うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 食とは生きることであり、すなわち人生そのもである。
 ならばその食を探求することは、果たして善なのか悪なのか……。


第19話―じっしょくのおはなし

 実食――その言葉を聞いた時、ロドスの面々の反応は2つに分かれる。

 涎を垂らすか、冷や汗を垂らすか。

 この2つだ。

 

 前者は極めて自然な反応だ。娯楽に乏しいこの世界において、食とは重要な楽しみなのだから。

 では、後者の反応はどうだろうか。少しばかり異質だ。多少不味い物が出てきたとしても、冷や汗を流すほどではないはずだ。

 

 それが、Dr.黒井鹿の手によるものでさえなければ。

 

「さあ、出来たぞ。食べてみてくれ」

「こ、これは……」

 

 Dr.黒井鹿はロドスの食肉をオリジムシとすり替えようと画策しており、既に幾度も現行犯で捕まっている。そろそろ二桁に乗るかもしれない。

 そんな彼の出す料理は、必然オペレーター達の警戒を受ける。当然だ。

 

 だが、この場において、そんなことは関係無い。

 

「うおおお、うめええええええぇ!」

「ハガネガニってこんな美味かったのか!」

「戦力としてより食料としての方が使えそうじゃねえか!」

 

 なにせ、ここはレユニオンの部隊。ロドスではないのだから。

 

        ***

 

 恒例のDr.黒井鹿によるレユニオン偵察部隊の訪問。今回は手土産付きだった。

 

「ハガネガニ?」

「そうだ。ちょうどSK-5の強制移動漁でたっぷり獲れたんでな。差し入れに持って来たんだ」

 

 クリフハートとショウによって落とし穴に叩き落とされたハガネガニは、戦闘においては撃破した扱いになる。だが、彼らを放置していては、いつの日か落とし穴が埋まってしまうかもしれない。

 そう主張し、Dr.黒井鹿は時々落とし穴の清掃を行っているのだ。……まあ、真の目的は言うまでもないだろう。なにせ今目の前にあるのだから。

 

「あー、ありがとよ。でもハガネガニか……」

「どうした? 何かあるのか?」

「いや、オリジムシにも若干飽きてきたとこだったから嬉しいんだけどよ……。ぶっちゃけて言うと、ハガネガニって食べにくいだろ?」

 

 ハガネガニ(箱入り)を受け取った一般兵の言葉に、周りのレユニオン兵達もうんうんと頷いている。どうも以前食べたが不評だったようだ。

 

「ふむ、食べにくいというのは、具体的にどの部分が?」

「まず殻が硬過ぎて割りづらい。無理に割ると中身が潰れるけど、そのままじゃ金属臭くて食えたもんじゃない。どっかで切れれば便利なんだがな……」

「なるほど。そういうことなら、これで解決だな」

 

 言うなりDr.黒井鹿はナイフを取り出し、ハガネガニの甲殻の一点を突く。アーツ攻撃すら弾く金属製の殻は――なんと突かれた場所から花が開くかのようにきれいに剥けた。胴体部分が丸裸になり、そこから引けば脚の殻も容易に抜ける。

 

「え、ちょっ、えええ!?」

「ど、ドクター! 今のもう1回! もう1回やってみせてくれ!」

「ああ、構わないぞ。いいか? ここだ。ここに狙いを定めて、渾身の力で――こうだっ!」

 

 Dr.黒井鹿のナイフが振るわれるたび、ハガネガニが次々と裸になって行く。何箱分もいた彼らは、ものの十数分で剥き身になってしまった。

 

「おおおおお! こんな方法があったなんて……」

「ドクター、さすがだな! どうやってこれを見つけたんだ?」

「まあ、ちょっと色々あってな……」

 

 以前から、Dr.黒井鹿はオリジムシ以外も食用にできないかと考えていた。そこでまず対象になったのがハガネガニだ。アシッドムシやバクダンムシもいるが、前者は未だ群生地が確認されておらず、後者は倒すと爆発四散してしまうためサンプルを集められなかったのだ。

 そこで自室にハガネガニを持ち込んだDr.黒井鹿だったが、なんとそいつが仮死状態に陥っていただけで生きていた。助けを呼ぶことも出来たが、そうすればアーミヤの怒りを買うことは間違いない。それよりもハガネガニと戦うことを選んだ彼は三十分の激闘を制し、この解体術を身に着けたのだった……。

 端的に言って阿呆の所業である。

 

「で、ドクター。こいつはどう食うのがオススメなんだ? やっぱ生か?」

「それもいいが、もう1つお勧めの調理法がある。オリジムシα種の脂身はあるか?」

「ああ、余ってるが……何に使うんだ?」

「ハガネガニの味は淡白だからな。そこにあのちょっと癖のある脂の風味が移ると、何とも言えない美味さになるんだ」

「つまりバター焼きみたいなもんか。よっしゃ、ひとっ走り取って来るぜ!」

 

 Dr.黒井鹿の指揮の下、ハガネガニは様々な料理に姿を変えた。刺身、茹で、焼き、蒸し、オリジムシの脂包み、炊き込みご飯、吸い物等々……。見た目も匂いも、人の食欲を刺激してやまない。

 だが、忘れるなかれ。これはハガネガニだ。アーツ攻撃をほぼ通さず、物理攻撃にも強いがために崖下に叩き落とされまくっているハガネガニだ。断じて食用の蟹ではない。

 そのハガネガニ料理が、

 

「うおおお、うめええええええぇ!」

「ハガネガニってこんな美味かったのか!」

「戦力としてより食料としての方が使えそうじゃねえか!」

 

 Dr.黒井鹿とレユニオン兵の胃の中に消えて行く。それはもう吸い込まれるように消えて行く。

 多くの面子が美味い美味いと叫びながら食べている中、少しばかり様子の異なる机があった。

 

「刺身は少し鉄臭さが残っているな。身を洗えば落ちるか?」

「それでも少しは残るはずだ。なら醤油やポン酢をつけてみてはどうだろうか」

「そうするとハガネガニの味が消えてしまう。それでは駄目だ」

「刺身もそうだが、吸い物も改善の必要があるな。汁の味はいいんだが、ハガネガニの身自体から味が抜けてしまっている」

 

 少しずつ料理を食べ、検討を巡らせる者達。この部隊の料理の指揮を執っている彼らは、少しでも良い食事のために脳をフル回転させていた。……そもそもハガネガニなんて物を食べるな? そんなことを言って聞く連中ではない。

 

「……しばし水に浸しておく、というのはどうだ?」

「たしかに茹でた物では鉄臭さが飛んでいた。だがドクター、それではせっかくの食感が台無しだ」

「それもそうだな。ふむ、刺身としての味や食感を残しつつ臭いだけを除く。難しいな……」

 

 その異常者の群れにDr.黒井鹿は混ざっていた。もう本格的に駄目だ、こいつ。

 

「そういえば、例の二人はどうしたんだ? あの進行役の男(ロリコン)サルカズ大剣士(マゾヒスト)

「ああ、あの人らはちょっと本部に行ってるんだ。明後日には帰って来る予定だよ」

「そうか……」

「今日は討論が出来なくて残念だったな、ドクター」

「まったくだ。せっかく良い写真を持って来たのに」

 

 そう言うDr.黒井鹿は本当に残念そうだ。彼らとの語らいを楽しみにしていたのだろう。

 だが、それならそれで楽しみようがある。たまにはこうして他のメンバーと語らうのも良いものだ。そう考え、Dr.黒井鹿は談笑を続けた。

 

「ドクター、そっちで何か変わったことはないか? うちはいつも通り平和なんだけどよ」

「そうだな……。ああ、つい先日、チェンが入職した」

 

 歓談は、その一言で打ち切られた。

 

 部隊全員が黙り込み、Dr.黒井鹿に視線を向けている。その思いを代弁して、Dr.黒井鹿の正面に座る一般兵が口を開いた。

 

「ドクター、チェンというと、あの龍門近衛局のチェンか?」

「ああ、そうだ」

「俺たちと派手にやり合い続けた、あのチェンか?」

「ああ、そうだ」

「龍門で感染者を捕らえまくってる、あのチェンか?」

「ああ、そうだ」

 

 彼女のことは皆よく知っている。なにせ宿敵と言ってもよい間柄なのだから。

 そんな奴が入職したとなっては、心中穏やかでないだろう。

 

 しばし黙っていた一般兵が、再度言葉を発した。

 

「……ドクター、一つだけ聞きたい」

「……なんだ?」

 

 まさに一触即発。この問答の返答次第で、ここは戦場と化すだろう。そう確信させるだけの緊張感が漂っていた。

 そして、その問いが告げられる。

 

「…………彼女の角には、もう触れたのか」

「ああ、当然だ」

「「「爆ぜ散れこの糞リア充がっ!!!!」」」

 

 瞬間、そこは阿鼻叫喚の地獄となった。

 

「ちくしょうが! てめえだけイイ思いしやがって! おーい酒持ってこい! 飲まずにやってられっかこんちくしょう!」

「俺たちが……俺たちがあの角に触れようと、どれだけ努力したと思ってんだよドクター!? それをあっさり……あっさりやりやがってよおおおおおおぉ! 感想聞かせろやゴラァ!?」

「噂によるとお前、ほとんどのオペレーターに手ェ出したそうじゃねえか。エクシアの光輪の感触おしえてくれホントマジ頼む!」

「フロストリーフ! 普段クールなフロストリーフがどうなるのか教えてくれ! そしたらWの食事写真やるからよぅ!」

「し、シルバーアッシュの兄貴にも手出したのか? なら教えてくれ。兄貴は左右どっちなんだ!?」

「おいそろそろこの銀灰教徒の特定やっといた方がよくねえか?」

 

 次々に噴き出す嘆き、妬み、欲望……その中心で、ドクターはチェンについて滔々と語っていた。

 

「入職初日、俺はなんとか自分の欲望を抑えていた。頭の中でアレやコレやソレやドレをするに留めていたというのに、翌日なんとチェンの方から誘ってきてな。我に返った時には目の前にチェンが倒れていて、前後をサリアとアーミヤに固められていた。そこから後は記憶があいまいだが……それでも、この目、この手、この耳、この鼻、この舌に残る感覚は忘れようがない。彼女の角は細めなうえに、かなり曲がっているだろう? だから最初は先端からそっと触ったんだが、かなり丈夫なようでな。かなりしっかり撫でても平気なようだった。そしてあの尻尾……シージのものと少し似ていたな。両方とも先端に毛が集まって生えているんだ。だがシージの尻尾は全体が獣毛で覆われているのに対し、チェンのものは先端だけに毛が生えている。あの全体のスベスベとした感触と先端のホニョホニョとした感触のギャップがなんともな……。ああ、他にもだな――」

 

 流れるように出てくるDr.黒井鹿の自慢話(犯行の自白)に、レユニオンの面々は地団駄を踏んだ。一部の者にいたっては泣き崩れている。それほどショックだったらしい。

 酒を飲み、ハガネガニを食い、男達の夜は更けていった……。

 

        ***

 

 翌日、ブリーフィングルームにて。

「――と、以上が今日の周回予定だ。何か質問はあるか?」

「はーい、ドクター!」

「クリフハートか。なんだ?」

「なんで今日もSK-5なの? 炭素材はもう充分集まったでしょ?」

「……資源が多くて困るということは無いからな。集められる時に集めておくんだ」

「? よく分かんないけど、了解! 今日も張り切っていくよー!」

 

 駆け出していくクリフハートを見送り、Dr.黒井鹿はほくそ笑んだ。これでまたハガネガニが手に入る――と。

 そんなことを考えていた彼は気付けなかった。自分の後ろに迫るサリアとアーミヤの姿に……。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 遅刻したー! と思いつつも今日のうちだからセーフと自分に言い聞かせてます。

 それでは、次もお楽しみに! ……ちょっと別件の詰め作業があるので、明日やれるかは分かりませんけども!

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