うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 ロドスに満ちる不穏な気配。
 誰かがいるような、誰かに見られているような、そんな気配。

 オペレーターから挙げられた報告に対処するべく、今、Dr.黒井鹿とケルシーが捜査に乗り出す――!

 はいそこ、一番怪しい相手に頼んでどーするとか言わないよーに。


第12話―まのてのおはなし

 気配を察知する。それは戦士に必須の技能だ。

 

 隠れ潜む敵を見つけ出し、敵の奇襲を回避する。

 一早く事態に対処するため、一瞬でも早く情報を手に入れることが重要なのだ。

 

 当然、ロドスのオペレーターたちもそういった技を修得している。

 ある程度の差はあれ、彼らは自分に向けられた悪意・害意に敏感だ。

 

 その感覚が、このところ違和感を発している。

 それがオペレーターの共通認識だった。

 

「ふと気付けば、後ろに誰かが立っている気がする」

「誰もいない廊下なのに、誰かに見られているように感じる」

「敵意は感じない。だが、それだけに気味が悪い」

 

 そんな声が次々と届いていた。

 そこで調査に乗り出したのが、Dr.黒井鹿とケルシーだ。

 

「どう見る、ケルシー?」

「……良くない傾向だな。皆、不安に駆られている」

 

 基地外ならばともかく、事はロドスの内部で起こっているのだ。

 基地の内部構造、作戦の立案、そういった全てが敵に筒抜けだとしたら?

 そうだとすれば、ぎりぎり均衡を保っているレユニオンとの抗争は、即座にロドスの敗北で決着がつくだろう。

 そんな緊張感が基地内に満ちるなか――

 

「ふーむ、盗聴器に感付かれたか? 動作音などほぼしないはずなんだが」

「未だ確信には至っていないようだ。そうなる前に何か打開策を考えなければ、私たちはまたアーミヤに叱られることになるぞ。どうする、Dr.黒井鹿?」

 

 ――Dr.黒井鹿とケルシーは、全く別の緊張感の只中にいた。

 

        ***

 

 ケルシーとDr.黒井鹿の交流の根は深い。

 2人がお互いの嗜好に気付いたのは、Dr.黒井鹿がロドスに戻って数日が経った頃だった。

 

「ケルシー、邪魔するぞ。頼まれていた報告書を……って、いないのか」

 

 戦闘中のオペレーターの様子を報告してくれ。Dr.黒井鹿は、ケルシーにそんなことを頼まれた。

 早く名前と顔を覚えられるように、早く各オペレーターの特徴を把握できるように。そんな思いから生まれた依頼だったのだろう。

 それをまとめて持ってきたところ、たまたまケルシーと行き違いになってしまったのだ。

 

 報告書を置いて帰ろうとしたDr.黒井鹿は、モニターの裏に隠されたファイルを見つけた。

 わざわざ隠してある物を見てはいけない、そう思いながらも、彼は好奇心に勝てなかった。

 

「なん、だと……!」

 

 そこで彼が目にしたのは、のびのびと生活するオペレーターたちの素顔だった。

 

 いつも冷たい印象のフロストリーフが、日向で微睡んでいた。

 大きな設備が珍しいからか、カーディが大はしゃぎで基地内を駆け回っていた。

 マニピュレータの操作を誤ったのか、半ば服を剥かれてメイヤーが慌てていた。

 格言の通り、蜜柑を剥きかけのまま、ヘイズが炬燵で丸まって寝ていた。

 腹を丸出しにして眠りこけるクリフハートに、プラマニクスがそっと毛布をかけていた。

 出入り口に角をぶつけたマトイマルが、目尻に涙を溜めてうずくまっていた。

 

 執務室に引きこもって仕事をし続けていたDr.黒井鹿の知らないオペレーターたちが、そこに溢れていた。

 いや、きっとこれこそが彼らの真の顔なのだ。Dr.黒井鹿が見たいと思いつつ、見に行く努力をせずにいた顔なのだ。

 自分でもよく分からない感情に突き動かされるままページをめくっていると、彼の背後から声がかけられた。

 

「見ぃたぁなぁぁぁ?」

「うぉぉ、悪霊退散!」

 

 咄嗟に印を切り、振り返りざまに正拳突きを繰り出す。非戦闘員のDr.黒井鹿としてはよくやった方だろう。

 まあもっとも、しばらく寝込んでいた身体なので、ロクな威力など出ないのだが。

 

 だが、今回はそれが裏目に出た。

 

「……む?」

「……あ」

 

 相手はDr.黒井鹿の想定より遠くにおり、腕を精一杯伸ばして触れられるくらいの距離だった。

 それに気付いたとしても、踏み込むことも腕を引くことも出来はしない。

 伸ばされ切って勢いを失った彼の右掌は――

 

「…………」

「…………」

 

 ――声の主、ケルシーの胸に押し付けられることとなった。

 

 時が止まり、あらゆる音が遠くなる。

 ケルシーの視線は自らの胸と、そこに触れた手に注がれている。

 Dr.黒井鹿の視線は……分からない。だが、動揺のあまりブレまくっていることは確かだ。

 

 互いに無言のまま数秒が経過し――ついにDr.黒井鹿が動いた。

 いや、彼とて自らの意思で動いたわけではない。何が起こっているのか分からない状況下で、ただ条件反射で動いてしまったのだ。加えて言うと、彼は周回を終えたところだったため、理性が4程度しか残っていない。

 これほど擁護しなければならない、彼の取った行動とは――

 

「……(フニフニ)」

 

 ――胸を揉む(男の悲しい性)であった。形・張り・艶を確かめるかのような、掌全体を使った丁寧な揉みだ。ラッキースケベのお手本として教科書に載せてもいいレベルの揉みであった。

 それに対するケルシーの返答は――

 

「……(ドゴッ!)」

 

 ――これまた教科書に載せたくなるような、見事な金的だった。

 

        ***

 

「うぅ、ここは……?」

「目が覚めたか、ドクター?」

 

 Dr.黒井鹿が目を覚ますと、そろそろ見慣れつつある医務室の天井が見えた。少しずつ大きくなっている染みが人の顔に見え、寝起きの心臓に悪い事この上ない。

 

「ああ、ケルシー。頼まれていた報告書を持ってきておいた。確認してくれ」

「もう済んだ。なかなか良くまとめてあるじゃないか」

 

 まだ寝たいと叫ぶ頭を無理やり動かし、Dr.黒井鹿は何が起こったのか思い出す。

 何かの夢のような展開だったが、右掌にほのかに残る幸せな感触と、股間に痛烈に残る激痛のおかげで現実だと分かる。しかしケルシー、仮にも医者が躊躇なく急所を狙いに来るのは如何なものだろうか。

 

 そして、その前の出来事も思い出した。

 

「……ケルシー、その写真集は何なんだ?」

「ああ、これか? これは私の趣味だ」

 

 写真集を手に取り、パラパラとめくる。様々なオペレーターの様々な表情が、現れては消えて行った。

 

「彼らが明日もここにいる保証はない。戦闘、鉱石病、契約期間の満了……理由は様々だが、誰が急にいなくなっても、何も不思議なことなどない」

「だから、そうして写真に残しているのか?」

「こちらの記念としても、あちらの記念としても、な」

 

 最後のページまで眺め終わったケルシーはファイルを置き、ポツリと呟いた。

 

「まあ、総じて私の趣味だ。深い意味なんてない」

「そうか……。なら、1つ聞いてもいいか」

「なんだ?」

 

 若干前かがみになりながら立ち上がったDr.黒井鹿は、改めてファイルを見る。そこに収められたオペレーターたちは本当に自然体で……自分が写真に撮られていることに気付いていないように見える。

 そして、もう1つ不自然な点がある。

 

「どうしてどれもこれも盗撮のようなアングルなんだ?」

「もちろん、それが盗撮だからだ」

「胸を張って言うことか!」

 

 何を恥じる事がある? と言わんばかりの堂々たる態度だが、そんなもので騙されるDr.黒井鹿ではない。彼も得意とする手なので慣れているのだ。

 

「盗撮程度で君にどうこう言われる筋合いはない。この猥褻犯」

「俺がいったいいつそんなことをしたと!?」

「ついさっき私の胸を揉んだじゃないか」

「あ、あれは精々触った程度で――」

「……私の胸は揉むほどの量がないという気かね?」

「――揉みしだかせていただきました誠にありがとぅぐぁ!」

 

 ケルシーから吹き上がる殺気に慌てて訂正すれば、今度は鳩尾を衝撃が襲う。どうするのが正解だったというのだろうか。

 

「さて、気付いてしまったからには仕方がない。君も共犯者になってもらおうか」

「な、にを……。俺は、盗撮なんて決して……」

「ふっ、口ではどうとでも言えるが、身体は正直だな」

 

 そう言って笑うケルシーが見ているのは、Dr.黒井鹿の股間だ。今なお痛むのか、少し引き気味になっている。

 

「な、何のことだ? そういう台詞は身体に聞いた後に吐くものだろう?」

「直に蹴り上げた私が気付かないわけがないだろう?」

「気付くも何も、やましい事なんて何一つ――」

「……君の息子の状態くらい、すぐに分かるさ」

「――無いとはっきり言えないような気がしなくもないのでそれ以上言わないでくれ!」

 

 Dr.黒井鹿が抵抗するも、そんなものに意味は無い。相手はケルシーなのだ。記憶を失ったDr.黒井鹿が勝てる相手ではない。

 

「う、うぅ……。弄ばれた……。もうお嫁にいけない……」

「その時はアーミヤが貰ってくれるさ。ほらドクター、さっさと起きたまえ。カメラの設置場所を考えるぞ」

「くっ、俺の身体を自由に出来るからと言って、心まで好きに出来ると思うなよ……」

 

        ***

 

 などと言っていたDr.黒井鹿も、今ではこのざまだ。

 

「観葉植物の鉢はいいアイデアだったが、いかんせん数を増やし過ぎたな。それに育ち過ぎた」

「君が熱心に世話をするからだ。枝が茂り過ぎて写真に写り込んでいたぞ」

「だが、その枝を使って高所からの撮影が出来ただろう? 充分な見返りはあったさ」

 

 秘密のファイルは急速に数を増やし、早くも二桁に突入している。様々な場所の録音も含めれば、凄まじいデータ量になるだろう。

 だが、その勢い故に気取られることとなったのだ。

 

「ああ、そうだ。食堂から机の配置換えを行う、との連絡が入っていたぞ。またカメラを配置し直す必要があるな」

「くっ、せっかく最適な場所を割り出したばかりだというのに……。ケルシー、この間設置した訓練室の盗聴器、どうなっている?」

「やはり駄目だな。晒される衝撃が激しすぎるのか、すぐに壊れてしまう。かと言って壁の中では音が拾えない」

「うーむ、サンドバッグの中も駄目か。……そうだ! ウォーターサーバーに仕掛ければいいんじゃないか?」

「それだ、Dr.黒井鹿! 明日、早速取り付けよう」

 

 各所のデータを整理しつつ、2人は会話を続ける。長年の戦友のような、テンポの良い会話だ。

 

「……Dr.黒井鹿、そろそろロドスには馴染めたか?」

「お陰様でな。オペレーターたちも遠慮なくどついてくるようになった」

 

 それは馴染んだという一言で済ませていいものなのか。微妙なところだったため、ケルシーは無視することにした。

 

「……忘れているかもしれないから、今一度言っておこう。Dr.黒井鹿、彼らは明日も君の隣にいるとは限らない」

「……ああ、分かってる」

「一人欠け、二人欠け……そうやって、少しずつ減って行くかもしれない。そして、君はそれを嘆ける立場にいない」

「……俺は、指揮官だからな」

「そうだ。周りの誰もが悲嘆に暮れていても、君だけは前を見なければいけない。どれだけ悲しかろうと、どれだけ辛かろうと、それを表に出す権利は、君には無い」

「……構わない。それが、俺の選んだ生き方だ」

「……そうか」

 

 きっと彼は、本当にそうするだろう。誰が倒れようと振り返ることなく、前に進み続けるだろう。

 だが、それは誰よりも前に立ち、誰よりも多くの傷を負うということだ。

 たとえ身体は無傷でも、心に癒えない傷を負うということだ。

 

「……だからな、Dr.黒井鹿。そうなったら、私にだけは弱みを見せていいんだぞ」

「……いいのか?」

「メンタルケアも医者の仕事さ」

 

 ケルシーの言葉に、Dr.黒井鹿はしばらく返事をしなかった。

 数分後、彼はようやく口を開いた。

 

「……まあ、しばらくは必要ないだろうな。なにせ、この写真を見てればメンタルケアは充分だ」

「ふっ、それで済むうちは安泰だな。さあ、仕分けるべきデータはまだまだあるぞ」

「よし、気合い入れてくか!」

「あ、では私もお手伝いしますね」

「ああ、頼む。それじゃアーミヤはこの写真、を……」

「……Dr.黒井鹿? 今、誰の名前を呼んだ?」

 

 なんとか切り替わった空気が、今度は凍り付いた。

 

 油の切れた機械川獺のような動きで首を回すと、2人の視線の先で笑顔を浮かべるアーミヤがいた。普段通りの服装で、普段通りのニコニコとした笑顔だ。

 ただ一点、額に血管マークが浮き出ている以外は。

 

「ケルシー、データを持って逃げさせろ! ここはお前が引き受ける!」

「Dr.黒井鹿! それは色々と逆だろう!?」

「2人とも。そもそも1人でも逃げられると思ってるんですか?」

 

 加減されたアーミヤのアーツがDr.黒井鹿とケルシーの背中にぶち当たり、その意識を刈り取った。倒れた2人をベッドに横たえ、アーミヤは1人静かに溜め息を吐くのだった。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 なお、写真等のデータはDr.黒井鹿の端末にバックアップが取られていたため、全て無事だったそうな。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 先日引き当てたエクシアが早くも昇進2段階になり、またしてもグルグルお目目のアーミヤと対面することになりました。もっと育てろ、ということのようです。

 それでは、イベント後半戦で忘れなければ出来るはずの明日の更新もお楽しみに!

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