地下の研究室へ直接降り立つと、そこには多くの人がいた。
病院の職員が中心なのだろう、看護師の格好をした人や白衣を纏った人が多い。その他は警備員や近隣住民だろうか。
彼らは
うち数人に押さえつけられてじたばたともがいているのは小柄な老人。
「ドクター!」
「た、助けてくれ! 頭と身体に他人の思考が流れ込んできて──」
声をかけられた彼は即座に助けを求めてきた。
いや、うん。
白雲君を
と、手の空いている量産型が振り返って、
「やあ永遠君」
「思いのほか早かったね。あと一時間くらいは稼げると思ったんだが」
「全部が全部、思い通りに行くと思わないで!」
手近な一人に接近して即座に拘束、『寄生』を奪う。
倒れた人は新しい分身を作って運ばせ、次の量産型へ。
「どうかな? 成功しても失敗しても計画のうちだとしたら?」
「全部失敗させれば、そのうち完全に失敗するでしょ!?」
「やれやれ……。君はもう少し思慮深い人間だと思っていたのだが」
周囲に乱立するカプセルが割れ、次々と脳無が下り立っていく。
ここにいるのは殆どがハイエンド。
『超再生』を基本として複数の“個性”を併せ持つ個体だ。
「脳無には前々から『寄生』済みだったんだよ」
「起こさなければ無害、と短絡的に考えたのが失敗だったね」
「この、貴様! オール・フォー・ワン! 恩を仇で返すつもりか!?」
「それはこっちの台詞なんだけどね、ドクター。……まあ、僕達はもともとギブ・アンド・テイクの関係。利害が異なってしまった以上、何をしようと裏切りにはあたらないさ」
「おおおお! よくも、よくもジョンちゃんとモカちゃんを!」
誰それ? と思ったら、ドクターの傍で小さな脳無が二体、潰れている。
ペットか何かだったんだろうか。
何らかの“個性”を持っていただろうに、潰してしまったということは『寄生』されなかったのか。その上でドクターを守ろうとした?
ちょっと可哀想だ、と思ってしまう。
「さあ永遠君」「この数を相手に」「戦えるかな?」
確かに、多勢に無勢だ。
こっちとしては病院を壊すような戦い方ができない。量産型を殺すわけにもいかない以上、ある程度パワーは抑えないといけない。
加えてハイエンドの群れ。
形勢は良くないけど、
「よくわかりませんが、隙だらけですよ?」
「「なに……っ!?」」
トガちゃんに
「トガヒミコ──弔の能力を移譲されたか。あれを他人に譲るとは、永遠君。それが君のやり方か」
「これでも猿真似に見えますか? オール・フォー・ワン」
ハイエンド(量産型オール・フォー・ワン)と人々(量産型オール・フォー・ワン)が一斉に襲い掛かってくる。
「トガちゃん! 普通の人は!」
「わかってるのです!」
普通の量産型──っていう表現もどうかと思うけど──には握った拳で対処するトガちゃん。
私は二人の分身に人々を(個性を)ちぎっては投げしてもらいながら、近接戦用コンボでハイエンドの身体をぶち抜き、完全に死ぬ前に取れるだけの“個性”を奪う。命が失われるギリギリのところで『巻き戻し』を起動して、利用される前の子供の姿へ。
「一歩間違えれば殺人だよ?」
「迷ってる暇なんかないんだよ!」
救う努力はする。でも、オール・フォー・ワンの好きにさせるのはもっとまずい。
めまぐるしく状況が動く。
ハイエンドじゃない量産型も酸を吐き出したり、異形型が噛みつこうとしてきたり、何かを狙って触ろうとしてきたりするので、そういうのは気絶させる程度に殴って止めるしかない。
と。
照明に照らされているはずの室内が突然暗闇に包まれる。電気が消えた? 違う。視覚を奪われた! 厄介な“個性”が紛れていたけど、
「『赤外線』『サーチ』。あなたが集めた“個性”に追い詰められる気分はどう?」
「気配さえあれば戦えるのです」
透ちゃん並みに忍者みたいなこと言ってるトガちゃんは何かおかしいとして、私と私の分身は見えなくても戦える。
使っていた一般女性に接近して『寄生』を奪うと能力が解除されて視界が晴れた。
「くっ……!?」
「諦めてよ、オール・フォー・ワン! こんなことして何になるの!?」
叫ぶと、次の瞬間、空間内に不自然な沈黙が下りた。
──え?
敵全員がぴたりと静止したのだ。
何が起こったのか。思わず様子を窺ってしまう私とトガちゃん。すると、量産型の一人が口を開いて、
「君に何がわかる、不老不死の少女」
「っ!?」
「どうして僕が死ななくちゃいけない? 僕は神に等しい“個性”を持っている。なのに何故、僕が死ぬ? 百年以上生きてきた僕の『死の恐怖』が君にわかるかい?」
「………」
わからない。
わかるはずがない。
私は死なない。『不老不死』のお陰で歳さえ取らない。それどころか、私は前世の記憶さえ持っている。この世界に生まれ落ちる前の私でさえ『本当の意味での死』を経験していない。
でも。
「だからどうしたの?」
「何?」
「あなたがどう思っているのかはわからない。これから一生かけて考えなくちゃいけないかもしれない。でも! あなたは他の人を傷つけた! 支配して利用して、運命を狂わせた! だから私はあなたを許せない、ただそれだけ!」
「繰り返し繰り返し
「だったら、その時は私は、何もしないことを選ぶ! 私みたいなのがいらない世界が来たなら、それが一番いいんだから!」
「愚か者だ。君はどうしようもない愚者だ。永遠君」
そうかもしれない。
だけど、私にはみんながいる。トガちゃんだっていてくれる。だから一人じゃない。一人じゃないなら、きっと大丈夫。
群がってくる量産型に一つずつ対処していく。
体勢を整える『間』が生まれたことで、相手の“個性”を把握することもできた。何が来るかわかってしまえば脅威は半減する。
一つずつ、脅威が減っていって。
最後のハイエンドを無力化した時には、ドクターはドクターではなくなっていた。
「時間稼ぎは間に合ったようだね」
小さな老人が芝居がかった口調で言う。
私は見た。
彼の身体に『超再生』と『寄生』『
「ただの『寄生』じゃなかったの……?」
「『寄生』しながらアンプル状の『AFO』を注射していたのさ。君も味わっただろう? 僕自身の
ドクターを乗っ取ったのはそっちか。
「これで素地は取り戻した。後は研究を進めて、僕に最適のボディを作り出せばいい。必要な知識はこの身体に詰まっているからね」
「できると思う?」
「ドクターの知識はこれからの君や社会にも必要だろう? それに、『AFO』で『AFO』は奪えない。違うかい?」
その通りだ。
私が残留思念から逃れられたのは『不老不死』のお陰。強烈な意志があれば素でも抗えるかもだけど、一度乗っ取られた状態からでは難しい。
だったら、
「罪は、私が背負うよ」
「な、に?」
呼び寄せたオール・フォー・ワンの首を掴んで拘束するとすぐさま『AFO』を起動。奪うのは『寄生』でも『AFO』でもなく『超再生』。
ぽいっと床に放ると、ドクターの身体は受け身を取ることもできずにべちゃっと倒れた。
「永遠、君」
「身体が死んでいくのを味わえばいいよ。ずっと、それが怖かったんでしょ?」
「……ふ、ふふふ、ははは」
しゃがれ声で笑いだすオール・フォー・ワン。
『超再生』を失ったドクターの身体は急速に本来の年齢を取り戻し、それと同時に崩壊を始めている。死を前にして気が触れてしまったのだろうか。
「同じ恐怖を君も味わうんだ」
「私は、死ねるなら死にたいよ」
「今はね。強制的に誰かに殺されることになった時、同じことが言えるか、楽しみにしているよ」
そして、最後に彼が発した言葉は、
「時間稼ぎは、済んだ」
「悪いけど、対処はしてきてるんだよ」
ヒーローは、彼が思っているほど弱くない。
私が駆け付けなくても各地のヒーローが量産型を気絶させて拘束してくれているはず。私の分身だって各地に移動している。全人類がオール・フォー・ワンになる、なんていう未来は絶対に来ない。
「さよなら、オール・フォー・ワン」
相当に無理して生命を維持していたのか、ドクターの亡骸は骨も残らなかった。
◆ ◆ ◆
それから、日本がオール・フォー・ワンの脅威から解放され、平穏を取り戻すまでには一か月以上の時間が必要だった。
その間、私も含めたプロヒーローは働きっぱなし。
次々に現れる量産型に対処し『寄生』の“個性”を除去する。そのために私の分身は各地を飛び回り続けたし、本体である私も野戦病院と化した都内の大公園でAFOを使い続けることになった。
事務所内にある家に帰ることさえできない有様、十分単位で仮眠を取っては起こされ、“個性”を使い続けるような状態。
私と白雲君の“個性”でトガちゃんが行ったり来たりして色々手配してくれなかったら事務所の方が回らなくなっていたかもしれない。
何しろ私が十人以上に増えて『寄生』治療に量産型撃退、暴れる敵の逮捕まで次々にやるのだ。事後処理の書類が溜まる溜まる。お陰で期待される報酬額は物凄いことになったけど。規定通りに支払うと国家予算を脅かしかねないので分割か何かの方法に同意していただけませんか……って、お金関係の偉い人が独自に頭を下げに来てくれたくらいだ。
ぶっちゃけ、各地が大混乱で、お金なんていくらあっても足りない状態なのだ。
警察内にも『寄生』されてる人が複数人いて、塚内警部もその一人だった。“個性”を抜いた後はしばらく療養が必要な上、ほとぼりが冷めるまでは仕事にも就かせにくいということで、人員不足が深刻化。ブラックな労働は彼らにも及んだ。
医療従事者に被『寄生』者が多かったことも問題で、通常業務が立ち行かなくなりかける病院も出たくらいだ。
あと、やっぱり雄英も襲われた。
筆頭は──オールマイトの身体を乗っ取った量産型オール・フォー・ワン。
生徒達まで動員して戦った末、最後はデクくんとの疑似師弟対決によって制されたらしい。終わった後にようやく駆け付けた私の分身が『寄生』を抜き、『巻き戻し』で治療も行ったので、今はもう事なきを得ている。
そして。
「あー……いつぶりの事務所だろ」
「お疲れ様なのである、所長。ロイヤルミルクティーなどいかがかな?」
「いただきます……って、なんか増えてる!?」
「新たに所員となったジェントル・クリミナルである。以後お見知りおきを」
「ああうん、はい」
なんか野戦病院でハンコ押した記憶はある。さすがに眠気で朦朧としていたので、読んだ端から内容は抜けてたけど。
まあ、ジェントルはもともとそういう話あったしね。
なんでも、オール・フォー・ワンの刑務所襲撃で殆どの敵が脱走したにも関わらず、律義に壊れた施設に留まっていたことで恩赦を受けたらしい。
とりあえず経過観察付で市井に戻ることが許され、私を拘束する代わりの人員として派遣されてきた。
で。
「お手伝いをさせていただいている轟冷です。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします。息子さんには大変お世話に……って、轟君のお母さん!?」
「はい、焦凍の母です」
なんでも退院し、リハビリがてらどこかで働きたいと考え、どうせならヒーロー事務所にとエンデヴァーに相談したところ「自分のところは駄目だ」「男が所長のところはもっと駄目だ」「事務所が遠方にあるのは危険だ」などと幾つも条件を付けられ、悩んだ末にうちに落ち着いたらしい。
「なんでまたうちなんかに……」
「アットホームな楽しい職場だと窺ったので」
「アットホームっていうかノリが軽いだけよね」
うん、まあ、私もそう思うけども。
見た目幼女のラブラバがスーツ着てパソコン愛でたり、私やセンスライさんにタメ口きくせいでもあるよね?
「あはは。でも、人員不足が解消されて良かった」
「良くありません。仕事が十倍に増えたのに人手が全然増えてません」
「ほんとごめんなさい」
私は宮下さんに土下座した後、顔を上げた。
「部屋に取り付けられた複数台のカメラ」を見て、苦笑する。
「本当にごめんなさい。窮屈だよね、みんな」
「まー、もう慣れたわ。職場でだらけちゃいけない、なんて当たり前だし」
肩を竦めるラブラバの言葉に救われる。
──そう。全てが順風満帆とはいかなかった。
あの事件以降、私の一挙手一投足は全て監視されることになり、事務所はおろかプライベートな住居にまでカメラが取り付けられている。
扱い上はプロヒーローのままであるものの、裏での私の評価は「敵予備軍」に落ち込んでしまっているのだった。