風を切る感覚を覚えながら、飯田は見た。
「ごめんね、飯田君」
お茶子が自身の『無重力』状態を解除するのを。
相手の速度が変わったことで軌跡が交わらなくなるのを。
(だからといって、はいそうですかと諦めるのか──っ!?)
空中で『エンジン』がフル稼働する。
走ることに特化した“個性”であるが、一瞬、僅かな推進力を得る程度なら問題ない。この六年、ジェット戦闘機のごとく使えないか試行錯誤を続けてきた(そしてまだ成功していない)努力は無駄ではなかった。
再び軌跡が交わる。
避けたと思ったお茶子は後手に回った。すぐに対応に入ったが、飯田の方が一瞬早い。噴射によって崩れた姿勢に構わず足を振り上げ、思いきり蹴りつける!
蹴った側にまで衝撃が伝わる。
「こ……っ、のぉ……っ!!」
お茶子は顔を顰め、肺から息を吐きだしながら反撃してきた。
左手の肉球がぺたんと飯田に触れる。途端、重力を失って浮き上がる身体。上下の関係が逆転する。一瞬の間を使って姿勢を整えた少女は突き上げるように拳を振るって、
「歯ぁ食いしばれ、飯田君っ!!」
「ごぉっ……!?」
咄嗟にクロスした腕の上から、腹に深い一撃が食い込んだ。
視界が真っ白に染まる。
宙に取り残されたまま、飯田は再び見た。お茶子が「してやったり」と微笑むのと、地上で新たな爆発が起こるのを。
爆豪が浮かべたのは狂暴な笑み。
自身を吹き飛ばして急上昇した彼は、万全の体勢で拳を振るう。対するお茶子は姿勢を整えきれていない。取れる手段は、
「──っ!?」
自分に肉球で触れて『無重力』になること。
状態変化を利用した「ずらし」さっきと同じだ。簡単には転ばないあっぱれな姿勢だが、予想していた飯田はお茶子に手を伸ばしていた。
コスチュームの一端を掴んで引っ張る。
「あ……っ!?」
「やれ、爆豪!!」
「当たり前だろうがぁっ!!」
お茶子を盾に、爆豪の一撃を受ける。
鍛え上げられた拳は飯田にまで衝撃を伝えた。かと思えば、拳が離れた瞬間に手のひらが開かれ、爆発。二人まとめて吹き飛び、爆豪との距離が離れる。誰が敵だったのかわからなくなりそうだが、これで、
「解除!」
「なっ!?」
「度々ごめんね飯田君っ!」
再び重力に引かれ始めた飯田の身体を、レディースの強化靴が
宙に向かって更に跳びながら、またも『無重力』と化すお茶子。彼女はコスチュームの胸元に手を突っ込むと、そこから何かを取り出し、ピンを抜いて落とす。
小さな手榴弾のようなもの。
「一番安全なとこに入れておいて良かったよ」
なるほどあの胸ならさぞかしクッション性も──ではなく。
飯田は一瞬、手を伸ばして掴むか迷った。もちろん温もりを求めてではない。あれが爆弾だった場合、威力によっては爆豪もろともリタイアだからだ。腕一本吹き飛ぶのを覚悟で威力を抑えられるならと考え、結局、丸くなるようにして身体を保護する方を選ぶ。
お茶子は。
上へと急速に距離を取りながら目を瞑り、耳を塞いでいる。正解だったか、と思いつつ、飯田もそれに倣った。
一秒、二秒、三秒。
爆豪が『爆破』で下ベクトルの推進力を得るのを音で感じた直後、爆発音と閃光が走った。
◆ ◆ ◆
ジグザグに飛ぶことで襲い来る羽根をかわしていく。
飛行のノウハウは『彼』に教わったようなものだ。無論、独立して以降も研鑽を止めたつもりはないが──。
「ッ!?」
鋭く飛来した一枚をギリギリでかわす。
「いつまでも同じパターンじゃ危ないっスよ?」
「光を減じるその眼鏡の下にあってなお、俺の描く未来の軌跡を読み取るかっ!」
「あー、久しぶりっスねそのノリ」
常闇は飛行パターンを変更する。
緩やかなカーブや小刻みな角度変更、逆にざっくりしたターンなど複数のパターンを織り交ぜ、ランダム性も加える。今、相手にしているのは格上、No.2のプロヒーロー、手抜きなど許されるはずがなかった。
「そうそう。──そうでないと倒し甲斐がないですしね」
「──ッ!?」
一瞬、後ろを振り返りそうになった。
背後で何かとんでもないことが起こっているのではないか。そう思ってしまうほどの寒気が走ったのだ。今のが、まさかホークスの『本気』なのか。
並の人間なら殺意だけで殺せるのではないか。
(だが、我とて闇の住人! 敵となった以上、手心を加える気はない!)
本気で追い縋る気がないのか、ホークスは一定の距離を保ったまま追跡してきている。近づいてくれれば『黒影』の爪で奇襲することもできるのだが、散発的に羽根を仕掛けられている現状では、こちらとしても逃走を続けるしかない。
(好都合!)
既に交戦の報告はインカムで済ませた。
応援には「あの男」が来てくれるらしい。百人力と言っていい。なら、常闇がすべきことは「目的地」へと相手を誘導すること。
こうしている間にも着々と近づいている。
あそこに行けば、
「お、ドームが見えてきたっスね」
「!?」
動揺が表に出なかった自信は全くない。
彼らの向かう先には大きなドームがある。スポーツの試合等を行う目的で作られたものだ。内装はまだまだ途中だが、ガワは一応完成しているらしい。実際、こうして見てもドームの上部はきっちりと覆われていて内部が見える様子はない。
そう。常闇が目指していたのはあそこだ。
ホークスはそれを
いや、羽根を感覚器官に変えて盗聴さえこなす男だ。さっき小声で通信した際に読唇なり普通に聞き取るなりしていても全くおかしくない。問題は「知っていて逃がしていたのか」ということ。向かう先がわかっているのなら常闇の狙いだってわかるだろうに。
このまま突っ込んでいいのか。
逡巡は一瞬。こちらの向かう先を知っていたなら罠があるかもしれない。だが。
(罠だろうと諸共潰すまで!)
勢いを落とさないまま急降下、入り口に突っ込む。ちらりと後方を見るとホークスもぴったりついて来ている。
中は、奥へと進むほどに『暗かった』。
(良し!)
闇を得た黒影のパワーが増し、一気に加速する。
「おお、これはさすがに速いっスね」
後方の呟きさえも引き離し、ドーム内へ。
バイザー状の暗視装置を下ろし、暗黒の内部を見渡すと──。
「ッ!?」
びっしりと、数百匹の蝙蝠が蠢いていた。
闇の中で目だけが光る。いくらぬいぐるみ的な可愛い奴らだと言っても、本能的な恐怖が走る。精神制御が乱れるのはまずい。
強いて気を落ちつけつつ、常闇は使い魔に命じた。
「全てを食い荒らせ、黒影!!」
「Ooooooooooo!!」
文字に表すことさえ困難な咆哮。直後。合体が解かれ、常闇の身体が落ちる。同時に「真下を除いた全方向へ」破壊的な闇のエネルギーが解き放たれた。
結果、ドームには見事な大穴が開き、そこから陽光が降り注いだ。
「良くやった」
「グルル」
大人しくなった黒影を再び纏うと、ぱちぱちぱち、と拍手の音がした。
上空にホークスが浮かんでいる。
腹立たしいことに傷一つ負っていない。
「中まで追ってこなかったのか」
「追うわけないじゃないっスか。暗闇での君は無敵。でしょう?」
「………」
手の内はバレている、ということだ。
「だが、そちらの罠も食い破った?」
「罠? なんのことっスか?」
「あの蝙蝠達だ。あれに襲わせるつもりだったんだろう?」
「ははは、面白いこと言うんですね」
羽根が複数同時に閃く。
急加速して回避するも、肩や足を浅く裂かれる。数メートルは距離が離れていたというのに、だ。
「あれはただの余興ですよ?」
笑顔が恐ろしい、と、心の底から思った。
◆ ◆ ◆
「良い攻撃だ」
ゆらりと着地したエンデヴァーから、轟は反射的に距離を取った。
「お陰で身体が冷えたぞ、ショート」
「俺の氷を冷却に使ったってのか」
「使えるものは使う。当然だろう。……ちなみに、お前のいる方向に飛ぶと湖がある。場所を変えるのであれば気をつけろ」
轟は小さく舌打ちした。
(No.1ヒーロー、オールマイトから『平和の象徴』を引き継いだのは伊達じゃねえ)
エンデヴァーは本物だ。間違いなくトップクラスのヒーローだ。経験値も“個性”も覚悟も、並大抵の相手とは全く違う。
昔は彼の大きな身体が恐ろしかった。
確執が生まれてからは角ばった顔が憎かった。
わだかまりが解け、母が退院し、家族が前よりもずっと穏やかになった今では尊敬もしているが、超えたい、という想いは消えるどころか大きくなり続けている。
だが、轟だってここまで遊んできたわけではない。
「冷やさないと続かないと踏んだんだろ、エンデヴァー」
「………」
「偉そうな講釈垂れる暇があったら来い。身体、温めたいだろ。超えるなら全力のあんたでないと意味がない」
「若造が」
赫灼熱拳。
ノータイムで放たれた熱気を冷気で相殺。
出力を高めに設定したつもりだったが、互角。すぐさまもう一方の腕から放たれる次弾。今度はこちらも同じ技。同じ威力を出したのに圧された。
最初の応酬では加減していた? それともようやく気分が乗ってきた、とでもいうのか。
(出し惜しみしてらんねぇのはこっちの方か)
轟は広範に冷気を振りまきながら後ろに跳んだ。
威力は出さなかったため、エンデヴァーは立ったまま、纏う熱気だけでこれを無力化。だが、それでいい。一瞬、稼げれば十分だった。
強力な冷気を放った直後、それ以上の熱気を放つ。膨張した空気が爆風を産み、エンデヴァーを襲う。膨冷熱波。炎と氷を両方操る轟だからこその技を、エンデヴァーは。
「ぬうううううんっ!!」
前方に勢いよく炎を放つことで迎え撃った。
「無駄だ。その程度でこの技の勢いは──」
爆風が炎を吹き散らす。
熱を伴う突風がNo.1ヒーローを包み、足を地面から浮かせた。吹き飛んでいくエンデヴァーを、轟は歓喜と共に見送り、
「何を浮かれている」
建設途中の建物の鉄骨を蹴り、足から炎を噴射して、エンデヴァーが眼前に迫る。
「──ッ!?」
「倒したことを確認するまで油断するな。お前が倒れれば市民が被害に遭う。成長しろ。お前にはまだ先がある」
「んなことわかって──」
迎撃。
熱を纏い、直接振るわれた拳に氷拳を合わせる。圧された。体格の差。後ろに飛ばされながら、咄嗟に赫灼熱拳。過不足なく相殺された。エネルギーの調節が格段に上手い。節約を必要とするが故、否応なく覚えたのだろうが、必要は発明の母か。
(氷は奴に利を与えてしまう。だけど、そんなこと言ってる場合じゃねえ!)
轟は本能のまま、これまで磨いてきた戦闘勘に従って冷気を解き放つ。
空中で姿勢を整え、着地と同時に燃える右手を腰だめに跳躍。そんな彼を見て、エンデヴァーが笑みを浮かべた。
「それでいい。もっとお前の力を見せてみろ、ショート」
ヒーロー親子の対決は延々と続いた。
◆ ◆ ◆
電撃が直撃、帯電したロボの一体が機能を停止し、直後に爆発を起こした。
「これで……あーっと、十一体だったか?」
「ちょっと上鳴。アホになってない?」
「これは生まれつきのオツムの問題だよ!」
耳郎からの声は上鳴、砂藤の耳栓内に埋め込まれたスピーカーに転送されている。話さない時はオフになっているので、音響攻撃に巻き込んでしまう心配はない。
一発、開幕に思いきり食らわせたのはまあ、ご愛嬌だ。
「でも、三人合わせてこれで三十以上は壊した」
「俺達も強くなったよな。あの時のメカの改良型がまるで雑魚だぜ」
「そうだね」
砂藤の声に応える耳郎。
殺到するロボ達だが、今のところさしたる脅威とは感じていない。休む間もなく襲ってくるのは鬱陶しいが、搭載されている銃器は全てゴム弾を発射するものだったし、直接殴りかかってくるものも注意して見ていれば容易にかわせるレベルでしかない。
上鳴の電撃が当たれば一発でショートするし、収束した音波攻撃でも十分倒せる。砂藤は飴玉を片手で口に放り込みながら千切っては投げの無双中だ。
だが、
「いくら倒してもキリがないかな」
ロボが後から後から補充される。
一体何体作ったのか。否、ロボの生産工場を設計した後は機械任せか。そっちの方がありそうだ。
「おいヤオモモ! 卑怯だぞ! 正々堂々勝負しろ!」
『あら人聞きの悪い。使えるものは使う。それだけの話ですわ』
「ヤオモモも本当図太くなったよね……」
百の“個性”は直接戦闘向きではない。だからこそこうして事前準備で補っているのだろう。まあ、銃器だの毒物だのを出し放題の彼女に「自分は格下だ」みたいなムーブをされるのは正直イラっとするのだが。
(ヒーローってのは理不尽を打ち破るものだからね)
「砂藤。一回本格的に糖分補給しなよ。今いる分は上鳴となんとかするから」
「おぅ、わかった。悪いが頼む」
「聞いてたでしょ上鳴。行くよ」
「了解。でも冷たいぜ響香。二人きりの時みたいに電気って──」
「か、み、な、り! 合わせて!」
「おおお、おう!」
ポインターと増幅装置は戦闘の中でバラまいている。
「「せーの!」」
雷撃と爆音が数十体のロボをまとめて吹き飛ばした。
悪堕ちルートを投稿するとしたら?
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同作品内で注意事項明記
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別作品として投稿
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要らない