うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 人の狂気は成長するものだ。

 昨日までの異常が、今日は平常かもしれない。
 自分の知らないところで、常識が変わっているかもしれない。

 そんな言い知れぬ恐怖を覚えたことはないだろうか?
 このロドスはそんな未知で満ちている……かもしれない。


第14話―たくらみのおはなし

 人の知性の発達と共に、人の邪悪も成長してきた。

 ならば、人の知性がある限り、人の邪悪は消えやしない。

 

 もっとも、何をもって邪悪と判じるのか。その基準は様々だろう。

 

 ある国では所持するだけで極刑に処される薬物が、別の国では市販されている。

 ある国では殺されても文句を言えないジェスチャーが、別の国では挨拶に使われている。

 ある国では触れることすら恐れ多いとされる神聖な動物が、別の国では食卓に上がっている。

 

「……気取られていないだろうな」

「……ああ、問題無い。この会合の存在を知っているのは私達だけだ」

 

 だが、絶対的に邪悪とされる事柄もある。

 

 正当な理由無く人を殺せば、それは邪悪だ。

 人の所有物を奪えば、それは邪悪だ。

 意図して人を騙せば、それは邪悪だ。

 

 ならば、これは間違いなく邪悪だろう。

 

「……それでは、『オリジムシ食用化計画』推進会合を始める」

「ドクター、その名前はもう少しどうにかならないのか?」

 

 皆の癒したる肉を、再度オリジムシとすり替えるなどという凶行は。

 

        ***

 

 時間は少し遡り、昨日の夜更けのことだ。

 Dr.黒井鹿は空き時間の暇つぶしとして、インターネットを眺めていた。

 

「ふむ、砥石と合成コールの産出所で乱獲発生? このままでは1週間ほどで閉鎖される……。マズイな、閉まる前にもっと掘っておかないと」

 

 既に合成コールを400、砥石を100以上乱獲しているDr.黒井鹿。自分が乱獲の主犯格であることに気付いてもらいたい。

 

 彼がフラフラとネットの海を漂っていると、とある記事が目に留まった。

 

「知り合いがオリジムシ料理を実践。それの生贄にされた、だと……?」

 

 それは個人のブログだった。日々の出来事を書いていく、ちょっと煙草が好きな人のブログだった。Dr.黒井鹿に喫煙の習慣は無いが、それ故に自分が知りようのない情報を教えてくれるこのブログを時たま覗きに来ていたのだ。

 最新の記事には「同居人に味覚を破壊された」との文字が。

 

「ネットで見かけた記事を基にオリジムシを調理、それを食べさせてきた……。メニューは様々、意欲作として……踊り食い!? なるほど、その発想は無かった! この同居人は天才か!」

 

 一瞬「あれ? もしかしてこのネットの記事って俺が書いたやつじゃね?」という考えがDr.黒井鹿の脳裏をよぎったが、華麗に無視することにした。インターネットは広いのだ。オリジムシを食べる人間の1人や2人……いるだろうか?

 

 Dr.黒井鹿はその記事を一通り読み、最初に戻ってもう1回読み、それはもう反芻するかのように読み込んだ。

 そして叫んだ。

 

「ただ1度の失敗で挫けるなど、天が許しても俺が許さん! さっそく取り掛かるぞ!」

 

 なお、ここで言う失敗とはポロっと漏らしてアーミヤにバレたことである。決して調理ではない。

 

        ***

 

「さて、この計画なのだが……実のところ、食用化までは済んでいる。そうだな、ケルシー?」

「ああ、その通りだ。オリジムシの患部除去、雑食故の生臭さを取る方法は確立されている。残りの問題は……」

「……オペレーター達の意識か」

「そんなものはバレなければ問題にはならない。俺たちが考えるべきはアーミヤだ」

「待てドクター! バレるまでの期間が長いほど、その問題は深刻化するんだぞ!?」

 

 違法行為はバレなければ犯罪じゃない、と平然とのたまうDr.黒井鹿。それを看過するほど、サリアは感化されていない。

 Dr.黒井鹿とサリアのタイマンならば、拮抗した勝負になっただろう。だが忘れるなかれ。ここにはケルシーもいる。

 

「Dr.黒井鹿、認識を改めろ」

「ケルシー……?」

「ケルシー、お前からも言ってやってくれ。最近のドクターは、私1人では手に負えない」

 

 お茶を一口飲み、ケルシーは静かに切り出した。

 

「君のせいで、アーミヤ以外にも警戒を高めているオペレーターがいる。彼らにもバレないようにしなければ、ゆくゆくはアーミヤにもバレるぞ」

「そうだった! さすがケルシーだ。読みが深いな」

「ケルシー、貴様もそちらに立つのか!? そもそも読む場所が違うと言っているんだ!」

 

 まあ、そもそも第1弾オリジムシ食用化計画はDr.黒井鹿とケルシーによって推進されていたのだ。今更そんなところを気にするはずが無い。

 

「サリア、俺の話を聞いてくれ」

「……最近、この手の切り出し方をドクターにされた場合、ロクなことになった覚えが無いんだが」

「なら、これを1回目にすればいい。なあ、サリア」

「……何だ?」

 

 仮面越しでも分かるほど真剣な雰囲気を発しながら、Dr.黒井鹿は問うた。

 

「お前は仲間と金、どっちが大切なんだ?」

「そこは人として仲間を取れ!!」

 

 サリアのツッコミ(物理)がDr.黒井鹿に突き刺さり、机や椅子を巻き込んで盛大に破壊を撒き散らす。

 だが、Dr.黒井鹿とて慣れたもの。空中を舞うかつて机だった物を踏んで勢いを殺し、壁への着地を果たす。この間、約0.5秒である。

 

「急に何をするんだ、サリア。あやうく怪我をするところだったじゃないか」

「Dr.黒井鹿、君はいつの間にそんな技を身に着けたんだ?」

「この間スペクターに教えてもらってな。相変わらず攻撃能力は皆無だが、生存能力は飛躍的に上がったぞ」

 

 まあ、Dr.黒井鹿は「最適な陣形考えるのも楽しいけど、圧倒的な個による数の暴力でフルボッコにするのも楽しいよね!」という脳筋タイプなので、「指揮官がやられたら終わりのゲームなら、指揮官を鍛えて倒されないようにすればいいじゃない」などと考えたのだろう。阿呆の発想である。

 

「さて、話を始めようか。まず、俺から2つの案を提示したいのだが――」

「……勝手にやっていろ。私は自室に戻らせてもらう」

 

 何事も無かったかのようなDr.黒井鹿の言葉を遮り、サリアが席を立つ。

 だが、サリアは気付いているのだろうか?

 

「……いいのか?」

「良いも悪いも無い。私は関わらないというだけで――」

「いいや、自分が共犯者扱いされる事件の会議に、出席しなくていいのか?」

 

 今の自分の台詞が、限りなく死亡フラグに近いことに。

 

「……どういうことだ?」

「言ったままだ。まず理由1つ目。以前の食堂で、サリアは俺に賛同する姿勢を見せた。そして、お前は今ここにいる。この時点で限りなく黒に近い」

「だが、実際に関わっていないことは、調べれば分かるはずだ!」

「分かってないな。サリア、相手にそんな理性的な意見が通用すると思うか?」

 

 一拍置き、Dr.黒井鹿とケルシーが口を揃えて言った。

 

「「あのアーミヤだぞ?」」

「そんなことは……ッ!」

 

 咄嗟に否定しようとしたサリアだったが、言葉に詰まってしまった。それこそが答えのようなものだ。

 たしかに、今までサリアがアーミヤから受けてきた仕打ちの数々を思い返せば、無理も無い。

 溜息を吐き、サリアが座り直す。ようやく会議の体勢が整った。

 

「……それで、そろそろ案を聞かせてくれないか、Dr.黒井鹿?」

「ああ、俺の案はさっきも言ったように2つある。1つ目は『市販の肉と区別が付かない味にする』ことだ」

「それが出来るなら万事解決だが……可能なのか?」

「正直なところ、難しい。あの独特な臭みがどうしても抜けないんだ。調理や香料によって緩和は出来るが、完全に消すには至っていない」

 

 イメージとしては羊の肉に近い。食べられないわけではないし、慣れてくればクセになる匂いなのだが、毎食それというわけにはいかない。何より、あまり一般的でない羊肉(に似た何か)ばかりでは怪しまれてしまう。

 

「ひとまず2つ目も聞かせてくれ。それから議論を始めよう」

「そうだな。2つ目は……『何の肉なのか気にならないぐらい美味しくする』ことだ」

「……1つ目よりも難しくないか、それ?」

「だよなぁ……。俺もそう思うよ……」

 

 サリアとDr.黒井鹿が頭を抱える中、ケルシーが手を打った。握った拳を反対の掌に乗せるという、普遍的な「何か思いついた」ジェスチャーだ。

 

「ケルシーも案があるのか?」

「ああ。と言うよりも、君の案を聞いて思いついたんだ。これを見てくれ」

 

 そう言って、ケルシーは小ぶりな瓶を取り出した。その中には薄い紫色の液体が入っている。

 

「これは何だ? 何かの薬品か?」

「ああ、大げさに言うと、魔法の薬だ」

「……ドクターに似合いそうな胡散臭さだな」

「いや、俺が魔法使いになるまで、あと10年ほどあるからな。俺には似合わんさ」

「そういう意味ではない!」

 

 いつも通りのやり取りを交わす2人を見るケルシーの目は冷ややかだ。なお、私も命が惜しいのでケルシーの年齢は記述しない。

 気になる場合は本人に聞きに行くと良いだろう。ただし、その場合は遺書の用意を忘れずに。

 

「あー、それで、だな。その薬品の効用なんだが……」

「勿体ぶらずに教えてくれ。どういった薬なんだ?」

「数滴飲めば天国に行けて、また飲みたくなる、というものだ」

「「明らかにヤバい薬!?」」

 

 よくよく見れば密閉された瓶の中なのに細かい空気の泡が出来ていたり、その泡が上下左右を気ままに動いていたり、なんなら泡同士が繋がって文字を形作ったりと、なかなかに個性的な薬の用だ。イフリータに燃やし尽くしてもらうべきではないだろうか。できればケルシーごと。

 

「現世に戻って来られるかどうかが運次第なところから、パラダイスロールと名付けてみた」

「なるほど、達成値いくつ以上で成功なんだ?」

「待てドクター! 平然と試そうとするんじゃない!!」

 

 なお、Dr.黒井鹿には下方ロールというものがあることも知っておいてもらいたい。

 

 サリアの剣幕に根負けし、ケルシーはしぶしぶパラダイスロールを引っ込め――ようとしてサリアに没収された。それを叩き割るのではなくそっとポケットにしまったサリアだが、いったい誰に使うつもりなのだろうか。

 

 その後も会議は難航した。様々な案が出されては消えて行った。

 中でも狂っていたのは、やはりDr.黒井鹿の案だ。ネットの記事に触発されたとかで、「1回オリジムシの踊り食いをさせれば、それよりはマシだと受け入れてくれるのではないか?」というものだ。そんなことをさせた日には暴動が起こること間違い無しだ。

 

「……まあ、有用な策がすぐに出る訳はないか」

「そうだな。ひとまずアーミヤにバレない程度の頻度で入荷するくらいか」

「うぅ、またアーミヤに怒られる理由が増えてしまった……」

「大丈夫ですよ、サリアさん。今更1つや2つ増えても誤差範囲ですから」

 

 あまり自然に会話に加わって来たからこそ、その声の異常さは際立っていた。

 瞬時に警戒態勢へと移行した3人だが、特徴的な兎耳はどこにも見当たらない。

 

「……幻聴か」

「は、はは。3人揃って幻聴とは、どうやら疲れているようだな」

「サリア、さっき渡した瓶を渡せ。あれなら多少の疲れくらい吹き飛ばせる」

「ケルシー先生、また新しい薬を作ったんですか? 申請を受けた覚えは無いんですが」

 

 またしても聞こえてきた声に、3人の警戒レベルは最大になる。だが、周囲には椅子や机が散らばっているだけで、隠れられるほどの障害物は無い。

 だが、3人は知っている。この声は間違いなくアーミヤのものだ、と。

 

「……どこだ?」

「こーこーでーすーよ~」

 

 どこぞの狙撃手のような抑揚で、アーミヤの声がする。その発生源は――

 

「「「上か!」」」

 

 ――3人の頭上の通風孔だった。

 

 反射的にそちらを見やった3人の額に、絞り込まれたアーツ攻撃が直撃した。

 心構えも気構えも出来ていなかった3人の意識は一瞬で闇に堕ちていく。

 

 最後に焼き付いた光景は、通風孔の奥で輝きを放つ、2つの瞳だった……。

 

        ***

 

 さすがのDr.黒井鹿も頭部へのアーツ攻撃は効いたのか、その後まる1日ほど眠りから覚めることは無かった。

 いったいどのような夢を見ていたのか、時おり「喫煙……俺で言うサリアの尻尾か」「手持ちの煙草全てを!? ああ、いや、夢だったならいいが……」「セキュリティが心配? ならペンギン急便裏カタログだ」などと意味不明なうわ言を漏らし、医療オペレーターから大いに気味悪がられたそうだ。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 

 

 

 余談だが、サリアが目を覚ました時、例の薬の瓶はなくなっていたそうだ。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 先日ekaさん(『オペレーターと煙草を吸う話』を連載している方)より食肉オリジムシのネタを使いたい、というめっちゃ嬉しい問い合わせが来て、二つ返事で了承しました。
 そして投稿された『グムに味覚を破壊される話』を読み、「こいつは負けてられねぇ!」ということで、またしてもオリジムシの話になりました。

 原作の暗い世界観をしっかり残しつつ、しかし笑って楽しめる『オペレーターと煙草を吸う話』。みなさんも読んでみてね! (宣伝合戦)

 それでは、また明日もお楽しみに!

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