死なない少女の英雄志願   作:緑茶わいん

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少女の願い

「きっかけは、あったの?」

「? お姉さんは、どうして『不老不死』なんですか?」

「……ああ」

 

 この子は、同じだ。

 トガちゃんと。そして、もしかしたら私とも。

 そういう人間だからそういう“個性”になったのか。生まれつきの“個性”に性格が引っ張られたのか。ニワトリとタマゴの話のような、天然もの。

 

「わたしはわたしです。気づいたらこうでした。変わりたいとも思ってません。ただ――」

 

 ()()()()()()()()()

 

「おかしいとは思ってるんですよ。周りと違うのはわかりますから。でも、それって悪いことなんですか?」

「それは、違うよ」

 

 みんな違ってみんないい。

 世の中はそういう方向に進んでいるし、そういう風にできている。

 

「いけないのは、あなたの“個性”。それは、そうなりたくない人もそうしてしまうから」

「わたしがわたしらしくあるための“個性”を消さなきゃいけないんですか?」

「ある、って認めてくれるの?」

「多分あるんだろうな、とは思いますよ、さすがに」

「―――」

 

 “個性”にしがみつく人の気持ちが、私にはわからない。

 私のベースは無個性社会から来た転生者。今はもうかなり慣れたけど、こんなもの無くても社会は回る。ぶっちゃけ『不老不死』を捨てられるなら今すぐでも捨てたい。

 “個性”のせいで自由に生きられない、壊理ちゃんみたいな子もいる。

 でも。

 

「お父さんも、お母さんも、お友達も普通に“個性”を持ってるのに。それでいいんだよ、って言ってもらえてるのに、どうしてわたしだけいけないんですか?」

 

 彼女はあくまでも穏やかだ。

 私を「誰よりも同類に近い」と思っているかのように、「限りなく理解のある他人」と思っているかのように、微笑んだまま、切実な問いを投げかけてくる。

 

「家に来たヒーローさん達が言ったみたいな“個性”があるんだとしたら、それはわたしの一部です。わたしがわたしの願いを叶えられるように、神様がくれたんです」

「神様なんていないよ」

「じゃあ、運命です」

 

 定められたものを、巡ってきたものを、第三者が奪っていいのか。

 なおも迷いを感じながら、私は彼女を抱き寄せた。

 背格好の大して変わらない少女を抱きしめ――『AFO(オール・フォー・ワン)』を起動する。

 一秒足らずの時間で“個性”の奪取は完了した。

 

 途端、私は眩暈を感じた。

 天地が逆になったみたいな違和感。衝撃。ああ、と理解する。お酒に酔ったような、食事で「あと一口食べたい」と感じるあの瞬間のような、考えるのに疲れてベッドに倒れ込んだ時のような、どこかふわふわとして、捉えどころがなくて、途方もなく幸せな感覚が来る。

 次いで感じたのは刺された時。殴られた時。切り刻まれた時。締め付けられた時。痛みや苦しみを感じた時の記憶。それらの感覚が甘い幸せを伴って再現されて私を蝕む。

 

 なるほど。

 こんな衝動を常時抱えているんだとしたら、当然だ。

 

 私は『AFO』の機能を用いて“個性”をオフにする。途端、身体の感覚は元に戻った。しばらくすれば『不老不死』がさっきの催淫作用への抵抗力を完成させ、オンにしても『私が望まない限り』何の異常も起きなくなるだろう。

 ああ、と。

 私に身を預けたまま、少女が呟く。

 

「やっぱりお姉さんは、優しいです」

「っ」

 

 私は彼女を覗き込む。

 瞳の輝き。純粋で、狂気的な彼女の色。さっきまでと何も変わっていない。“個性”はなくなったのに。直後すぎて実感がない? それとも本当に、あれがなくとも彼女の魂は何の影響も受けない。“個性”と魂が同じ形をしているのか。

 

「優しくないよ、私は」

 

 彼女から奪った私には、優しいなんて言われる資格がない。

 

「私は、みんなが平和に暮らせる世界が欲しいの。だから戦ってるの。みんながお互いを許し合えたら一番いいと思うけど、暴力は許せない」

 

 もちろん、双方合意のプレイなら否定はしない。

 私がトガちゃんに身体を許しているのもその手のものだ。

 でも、彼女が性の暴力を待ち望み、衝動を振りまいているのは違う。望んでいる人同士が充足のためにしているんじゃなくて、彼女が満たされるために他の人を利用している。望んでいない人まで巻き込まれてしまう。だから、良くない。

 

絶対気持ちいいのに

「本物の痛みは知らないでしょう?」

「知ってますよ?」

 

 彼女は言った。

 散歩中の犬の尻尾を踏んじゃって、本気で噛まれて血を流したことがある。

 低学年の頃、クラスの男子複数から殴る蹴るされたことがある。

 敵と交戦中のヒーローにぶつかられて、転んで額を傷つけたことがある。

 

「自分にはどうしようもない暴力って素敵じゃないですか? どんなに綺麗な身体でも、みんなから可愛いなんて言われてても、強い力で押さえつけられたら簡単に何もできなくなって、めちゃくちゃにされちゃうんです」

 

 性の欲求の中には被虐を好むものもある。

 彼女の場合はそれだけじゃなくて――もっと色んな欲求が複合している。例えば、大切なものが失われることそのものを喜ぶ特殊な感性とか。

 

「みんなも体験してみればわかると思うんです。あんなの絶対、一回体験すれば忘れられなくなる」

「それは、楽しい記憶だからじゃないよ」

 

 心的外傷。

 

「楽しいですよ。絶対楽しくて、癖になっちゃいます」

 

 少女は私の首筋に頬ずりをする。

 

「だってわたしがそうですから。ね、お姉さん? わたしはみんなに幸せになって欲しいんです。嫌がらせで言ってるんじゃないんです。わたしは、みんなにわたしの世界を知って欲しい。みんながわたしと同じになったら、それって、最高に幸せな世界じゃないですか?」

「……違うよ」

 

 私は腕に力を込める。

 

「無理やり『自分が許される世界』を作っちゃ駄目なんだよ。人は違うのが当たり前なの。他人を自分と同じにして、はい幸せになりました、なんて絶対やっちゃ駄目」

「じゃあ、お姉さんは?」

「え?」

 

 ()()()()()()()()()が、響いた。

 

「みんなに長生きして欲しいから、戦ってるんじゃないんですか?」

「―――」

 

 それは、呪いだった。

 

 世界から音が無くなる。

 反論する言葉が出てこなくなって、自分が何をしていたのかさえわからなくなる。

 我に返った時、私は車の中にいた。

 腕の中には美少女と言っていい女の子がいて、微笑んでいる。彼女の家の駐車場。ボンネット辺りには、食べ終えたアイスを名残惜しそうに見つめるトガちゃん。

 何も変わってない。

 

 少女が「ああ」と声を出す。

 

「お姉さん、力いっぱい抱きしめてください」

「ごめんね」

 

 私はそっと、彼女を離した。

 

「私が力いっぱいやったら、骨を折っちゃうから」

 

 別れ際、彼女は私に言った。

 

「お姉さん。世界が良くなるといいですね?」

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「あの子の血の色、ちょっと見てみたいです」

「やったら絶交だからね」

「わかってますよぉ」

 

 事務所に向かう車の中で、私はトガちゃんと言葉を交わす。

 

「でも、良かったんですか?」

「何が?」

「あの子、近いうちに死にますよたぶん」

「……そんなこと言われても」

 

 わかってる。

 あの子の願望は特別だ。極限の破滅願望。

 望みを満たすには、何もかもめちゃくちゃに『される』しかない。

 というか、あんな“個性”を持っていて無事に済んでいたのが不思議なくらいだけど。

 

「私には何もできないよ」

「永遠ちゃんがひどいことしてあげるとか」

「それ、最後は古賀さんとあの子がラブラブになって私放置されるやつじゃない?」

「駄目ですよ。あの子刺したら死んじゃうじゃないですか」

「人は刺されたら死ぬんだよ!?」

 

 大事なことだから何回でも言います。

 

「……大丈夫だよ」

 

 息を吐いて言う。

 

「あの子の望みは特別だもん。……わざと身体を差し出すんじゃ駄目なの。十分注意して、警戒して、大人しい良い子でいた上で、どうしようもない暴力に弄ばれなきゃいけない」

 

 望んでいるからこそ、滅多にそれが起きない状況を作らないといけない。

 だからこそ、彼女にとって『あの時』が絶好のチャンスだった。

 チャンスを潰したのは何もできなかった私というより、一緒にいた少年な気もするけど――いや、違うか。彼がいなくても、あの子の望みは殆ど潰えていたのか。

 新しい獲物が来た時点で。

 そして、あの『ロリコン』が私を狙って脱獄してきたことで、決定的になった。

 

 私はあの子にとって究極の邪魔者であり、羨望の対象だった。

 か弱い少女とヒーロー志望の『不老不死』なら、後者の方が、破滅した時の苦痛と恐怖は大きいに決まっているから。

 

「私に何もできないよ」

 

 彼女を洗脳するわけにもいかないし、説得でどうにかなるものでもない。

 あれが彼女だと、そう分かる程度には私は彼女に共感してしまっている。

 敵ではないのだから逮捕するわけにもいかない。

 

「仕事は終わったんだから、これでいいんだよ」

 

 これ以上、彼女から何かを奪えない。

 そう思うと同時に、私はあの子に「なんてことをしてくれたんだ」とも思っている。

 

 世界の混乱。

 

 そして、私にかけられた呪いの言葉の数々。

 たぶん、一生忘れられない。

 

 私にとってあの女の子は「ヒーローを脅かすもの」という意味で――最強の(ヴィラン)だった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 事件は少しずつ収束に向かった。

 大元を断っただけじゃ決定的な解決にはならないけど、ヒーロー達の努力の甲斐もあってか、性犯罪の発生件数は少しずつ減少、規模も小さくなっていった。実行前に踏みとどまったり、思い切った行為に出られなくなる人が増えたんだと思う。

 私の関わった犯罪防止ポスターや映像も少しは効果があったかもしれない。もしそうなら、恥ずかしい思いをした甲斐があったというものだ。

 

 いったん延期された一日警察署長もあらためて実施され、今度は何事もなく終わった。

 握手会になった本来の実施日の大立ち回りは、一部のファンの間で『伝説』とされ、映像を大事に保管している人もいるとか。

 

 あの子の“個性”を奪った報酬は一日警察署長の件に色を付ける形で『一部』支払われた。以後、小さな依頼をこなす度に少しずつ紛れさせる形で支払われていくはず。でないと、どこかから突っ込まれた時に色々困るし、そうでなくともウチにはお金の流れに正確なプロフェッショナル(宮下さん)がいる。

 その宮下さん曰く、

 

「所長。事務員が足りません」

 

 事務所の実動メンバーは私&トガちゃんのコンビとセンスライさん&白雲君で定着しつつある。トガちゃんの体術は下手な敵なら一人でノせるくらいだし、白雲君の“個性”とフィジカルはセンスライさんの決定力不足を上手いこと補ってくれている。

 破壊力の高い“個性”持ちがおらず、小回りが利くメンバーのお陰で戦闘以外の仕事も結構回ってくる。殺されても死なない私は救助にも向いてるし、センスライさんは言わずもがな、警察の取り調べ等々で大活躍。

 結果、

 

「私と相場さんだけで事務処理から経理まで担当するのは無理です」

 

 事務作業できるセンスライさんが頻繁に外出すると当然、そうなる。

 インターンの白雲君に経理させるわけにはいかないし、トガちゃんも何でもこなすタイプとはいえ、私と一緒にいないといけない縛りがある。

 

「荒事向きの新人なら予定があるんですけど」

「これ以上収入源を増やしてどうするんですか」

「ですよね」

「待ちなさい。それジェントルのことよね? そうなんでしょ!? 雇わないなんて言ったら私辞めるわ!」

 

 ジェントルは雇うことになった。

 

 まあ、ぶっちゃけた話、うちの事務所は十分すぎるほど儲かってる。気づいたらそうなってたって感じだけど、理由を考えれば当然だ。

 警察等々から頻繁に面倒な仕事が入ってくるからだ。

 ホークスの事務所があれだけ躍進したのにもこの収入が関係している。うちにはセンスライさんもいるし、他のヒーローにできない仕事(“個性”を奪うとか巻き戻すとか)は全部私に回ってくるので、それはもう、ばんばんお金が入ってくる。

 もう収入はいらないから先にスタッフを増やしてくれ、となるのも当然だ。

 

 でもあのおっさん――もとい、彼にチマチマした作業ができるとは思えない。掃除洗濯とかはなんとなく得意そうなイメージあるけど。

 

「本格的に人増やさないと駄目そうですね」

 

 事情を抱えているスタッフが多すぎて人選が大変なんだけど。

 

「所長の知り合いで訳ありかつ有能な人材、まだいたかしら?」

「こいつならダース単位で関わってそうだけど」

「待って、本人が訳ありじゃなくてもいいから!?」

「「ほんとに?」」

 

 う、と言葉に詰まったところで、白雲君が楽しそうに笑った。

 

「うちの事務所は訳ありな人の更生も目的ですもんね」

「うん、そんな理念は別にないからね?」

 

 お父様お母様にも「良い人がいないか」打診したりしているうちに、その知らせは入ってきた。

 

「ビルボードチャート5位!?」

 

 寝耳に水すぎて「何言ってるの一体」ってなったのは内緒だ。

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