何もせずに攻め入られるか、
敵を追い返すにとどめるか、
それとも返り討ちにしたうえ皆殺しにするか……。
こういった手段とは全く別の自衛をお見せしよう。
攻撃されたなら迎撃する。
当たり前の行動のようだが、案外難しいものだ。
武器を構えて襲って来たなら簡単だ。
ただ返り討ちにすれば良い。
数の差がある場合も簡単だ。
多少やり過ぎてしまっても言い逃れが出来る。
「だが、奴の攻撃はそんな簡単なものではない」
「……そもそも、あれは攻撃なのでしょうか?」
だが、そう簡単にはいかないものも多い。
間接的な攻撃で、報復対象が分からないもの。
まあ、この場合は中継地点を含めた全てを攻撃する、という手がある。
遠隔からの攻撃で、対象の居場所が分からないもの。
これもやり様はある。ひたすら暴れて「これを攻撃するのは悪手だ」と思わせれば良い。
あるいは、そもそも攻撃なのか怪しいもの。
これは対処が難しい。
そう、例えば――
「では、ドクターの奇行から身を護るため、各々の意見を聞かせてもらいたい」
――Dr.黒井鹿の
***
Dr.黒井鹿の奇行は、日毎に勢いを増している。
ロドスに帰還した当初は遠くから眺めるだけで満足していたのに、数日のうちに近くで見つめるようになった。
契機になったのは、偶然サリアの尻尾を触った時だろう。廊下でのすれ違いざま彼女の尻尾に触れてしまったDr.黒井鹿は、その何とも言えない感触の虜になってしまったのだ。
そこから先は転がりだした石の如く。触れるだけだったものが撫でるようになり、次第に頬ずり……は仮面の都合で出来ないため、首ずりをするようになった。
最近は尻尾だけで飽き足らず、角にも手を出す始末だ。そのうち角を舐めさせて欲しいと土下座をかますことだろう。
「そうなる前に、私達は対策を講じる必要がある」
会議室と化した自室に集まった面々に、サリアは重々しく告げた。
だが、それを聞いた者の反応は冷ややかだった。
「私が見た限りでは、そんな大ごとと思えないんですけど……」
「そもそも、わたしたちはドクターからそのような扱いを受けたことがありません」
「あの、私なんで呼ばれたんでしょうか……? これってヴイーヴルの人たちの集まりなんじゃ……?」
順にバニラ、リスカム、エステルである。
バニラとリスカムは真面目さ故、エステルは臆病さ故に残っているが、全員顔に同じことが書いてあった。
――帰りたい、と。
「お前たち、何故それほど他人事なんだ! 今は私だけで済んでいるが、あのドクターは人の尻尾を舐めるような変態なんだぞ!?」
「それは普通の愛情表現ではありませんか?」
叫ぶサリアに、リスカムが冷静に切り返す。とっとと終わらせて帰りたい。その考えが透けて見える声だった。
「バニラ、お前のその認識はヴイーヴル同士なら、の話だろう? たしかにドクターの種族は不明だが、あの出で立ちからしてヴイーヴルでない事はほぼ確定的だ!」
「たしかにそうですね。角は私くらい小さければ隠せますけど、さすがに尻尾は無理ですもんね」
なるほどー、とバニラが頷く。どうせ自分の出番は無いと思っているのか、茶菓子をポリポリと食べている。ひとまず、菓子を食べ尽くすまでは部屋に留まるだろう。
「あの、いくらドクターでも私みたいなのを舐めたりはしないでしょうから、私はこの辺で……」
「待て、エステル。そういうことを言うからこそ、お前はここにいるべきだ」
立ち上がろうとしたエステルの手首を掴み、無理やり座り直させる。怯えた様子の目を真正面から見据え、サリアは暗示でもかけるかのように言い聞かせた。
「エステル、いいか? お前はその身体、ひいてはその角を嫌悪し、他者もそれを醜いものと感じているはずだ、と思っている節がある。悲しいことに、ロドス外において、その認識は正しい。だがロドス内、ことDr.黒井鹿に話を絞るならば、まったくの誤解だ」
「そ、そうなんでしょうか? でもドクター、時々私の角をじっと見てて、やっぱり変に思ってるんじゃ……」
「いいや、違う。あの男がお前の角を見て思うことなど、触りたいだとか撫でたいだとか突いてもらいたいだとか、そんなことだけだ」
「そ、そこまできっぱり断言できるほどなんですか……」
一応、どの程度の横幅があれば人とすれ違うことが出来るのか、どのような材質ならぶつけても痛くないのか、等も考えているのだ。割合は……言わぬが花、というものだろう。
「角と尻尾。この2つの要素を、普段着からも分かる形で備えているのは私達4人だけだ。つまり、ドクターが次に欲望の矛先を向けるのは、ここにいる3人である可能性が高い」
他にもヴィグナは角と尻尾を併せ持っているのだが、尻尾の形状がかなり違うため呼ばれていない。まあ、その違いなどDr.黒井鹿の前では些細なものなのだが。
「徐々に慣れていったからこそ私は耐えられたが、いきなり今のドクターの魔の手にかかり、お前達が無事で済むとは思えない。そこで、奴の奇行を抑え込む案が欲しいのだ」
「そこまで言いますか……。サリアさん、いつもどんな事をされてるんですか? ちょっと参考までに聞きたいんですが」
「そうですね。わたしたちも状況を知らなければ、対策が立てられません」
「それもそうだな。では――」
バニラとリスカムの問いを受け、説明を始めたサリアだったが、十秒ももたなかった。
「…………」
「サリアさん? どうしたんですか?」
「『仕事をしているとドクターが後ろから』の続きは何ですか? 説明を続けてください」
「あの、お二人とも……」
黙り込んだサリアの顔は真っ赤で、口元は何か言いたげに波打っている。だが、肝心の言葉が出てこない。
「……………………」
「サリアさん? ほら、早く話してください。ノートにまとめますから」
「わたしたちは仲間ではないですか。仲間の危機は見過ごせません。しっかり聞いて、しっかり案を練りますから、じっくりたっぷり語ってください」
「あの、本当にお二人ともその辺りで……!」
先程までの帰りたいオーラは何処へやら、バニラとリスカムがサリアに詰め寄る。バニラの表情は期待に満ちており、リスカムは普段通りの無表情だが、その瞳には悪戯心が輝いている。
エステルがなんとか止めようとしているが、気弱な彼女にそんなことが出来ようはずもない。ただオロオロとするだけである。
「………………………………いいだろう! そこまで言うなら語ってやる! 後悔するなよ、小娘ども!」
いったい何歳の差があるのか気になる台詞を吐き捨て、何かを吹っ切ったサリアがDr.黒井鹿との日常を語り始めた。それは最早説明などという生易しいものではなく、演説だった。
Dr.黒井鹿の奇行を微に入り細を穿って描写し、時に自身の感想を交えつつ展開されたそれが終わった時、いつの間にやら時計の長針が1周していた。
「――と、これがDr.黒井鹿による私への変態行為の数々だ! なにか質問はあるか!?」
「ひ、ひとまず休憩を……」
「……情報過多で吐きそうです。なにか飲み物を……」
「えと、あの……世界にはいろんな人がいるんですね……。私の角くらいなんでもないことのような気がしてきました……」
サリアの目は渦巻き模様になっており、全身からは闘気のようなものが立ち上っている。この状態なら攻撃力1000くらいありそうだ。
対する3人は既に瀕死。自分の知らない世界を見せつけられた彼らの中で、Dr.黒井鹿のイメージは大きく変わったことだろう。
「……では、改めて聞きたい。ドクターの被害者を増やさないようにするため、何か案は無いか?」
「……ここまでの熱量を持ってる人を止める手なんて思いつきませんよ…………」
「えーと……もう1回記憶を失ってもらう、とかどうでしょう……?」
「エステル、それは冗談にしても……サリア?」
エステルの発言にバニラとリスカムが苦笑を浮かべる中、サリアは至極真面目な表情だ。
その口から、ボソッと呟きが漏れた。
「……アリか」
「「「ナシで!」」」
全員が思考の海に沈む中、リスカムが口を開いた。
「サリア、1つ確認した事があります。あなたは、わたしたちがドクターの魔の手にかかることを避けたい。そうですね?」
「ああ、その通りだ。だからこそ、こうして対策会議を開いているわけで――」
「それなら、1つ案があります」
「本当か! 聞かせてくれ、どんな案だ?」
パァ、と笑顔を浮かべるサリア。
その笑顔に負けないほど良い笑顔で、リスカムは告げた。
「サリアがドクターの欲望を一身に受ければいいんですよ」
「「それだ!」」
「それじゃない!!」
室内の笑顔が1つ減って2つ増え、結果として1つ増えた。つまり、この案はより多くの人が笑顔になれる案、ということだ。
「リスカム! 貴様どういうつもりだ!?」
「サリア、落ち着いてください。わたしは真面目ですよ」
「なら私の目を見て話せ! 横に逸らすんじゃない!」
「本当ですって。私は真剣にあなたのことを……プフッ」
「貴様ァ!」
ガクガクと身体を揺らされても、リスカムの笑みは消えない。ますます深まっているようにすら見える。
「落ち着いてください、サリア。これはあなたの要望通りの案ではないですか」
「私はドクターの奇行を抑える方向の案を欲していたんだ!」
「でもまあ、たしかに『ドクターの被害者を増やさない』ってのには合いますよね。1人から増えないんですから」
「バニラ! 貴様覚えておけよ! 後でドーベルマンと話をしておくからな!」
「サリアさん!? それをやられると私や他の無関係のオペレーターにまで被害がくるんですけど……! この間も角で備品壊して怒られたばっかりなのに…………」
やいのやいのと騒ぎつつ、なんとかシェイクを止めさせられたサリア。その瞳を真っ直ぐ見つめて、リスカムは言葉を紡いだ。
「サリア、戦場でのあなたを思い出してください。迫りくる敵を押し留め、後衛の味方を護る。いいえ、あなたは戦場の仲間、その全てを護っていると言ってもいい」
「だが、それは戦場での話で――」
「ドクターという敵がいるのなら、ここだって戦場ではないですか? その敵から仲間を護ることこそ、重装オペレーターの誉れではないですか?」
なお、お忘れの方がいるかもしれないが、リスカムも重装オペレーターである。
「いや、だが、しかしだな……」
「サリアさん、あなたはロドス最高・最硬の盾です。あなたに護られているからこそ、わたしたちは安心して過ごせるのです」
「そ、そうですよ! サリアさんなら出来ます!」
「あの、その……ごめんなさい。サリアさん、お願いします……!」
1時間の大演説で疲れ切った今のサリアに、リスカムの謎理論を突破する力は残っていない。この手の結論ありきの語りを論破するには、それ相応の熱量が必要なのだ。
「……まあ、分かった。私が抑えられるうちは、出来る限り抑えておこう……」
疲労困憊といった体で呟くサリアを見て、3人は互いに頷いた。ひとまず、これで厄介事を押し付けることに成功したわけだ。
まあもっとも、と。3人は思う。
――そもそもドクターがサリア(さん)以外に手を出すことはないだろうけど、と。
***
翌日、執務室にて。
「……サリア、どこか体調が悪いのか? それとも悪い物でも食べたか?」
「き、急にどうしたんだ?」
「尻尾を触っても何も言わないから、てっきり何かあったのかと……。いや、だがこの尻尾の艶を見る限り、体調は良好なようだな。味も普段通りだし」
「だ、だからドクター! 舐めるなら先に言えと何度言えば分かる!? それと人の体調を尻尾で探るな!」
「何を言う。ヴイーヴルの健康を知るうえで、尻尾は重要だぞ。俺くらいになれば尻尾の状態からその日の起床時間まで分かる。サリアは……寝つきが悪かったのか? 眠りが浅かったうえに、少し寝坊したようだな。何か悩みがあるのなら、遠慮なく話してくれ」
「人のプライベートを覗くなぁ! この悩みの元凶がぁ!」
「がふっ! う、む。拳の威力もいつも通り。健康体だな……」
「パンチでまで体調を読むなっ!」
そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
そろそろヴイーヴル戦隊とか組みたいのですが、いつになってもそっちの育成に移れません。上級作戦記録と龍門弊が5千兆ずつくらい欲しいです。
それでは、明日の18時もお楽しみに! ……と言いたいところなのですが、明日はテストがあるため18時よりは遅くなるかと思います。申し訳ありませぬ。