「オール・フォー・ワン……?」
姿かたちがそのまま、あの工業製品マスクをなぞっていたわけじゃない。
いや。
私はマスクの下の素顔を見たことがない。オールマイトに聞いたら案外、これが素顔だと返ってくるのかもしれないけど、見た目はごくごく普通の会社員か何か。スーツが高そうなのを考えると会社役員か何か、といったところなんだけど。
彼の首。
そこには、どこか見覚えのあるデザインの装甲が装着されている。
口調と併せて、連想するのはただ一人。
なに、これ。
「こんなのは知らない! なんなの、これ!?」
咳き込みそうになるのを堪えながら叫ぶと、彼はどうということもなさそうに腕を広げて答えた。
「簡単な話だよ永遠君。僕だって死にたくはない。そのための仕込みはしていたということさ」
「仕込み……?」
「本体が死んでもスペアがあれば、実質的に死なないのと同じだろう?」
「『二倍』を使ったってこと?」
「いいや」
もう確定でいいだろう。
彼──オール・フォー・ワンは、悠然とかぶりを振ると、答えた。
「“個性”『寄生』。肉体の一部を他者の体内に潜伏させ、時間経過と共に精神や肉体を乗っ取ることができる。もっとも、
私は、はっとした。
「それが、内通者の正体……?」
「いかにも」
自覚のない内通者の可能性。
私もそれは考えていた。何らかの“個性”によってハッキングを行っているのかもしれない、と。電波的なアレから上鳴君が疑われたりもしていたけど、
「人の身体を、心を、弄んだっていうの……?」
「珍しいことではないだろう?」
淡々とした声が返ってくる。
「少し前にも、
私は、何故だかその言葉が妙に癪に障った。
どこまでも自分らしくあろうとしていた「あの女の子」と目の前の男が同じだと、どうしても思えなかったからだ。
「あの事件と一緒にしないで」
「これはこれは。逆鱗に触れてしまったかな?」
つくづく苛々する話し方をする奴だ。
身体の再生が終わっていないのがもどかしい。身体が動くならすぐにでも身体をぶち抜いて──。
「む──」
直後、無数の羽根がオール・フォー・ワンの身体を突き刺した。
「ホークス」
「殺してはいません。神経のツボをできる限り狙いました。これなら身体の自由だけを奪えるはずです」
「あ……。『寄生』された人に罪はないから──?」
「はい。元に戻せるのなら、その努力をするべきっス」
彼が冷静で助かった。
倒れ伏すオール・フォー・ワン。もとい、あの男に『寄生』された哀れな被害者。ホークスは羽根を戻さず、じっと彼の対応を観察して、
「やれやれ。問答無用とはね」
横合いから、今日、嫌と言うほど聞いた
何の変哲もない主婦の姿。
でも、首にはやっぱり、倒れている彼と同じ装甲がある。
──ああ、そうか。
身体の一部を『寄生』させるというのなら、影響を受けたのが一人で済むわけがない。私がオール・フォー・ワンなら、『寄生』させるだけの暇があった相手全員に使う。
「不特定多数の人間が、オール・フォー・ワンとして動き出す……?」
「言わば、百一匹オール・フォー・ワンちゃん、さ」
「可愛く言ってんじゃねえよぶっ殺すぞ!」
ミルコ、ナイス。
喧嘩っ早い性格からは想像しづらいけど、“個性”が『兎』だったりと、実は可愛いもの好きなのかもしれない。名作映画をもじっておどける
ホークスは舌打ちしつつ、オール・フォー・ワン(3rd)に肉薄。(2nd)に突き刺した羽根をそのままに肉弾戦で気絶を狙うも、意外なほど卓越した体術に阻まれる。
「
「肉体によって、所持している“個性”が違うわけっスか──!」
複数体のスペアを用意していた彼。
もしも、スペア全員が本体同様のスペックを持っていたのなら、堂々と出てこないで複数方向から空気塊をぶち当てに来れば済む。
少なくとも動けない私の身体はぐちゃぐちゃ。うまくいけば他のヒーローも巻き込んで大きな被害を出せたはず。
しなかったということは『寄生』する際に“個性”のコピーまではできないということ。“個性”は肉体に宿るわけだから、活性化する前に対象が使用してしまう危険を恐れたのかもしれない。
「ホークス!
「承知してます!」
素早く応えたホークスは、大声で他のヒーロー達にも伝達する。
既にあらかたのゴーレムは排除されていたものの、ほぼ時を同じくして、逃げ遅れていた一般の人達の中からも『寄生被害者』が何人も現れ、暴れはじめる。
──こんなの、おかしいとしか言いようがない。
原作を思い返した私は叫び出したい衝動にかられた。
ふざけるな。
USJを襲撃した死柄木を完全に撃退すれば、オール・フォー・ワンが出てきていた。
更に、神野の一件でオールマイト、あるいは他のプロヒーローがオール・フォー・ワンを殺していたら──あの時点で『この騒動』が起きていた。
死柄木が後継者として覚醒するかどうかなんて最終的には関係ない。
オール・フォー・ワンは「自分が死ぬことによって」ヒーロー社会を破壊するための最後のトリガーを発動するつもりだった!
オール・フォー・ワン。
全にして一の絶対悪が、無数の群体となって牙を剥いてきた。
平和のために殺したことが、逆に平和を壊すことに繋がってしまった。
ヒーローという存在に対する圧倒的な皮肉。
「ミルコさん、私の手に触ってください」
「あ?」
根が素直らしい彼女は私のお願いを素直に聞いてくれた。
触れる手と手。
私は『巻き戻し』で彼女の怪我を治してから
「お? なんだこれ、身体が軽くなったぞ?」
「『膂力増強』と『瞬発力』を一つずつ渡しました。戦闘面だけなら前と遜色なく──もしかしたらスペック的に上回るかもしれません」
「……へえ」
褐色美人の口元に笑みが浮かんだ。
「良いぜ。助かった。ちょうどこのいけ好かねえ野郎の鼻っ柱をへし折ってやりたかったんだ!」
バネのように跳ねて飛び出した彼女は、ホークスと肉弾戦を繰り広げていた主婦の腹に容赦のない一撃を浴びせ、意識を刈り取った。
『瞬間予知』ができても身体能力が変わるわけじゃない。
運用次第で無個性状態のプロヒーロー一人くらいは相手にできても、ステゴロが本業のミルコには対応しきれなかった。
ホークスが息を吐き、私を振り返る。
「トワさん。この人達を元に戻すことは可能っスか?」
「やってみないとわかりません」
私は即座に答えた。
多分『巻き戻し』は効かない。あれは“個性”因子にはたぶん効果がない。引き合いに出されたあの子の“個性”と同じで効果だけが残るタイプなら逆に効くかもだけど、どこまで戻せば影響がなくなるか判断できない。
もしも『寄生』の“個性”そのものを植え付けている──二次増殖が可能なタイプなら、
「試した方が早えーな」
引きずられてきた二人に手を当てて“個性”を起動。
彼らが持っていたのは『寄生』、それから個人の本来の“個性”の二つだった。意外なことに
とにかく、私は『寄生』を奪ってそれを即放棄、もう一人にも同じことをした。
そのことを伝えると、ホークスは。
「起こさないと確証はないっスけど、対処方法があったのは不幸中の幸いっスね」
これにミルコはしかめっ面。
「良くねえ。蹴っ飛ばして解決できねぇ」
「気絶させる程度に留めてくださいね」
「うっせ、わかってる。この、爽やかな面して何考えてるかわかんねーから嫌いなんだよお前」
「俺もミルコさんは苦手ですけどね」
ミルコはぷいっとそっぽを向くと「じゃあ私は行く」と言った。
「そこのガキのお陰でそこそこ動けそうだしな。勝手が違ぇけど、ま、そのうち慣れんだろ」
「トワさんの護衛は俺に任せて暴れて来てください」
「ああ、んじゃな」
言うが早いか、疾風のように次なる戦いに駆けていく。
会場内の騒ぎは徐々に収まりつつある。
プロヒーローが十人、かつ、警備の人員もかなりいたのだ。スペックにばらつきのある量産型オール・フォー・ワンでは長くはもたない。
ただ、一般の人に被害が出てしまったのが、辛い。
「トワさん。奴はどの程度の人に『寄生』していると思いますか?」
「少なくとも全国──ううん、
彼がいつ『寄生』を手に入れたのかがわからない。
例えば五十年前とかだとしたら、世界に万単位で広がっていてもおかしくない。ここ数年の話なら全部で数百人くらいかもしれない。
「『サーチ』で視た限り、接触しないと『寄生』できないみたいでした。だから、一次感染者は少なくとも一度は彼に接触しているはずで──っ!?」
「どうしました?」
「だったら、トガちゃんも『寄生』を受けてる! 私達は一回、神野のバーであいつと会ってるんです!」
「な。トガヒミコの戦闘能力は十分脅威っスよ!?」
もちろん、私も『寄生』されてることになるけど、私にそんなものが効くはずない。今もぴんぴんしてるのがその証拠だ。影響下に置かれた傍から『不老不死』にぷちっと潰されて終わりだろう。
でも、トガちゃんは?
とりあえず外傷だけは塞がった身体を起こそうとする。
と、
ドガッ!
フルスイングされた
「呼びましたか、永遠ちゃん?」
スーツ姿でロングヘアだけど、その声と喋り方は、
「トガちゃん、無事!?」
「無事に決まってるじゃないですか。私だって『不老不死』なんですよ?」
「……あ。ああ、そっか」
良かった。
身体から力が抜ける。もし、トガちゃんまで『寄生』されてたらって考えたら怖くて仕方なかった。オール・フォー・ワンは乗っ取った身体を好きに使える。自害さえいつでも可能なのだ。
ホークスも息を吐いて、
「いや本当、暗殺スキルと『変身』と『不老不死』持ちのオール・フォー・ワンとかぞっとしませんよ……」
「心配しすぎですよぅ。それより永遠ちゃん、ご飯です」
どさどさとエコバッグの中から出てきたのは全部食べ物らしい。
混乱に乗じて売店から拝借してきたらしい。火事場泥棒……いやまあ、この状況だと正直物凄く有難い。会場には後でお詫びとお礼でお金を送ろう。
「ありがとう、トガちゃん。愛してる」
「えへへぇ。私も愛してますよぅ永遠ちゃん」
「あのー。いちゃつくのは後にしてもらっていいですか?」
もちろんわかってる。トガちゃんに食べさせてもらって栄養補給。胃が残っているかさえ定かではないけど、何度も死にかけてる身体だし、他の器官でも消化吸収が可能なくらいには進化してるだろう。多分。あれ、それ私もう人間じゃなくない? 今更か。
咀嚼しながら思考する。
事態はとんでもなく悪い。迅速かつ的確にオール・フォー・ワンを排除しないと大変なことになる。何しろ、時間をかけたら二次感染が広がっていくのだ。必要なのは人海戦術。
刑務所から脱走した敵もなんとかしないといけないし、混乱に乗じて暴れる敵もいるはず。
なお、根本的な『寄生』治療ができるのは現状私一人な模様。
ホークスの電話が終わったのを見計って私は彼に告げる。
「ホークス。私、回復したら『二倍』で増えられるだけ増えて散らばります」
「はい。『上』もその見解です。できればトワさん本人には待機していて欲しいそうですが」
「あ、それは無理」
「何故っスか?」
「蛇腔総合病院! ドクターと脳無に『寄生』されたら大変なことになる!」
あそこには
脳無の肉体に入ったオール・フォー・ワンがAFOを持って襲ってくるとか悪夢以上の何かだ。
「あと雄英も危ない! もしかしたらオールマイト自身も『寄生』されてるかも」
「はぁ!? そういうことは電話する前に言ってくださいよ!」
「私も考えながら喋ってるの!」
慌てて再度電話をかけるホークス。
詰め込めるだけの食事を詰め込んで、とりあえず動ける程度に回復した私は二倍で十人くらいまで増える。
「私。やることはわかってるよね?」
「「大丈夫」」
こくりと頷いた『私達』は会場から街へと散っていく。ダメージは多少残ってるけど、移動してる間に全快するはず。
なお、分身は二人だけ残っていて、一人は私の『転送』で八百万ヒーロー事務所に送る。あそこには白雲君がいる。彼の“個性”で全国に送ってもらうのが一番速い。
で、もう一人は、
「トガちゃん、ついてきてくれる?」
「もちろんです。永遠ちゃん一人じゃ危ないですから」
「ありがとう」
私は一つの“個性”をトガちゃんに譲渡してから『分身』に送ってもらう形で蛇腔総合病院へと跳んだ。