6years later
「理由をお聞かせ願えませんでしょうか」
万物ヒーロー『クリエティ』こと、八百万百『国会議員』は党内の会議の場において、凛とした声を響かせた。
「かねてより提案している『ヒーロー改革』構想案について、都合
「八百万君」
若い女性議員の真剣な声に対し、返ってきたのは苦笑や失笑だった。
「ここはお勉強の場ではないんだよ?」
「机に向かって一生懸命に考えたアイデアが没にされたからと言って癇癪を起こされても困る」
「理由は都度通達しているのだから自分で考えればいいじゃないか」
歳を重ねた男性中心の党員達は、今度こそ明確な嘲笑を漏らした。
若者やヒーローからの圧倒的票によって当選した百は、当然と言うべきか、古参の党員達から快く思われていなかった。
国会をアイドルのステージと勘違いしているのではないか、などという揶揄が普通に飛び交う、ということからも「議席だけ与えておけばいい」と考えられているのは明白だった。
百が勤勉であればあるだけ、彼らとの溝は深まっていく。
「……かしこまりました。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」
抗弁を諦めた百は一礼してマイクを置く。
心の中がどれだけ煮えたぎっていようと、生まれ持った礼儀正しさと思慮深さは捨てられない。これ以上は無意味、どころか逆効果だと判断した時点で引き下がることしかできない。
「では次の議題ですが──」
淡々と、予定調和のごとく会議は進行。結局、さしたる時間超過もなく終了した。
「八百万君」
荷物を纏めて席を立ったところで、一人の議員から声をかけられる。
でっぷりと太った「不摂生な大人」を絵に描いたような男。若い女として不快感がこみ上げるが、顔には出さず、逆に笑顔を浮かべて応える。
「はい。なんでしょう?」
「いや、なんだ、その。一々スーツを着てくるのも面倒じゃないか?」
何を言われるのかと思えば。
議員の視線は百の身体──それも、主に豊かな胸や尻、足に向けられていた。纏っているのはレディーススーツ。国会議員としての仕事の際はしっかりとした服装で、と、当然のように考えていたのだが。
「ええと、どういう意味でしょう?」
「ヒーローコスチュームの方が大衆受けがいいんじゃないか、ということだよ」
と、近くにいた他の議員が「それはいい」と声を上げる。
「場も華やかになりますな」
「国会中継の視聴率も上がるかもしれません」
ははは、と、(一見)和やかな笑い声が上がると、さすがの百も「馬鹿じゃありませんの」と声を荒げそうになった。
しかし、結局はギリギリのところで堪えて「考えておきます」と当たり障りなく返す。
「それでは」
一礼してその場を離れると、背後や周囲からぼそぼそと、
「小娘が生意気な」
「ヒーローと議員の兼業など続くわけがない」
「親の七光り」
聞こえてくる声は全て無視した。
「今度、八百万家が出資した人工島建設が完了するそうじゃないか」
「義理の娘が生んだ金を実の娘と、金持ちの道楽にするか」
「いやはや、八百万もなかなかに『わかって』おりますな!」
鬱陶しい声が聞こえなくなるまでの時間が永劫のように長く感じられた。
騒音の響かない静かな廊下に辿り着くと、同行していた秘書が告げる。
「次のご予定は今朝、お伝えした通りです」
「ありがとう。準備をして駐車場に向かいます。車を回しておいてくださいませ」
「かしこまりました」
秘書が恭しく離れていく。
百は続けて「あなたも、もう大丈夫ですわ」と呟くように言った。
誰もいない空間。応える者は当然いない。だが、ぽん、と「見えない誰か」が百の肩を叩いた。
『彼女』が足音も気配もなく何処かへと去っていく。確認する術は存在しないが、百にはそれを確信することができた。
◆ ◆ ◆
「平和になりましたよね」
「千花。手が空いたならコーヒー淹れてくれない。濃いめで」
「あ、はい! ただいま!」
十八歳、大学に通いながらの雑用のアルバイト。
とはいえ、最大手と言っていいヒーロー事務所の中枢に関われるなんて、自分でも物凄い幸福だと思っている。ダメ元で応募し、所長と副所長に頭を下げて良かったと心から思う。
思いながらも手が止まらずに動くようになったのは、主にさっきコーヒーを求めてきた先輩による調教の賜物だと思う。
「お待たせしました」
「ありがと」
と、その先輩は手も止めずに礼を言うと「で、平和だっけ」と言った。
「はい。何年か前に比べると犯罪件数、すごく減りましたよね?」
「そうね。表向きは」
実際、ここ数年の犯罪発生件数は低下の一途をたどっている。
まあ、これには「八年前辺りからの二、三年間」の犯罪件数が異常だったのも関係しているのだが、それでも減っているのは事実だ。
街を歩いていてヒーローの捕り物を目にする機会が減っているのだから、一般市民であっても実感するのは容易い。
「表向きって、何かあるんですか?」
「データをちゃんと見なさい。減っているのは主に小さな犯罪よ」
そう。
痴漢や万引き等の大きな被害のない犯罪はぐっと減っているものの、殺人や大規模破壊行為などの犯罪は言うほど減少していない。
魔がさして罪を犯してしまう者が出にくくなった反面、気合いの入った犯罪者は大して抑止できていない、ということだ。
「いや、それでも凄いじゃないですか!」
と、千花はあらためて力説する。
「犯罪が減ってるのには違いありません。やっぱり永遠さんは凄いです!」
「……ああ。あんたの信者っぷりも相当よね」
「はい。永遠さんは私の憧れですから!」
重ねた手を胸に抱いてトリップした千花へ、コーヒーを手にした先輩がジト目を送った。
「まあ頑張ってるとは思うけど、格好良さだったら私のジェントルの方が何万倍も上じゃない。……まあ、頑張ってるとは思うけど」
「ツンデレですか?」
「んなわけないでしょうが!?」
「ひぃっ!? もっと大きな声で叱ってください!」
瞳をうるうるさせながら懇願すると、先輩──ラブラバが頭を抱えた。
「本当、うちの事務所には変なのしか入ってこないのかしら」
◆ ◆ ◆
八百万ヒーロー事務所もいつの間にか設立からかなりの年月が経った。
初代所長である八百万永遠は義姉である八百万百の雄英卒業を機に自ら副所長へと降格、百に所長の座を譲った。
百は所長として、ストレート合格した優秀な新人プロヒーローとして活動を始める傍ら、大学にも進学し、知識の吸収に精を出した。
永遠をはじめとした周囲は「理系に進学するんじゃないのか」と、彼女の進学した学部を見て驚きの声を上げたが、百はもっと上、あるいは先を見ていた。ヒーローとしての知名度と親の威光、自身の才覚をフルに活用して影響範囲を広げ、史上最年少での国会議員当選を果たしたのだ。
今では史上初の国会議員兼プロヒーロー。
所長が一向に暇にならない上に副所長が鉄砲玉なせいで、所長代行のセンスライこと扇頼子、所内監査役に就任した宮下、情報処理班という名の少数精鋭部隊を率いるラブラバ、気が付いたら有数の戦力と化していた轟冷がフル回転の大忙しだが、立ち上げの頃を知る古参は「いつものこと」「もう慣れた」と口を揃える。
百の加入を機に人員も一気に増え、当初は「大きすぎでは?」と思われていた事務所でさえ手狭になり、キャンピングカーを改造した特製ヒーローカーまでがフル稼働しているというのに、それでも仕事が楽になっていない辺り、この事務所の人員がどれだけワーカーホリックかわかる。
筆頭が立ち上げ人である副所長──八百万永遠なのだからどうしようもないが。
彼女は現在もイモータルヒーロー・トワとして活動を続けている。
一方で、永遠の監視動画を担当していた部署はパンクし悲鳴を上げ、大幅な人員増加と予算増強を余儀なくされ、その割に動画の再生回数は年々減少していったが、それでもヒーロー公安委員会も国も、永遠の監視状態を解除しようとはしなかった。
また、この六年の間に『危険個性規制法』なる法律が制定された。
これにより、特定年齢に達した国民全員が検査を受けることを義務付けられ、暴走の危険ありと判断された“個性”はあらかじめ取り除かれるようになった。
結果、壊理の『巻き戻し』や死柄木弔の『崩壊』のようなケースはほぼ根絶され、副次効果として国民の“個性”詳細を把握できるようになったことで間接的な犯罪抑止に繋がった。
なお、当然ながら、“個性”検査に関わることになったのは『サーチ』を返還されたプッシーキャッツ・ラグドールと、分身から返却したため本体は『サーチ』を所持したままの永遠だった。
そんなプロヒーロー・トワはヒーロービルボードチャート五位に入賞した「あの悪夢の日」以降、「当人の希望により」一度もチャートに登場しなかった。
出馬と同時にチャート十位に入賞を果たした八百万百を始め、白雲朧に葉隠透、
いや、どこの県に行っても現役バリバリ、お子様と笑顔で握手する彼女の姿が見られるので、沈黙というのも何か違うのだが。
そのため、ビルボードチャートが大きく動くことはなく。
一位・エンデヴァー。
高齢に差し掛かりつつあるものの「後進に道を譲るほど衰えたつもりはない」と未だ現役宣言。トップの座を守り続けている。
二位・ホークス。
エンデヴァーを決して抜けない「二番目の男」などと揶揄され、「もうちょっと下の順位でいいんスけど」などと嘯きつつ、恐るべき速さで事件を解決し続けている。
三位・ミルコ。
オール・フォー・ワン再来の日に本来の“個性”を失いながらも更なる躍進を見せ、蹴りだけでなく拳もいけるステゴロヒーローとして大活躍中。
あれ以来、オール・フォー・ワンに匹敵する悪は現れていない。
大きなことをする敵が現れたとしてもビルボードチャートトップ10組をはじめとするプロヒーロー達が食い止め、悪事をくじく。
しかし、そこまでしてもなお、敵の発生は止まらない。
そんなある日。
「わたくし、八百万百はプロヒーローとしてでも国会議員としてでもなく、国の行く末を憂う一個人として、ここに宣言します。我が八百万家が建設中の人工島『エタニティ』は今日この時をもって
とあるテレビ局の取材に応じた八百万百が唐突に、大胆に、前代未聞の宣言を行った。
「なお、我らが暫定独立国家の盟主は
この日のことは後の歴史においても大きく取り上げられることになる。
「これはヒーローによる、ヒーローとの戦争です。願わくば、兵器などを用いた無粋な手段を取られませんよう」
この宣言の直後、日本全国から百一人の八百万永遠と、複数名のプロヒーローが消失した。
◆ ◆ ◆
政府、およびヒーロー公安委員会にとって、これは寝耳に水の出来事だった。
プロヒーロー・トワはもちろん、八百万百の動向も彼らは逐一チェックしていた。その上で不審な動きなど一切なかった。少なくとも、これほど大掛かりな企てが動いているのなら何らかの予兆はあったはずなのだ。
だが。
正直な話、“個性”社会において絶対などありえない。透明人間が居る。百の行動はトイレやホテルの中まで監視していたわけではない。それで不審な動きが無かったなど、一流のプロヒーローが聞けば笑ってしまうほどに甘い。
ともあれ。
この宣言を受けた国は事実確認に奔走すると共に軍隊の派遣さえ検討したが、宣言のたった一時間後、現No.1ヒーローが
「承知した。貴様らとの戦争、このエンデヴァーが旗頭となろう」
こうして、ヒーロー同士による『戦争』が勃発した。
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