うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 日々熾烈さを増す戦場で、指揮官とて弱いままではいられない。
 敵を打ち倒す強さは持たずとも、敵に打ち倒されない強かさは持たねばならない。

 そんなわけでドーベルマン教官、お願いします!


第16話―くんれんのおはなし

 右に、左に、身体を揺らす。

 

 振ってはいけない。揺らすに留めろ。

 止まってはいけない。揺らし続けろ。

 

 そんな言葉が、頭の中を駆け巡る。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 そう、頭では分かっている。

 だが、身体はそれに応じない。

 

 揺らすだけだったはずが、大きく振られ。

 揺らし続けるはずが、節々で止まってしまう。

 

 無理な動きを強いられた身体は、抗議として大量の酸素を要求。

 それに血流が応えたせいで、脳の働きが鈍る。

 

 限界を突破してなお動いていた身体が倒れた時、2つの音声が響いた。

 

『対術師訓練Lv3、終了。被撃12、うち命中4。達成度B』

「まだまだだな、ドクター。早速もう1セット行うか」

 

 その声に応じるように、Dr.黒井鹿が突っ伏す、びしゃっという音がした。

 

        ***

 

「訓練を受けたい? どういう心変わりだ、ドクター」

 

 人材ファイルを睨みつつ昼食を取っていたドーベルマンは、Dr.黒井鹿の申し入れに怪訝な表情を浮かべた。

 

「そんなに意外か?」

「ああ。お前は以前、新入りたちの訓練風景を『地獄の鬼が泣き叫ぶレベル』と評していただろう? わざわざ自分から受けに来るとは思っていなかった」

「その評価は今でも変わっていないさ。ただ、そうしてでも俺は強くなる必要がある」

 

 そう告げるDr.黒井鹿の声は覚悟に満ちており、その全身からも気迫が感じられた。

 

「日々苛烈になるサリアとアーミヤの攻撃に耐えるため、俺は強くならねばならないんだ!」

 

 ……その気迫が、一瞬で希薄になる。濃縮還元5%ほどだ。

 

「なぜそんな事態になっているのかは分からないが……いいだろう。訓練を受けたいと言う者を無下にはしない。来る者拒まず去る者出さず、が私のモットーだからな」

 

 去ろうと思う者を出さないのか、去ろうと思った者を出さないのか。そんなことを気にしてはいけない。

 

「つまり、相手の攻撃を避けられるようになりたいわけか」

「ああ、そうだ。さすがにあの攻撃を耐えられるとは思っていない」

「サリアの攻撃は体術で衝撃を逃がせるが……問題はアーミヤだな。アーツ攻撃は避ける以外に手が無い」

 

 そもそも、Dr.黒井鹿は非戦闘員だ。敵の攻撃に耐える・避ける以前に、そもそも敵の攻撃を受けないようにするのが本来ではないのか。

 そんなことを指摘できる常識人は、この場にはいない。

 

「ならば、必要なのは実践だ」

「実戦?」

「いいや、実践だ。ドクター、訓練室に向かうぞ」

 

 ドーベルマンに連れられ、Dr.黒井鹿は食堂を後にした。

 その先には地獄しか待っていないと知りながら――。

 

        ***

 

「では、まず物理的な攻撃に耐える訓練だ。今から私が適宜ドクターを攻撃する。避けるでも受け止めるでも、好きに対応しろ」

「分かった」

「では、行くぞ!」

 

 訓練室に着くや否や、即座に特訓が始まった。

 まずは様子見ということなのか、ドーベルマンが軽くジャブを放つ。

 それを避けたDr.黒井鹿は、ドーベルマンの予想の逆を狙って接近を仕掛け――

 

「…………(さわさわさわさわ)」

 

 ――ドーベルマンの耳を触った。というより触りまくった。

 

「ドクター! お前は何をしている!?」

「好きに対応しろと言われたから、その通りにしただけだ。攻撃こそ最大の防御だろう?」

「攻撃か? これは攻撃なのか!?」

 

 一気に勢いを増したドーベルマンの攻撃を華麗に躱し、Dr.黒井鹿は攻撃という名のお触りを続行する。

 

「…………(さわさわ)」

「このっ!」

「…………(さわさわさわさわ)」

「ちょこまかと!」

「…………(さわさわさわさわさわさわ)」

「ひぁっ! お、おのれぇ!」

「…………(さわさわさわさわさわさわさわさわ)」

「ひん! ど、ドクター、その中は……」

「…………(さわさわさわさわさわさわさわさわさわさわ)」

「……だあああああぁ!!」

 

 ひらひらと避け続けるDr.黒井鹿にしびれを切らし、ドーベルマンは鞭を抜いた。彼女の主力武器たるそれは、まるで彼女の腕の延長であるかのように自在に動く。なお、さすがに先端はゴム製の物と交換されている。

 

 だが、それでもDr.黒井鹿は止まらない。

 

「どうしたドーベルマン? 攻めの手が緩んでいるぞ」

「こ、の外道……」

「ふっ、我々の業界ではご褒美だ」

「どんな業界だ!?」

 

 体勢を整えるため、ドーベルマンは普段服の中にしまっている尻尾を出した。これにより、彼女の鞭は更なる勢いを得る。

 しかし、それは悪手だった。

 

「もらったぁ!」

「なに!?」

 

 普段見る事の出来ないドーベルマンの尻尾。そんなものを見せられて、Dr.黒井鹿の理性が保つはずがない。

 鞭を、拳を、蹴りをかい潜り、ドーベルマンの背後に回り込む。

 

「ふむ、これがドーベルマンの尻尾か……。普段見えないからこそ、こうして触れた時の感動はひとしおだな」

「ふぁ、ドクター……」

 

 尻尾を触られたドーベルマンの動きが止まる。弱点だったのだろうか? それならば、普段しまっているのにも合点がいく。

 

「おぉ、このすべすべとした感触、少しこもった汗と毛皮の匂い……うむ、これはこれで良い!」

「見境無しかドクター!!」

 

 振り向きざまに放たれた拳がDr.黒井鹿のボディに突き刺さり、その身体を数メートル吹き飛ばす。どうも力を溜めていただけのようだ。

 明らかにヤバい勢いで飛びつつも、Dr.黒井鹿は満足げな笑みを浮かべたのだった。

 

        ***

 

「それで、何か弁解はあるか?」

「……ムラムラしてやった。今は反省している」

 

 数分後、水をぶっかけて起こされたDr.黒井鹿は、正座した状態で説教を受けていた。

 

「だが、後悔はしていない!」

「しておけ馬鹿者!」

 

 頭を引っぱたかれ、正座から土下座へフォームチェンジする。ゴス、という人の頭からすべきでない音が響き渡った。

 

「たしかに、好きに対応しろと言ったが、私を好きにしていいとは言っていない!」

「だが、尻尾を見せられて自我を保てるわけがないだろう!?」

「その前から好き勝手やっていただろうが!」

 

 反論と共に上げられた頭が、再度床に沈む。その上にはドーベルマンの足が乗っていた。

 

「知っているか、ドクター? 人の頭蓋というのは存外硬い。銃弾が当たっても、なかなか貫通しないほどだ」

「あ、ああ、知っているとも。丸みを帯びていることもあって、頭への攻撃は失敗することが多い」

「……その硬さ、自分の物で確認してみるか?」

「今既にわりと確認していだだだだ!」

「ドクター、それは私が重いという意味か?」

「いや、その身長としては理想的な体重だと思おおおおおお!?」

 

 その後、ひとしきりDr.黒井鹿に頭蓋の頑丈さを教え込み、ドーベルマンはようやく足をどけた。

 

「まあ、お前の力量は分かった。それだけの体捌きが出来るのなら、サリアの攻撃は問題にならないだろう。彼女の動きはやや遅いからな」

「その分、一撃あたりの威力が尋常ではないがな。あの攻撃力を戦場でも発揮してもらいたいところだ」

 

 サリアがそのアーツによって自らを強化し、仲間の回復を捨てて戦えばどうなるか。おそらく、並みの前衛よりも高い破壊力を発揮するだろう。

 

「では次だ。今からしばらくの間、ドクターに向けて疑似アーツの攻撃が飛ぶ。全て避けろ」

「い、いやさすがに連続は――」

「敵が待ってくれると思うのか?」

 

 ドーベルマンは非情な言葉と共にスイッチを押した。訓練室の壁が開き、中から機械仕掛けの砲が顔を出す。

 

「気張れよ、ドクター。あれは当たると痛いぞ」

「疑似攻撃じゃないのか!?」

「痛まねば訓練にならんだろう?」

 

 まだまだ言い足りないDr.黒井鹿の口を塞ぐかのように、砲が一斉に火を噴いた。

 

        ***

 

 かくして冒頭に至る。

 

「どうした、ドクター? まだほんの7回目だぞ?」

「な、なな、回、もった、ことを、ほめ――げっほえほっ!」

 死に体……というよりもはや死体である。厨房で捌かれる前の魚の方が、まだ生気がありそうだ。

 

「ドクター、なぜ急にこんなことを始めたんだ?」

「はじめ、させ、たのは、ドーベルマン。お前の、方だろう、が」

「違う。この訓練自体の話だ」

 

 倒れ伏すDr.黒井鹿の横に座り、ドーベルマンが問うた。

 それに対して、Dr.黒井鹿はしばらく何の反応も示さなかった。

 

「最近、レユニオンの力が増している」

「ああ、こちらの弱みを的確に突いてくるようになっているな」

「防衛線を突破されることも増えている。そんな時、俺が一撃でやられるようでは頼りないだろう?」

 

 少しでいい。ほんの少しでいい。Dr.黒井鹿が一人で耐えることが出来たなら、誰かが援護に向かえる。

 だが、その少しすら稼ぎ出せなければ、彼の命は一瞬で消えるだろう。

 

「だから、少しでも強くなろうと思ったんだ」

「ドクター……」

 

 Dr.黒井鹿の想いを聞き、ドーベルマンが穏やかな笑みを浮かべる。

 そのまましばらく、2人は黙って過ごし――

 

「ッ! ひああぁ!?」

「ああ、この感触も良いものだな……」

 

 ――その静寂を、Dr.黒井鹿の奇行がぶち壊した。

 

「ドクター! お前は何を考えているんだ!?」

「耳のこととか、尻尾のこととか、角のこととか、まあ、色々だ」

「偏り過ぎだ! ……お前、どうも命が惜しくないようだな」

 

 ドーベルマンが手元の端末を操作する。少し置いて、先程も聞いた機械音声が流れた。

 

『対術師訓練Lv9、開始。危険ですので、アーツ耐性15未満のオペレーターは退出してください。繰り返します。アーツ耐性15未満のオペレーターは退出してください』

「ドーベルマン!?」

「ではな、ドクター。私は術耐性0のオペレーターなので退出させてもらう」

「いや待て俺も術耐性なんてものは俺も持ち合わせていない! ちょ、ドーベルマ――」

 

 パタン、と。訓練室の扉が閉められた。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ここまで毎日更新をしてきたこの作品なのですが、たぶんこれから2月末まで少し更新頻度が落ちます。すみません。ちょっと別件の締め切りがヤバいことになってまして……。

 それでは、たぶん明日ではありませんが、次回もお楽しみに!
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