ヒーロービルボードチャート。
国内ヒーローの人気や実力、活躍度合いを総合的に評価してランキングにした、いわゆる「ヒーロー番付」のようなもの。
ヒーロー社会と化しているこの世界においてはアイドルの総選挙や流行語大賞、野球の日本シリーズなどと並ぶかそれ以上に注目を集め、人々の話題に上る。
年に二度行われ、上位トップ3はここ何回か変動していない。
1位、燃焼系ヒーロー・エンデヴァー。
2位、ウィングヒーロー・ホークス。
3位、ファイバーヒーロー・ベストジーニスト。
かつて2位だったベストジーニストは神野の一件で負傷し、一時期活動休止していた影響でホークスにとって代わられ、以来ずっと3位が続いている。
今回のチャートでもこれは変わらなかった。
で。
4位、ラビットヒーロー・ミルコ。
5位、イモータルヒーロー・トワ。
事務所にて、所員のみんなと発表を見守っていた私は、口に出さずにはいられなかった。
「なにこれ!?」
と思ったら、ぱん、ぱん、と銃声――もとい、発砲音。
見れば、シフト上お休みのメンバーまで私服で集合して、一斉にクラッカーを鳴らしていた。
「「おめでとう!」」
「あ、ありがとう。……って、なんでこんな準備ができてるの!?」
「今回はどうせ入るだろうと思って、あらかじめ用意してたのよ」
疑問にはラブラバが答えてくれた。
『祝・ビルボードチャートトップ10入り!』と書かれたたすきをかけられ、お祝いのケーキまで用意される。切るのが面倒だからとホールまるごとじゃなくて1ピースずつになったやつだったけど。
「いや、大幅に最年少記録を更新ですね」
「凄いっす所長! ここにインターンに来た俺は間違ってなかった」
「所長が活躍してくれるお陰で私が楽できてるわ。おめでとう」
前回――雄英卒業から一年後のチャート発表では、私は十一位だった。
あれでも十分すぎるほどの快挙で、みんなでお祝いをしたんだけど……その時、次はトップ10入りのお祝いを準備しておくから、と言われたけど。まあ十位に入ることはあるかもなー、と思ってたけど、まさかの五位って。
「おめでとうございます、永遠ちゃん。お仕事終わってから二人で、あらためてお祝いしましょうね」
「うん、ありがとう古賀さん。……いやでも、五位かあ」
「呆然としてる場合じゃないわよトワちゃん。表彰式の出演依頼が来るはずだから」
「マスコミからのインタビュー依頼もありそうですね。ゆっくりケーキを食べている場合じゃないでしょうか」
宮下さんが可愛らしい顔で言うと、みんなはフォークを動かす手をスピードアップした。
と、数秒後、一斉に鳴り出す事務所の電話。
私のスマホにも次々と電話やらメールやらグループチャットのメッセージ通知やらが溜まっていく。なんだこれすごい。
「ほら所長、そっちの電話出てください」
「は、はいはい!」
センスライさんに言われた通り、呆然とするのも束の間。
私はケーキの残りをぱくっと口に押し込むと、もごもごしながら受話器を上げるのだった。
◆ ◆ ◆
「よう、チビっ子。調子はどうだ?」
「ひぃっ、み、ミルコさん!?」
表彰式の出演依頼を断れるはずもなく。
当日、マネージャー役のトガちゃんだけを連れて会場へとやってきた私は、控え室にて褐色兎耳長身巨乳むっちり太腿のプロヒーロー、ミルコと初めての出会いを果たした。うん、あらためて見てもすごい属性過多だ。原作者の性癖の塊だというのも頷ける。ビジュアル的なインパクトで言えば私なんか相手にもならない。
事務所を持たない一匹狼スタイルを貫き、立ち塞がる敵を蹴り技一本でなぎ倒す姿はまさに、古典RPGにおける首狩り兎。
喧嘩っ早く荒っぽい口調も相まって、できればあまりお会いしたくない人物だった。
なので、出会い頭、首に腕を回された私は「殺される!?」くらいの恐怖を覚えたものの。
「そう硬くなるなって。私は前からお前に会いたかったんだ」
「な、なぜでしょうか?」
「決まってんだろ。ボロッボロになりながら敵をぶん殴りに行くスタイルが
「お、お姉様。勿体ないお言葉です」
このノリ確実に元不良、っていうか現不良じゃない!? 勘弁して欲しい。
と、緊張しっぱなしで当たり障りのないことばかり吐く私が気に障ったのか、ミルコの笑顔がより怖くなる。こらそこ、トガちゃん。笑いをこらえてないで助けて欲しい。
「なあ、お前さあ……?」
ねっとりと、舌なめずりさえ聞こえるような距離で、囁いてくるミルコ。
傍目から見たらエロいかもしれないけど、私はただひたすら怖い。いや、傍目から見てもヤバいお姉さんが中学生虐めてるだけか。
「もっと一撃に魂込めろよ。戦いってのは殺るか殺られるかなんだぜ? 当たったら殺すくらいのつもりでやらねーでどーすんだよ」
「それは――」
意外なほど真摯な言葉に、恐怖が少しだけ和らぐ。
もちろん、彼女の主張をまるきり受け入れることはできないんだけど。
「私の体格じゃミルコさんほど威力出ませんし。敵は捕まえるものであって殺すものじゃありませんから」
「はっ。本気出せばもっと『響く』蹴り出来んのはわかってんだよ。それに、私が言いてーのは、殺す気でいかなきゃ時間ばっかかかるぞ、ってことだ」
それは、そうかもしれない。
「手前ぇが手こずったら街や人に被害が増えんだよ。力をセーブするのと手加減すンのは別の話だってことを覚えとけ」
「……ありがとうございます」
私はミルコの顔を見上げて答える。
「ミルコさんって、実は意外と真面目なんですか?」
「あ?」
あ、地雷踏んだ。
殺伐とした笑顔を浮かべた殺戮兎は、両手が左右からぐりぐりと、私の頭を攻撃してくる。やばいこの人、手の力も十分強い。
「私はただ、見所ある癖にハンパな戦い方してるガキが、人気あるからって私の上に立つのが気に食わねーんだよ」
「で、でも、凄く真面目なアドバイスー―あああああ、痛い痛い痛いです!」
「うるせえ。手前今度顔貸せ。丸一日使って私の足技、その身体に教え込んでやるから」
「それ死んじゃう奴じゃないですか!」
「そのくらいで死ぬか馬鹿。っていうかお前、死んだって生き返るじゃねーか」
私とミルコのやりとり(というかミルコの一方的ないじめ)は見かねたリューキュウさんが「じゃれ合うのもそれくらいにしておきなさい」と割って入ってくれるまで続いた。私達三人がビルボードチャートのトップ10入りを果たした女性ヒーローということになる。
でも、レディさんも着々と順位を上げているし、あと何年かしたらねじれ先輩が良い位置につけてくるかもしれない。
◆ ◆ ◆
私の支持層は相変わらず幅広い。
第五位として一言を求められ、マイクを握った私には老若男女から声援が飛んだ。一番元気が良かったのはやっぱり、小さな女の子たちだ。
衣装はいつも通りの魔法少女コスチューム。
「こんなに早く、この場に立てるなんて思ってもいませんでした。とにかくできることをできる限りと思ってやってきて、気づいたらここにいた、という感じです」
メインは3位以降の人達なので、私は短めのコメントになる。
「これからも平和のために頑張っていきます。でも、私の力だけじゃ足りません。他のヒーローの方の力も、応援してくれる皆さんの力もいります。だから、これからも力を貸してください!」
一礼した私に大きな拍手が送られた。
隣に立っていたミルコは私にだけ聞こえるように「アイドルのインタビューかよ」と囁き、私からマイクを受け取って、
「生意気なガキが出しゃばって来てるが、負けるつもりは無ぇ。だが、私が相手にするのは
ブーイングと拍手を同じくらい浴びて、ミルコはふん、と
「……あれ、ミルコさんって実は格好いいんですか?」
「あ? いっぺん締めるぞこのガキ」
私達の声をマイクが拾って、会場の笑いを誘った。
◆ ◆ ◆
ベストジーニストが卒なく、ホークスが軽快かつ抜け目なく、エンデヴァーが硬く重厚に締めて、表彰式のメインイベントは終わりを告げた。
『ではこの後は事前抽選に当選された方と、トップ10入りされたプロヒーローの皆さんとの交流会となります』
司会がこの後の予定を告げる。
途端、ミルコは嫌そうな顔になって、
「あー。これが長ぇんだよなあ。帰りてえ」
「ファンの皆さんへのお礼も大事な仕事じゃないですか」
「敵ぶっ倒すのが私達の仕事だろうが」
それはまあ、全くもってその通りなのだが。
ビルボードチャートは必ずしも実力順ではない。活躍度や報酬の総額も考慮に入っているので、実力の目安にもなるのは確かだけど、いぶし銀の実力者が上位に入りづらいといった欠点もある。
つまり、ここに集まっているのが日本のプロヒーローの主力とは一概に言えない。警察も、他の大多数のヒーローも普通に街にいるのだから、十人が一か所に集まった程度で犯罪が増加するようでは社会として欠陥がある。
『では、当選者の皆さんはゲートから会場へ――』
当選券を持っているファンの人は事前に選別されて特別ブースで表彰式を見ていた。ここから券の判別が始まるわけではないのでスムーズ――なはずなんだけど、司会の人の声が途中で止まった。
『は? 嘘だろ? え、あ、申し訳ありません。少々お待ちください』
何かあったのか。
ざわつく会場内。ミルコが舌打ちし、エンデヴァーは泰然としたまま動かない。ホークスがスマホを取り出すのを見て、私は彼に歩み寄る。背伸びしても見えないので背中に飛びついて覗き込む。
「お行儀が悪い……と、言ってる場合じゃないっスね。まずいことになりました」
「え……?」
書かれていた文字列に、私は硬直する。
衝撃的な内容すぎて文字が脳に入ってこない。
代わりにホークスの声が事実を伝えてくれた。
「タルタロスに収監中だったオール・フォー・ワンが脱獄」
「―――」
「彼が姿を消した直後、各地の刑務所にて謎の襲撃が発生。集団の大量脱獄が発生しているそうです」
「は? いや、あの」
口がぱくぱくと無駄に動く。
「なん、で」
後に続く言葉が出てこなかったのは幸いだったのかどうか。
――なんで、さっさと死刑にしなかったのか。
そんな言葉、プロヒーローが言っていいのか。
「……ケッ。さっさと殺さねえからそういうことになるんだよ」
「……ミルコさん」
「ホークス、今の話は本当だな」
今度はエンデヴァー。
ホークスは真面目な顔で「ええ」と頷いて、
「ですが、下手に動かない方がいいかもしれません。ここの警備も必要でしょう?」
「確かに、な」
ビルボードチャートの表彰式は全国の人が注目するイベントだ。
大きなドームに大勢の人が集まっている。
もし、ここに敵の襲撃があれば大混乱が予想される。ということは、敵にとっては狙い目だということだ。
普通なら、少なくとも十人のヒーローがいるところに突っ込んできたりはしないんだけど、
『え、えー。既にニュースをご覧になられた方もいらっしゃるかもしれませんが、現在、敵による大規模な暴動が発生しております。安全を考慮し、本イベントも以降の内容を中止します。安全確認のため、皆さまにはしばしこのまま待機していただき、安全な移動方法を検討――』
「ああ、晴れの舞台というやつだね。感動的で大変結構。私からも一言、おめでとうと言わせていただけないだろうか」
空気が、凍った。
上空。
忽然と姿を現したかのように、いつの間にかそこに、かつて見たのと同じ工業製品マスクの男が悠然と浮かんでいた。
彼はこちらを見下ろしている。
会場の中央に集まっている私達プロヒーロー――ううん、勘違いでなければ「私」と「エンデヴァー」を見ている。
「新たな十人の『平和の象徴』達に、ささやかながらこちらからも晴れの場を用意した。楽しんでくれると良いのだが」
彼が、オール・フォー・ワンが動きを見せた瞬間。
私は反射的に動いていた。
迷いなく動けたのは、ミルコから言われた言葉があったお陰かもしれない。ホークスからの情報によって「こうなるかもしれない」と、前もって心構えができたせいかもしれない。
「い、けぇ――っ!」
「ふっ――!」
超圧縮された空気の塊同士が正面からぶつかり、弾け、相殺されて、後には凪が残る。
そして次の瞬間には、全プロヒーローがそれぞれの使命を果たすべく行動を開始していた。