一隻の客船が洋上をゆっくりと進んでいた。
目標は、東京から約五百キロの距離にて停止中の人工島『エタニティ』。
最新鋭のエンジンを搭載した高速船ではあるのだが、乗っている
対『エタニティ』攻略部隊の最高指揮官を任されたプロヒーロー・エンデヴァーは「心の準備をするのにちょうどいい時間だ」と考えていた。
何しろ、今回の戦いは
チームメンバーの中には不安そうな顔をしている者も散見された。
「エンデヴァーさん」
甲板に立って海を見据えていたエンデヴァーに一人、若者が近づいてくる。
「どうした、デク」
名を呼んで問う。
彼のことを敵視していた時期もあったが、今となっては同じプロヒーロー。肩を並べて戦うべき仲間であり、軽んじることはできないと考えている。
以前とは見違えた、というのもある。
雄英時代から使用してきたヒーロースーツは何度も修復を重ねた結果、母の手製だという元の部分は残っていないが、基本の意匠はそのままに、より身体の動きを阻害しないすっきりとしたものに。足には高速機動を助けるフットギア、手には腕の負担を減少させつつ「空気による遠距離攻撃」を可能にするアームギア、顔には望遠・拡大視等の機能のついたバイザーを装着。
身長は結局、さほど伸びなかったものの、鍛え上げられた全身は引き締まってある種の美しさを作り出している。師であるオールマイトから免許皆伝のお墨付きをもらった、という話も記憶に新しい。
そんな少年──青年、否、
「殺し合いになると思いますか?」
聡明だ、と、エンデヴァーは内心で感心した。
同時に「その質問ができる時点で答えは出ているだろう」とも。
「殺す気で行かねば負けるのはこちらだろう」
「倍以上の人数がいても、ですか?」
「数の差など、練度と“個性”によって如何様にでも覆せる。だからこそ我々が赴くのだ。違うか?」
「いいえ」
デクは首を振った。
「ネット配信を見ました。テレビ番組も」
「俺は直接見てはいないが」
『エタニティ』側は報道陣の手配した船やヘリコプターを妨害するどころか快く受け入れて取材に応じ、独自のネット配信まで行っている。自分達の行動を一切隠す気が無いどころか、最初から全てを公開するつもりだったとしか思えない。
まるでショー、あるいは大規模なイベントだ。
取材に応える形で、あるいはネットに流す形で語られ、公開された情報の数々も一般大衆の興味・関心を引くのに十分な内容である。
「この戦い、僕達は本当に正義なんでしょうか?」
「“個性”を用いて平和を乱す者が敵であり、敵を討つのが我々ヒーローだ」
「だとしたら──」
デクは何かを言いかけて「いえ」と口を噤んだ。
何を言いたかったのか、うすうす想像はつく。
独立、敵対宣言をしながらも攻めてくる気配の一切ない敵。
あらかじめ対策がされていたかのように混乱が少なく、ネットやマスコミの報道に興じていられる社会。
平和を極力乱さずに立ち塞がる
それを本当に『悪』と呼んでいいのだろうか、と。
(若者を中心に選抜したのは失敗だったか?)
チームのメンバーは決して少ない人数ではない。
ただ、ベテランと呼べるヒーローの割合が多くないのも事実だった。
理由としては、ベテランほど静観を選んだというのが一つ。街の治安維持を疎かにできないため、フットワークの軽い者をピックアップしたというのが一つ。選抜ではなく志願によって参加した者の多くが若者だった、というのが一つ。
特に八百万姉妹と二歳差以内(永遠の年齢は百と同じとする)の者の割合が多く、若さゆえの勢いを感じる反面、若さ故の迷いも生まれやすい。
そもそもこの事件自体、若者の暴走と呼んでも差し支えないものなのだ。
(いや)
指揮官が迷ってはいけない。
チームに参加したメンバーは皆、自分の意思をもって決意した。それに不信を抱くことは一番やってはいけないことだ。
「我々は勝つ。どのような犠牲を払っても、敗北してはならない」
だから、エンデヴァーは言葉を選ぶ。
「迷うな、デク。その上で考え続けろ。
「本当の、勝利」
己の心に問うように顎を引くデク。
ぎゅっと拳を握りしめる姿には力強さと思慮深さが同居している。
(おそらく、この男が鍵だろうな)
島で待っているはずの『数名の女』の顔を思い浮かべて、エンデヴァーは内心で呟いた。
◆ ◆ ◆
洋上で一夜を明かしたエンデヴァー以下ヒーローチームは、明け方──目的地である人工島の港湾部へと到着した。
『エタニティ』は幾つかのエリアに分かれている。
・港湾エリア。
・自然エリア。
・市街地エリア。
・工業区エリア。
・中心部エリア(中央タワー)。
地表だけでなく地下数階に及ぶ積層構造になっており、全体の大きさは小さな県の総面積とほぼ同じくらいになる。
その一端、港湾エリアに降り立ったわけである。
「む──」
そして。
降り立ってすぐ、彼らは「戦うべき相手」と遭遇した。
「やっほー、ヒーローさん達」
「ヒーロー改め、悪の幹部のお出ましだぜ?」
出迎えにやってきたのは二人の美女。
Mt.レディとミルコは「敵です」と自分からアピールするかのように、ヒーローコスチュームとは異なる、漆黒を基調とした衣装に身を包んでいた。
Mt.レディはダークな色調のタイトなボディスーツ。
ミルコは「黒バニー」とでも形容すべき戦闘スーツ。
どちらも彼女達の肢体を惜しげもなく晒すものであり、最近「うわキツ」と言われてへこんでいるミッドナイトが居れば怨嗟の声を上げたに違いない──もとい、どこかのブドウ頭が居れば「うわエロ」と直球で呟いたに違いない程度には人目を惹いた。
だが、色合いが違うだけでデザイン自体は大差ない、と言うこともできる。
若者が多いとはいえ、ヒーローチームは見た目に惑わされることなく構えを取る。
と、Mt.レディ、ミルコは笑みを浮かべて、
「あら。もうやる気なの? せっかちね」
「望むところだ、って言いたいけどよぉ──手前ぇらにも
「あ? 舐めてんのか? 手前ら倒してから進みゃいい話だろうが?」
「止せ、バクゴー」
エンデヴァーは独断専行しようとするツンツン頭を制し、前に進み出た。
「作戦を遂行する余裕をみすみす与える、ということか」
はっ、と、ミルコは笑って、視線を上げた。
「当たり前だろうが。これは
空からテレビ局のヘリコプターやドローンが複数台、近づいてきている。
彼らのやり取りを撮影する準備は万全、ということだ。
「私達がつけてるマイクから会話内容は都度転送されてるから、心配しなくていいわよ」
Mt.レディが軽い口調で言うと、ヒーローチーム内に動揺が広がる。
無理もない。
決死の覚悟で戦いに臨んだというのに「撮影OK。残りたい奴だけ残れ。先に行きたい奴は勝手に行け」では、雄英の体育祭にでも参加しているかのようだ。
だが。
「好意に感謝する。……各自散開、プランBだ。少数チーム、あるいは単独にて中枢部を目指せ。現れる敵は都度打倒せ」
「おいエンデヴァー、ンな悠長なこと言ってねえで全員でこいつらぶっ倒せば──」
「誘爆が怖ぇ状況で私のスピードについてこれんならいいぜ、バクゴー」
「……ちっ」
「相手は『巨大化』による攻撃力と殲滅力が高いMt.レディさんに、『膂力増強』『瞬発力』の“個性”で以前より戦闘特化になったミルコさん。固まって動きが取りにくい状態だとこっちが不利。向こうの言う通りするのは癪だけど、戦略的には──」
「うるせぇクソデク! ぶつぶつ言ってんじゃねえ!」
ミルコとデクに水を差された爆豪は不満げだったが、不貞腐れつつ黙ることで消極的な賛成を表明。
エンデヴァーは頷き、
「では、この場は──」
「我々に任せてもらおう」
進み出たのは、参加メンバーの中では年かさの三人。
植物めいた身体を持つ男。忍者めいた姿の男。姉御肌といった風情の女性。
「シンリンカムイ、エッジショット、リューキュウ。いいのか?」
「うむ」
「チームメイトの不始末、我らが片付けるのが道理であろう」
「Mt.レディの相手は下手な子にさせられないでしょ? 怪獣大決戦、一度やってみたかったのよ」
彼らの気力は十分。
対する二人の美女もにやりと笑って、
「リューキュウ先輩が相手なら不足ないですね」
「私が蚊帳の外っぽいのが気に入らねぇが、デカイのが二人でやり合うなら、野郎二人はもらっていいよなぁ?」
「……済まない」
「らしくもないこと言ってないで行きなさい、No.1ヒーロー!」
「其方には戦うべき相手がいるであろう!」
ぐっ、と、仲間達の言葉を噛みしめたエンデヴァーは大きく声を張り上げた。
「行くぞ!」
一斉に飛び出し、先を目指すヒーローチームの背後でMt.レディとリューキュウの雄たけびと咆哮が響いた。
◆ ◆ ◆
「爆豪、焦りすぎだ! もう少しスピードを落とせ!」
「うっせぇ! 散開しろって言われてんだ、手前ぇが付いてきてりゃ十分だろうが!」
『バクゴー』こと爆豪と、『インゲニウム二号』こと飯田は中央タワーへの最短ルートを敢えて取らず、ぐるっと迂回するようにして高速移動を続けていた。
といっても、先行する爆豪を飯田が追いかける、という構図であって、示し合わせてこうなったわけではないのだが。
「だが、何故わざわざこんな遠回りを!?」
「全員ぶっ倒さなきゃ終わらねーんだ、真ん中が正解とは限らねーだろうがハゲ!」
「は、ハゲ……!? しかし、では、このルートを選んだ理由は!?」
「勘だよ勘!」
「ええい、相変わらず協調性が無い上に非論理的だな君は!」
ちなみに、彼らはただ高速移動しているわけではない。
道中、散発的に表れる黒い蝙蝠型の謎生物を爆破、あるいは蹴り飛ばして『消滅』させている。
これは八百万永遠が放った「使い魔」だ。
個性『吸血鬼』。
とある子供が宿していたこの“個性”は「血を使い魔に変える」という特製を持っている。怪我をすると勝手に発動してしまうにも関わらず、痛みなどで感情が昂ると制御が効かなくなる、ということから封印指定を受け、永遠が回収していた。
多少の攻撃能力を持つ上、感覚を主人と共有することができるため、おそらく使用されるだろうとブリーフィングの段階でも言われていた。
(こんなに少ねぇとは思ってなかったが)
普通の人間であれば出血はリスクだが、永遠の場合は勝手に治るのだからさほど気にする必要がない。なんなら島全域を覆いつくす量が出てきてもおかしくない、と思っていたのだが、これでは単に島全域を監視するためだけに生み出したかのようだ。
(まぁいい。ぶっ潰しておくにこしたことはねぇ)
爆豪は六年前の事件を忘れていない。
当時、彼はまだ雄英の学生で、学校を襲撃してきた量産型オール・フォー・ワンを撃退しただけだった。それも、最強の量産型として立ち塞がったオールマイトには遅れを取り、そのオールマイトはデクと永遠の手によって救われた。
だからこそ、彼はあの教訓を忘れていない。
もっともっと強くなるために訓練を重ねてきたし、増える敵への警戒を怠るつもりもない。
(蝙蝠一匹でも逃したらそっから生えてくるってことだろーが)
使い魔は「永遠の血液」からできているのだから。
と。
進んでいくうち、彼らは森に入った。途端、蝙蝠の数が増える。当たりか、と内心思ううち、気配。
「チッ」
飯田もまた別の丸太を寸前で蹴りつけ、急ブレーキ。
「これは……」
「ケッ。別の奴と出くわしたか」
浮かせる“個性”には心当たりがある。
三年間も同じクラスだったのだから、忘れる方が無理というものだ。
「麗日君……!」
「手前ぇは呼んでねえ、引っ込んでろ!」
「そうはいかないよ、二人とも!」
待ち構えていたのは麗日お茶子。
Mt.レディやミルコと同じく黒主体のコスチュームを纏っている以外、特に変わった様子はない。まあ、洗脳だのなんだのをされたとは微塵も考えていなかったが。
(面倒臭え)
一瞬思ってから、爆豪は考えを改める。
「どーせ全員ぶっ飛ばすんだ。手前ぇもここでぶっ倒す!」
「そうこなくっちゃ!」
対するお茶子が浮かべたのも好戦的な笑みだった。
「一年生の体育祭から続いた借り、返しきれてないから、ここで返す!」
「上等だコラ!」
「ううむ、説得だのをしている雰囲気でもなさそうだな……仕方ない、爆豪、加勢するぞ!」
「要らねぇ、どっか行け!」
「いや、そこは一緒に戦うところだろう!?」
「私はどっちでもいいよ!」
仕方なく、爆豪は飯田の加勢を了承した。
悪堕ちルートを投稿するとしたら?
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要らない