うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 せいさい……。
 これを正妻とするのか、制裁とするのか、聖祭とするのか。
 様々な意見があるだろう。

 だが、ただ1つ確かなことがある。

 どの字であっても、マトモなことにはならないであろう……。


第9話—せいさいのおはなし

 争いの種は何処にでも転がっている。

 

 容姿、思想、信条、生活形式、保有資源……他者と何かがほんの少しでも違えば、それは争いを生む事が出来る。

 

 では、争いにおいて最も解決困難なものは何だろうか。

 

 ある人は金銭と答えるだろう。

 ある人は宗教と答えるだろう。

 ある人は格差と答えるだろう。

 

 こんなものは些細な問題だ。

 何故なら、これらにおいては両者に戦う理由があるからだ。

 

「……さあ、決着をつけましょうか」

「待ってくれ。私はそんな……」

 

 最も面倒な争いとは、片方のみが争う意思を持っている場合だ。

 

 片や命を賭してでも戦う理由があり、

 片やそもそも仕掛けられる理由が分からない。

 

 そんな場合が、最も泥沼化しやすいのだ。

 

「さあ、サリアさん! どちらがドクターの正妻に相応しいのか、そろそろ決着をつけましょう!」

「いやだから私とドクターはそんな関係ではなくてだな!?」

 

 つまり何が言いたいのかというと、

 第一次正妻戦争の開幕である。

 

        ***

 

 事の起こりを辿れば、それはずっと前に始まっていた。

 

 Dr.黒井鹿が目を覚ました時、ロドスに在籍しているオペレーターは少なかった。

 ビーグル、レンジャー、ラヴァ、ハイビスカス……たしかに各役職が揃っていたが、やはり力不足が否めなかった。指揮次第でどうとでもなったのだろうが、記憶を失ったDr.黒井鹿には無理な話だ。

 

 そんな時、支えてくれたのがアーミヤだった。

 彼女のアーツは敵を容易く粉砕し、瞬間的な攻撃速度は他の追随を許さなかった。

 

 アーミヤは戦場を蹂躙する最強の矛であり、同時に敵に攻撃をさせないという意味で最強の盾でもあったのだ。

 

 サリアがやって来る、その時までは。

 

 サリアが来てからというもの、Dr.黒井鹿の指揮は変わった。

 敵が防衛線に到達する前に倒すのではなく、押し留めた敵をまとめて焼き払う戦法を取るようになったのだ。

 そのためには範囲攻撃を得意とする術師、そして何より前線を維持する重装オペレーターの育成が必要となる。

 

 アーミヤに向けられていたリソースの大半が、他のオペレーターに回されることとなったのだ。

 

「——それで私に残された仕事といえば、敵の重装兵を撃ち倒すことくらいですよ。それすら後から来たエイヤフィヤトラさんに奪われかけましたし……」

「……知っているとも。耳にタコができるほど聞かされたからな」

「サリアさんが昇進1段階になって、でも全体の戦力強化のためだからって自分に言い聞かせて。ようやく私も昇進したと思ったら、いつの間にか三足先くらいにレベル最大になってるし。あげくになんですか? 私がLv40でくすぶってるうちに昇進2段階とか本当におめでとうございます喧嘩売ってるんですか?」

 

 などという回想と呼ぶべきか愚痴と呼ぶべきか微妙なものが垂れ流されているのは、アーミヤの自室である。狭いながらも整理整頓の行き届いたその部屋は、実際よりも広く感じられ、とても居心地が良いものだ。

 

 ただ一点、現在進行形で増えつつある空の瓶に目を瞑れば、の話だが。

 

「聞いてるんですか、サリアさん? またしても私が昇進する時にはレベル最大になってたサリアさん?」

「アーミヤ、ひとまずレベルの話から離れてくれ。吐きそうだ」

 

 すっかり出来上がって真っ赤になっているアーミヤと反対に、サリアの顔は真っ青だ。作戦記録の耐久視聴を思い出しているのだろう。

 

「アーミヤ。何度言ったか分からないが、私とドクターはお前が想像しているような関係ではない」

「じゃあ、どんな関係なんですか?」

「ただの指揮官と秘書兼任のオペレーターの関係だ」

「そうなんですか。私はあられもない声を出させる人と出す人の関係だと思っていましたが」

「ごはっ!」

 

 口に含んだ水を吹き出し、サリアが盛大に咳き込む。その水の直撃を受けてなお表情を変えないアーミヤが恐ろしい。ただ淡々とグラスの酒を飲み、空になれば次を注いでいる。

 

「あ、あら、あられもない声などと……何を根拠にそんなことを言っ——」

「もちろん盗聴器です」

「いったい何がもちろんなんだ!?」

 

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 そんな文言が、アーミヤのベッド下に隠された冊子に踊っていた。

 

「ドクターと二人きりでナニをしているのかと思えば、毎日毎日飽きもせずよくヤりますね」

「探っているようで最初から答えを出しているじゃないか! それに毎日飽きもしないのはドクターの方だ!」

「では、サリアさんの方は少々飽きがきている、と?」

「いや、そういうわけではないんだが……。飽きる以前に慣れることも出来ずにいると言うべきか、飽きるよりも呆れていると言うべきか……」

「ふーん、ところでサリアさん、いいんですか?」

 

 何やらごにょごにょと呟くサリアに、アーミヤのジト目が突き刺さる。

 

 何か失敗しただろうか? いや、きちんと否定しているのだし、このまま毅然とした態度でいれば大丈夫なはずだ。

 自分を落ち着けるため、サリアは水を一口含んだ。

 

「さっきからヤってること自体を否定してませんけど、つまり確定事項としていいわけですね?」

「ぶふっ!」

 

 そして、またしても飲み下すことなく霧へと変化させた。

 

「いや、その、ちが、あ、あれはだな!」

「あれは?」

「その、えと、あれはだな……」

「あれは? 続きは何なんですか? ねえ、サリアさん。あれは、の後は何なんですか?」

「~~~~ッ!」

 

 アーミヤに負けず劣らず赤くなったサリアは、手近なところにあった瓶を開け、中身を半分ほど一気にあおった。その瓶には「67%」の文字が。何の数字かはご想像にお任せする。

 

 マッチに吹きかければ燃えそうな息を吐き、サリアの声が一気に大きくなった。

 

「いいか! あれはドクターが一方的に行っている行為であり、それもお前が想像しているようなものではない!」

「私が想像しているものって、どんなものですか?」

「それはセッ……性こ……ね、粘膜的な接触のことだ!」

 

 まあ、まだ理性が残っているようだが。

 

「ナニじゃなければ何をしてるって言うんですか?」

「ドクターが私の尻尾を弄んでいるだけだ。それ以上のことは断じて無い!」

「ふーん、じゃあ、これを聞いてもらえますか?」

 

 そう言ってアーミヤが取り出したのは、小型の再生機だった。おそらくペンギン急便から買ったものなのだろう。

 スイッチを入れると、ザーという雑音の後、意味を成した言葉が聞こえてきた。

 

『ど、ドクター。こんなところでする気か?』

『どうした。怖いのか?』

『いや、怖いわけではない。ただ、こういうことをするには相応しい場所や時間というものがだな……』

『だが、辛そうにしているのはサリアの方だろう? ほら、身体は正直だ』

『んんっ! ドクター、急にそんなところ——』

 

 机ごと叩き壊す勢いでサリアの拳が振られ、それをアーミヤのアーツが迎撃する。結果として、サリアの行動は再生機の停止ボタンを押すに止まった。

 

「ナニにしか聞こえないんですが」

「ただのマッサージだ! 周回後に事務作業をしていた時、ドクターがマッサージを申し出てきたことがあったんだ。私は仮眠用のマットではなく、医務室のベッドの方が良いと伝えようとしていただけだ!」

「この後、湿った音も聞こえてきたんですけど」

「ドクターが飲んでいたコーヒーの音だ!」

 

 ふーん、とジト目を崩さず、アーミヤはまたしても再生ボタンを押した。

 

『ほら、どうしたんだ? 手が止まっているぞ?』

『ドク、ター! こ、これ以上は……ッ!』

『サリアの仕事が終わるまで。そういう話だっただろう?』

『くっ、この……。これしきのことで私が屈すると思うなよ……』

『まだ余裕があるみたいだな。これでどうだ?』

『ひゃうん!? ドクター、それは——』

「アーミヤァァァ!!」

 

 昇進衣装で動かしやすくなった脚から、強烈な蹴りが放たれる。オリジムシ程度なら一撃で倒しそうなその攻撃を、アーミヤは少し後ろに下がるだけで回避した。今の動きといい寝技といい、術師と無関係な技術ばかり向上しているようだ。

 

「特殊なプレイにしか聞こえないんですが」

「だから言っているだろう! ドクターが私の尻尾をいじっているだけだ!」

「でも、サリアさんも受け入れてるじゃないですか」

「どう聞けばそうなるんだ!? ドクターがなかなか仕事をしないから、自分の分が終わったら私の仕事が終わるまで尻尾を好きにしていい、と言ってしまって引き下がれなくなっただけなんだ!」

「つまり誘ったわけですか」

「ちがう!」

 

 叫んだせいで喉が渇いたのか、サリアがまたしてもラッパ飲みを敢行する。部屋に転がる空き瓶がまた1つ増えたのだった。

 

 一定の距離を保ちつつ、サリアとアーミヤは対峙する。酒のせいか顔どころか手まで赤く、目も焦点があっていない。明らかに尋常な状態ではなかった。

 

 緊迫した空気の中、アーミヤが三度スイッチを入れた。

 

『ドクター、電気を消してくれないか……』

『何故だ?』

『わ、私にだって羞恥心はある。さすがにこう明るくては、その、だな……』

『……いいや、駄目だ。俺はしっかり見たいんだ』

『ドクター……』

『恥ずかしいのは分かる。でも、俺はずっとこの時を待っていたんだ』

『そ、そうまで言うのなら……。ああ、私も覚悟を決めよう。来てくれ、ドクター——』

 

「……初夜にしか聞こえないんですが」

「尻尾の付け根を見せていただけだあああぁぁぁ!!!!」

 

        ***

 

 翌朝のこと。

 

「よし、それじゃ今日も張り切って周回を……ってサリア? アーミヤ? 酷い顔色だが、体調は大丈夫か?」

「……いえ、ドクター。お気になさらず」

「……ああ、お前が心配するのが一番厄介だ」

「まあ、お前たちがそう言うなら深くは聞かないが……いや待て。サリア、顔が真っ赤だぞ。熱があるんじゃないか?」

「い、いや、これはそういうわけじゃ……」

「戦場で倒れるわけにはいかないだろうが。いいからおでこを出せ」

「お、お前がそういうことをするから話がこじれるんだぁ!」

「いや待て話が見えなぶふぉあ!」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 アーミヤを昇進させたところ、その姿のおどろおどろしさに自分が描いてきたアーミヤは間違っていなかったのだと確信を得ました。たぶんこれからもうちのロドスの良心と狂心を一身に宿したオペレーターとして活躍してくれると思います。

 それでは、そろそろ次回を表すネタも尽きてきましたが、次回もお楽しみに!


同日追記:アホのような誤字を自分で見つけました。たぶん色々やらかしてるので、見かけた際は報告していただけるとありがたいです。

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