい。
もちろんバレずに遂行するのは簡単。
でも、バレなきゃいい、なんて言っていいものか。何があってもルールは守らないといけない、なんて小さい話じゃない。これはモラル、
もちろん、この場には
「ま、正攻法で行くしかないっスよね」
ホークスは私から目を逸らして言った。
◆ ◆ ◆
「はぁぁ~~っ」
「扇先輩。最近溜め息ばっかついてるわよ。いい加減鬱陶しいから止めてくれないかしら」
「ごめんねラバちゃん、はぁぁ……」
言ってる傍から溜め息を漏らすセンスライさんを見て、ラブラバが私を見てくる。なんとかしなさいよあんた、と言っているのは明らかなんだけど、
「はぁぁ……」
「あんたまで溜め息つきだすんじゃないわよ!?」
いや、だって、センスライさんが二回行って二回とも追い返されたんだよ?
状況が進展しないにも程がある。
ラブラバはキーボードを操作しながら「まあ、例の件なんでしょうけど……」と口を動かして、
「そのクソガキ、嘘ついてないわけ?」
「クソガキ……」
割と可愛い子なんだけど。
そんなことはどうでもいい、とばかりにふん、と一蹴された。
センスライさんが眉を顰めて、
「いいえ。嘘はついていないわ」
「じゃあ、自分のこと、本当に無個性だと信じてるの?」
「
嘘にならない受け答えしかしていない、ということ。尋問に慣れているセンスライさんの追及をかわせたのは、子供の場合、黙秘してもわざとらしくならない、っていうのもあるだろう。
ただ、これは逆に言えば「やましいところがある」という証明だ。
「じゃあもう、その辺どんどん突いて追い詰めちゃいなさいよ」
「そんなことしたら『警察の不祥事』で大騒ぎよ」
「面倒臭いわね」
ラブラバまで溜め息をつき始めた。
と、私のスマホに着信。
メールだ。短い文面を見た私は席を立つ。
「ちょっと散歩してくるね」
「パトロールね」
「そうとも言うかな」
散歩が勝手にパトロールになる、とも言う。
「では所長。私も一緒に」
「うん。いこう古賀さん」
「気を付けなさいよ」
それはトガちゃんにってことかな?
◆ ◆ ◆
本当の用事は事務所を出て二分で済んだ。
路地裏に立っていた黒服サングラスの(顔立ちが)目立たない男性が「これを」と私にイヤホンを差し出して去っていく。
再生装置付きのやつだ。
再生すれば、厳かな声がして、
『プロヒーロー・トワ。君に極秘の依頼がある』
聞かずに握りつぶしてやろうかと三秒くらい迷ったけど、音声は勝手に続きを再生して、
『個性感染爆発の女王から“個性”を奪え』
やっぱりこうなったか、と、私は溜め息をついた。
◆ ◆ ◆
「ごめんね、こんな狭い所で」
「そんなことないですよ。シートふかふかで気持ちいいです」
私はあの子と二人で車の中にいた。
なんでかといえばもちろん誘拐したから――なわけがなく、他に二人だけで話せる場所が思い当たらなかったからだ。
車があるのは彼女の家の駐車場。
窓が不透明に近いので車内の様子まではわからないけど、そこに車がある、ってわかるだけでもご両親としては大分違うはず。
ちなみにトガちゃんは車のボンネットに腰かけてアイスを食べている。
二人だけの車内には、アイスと一緒に買ってきたスイーツや、果汁百パーセントのジュース等が用意されている。
「好きなだけ食べていいよ。私の奢り」
「ありがとうございます!」
いきなり押しかけて話がしたい、と言い出した、娘と同い年くらいにしか見えないプロヒーロー(私)だけど、意外と歓迎された。
主な理由はこの子当人が「嬉しい!」と感激したからだ。
私の来訪の理由が“個性”の件じゃない、というのも関係していたと思う。表向きの理由は「この前再会した時にゆっくり話せなかったから」だ。もちろん、住所を知ったのは“個性”の件で身元が割れたから、ってことになるんだけど。
警戒するご両親をよそに彼女が「お姉さんは大丈夫だよ」と言ってくれたことで、こうしてお話できることになった。
「お姉さん、甘い物好きなんですか?」
「うん、好きだよ。っていうか食べ物はだいたい好き」
「ご飯食べる番組にも時々出てますもんね。大食いはしないんですか?」
「ご飯は味わって食べるものだよ?」
「なるほど」
実際、大した話をするつもりはなかった。
なので他愛のない話に興じる。
彼女もにこにこと頷いて、
「好きなことはじっくりしたいですもんね」
「………」
何気なく聞けば、聞き流してしまいそうな言葉。
でも私には、警察署襲撃事件の時のことが思い起こされた。
「ねえ。あの時、私に言ったこと――覚えてる?」
聞かずにはいられなかった。
彼女は一瞬私の瞳を覗きこんでから、くすりと笑って答えた。
「
「どうして?」
「待ちに待った瞬間を邪魔されたから、ですよ」
くすくす、と笑う彼女が、怖い。
戦闘能力なんてない。
ましてや、私を害する気さえない、ただの中学生の女の子が、途方もなく怖く感じた。
「邪魔されたのって、
「
やっぱり、そうか。
二回目に会った時は警察署内だ。もし入り口を突破されたにしても、敵がやりたい放題やって子供を誘拐、逃走なんてことはそうそうできない。
あの時は「私がいなくても大事なかった」。
であれば答えは一つしかない。
きらきらした目で私を見ていた瞳が、ぎらぎらとした輝きに満ちる。
「やっぱり、お姉さんは凄いです。わたしのこと、ちゃんとわかってくれる」
「悪いことは悪いことだよ。例え『される側』でも、進んでされたいって思うのは良くないと思う」
「でも、わたしが『そう』だっていうのはわかってくれるんですよね?」
「まあ、ね」
生まれつき『そう』だった人を私は知ってる。
ボンネットで呑気にアイスを食べている親友を見つめながら、苦笑した。
「こんなに可愛いのに、穢されたいの?」
「いけませんか?」
さりげなく――どころか、意味ありげに頬に触れる私を、彼女はおっとりと見つめ返してきた。