うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 殺伐とした世界で生きるドクターとオペレーターたち。
 この世界で大切なものは3つ。

 仲間と、理性と、周回だ!


第0話―さいしょのおはなし

 源石(オリジニウム)――突如として世界中に降り注いだ、未知の鉱石。

 

 適切に扱えば魔法のような力を得られ、

 不用意に扱えば逃れられぬ死を被る、全ての源たる石。

 

 今日の発展と滅亡を同時に招いた、遠き宇宙からの贈り物。

 

「放してくれ、アーミヤ。俺は行かなくては」

「待って下さい、ドクター。もうこれ以上は……」

 

 源石によって生まれた鉱石病(オリパシー)の感染者は虐げられ、

 虐げている非感染者はいつ自分があちら側に堕ちるか恐怖する。

 

「無茶なのは承知の上だ。それでも、やらなければならないんだ」

「ドクター、私だって出来る限りあなたに協力したいです。でも、こればかりは……」

 

 そんな世界の構図に逆らう者達がいた。

 

 不当な扱いを受ける感染者に温かい慈悲を。

 けれど、不当な方法で問題解決を図る輩には容赦なき鉄槌を。

 

 感染者も非感染者の区別なく、ただ崇高な目的のために動く組織。

 

 その名を〝ロドス・アイランド〟

 

 

「さあ、戦術演習LS-5の周回を再開するぞ!」

「もう理性回復の上限に達してますから! ドクター、正気に戻ってください!」

 

 これは、そんなロドス・アイランドの日常の記録である。

 

        ***

 

「で、落ち着いたかね、Dr.黒井鹿」

「ああ、すまない。少し取り乱したようだ」

「少し、ですか。近隣のオペレーター総出でニ十分がかりで取り押さえさせておいて、少し、ですか……」

「……すまない。だいぶ取り乱したようだ」

 

 所はケルシーの診察所。そこでDr.黒井鹿はベッドに縛り付けられていた。

 部隊唯一の指揮官に対してその仕打ちはどうなのかと思われるだろう。しかし、これには深いわけがある。

 

 指揮官と言えば安全圏にいる印象があるかもしれないが、Dr.黒井鹿はオペレーターと共に戦場に立つ。

 だが、彼には自分の身を守る力すらない。一瞬の判断ミス、偶然の流れ弾で彼の命は掻き消える。

 その上、彼の双肩には自分の命だけでなく、仲間の命も乗っている。その重さは計り知れない。

 

 そんな極限環境下で、人の理性など一瞬で消費される。それを回復するには充分な休養が必須なのだ。

 

「だと言うのに君と来たら……」

「純正源石を用いれば理性は回復できる。何も問題はないはずだ」

「やり過ぎです。ドクターの安全のために回数制限が設けられているんですから、きっちり守ってください」

「そもそも非感染者たるDr.黒井鹿が源石を用いるという時点で、理性が失われていると考えることもできるな」

「ケルシー先生!」

「アーミヤ、そう怒るな。冗談だ」

 

 アーミヤの激しい剣幕にも、ケルシーは涼しい表情を崩さない。ビーカーに注いだコーヒーを啜りつつ、カルテを見つめている。

 

「先程の冗談は置いておくとして。Dr.黒井鹿、君に言っておくべきことがある」

「……なんだ?」

「鉱石病については、もはや何も言うまい。今更、と言う他ないからな」

「そうだな。本当に、今更だ」

「だが、それでもこれだけは心に留めておいてくれ」

 

 一拍置き、ケルシーはここに至って初めてDr.黒井鹿の方を向いた。

 

「君の身は君だけのものではない。君に何かあれば困る者、悲しむ者がここには大勢いる」

「…………」

 

 チラッとケルシーの視線が動く。その先には不安げな表情のアーミヤが立っていた。

 

「同時に、君は一人ではない。

 何か悩みがあるのなら、相談すればいい。

 何か痛みがあるのなら、分かち合えばいい。

 そう出来る仲間が、ここにはいるのだから」

 

 ただ黙ってケルシーの言葉を聞いていたDr.黒井鹿は、一分ほどの間を置いて口を開いた。

 

「ケルシー……」

「なんだ?」

 

「日付が更新された。周回に向かってもいいか?」

「ストップ! ストップです、ケルシー先生! そのメスシリンダーをどうするつもりですか!?」

「なに、ちょっとそこのドクターをメスにするだけだ」

「先生まで理性を失わないでください!」

 

 騒ぎに釣られたのか、それとも周回という言葉に呼ばれたのか、サリアやヴィグナといったオペレーターの面々が集まって来た。

 人の目が増えて正気に戻ったのか、ケルシーがメスシリンダーを机に置く。

 

「はぁ、行ってきなさい。ただし、理性回復の回数には気を付けるように」

「分かっている。行くぞ、アーミヤ」

「はい、ドクター!」

 

 拘束を解除されたDr.黒井鹿は歩き出す。

 

 彼は考える。自分に出来る事は何なのか、と。

 

 戦闘の指揮、基地の設計・開発、各種資材の備蓄管理に補充、外部団体との折衝など、やるべきことは無数にある。

 だが、彼は思うのだ。実はこれはたった1つの仕事なのではないか、と。

 

 仲間と共に戦うという、たった1つの仕事(為すべきこと)なのではないか、と。

 

 ロドスの置かれている状況は芳しくなく、敵は強くなる一方だ。

 それでも、彼は折れない。

 たとえ地に伏せ、泥を啜ろうと、立ち上がって前を向く。

 頼もしい仲間と共に、ただ前に進む。

 彼が為すべきことは、ただそれだけなのだ。

 

        ***

 

 その1時間40分後。

 

「ケルシー、聞いてくれ。なぜ戦術演習は『演習』なのに演習券ではなく理性を消費するんだ?」

「……アーミヤ、まさかと思うが…………」

「……はい、ドクターは既に10回の理性回復を行い、その全てをLS-5周回に当てています」

「やはり元々の理性が擦り減っているんじゃないか……?」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうござます。
 遂にリリースされたアークナイツ、皆さんも楽しんでいますか?

 しかし、ゲームをプレイしていて感じたのです。この世界は彼らに冷た過ぎる、と。
 というわけで、ゲーム内であまり笑うことのない彼らを目一杯笑わせてあげられたら良いな、と考えています。

 これからもぼちぼち書いていく予定ですので、また見かけた際は読んでいただけると嬉しいです。

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