うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 触る、触り。この言葉に不埒な響きを感じる人はほぼいないだろう。

 だが、おさわり。こう言うと途端にピンク色が漂い始めるのは何故だろうか?

 それを探るべく、我々は思考の海に沈んだのだった……。




第11話—おさわりのおはなし

 人とは探求心の塊である。

 

 野を駆け、山を越え、海さえ渡り、未知を既知に変えていく。

 その速度は、文明の発展と共に加速してきた。

 

 当然と言えば当然だ。

 生きるだけで精一杯では、探求よりも生存を優先せざるを得ない。

 逆に言えば、余裕が生まれてしまうと、人は探求心に抗えない。

 

「サリア、これは純粋な探求、調査の類だ。何も心配は要らない」

「勘違いするな、ドクター。私は心配などしていない」

 

 その探求心をもってして、人は今日の繁栄を築き上げた。

 野山を切り開き、村を作り、街に発展させ、都市を成してきた。

 探求心こそ人という種の強みだと言っても、過言ではないだろう。

 

 まだ見ぬ景色を、まだ聞かぬ音を、まだ知らぬ感触を求めて、人は今日も突き進む。

 

「頼む! その角を触らせてくれ! 先っぽだけでいいから!」

「それは先っぽで終わらせない輩の台詞だ!」

 

 なお、その進む道が正しいかどうかは問わないものとする。

 

        ***

 

 いつものように、Dr.黒井鹿とサリアが執務室で仕事をしている時のことだった。

 

「よし、仕事終わり! サリア、そっちはどうだ? まだかかりそうなら手伝うぞ」

「いや、こちらももうすぐ終わる。少し待っていてくれ」

「分かった。では……サリア?」

「どうした、ドクター。この世の終わりのような声だぞ」

「お前………………尻尾はどうしたんだ?」

 

 これまたいつものようにDr.黒井鹿が日々の癒し(サリアの尻尾)を堪能しようとした時、激震が走った。

 普段なら地面に触れないように椅子に巻き付けられているサリアの尻尾が、今日は影も形も見当たらない。そもそも服から覗いてすらいないのだ。

 

「ま、まさかお前……切ったんじゃないだろうな!?」

「トカゲの尻尾じゃあるまいし、切るはずがないだろう。脱皮直後で敏感になっているから、保護しているだけだ」

 

 言われてよく見てみれば、なるほど服の内側に仕舞っているようだ。微妙に居心地が悪いのか、時おりもぞもぞと動かしている。

 それを見て、Dr.黒井鹿の目が光った。仮面の奥でのことなので、気付きようは無いが。

 

「……いま敏感と言ったか?」

「ああ。なので先に宣言しておこう。ドクター、今日私の尻尾に触れた場合、この先二度と私に触れることは許さないからな」

「ぐっ……」

 

 そろそろと伸ばされていた手が止まる。いくら理性をほぼ失ったDr.黒井鹿とはいえ、一時の興味のためにこの先全てを捨てるほど愚かではない。

 ただ両手を床につき、声を限りに泣き叫ぶだけだ。

 

「サリア、嘘だろう……? 嘘だと言ってくれ!」

「嘘でも冗談でもない。1日くらい構わないだろう?」

「サリアの尻尾に触れないなら、俺は何のために仕事をしてきたんだ。何のために戦ってきたんだよ!?」

「ロドスのためだ。それだけ叫ぶ体力があるのなら問題無い。メンタルケアの必要も無さそうだな」

「うぅ、こんな非道が許されるのか……」

 

 力の抜けたDr.黒井鹿は五体投地の体勢となり、しくしくと泣いている。器用なことに、仮面にも涙のエフェクトが付いていた。どういった機構なのやら。

 

「サリアの尻尾無しで、俺はどうやって理性を保てばいいんだ……?」

「いや待てドクター。そもそも他人の尻尾に執着している時点で理性が失われているぞ」

「いや、そんなことは無い。ほら、これまでの俺の行動はかなり抑制されたものだっただろう?」

「貴様あれで抑えていたと言うのか!?」

 

 サリアが信じられないモノを見る目を向けると、Dr.黒井鹿はきょとんとした表情を浮かべた。まあ、仮面のせいで見えないのだが。

 

「人の尻尾を弄び、堪能し、あまつさえ舐めもして、それでも理性で抑えていた、と?」

「その質問に答える前に、1つ訂正だ。俺はただサリアの尻尾を舐めていたわけじゃない」

「ほう、ではどうしていたんだ?」

「味わっていたんだ」

「なお悪い!」

 

 そもそも他人の尻尾を舐めている時点で、良いも悪いも無いどん底である。そこに気付かないところを見ると、サリアは順調にDr.黒井鹿の思想に染まりつつあるようだ。

 

「俺だって本当はサリアの尻尾を×××××(ピーーーー)して、×××××(ピーーーー)×××××(ピーーーー)×××××(ピーーーー)することによって×××××(ピーーーー)を増幅させ、そこで満を持して×××××(ピーーーー)したいのに、それを必死で堪えていたんだぞ? かなり抑えたと自分で自分を褒めたいほどだ」

「お、お前はそんなことを、それほど子細に考えていたのか……」

「子細に? いや、こんなものではない。今のは概要だ。詳しく語るのなら×××××(自主規制)の話から始める必要がある。これは×××××(放送禁止)×××××(校閲削除)することによって生じるもので、×××××(倫理コード抵触)を高める作用がある。つまり、これを用いれば×××××(R18)×××××(閲覧禁止)し、最終的には×××××(見せられないよ!)することがふぐぁ!」

 

 突如立ち上がり、熱く語り始めたDr.黒井鹿の身体が宙を舞う。腹にめり込まされたサリアの拳に一切の容赦は無く、対象を壁まで吹き飛ばした。

 

「はぁ、はぁ……はっ、す、すまないドクター! あまりに気味が悪かったので、加減が利かなかったんだ!」

「ふ、ふふ、さすがうちの重装オペレーター随一の攻撃力……さすがだ……」

「ドクター……? ドクター! しっかりしろ! 戻って来い!」

「……………………」

 

 仮面と厚着のせいで、Dr.黒井鹿の状態は分からない。

 だが、オリジムシ程度なら一撃で潰すサリアの拳だ。非戦闘員が受けて無事で済むはずがない。

 

「ドクター、起きてくれ……。私の尻尾なんかで良ければ、いくらでも触らせてやるか——」

「よっしゃ言質取ったぞ!」

 

 そのはずなのだが、Dr.黒井鹿はピンピンしていた。多少のダメージは通っているかもしれないが、行動不能になるほどではない。

 

「ドクター……?」

「さあ触らせてくれ今触らせてくれさあさあさあ!」

 

 まあ、種を明かしてしまえば簡単だ。

 Dr.黒井鹿は殴られる瞬間に自ら後ろに跳んだのだ。壁に叩きつけられる時に受け身を取れば、怪我があっても打ち身程度のものだ。

 

「い、いやドクター、でも今の私の尻尾はだな……」

「尻尾が駄目なら角を触らせてくれ! いつか触りたいと思っていたんだ!」

「ち、近い近い! とりあえず離れろ!」

 

 距離を取り、改めて話を再開する2人。サリアは若干引き気味で、Dr.黒井鹿が前のめりになっているため、わりと丁度良い距離間である。

 

「サリア、良く聞いてくれ。俺はただの下心でこんなことを言っているわけじゃない」

「……また出来心だとでも言う気か?」

 

 少し落ち着きを取り戻したのか、Dr.黒井鹿の言葉に知性が戻りつつある。一応、会話が成り立つ程度に回復したようだ。

 

「サリア、これは純粋な探求、調査の類だ。何も心配は要らない」

「勘違いするな、ドクター。私は心配などしていない」

 

 ただ警戒しているだけだ。そうサリアは呟いた。

 

「頼む! その角を触らせてくれ! 先っぽだけでいいから!」

「それは先っぽで終わらせない輩の台詞だ!」

「いいじゃないか、減るものじゃあるまいし!」

「お前に触らせると人として大事な物が擦り減るような気がするんだ!」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合い、揉み合うこと十数分。

 Dr.黒井鹿の熱意と謎理論のみで構成された説得は、サリアの理性を擦り減らしていった。あれよあれよと言いくるめられ、気付いた時には——

 

「なるほど、先っぽの色が違うところは暖かいのか……。骨の様に硬いのに体温があるとは、不思議な構造だな」

「ド、クター! あまり先っぽばかり……ちょっ、止め、~~~~ッ!」

 

 ——こんなことになっていた。

 

 椅子に座ったサリアの角を、後ろに回ったDr.黒井鹿が撫でまわしている。

 最初は軽く触れ、次第に力を加えていく。それでも痛みを与えるような真似はせず、じっくりたっぷりと堪能していた。

 

「尻尾のしなやかさも素晴らしいが、この角の感触も捨てがたいな……。先っぽ以外も内側の熱がじんわり感じられて、いつまででも触っていられる……。ああ、これで明日も頑張れそうだ」

「…………そう、か。それは……何よりだ」

 

 大ハッスルしたDr.黒井鹿がサリアの角から手を離したのは、実に1時間が経過してからだった。

 1時間もの間、Dr.黒井鹿はサリアの角を生え際から先っぽまで余すことなく調べ尽くし、触りつくした。おさわり以降の行為をどこまで行ったかは……語らないでおこう。あなたが許せる範囲の三歩ほど先が、Dr.黒井鹿が至った場所だ。

 

「ふ、ふふ……もう何も恐れるものなどない。この辱めと比べれば、もう何も怖くない……」

「あー、サリア? すまん、夢中になって少しやり過ぎたみたいだ」

「……これを少しと呼べるのであれば、お前の尺度は大幅に狂っている」

「……すまん、かなりやり過ぎたらしい」

 

 その後、Dr.黒井鹿はサリアに龍門の人気店でスイーツバイキングを奢ることになり、1日の貿易利益のほとんどを飛ばすことになった。

 彼は語る。サリアの角を触るためなら、この程度安い物だ——と。

 

        ***

 

『は~い、みなさんこんにちは~! みんなのアイドル、ソラのラジオのお時間です! 今日のコーナーは~……じゃじゃん! 「あなたの想いに答えます」! みなさんから寄せられた恋愛関係の質問に、私が答える定番のやつですね。毎度思うんですけど、恋愛禁止のアイドルが恋愛相談に答えるのってどうなんでしょう?』

『まあ、そんなことはどうでもいいですね! それでは、さっそく最初のお便り! ペンネーム〝白盾竜〟さんからのお便りです!』

『「こういったものは初めてなので、無礼があったらすまない。これは友人の話なのだが、その友人には少し——本当に少しだぞ?——気になる相手がいる。だが、その想い人がかなりの変人で、尻尾や角を愛でてばかりいるらしい。具体的には尻尾を弄んだ挙句に舐めたり、角を1時間も障り続けたり、他にもあんな、あんな……(ここからしばらく文字が乱れていて読めない)。教えて欲しい。この相手と付き合っていくには、どうしたらいいのだろうか?」』

『初手からすごいのが来ましたね。え~と、取れる手は2つですね。1つ目は相手の行動を変える。ある程度の常識や分別がある人なら、少し言えば聞き入れてくれると思いますよ。言っても聞いてくれない場合は手遅れだと思います』

『2つ目は相手の行動を受け入れる。まあ、簡単と言えなくもないですが、相手の行動がエスカレートする可能性があります。どこまでなら許容できるのか、それ次第ですね』

『と、こんなところでどうでしょう? たしかにドク——じゃなかった、お相手の方はなかなかの難敵のようですが、諦めずに頑張ればきっと道は開けますよ。ファイトです! それでは、これでサリ——でもなかった、ペンネーム〝白盾竜〟さんのお便りを終わります!』

『え~と、次のお便りは……〝兎耳少女の生きる道〟さん? ちょっとアブナイ香りがするのでスルーさせていただけると……』

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 このところアークナイツにハマりすぎて、なぜ自分の隣にサリアがいないのか真剣に悩んでいます。……はい、ちょっとヤバそうなのでハンバーガー食べてきますね。

 それでは、明日も奇行……じゃなかった投稿をお楽しみに!

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