うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 どの程度の人数を雇い、どのように育てていくのか。

 様々な組織が独自の戦略に基づき、それを行っている。
 そこに絶対的な正解など無い。
 ただ、後から振り返って反省することしか出来ない。

 まあ、振り返れる状況に至れれば、の話なのだが……。


第8話―じんざいのおはなし

 戦闘において重要な事とは何か。

 有史以前から問い掛けられ続けた問題だ。

 そして、とうの昔に出た答えを未だ否定できていない問題だ。

 

 個の力は、数の力によって引き潰される。

 蟻とて無数に集まれば獅子を喰い殺すのだ。

 

 いくら知略を凝らそうと、それを実行出来る兵数がいなければ意味が無い。

 そして、充分な兵数がいるのならば、そもそも戦略を練る必要が無い。

 

 戦の勝敗は力の多寡で決まり、兵の数とは力の量なのだ。

 

「ドクター、今回ばかりは無理ですよ。諦めましょう!」

「いいや、どれほどの犠牲を出してでも、これはやり遂げなければいけないんだ」

 

 だが、人とは夢を見るものだ。

 

 ただ一人で全てを薙ぎ払う強者を。

 ただ一人で全てを防ぎ切る強者を。

 ただ一人で万の働きをする強者を、人は夢見るのだ。

 

 そして、夢とは叶うものではなく、叶えるものだ。

 熱い思いと砕けぬ意志をもって進み、自らの手で勝ち取るものなのだ。

 

「さあ、サリアピックアップ人材発掘! 全力で回せぇ!」

「ドクター本当に何回やる気ですか! もう3桁乗ってますよ!?」

 

 なお、夢を叶える手段も数の暴力(課金して石砕き)が手っ取り早い当たり、世知辛いものだ。

 

        ***

 

 誰かがこんなことを言っていた。

 Dr.黒井鹿の戦闘方針はサリアを中心として組まれている、と。

 

 実際のところ、全くもってその通りだ。

 記憶を失ったDr.黒井鹿の元に一早く駆けつけてくれたオペレーターであるということもあるが、それ以上に元々彼の戦闘スタイルとサリアの能力は合っていたのだ。

 

 重装兵によって防衛線を敷き、その背後から遠距離攻撃兵によって敵を殲滅する。

 基本中の基本である戦術だ。それだけに、敵も対策を取りやすい。

 具体的に言えば、重装兵にある程度のダメージを与えられる兵を集めるだけでいい。そうなると防衛線維持のために衛生兵を配置する必要が生じ、結果的に遠距離攻撃兵が少なくなる。

 そうなると後は一瞬だ。重装兵とて足止めできる敵の数には限度がある。攻撃が薄くなればなるほど敵は減らなくなり、次々と防衛線を抜けていくだろう。

 

 だが、もしこの時、重装兵が回復も行えるとしたら?

 

 ある程度の攻撃ならば衛生兵を配置する必要がなくなり、その分を攻撃に回すことが出来る。

 遠距離攻撃兵を多くすれば重装兵が攻撃を受ける時間が減り、結果としてダメージが減る。

 1度こうなってしまえば、ほぼ崩されることはない。

 

 これを可能にするのがサリアなのだ。

 状況に応じて継続的な単体回復、範囲回復、瞬間的な範囲回復と弱体化を使い分ける。これは彼女にしか出来ない芸当だ。

 

 では、もしもの話だ。

 もしも、これまで数多の戦場を共に駆け抜け、苦楽を共有した彼女を、更に高みへと至らせる機会が訪れたとしたら、何をするべきだろうか?

 

 答えなど、聞かれる前から決まっている。

 

「全リソースを注ぎ込め! 回路が焼き切れても構うな! 回せ、進め! 回せ! 進めぇ!!」

 

 精魂尽き果ててでもやり遂げるしかねえだろおおおぉぉぉ!!!!

 

「ドクター落ち着いてください! もう合成玉の備蓄がありません!」

 

 てなわけで、久々にガチの方で理性が溶け切ったDr.黒井鹿の登場である。

 

        ***

 

「ドクター、深呼吸! 深呼吸です! 人材発掘を行おうにも、もう資材がありませんから!」

「この日のために1万8千個も溜めた合成玉はどうした!?」

「もうとっくの昔に無くなってます! 聞かれる前に言っておきますが、純正源石もありませんからね!」

 

 執務室にテンションを振り切った男の声と、心配ゲージを振り切った少女の声が木霊する。完全防音の扉を抜け、廊下まで聞こえそうな声量だ。

 

「ドクター、もう無理なんです。ドクターの気持ちは痛いほど分かりますが、それでも不可能なことはあるんですよ……」

 

 少女——アーミヤの声は悲し気だ。彼女とて、出来る事ならDr.黒井鹿の願いを叶えたいのだろう。だが、彼が半ば狂っている以上、誰かがブレーキを掛けねばならない。そう思い、心を鬼にしているのだ。

 別に自分が排出されないガチャをぶん回すDr.黒井鹿を見てキレている訳ではない。たぶん、きっと、おそらく。

 

 対するDr.黒井鹿の声は、かつてないほど生き生きしている。きっとマスクの下は人様にお見せ出来ない状態になっていることだろう。明らかに様子がおかしい。

 

「大丈夫だ、アーミヤ。俺に考えがある」

「ドクターの立てる作戦は、たしかに素晴らしいものです。私たちが今でも生き残っているのは、あなたの指示のおかげです。それでも、こればかりはどうにも——」

 

 いくらか落ち着いたのか、Dr.黒井鹿が久しぶりに真っ当な声を出した。なにせここまで発掘結果を見るたびに文字化できない奇声を上げ続けていたのだ。喋れるようになっただけでも、かなり冷静になったと言えるだろう。

 

「特殊オペレーター:ユキチの準備は出来ている! さあ、行け!」

「ドクター、考え直してください! 彼の攻撃はドクターのお財布へのアーツ攻撃ですよ!?」

 

 特殊オペレーター:ユキチ。

 それはロドスの者ならば誰もが知る、忌まわしき名である。

 

 彼は神出鬼没だ。一瞬で現れ、役目を果たせば一瞬で消える。

 呼ばれなければ出てこないし、呼んだからといって来るとも限らない。

 だが、一度現れれば、その攻撃力は絶大だ。

 

 具体的に言うと、1月分の食費に成り得る金額が、財布から掻き消える。

 

 防御は不可能。回避など出来るはずもない。

 Dr.黒井鹿に出来ることと言えば、ただ耐えるのみ。

 

 そんな禁忌のオペレーターが、数十分前はDr.黒井鹿の背後に10人ばかり並んでいた。

 それが今では1人しか残っていない。

 

「駄目ですドクター! そんな数のユキチさん……まだ月初めなんですよ!? この先どうやって生活するつもりなんですか!」

「衣と住は既に整っている。食なんてオリジムシがあれば充分だ! 前に作った燻製オリジムシと干し肉オリジムシで半月は生きていけるさ!」

「前に執務室が煙かったのはそういうことですか! なんてもの作ってるんですか!!」

「さあ、ユキチよ。遠慮せずに来い!」

 

 Dr.黒井鹿の命令を受け、ユキチが重々しく頷いた。

 

 目を閉じ、精神を統一する。

 思い描くは真なる人の姿。(こいねが)うは眼前の男の大願成就。

 その生涯ただ一度の役目を果たすため、ユキチは全霊を持って拳を振るう!

 

「ぐふっ! ……ふ、ふふ、ふふふ。これで純正源石が175個……50連回しても釣りが来る……」

「ドクター……もう充分じゃないですか」

「アーミヤ……?」

 

 アーミヤの変化を感じ取ったのか、Dr.黒井鹿が我に返る。

 視線の先のアーミヤは今にも泣きそうだ。

 

「たしかに、ロドスの戦力を増すことは大事です。多くのオペレーターがいれば多くの戦術を取れますし、普段の業務も分担できます。人手が多くて困ることはありませんから」

「ああ、だから——」

「でも、もう充分じゃないですか! 今日だけでサリアさんの印3つ、シルバーアッシュさんの印1つ、エイヤフィヤトラさんの印1つ、アンジェリーナさんの印3つ、イフリータさんの印1つ、スカイフレアさんの印3つ、他にも分からなくなるくらい色々な人の印を入手してるんですよ!? ついでに新しくエクシアさん、シャイニングさん、スペクターさんとか新しいオペレーターもたくさん加わって、シャイニングさんとスペクターさんに至っては潜在強化最大じゃないですか!」

「アーミヤ……」

「私は……私は、最初から傍にいるのに。なのに!」

 

 腕を振り、頭を振り、溢れ出る思いを少しでも逃がそうとするかのように、アーミヤが叫ぶ。その周囲には、黒い帯が現れては消えて行く。彼女の激情に反応したのか、アーツが暴走しかけているのだ。

 

「どうしてですかドクター……。どうして私じゃないんですか!」

 

 明滅していたアーツが、次第に形を帯びてゆく。戦闘能力の無いDr.黒井鹿が触れれば、たちまち手足が落ちるだろう。

 

「アーミヤ!」

 

 しかし、そんなアーツに構うことなく、彼はアーミヤとの距離を詰めた。

 

 肩を掠めるものを無視し、足を貫きかけたものを前に進むことで避け、ただひたすらに突き進む。

 

 そして、アーミヤの眼前に1枚の紙を突き付けた。

 

「アーミヤ、これを見てくれ」

「……ドクター、これは?」

「今日の周回予定と獲得コインの使い道だ」

「…………この期に及んでも、私の気持ちなんかより周回が大事なんですね」

 

 アーツの光が消え失せる。だが、それは彼女が落ち着いたことを意味するものではない。

 その暗さは、彼女の心境そのものだ。

 

「……もういいです、ドクター。あなたは私なんかより——」

「アーミヤ、よく見てくれ。コインのところだ」

「だからコインがどうしたって——あれ? 上級源岩って緊急で入用でしたっけ? 今のところ、使用する人がいなかったと思うのですが……」

「……アーミヤ、それは本気で言っているのか?」

 

 本当に分からない、といった顔で、アーミヤは紙を食い入るように見つめた。

 その表情が徐々に変わって行くのを、Dr.黒井鹿はただ黙って見ていた。

 

「……上級源岩10個を交換し、残りは全て作戦記録へ注ぎ込む。ドクター、これは……?」

「……そういうことだ。長く待たせたからな。ちょっとしたサプライズにしようと思っていたんだが……。すまない。アーミヤがそこまで思いつめているとは気付かなかった」

「ドクター……」

 

 アーミヤの目尻に涙が浮かぶ。

 先程とは別種のその涙を我慢する必要は無い。

 その涙を流しても、その涙を見ても、悲しむ者などいないのだから——

 

「邪魔するぞ。ドクター、購買部に私の印が売られていたぞ。資格証に余裕があるのなら——」

「そうか購買部って手があったかこうしちゃいられない今すぐ行ってくるアディオス!」

 

 ——などと良い雰囲気になったところで、入室してきたサリアによって全てがぶち壊された。

 

 Dr.黒井鹿は風より早く走って行き、後に残されたのはサリアとアーミヤの2人のみ。

 

「ああ、アーミヤ。すまない。取り込み中だったか?」

「……サリアさん」

「あ、ああ。なんだ?」

「スキル『キメラ』、限定強制発動!」

「ま、待てアーミヤ! そのスキルは何なんだ? そもそも何がどうなっているんだ!?」

「うるさーい! サリアさんはいつも乳繰り合ってるんですから、たまには私に譲ってくれたっていいじゃないですか! 何でいつもいつもいつもいつもここぞって時にいいいぃ!」

「誰と誰が乳繰り合ってるだと!? ちょ、待っ、あああああああ!!」

 

        ***

 

 その後、執務室に戻ったDr.黒井鹿が目にしたのは破壊しつくされた部屋と、その中で倒れ伏す2人のオペレーターだった。

 2人とも極度の疲労状態にあり、すぐさま医務室に運ばれた。ケルシー曰く「1日寝ていれば大丈夫」とのことだったため、Dr.黒井鹿は他のオペレーターを連れてイベント周回を敢行。大量のコインを持ち帰り、予定通り上級源岩と作戦記録を手に入れた。

 

 アーミヤは無事に昇進2段階に入り、その勲章を大事そうに眺めていた。

 なお、その横ではサリアが心の底からアーミヤの昇進を祝っていた。理由を聞かれても答えず、ただ良かった、良かったと繰り返すのみであったという……。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 そろそろ目がグルグル渦模様になったアーミヤに刺されそうだったので、とりあえず昇進まで持って行くことにしました。レベル上げをどこまで行うかは未定です。

 それでは、また次回もお楽しみに!

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