敵を打ち倒す強さは持たずとも、敵に打ち倒されない強かさは持たねばならない。
そんなわけでドーベルマン教官、お願いします!
右に、左に、身体を揺らす。
振ってはいけない。揺らすに留めろ。
止まってはいけない。揺らし続けろ。
そんな言葉が、頭の中を駆け巡る。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
そう、頭では分かっている。
だが、身体はそれに応じない。
揺らすだけだったはずが、大きく振られ。
揺らし続けるはずが、節々で止まってしまう。
無理な動きを強いられた身体は、抗議として大量の酸素を要求。
それに血流が応えたせいで、脳の働きが鈍る。
限界を突破してなお動いていた身体が倒れた時、2つの音声が響いた。
『対術師訓練Lv3、終了。被撃12、うち命中4。達成度B』
「まだまだだな、ドクター。早速もう1セット行うか」
その声に応じるように、Dr.黒井鹿が突っ伏す、びしゃっという音がした。
***
「訓練を受けたい? どういう心変わりだ、ドクター」
人材ファイルを睨みつつ昼食を取っていたドーベルマンは、Dr.黒井鹿の申し入れに怪訝な表情を浮かべた。
「そんなに意外か?」
「ああ。お前は以前、新入りたちの訓練風景を『地獄の鬼が泣き叫ぶレベル』と評していただろう? わざわざ自分から受けに来るとは思っていなかった」
「その評価は今でも変わっていないさ。ただ、そうしてでも俺は強くなる必要がある」
そう告げるDr.黒井鹿の声は覚悟に満ちており、その全身からも気迫が感じられた。
「日々苛烈になるサリアとアーミヤの攻撃に耐えるため、俺は強くならねばならないんだ!」
……その気迫が、一瞬で希薄になる。濃縮還元5%ほどだ。
「なぜそんな事態になっているのかは分からないが……いいだろう。訓練を受けたいと言う者を無下にはしない。来る者拒まず去る者出さず、が私のモットーだからな」
去ろうと思う者を出さないのか、去ろうと思った者を出さないのか。そんなことを気にしてはいけない。
「つまり、相手の攻撃を避けられるようになりたいわけか」
「ああ、そうだ。さすがにあの攻撃を耐えられるとは思っていない」
「サリアの攻撃は体術で衝撃を逃がせるが……問題はアーミヤだな。アーツ攻撃は避ける以外に手が無い」
そもそも、Dr.黒井鹿は非戦闘員だ。敵の攻撃に耐える・避ける以前に、そもそも敵の攻撃を受けないようにするのが本来ではないのか。
そんなことを指摘できる常識人は、この場にはいない。
「ならば、必要なのは実践だ」
「実戦?」
「いいや、実践だ。ドクター、訓練室に向かうぞ」
ドーベルマンに連れられ、Dr.黒井鹿は食堂を後にした。
その先には地獄しか待っていないと知りながら――。
***
「では、まず物理的な攻撃に耐える訓練だ。今から私が適宜ドクターを攻撃する。避けるでも受け止めるでも、好きに対応しろ」
「分かった」
「では、行くぞ!」
訓練室に着くや否や、即座に特訓が始まった。
まずは様子見ということなのか、ドーベルマンが軽くジャブを放つ。
それを避けたDr.黒井鹿は、ドーベルマンの予想の逆を狙って接近を仕掛け――
「…………(さわさわさわさわ)」
――ドーベルマンの耳を触った。というより触りまくった。
「ドクター! お前は何をしている!?」
「好きに対応しろと言われたから、その通りにしただけだ。攻撃こそ最大の防御だろう?」
「攻撃か? これは攻撃なのか!?」
一気に勢いを増したドーベルマンの攻撃を華麗に躱し、Dr.黒井鹿は攻撃という名のお触りを続行する。
「…………(さわさわ)」
「このっ!」
「…………(さわさわさわさわ)」
「ちょこまかと!」
「…………(さわさわさわさわさわさわ)」
「ひぁっ! お、おのれぇ!」
「…………(さわさわさわさわさわさわさわさわ)」
「ひん! ど、ドクター、その中は……」
「…………(さわさわさわさわさわさわさわさわさわさわ)」
「……だあああああぁ!!」
ひらひらと避け続けるDr.黒井鹿にしびれを切らし、ドーベルマンは鞭を抜いた。彼女の主力武器たるそれは、まるで彼女の腕の延長であるかのように自在に動く。なお、さすがに先端はゴム製の物と交換されている。
だが、それでもDr.黒井鹿は止まらない。
「どうしたドーベルマン? 攻めの手が緩んでいるぞ」
「こ、の外道……」
「ふっ、我々の業界ではご褒美だ」
「どんな業界だ!?」
体勢を整えるため、ドーベルマンは普段服の中にしまっている尻尾を出した。これにより、彼女の鞭は更なる勢いを得る。
しかし、それは悪手だった。
「もらったぁ!」
「なに!?」
普段見る事の出来ないドーベルマンの尻尾。そんなものを見せられて、Dr.黒井鹿の理性が保つはずがない。
鞭を、拳を、蹴りをかい潜り、ドーベルマンの背後に回り込む。
「ふむ、これがドーベルマンの尻尾か……。普段見えないからこそ、こうして触れた時の感動はひとしおだな」
「ふぁ、ドクター……」
尻尾を触られたドーベルマンの動きが止まる。弱点だったのだろうか? それならば、普段しまっているのにも合点がいく。
「おぉ、このすべすべとした感触、少しこもった汗と毛皮の匂い……うむ、これはこれで良い!」
「見境無しかドクター!!」
振り向きざまに放たれた拳がDr.黒井鹿のボディに突き刺さり、その身体を数メートル吹き飛ばす。どうも力を溜めていただけのようだ。
明らかにヤバい勢いで飛びつつも、Dr.黒井鹿は満足げな笑みを浮かべたのだった。
***
「それで、何か弁解はあるか?」
「……ムラムラしてやった。今は反省している」
数分後、水をぶっかけて起こされたDr.黒井鹿は、正座した状態で説教を受けていた。
「だが、後悔はしていない!」
「しておけ馬鹿者!」
頭を引っぱたかれ、正座から土下座へフォームチェンジする。ゴス、という人の頭からすべきでない音が響き渡った。
「たしかに、好きに対応しろと言ったが、私を好きにしていいとは言っていない!」
「だが、尻尾を見せられて自我を保てるわけがないだろう!?」
「その前から好き勝手やっていただろうが!」
反論と共に上げられた頭が、再度床に沈む。その上にはドーベルマンの足が乗っていた。
「知っているか、ドクター? 人の頭蓋というのは存外硬い。銃弾が当たっても、なかなか貫通しないほどだ」
「あ、ああ、知っているとも。丸みを帯びていることもあって、頭への攻撃は失敗することが多い」
「……その硬さ、自分の物で確認してみるか?」
「今既にわりと確認していだだだだ!」
「ドクター、それは私が重いという意味か?」
「いや、その身長としては理想的な体重だと思おおおおおお!?」
その後、ひとしきりDr.黒井鹿に頭蓋の頑丈さを教え込み、ドーベルマンはようやく足をどけた。
「まあ、お前の力量は分かった。それだけの体捌きが出来るのなら、サリアの攻撃は問題にならないだろう。彼女の動きはやや遅いからな」
「その分、一撃あたりの威力が尋常ではないがな。あの攻撃力を戦場でも発揮してもらいたいところだ」
サリアがそのアーツによって自らを強化し、仲間の回復を捨てて戦えばどうなるか。おそらく、並みの前衛よりも高い破壊力を発揮するだろう。
「では次だ。今からしばらくの間、ドクターに向けて疑似アーツの攻撃が飛ぶ。全て避けろ」
「い、いやさすがに連続は――」
「敵が待ってくれると思うのか?」
ドーベルマンは非情な言葉と共にスイッチを押した。訓練室の壁が開き、中から機械仕掛けの砲が顔を出す。
「気張れよ、ドクター。あれは当たると痛いぞ」
「疑似攻撃じゃないのか!?」
「痛まねば訓練にならんだろう?」
まだまだ言い足りないDr.黒井鹿の口を塞ぐかのように、砲が一斉に火を噴いた。
***
かくして冒頭に至る。
「どうした、ドクター? まだほんの7回目だぞ?」
「な、なな、回、もった、ことを、ほめ――げっほえほっ!」
死に体……というよりもはや死体である。厨房で捌かれる前の魚の方が、まだ生気がありそうだ。
「ドクター、なぜ急にこんなことを始めたんだ?」
「はじめ、させ、たのは、ドーベルマン。お前の、方だろう、が」
「違う。この訓練自体の話だ」
倒れ伏すDr.黒井鹿の横に座り、ドーベルマンが問うた。
それに対して、Dr.黒井鹿はしばらく何の反応も示さなかった。
「最近、レユニオンの力が増している」
「ああ、こちらの弱みを的確に突いてくるようになっているな」
「防衛線を突破されることも増えている。そんな時、俺が一撃でやられるようでは頼りないだろう?」
少しでいい。ほんの少しでいい。Dr.黒井鹿が一人で耐えることが出来たなら、誰かが援護に向かえる。
だが、その少しすら稼ぎ出せなければ、彼の命は一瞬で消えるだろう。
「だから、少しでも強くなろうと思ったんだ」
「ドクター……」
Dr.黒井鹿の想いを聞き、ドーベルマンが穏やかな笑みを浮かべる。
そのまましばらく、2人は黙って過ごし――
「ッ! ひああぁ!?」
「ああ、この感触も良いものだな……」
――その静寂を、Dr.黒井鹿の奇行がぶち壊した。
「ドクター! お前は何を考えているんだ!?」
「耳のこととか、尻尾のこととか、角のこととか、まあ、色々だ」
「偏り過ぎだ! ……お前、どうも命が惜しくないようだな」
ドーベルマンが手元の端末を操作する。少し置いて、先程も聞いた機械音声が流れた。
『対術師訓練Lv9、開始。危険ですので、アーツ耐性15未満のオペレーターは退出してください。繰り返します。アーツ耐性15未満のオペレーターは退出してください』
「ドーベルマン!?」
「ではな、ドクター。私は術耐性0のオペレーターなので退出させてもらう」
「いや待て俺も術耐性なんてものは俺も持ち合わせていない! ちょ、ドーベルマ――」
パタン、と。訓練室の扉が閉められた。
そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ここまで毎日更新をしてきたこの作品なのですが、たぶんこれから2月末まで少し更新頻度が落ちます。すみません。ちょっと別件の締め切りがヤバいことになってまして……。
それでは、たぶん明日ではありませんが、次回もお楽しみに!