うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 思考、至高、試行、嗜好……世の中には様々な「しこう」がある。
 その不可思議さをお見せ……するかもしれないし、しないかもしれない。


第20話―しこうのおはなし

 疑問、疑念というのは不思議なものだ。

 そこに至らなければ何も気にならないのに、一度気付いてしまえば解決するまで……いや、解決した後ですら付きまとってくる。

 本当にこれで合っているのか。本当にこれで良いのか。

 そんな考えが、頭から離れなくなる。

 

「いいのか……? 本当に、これでいいのか……?」

 

 疑問、疑念、疑心、懐疑……言い方は様々だ。この種類の多さは、この感情に対する人間の苦闘の証とも呼べるだろう。

 この感情を表す言葉はこれで合っているのか? そんな戦いの証だ。

 

「分からない……。俺には分からないんだ……」

 

 その感情と戦う漢が、此処に一人。いや、独りと言ってもいいかもしれない。

 ただヒトリで悩み、疑い、戦い続ける。

 彼の口から、苦悩に満ちた声が漏れた

 

「このまま角と尻尾を愛でるだけでいいのか……? 他の要素にも目を向けるべきではないのか? いや、だがそれは浮気に当たるかもしれない……。ああ、分からない、分からない……」

 

        ***

 

 Dr.黒井鹿は悩んでいた。

 海より深く、山より高く、Big Adamより強大で、ファイヤーウォッチの攻撃範囲より広大な悩みを抱えていた。

 まあ、詳細は先ほど(8行前)の台詞の通りだ。……詳細と呼べるほど情報が無いことは勘弁して頂きたい。

 

「ヴイーヴルの……いや、ヴイーヴルに限らず、角と尻尾こそ至高だ。その考えに揺らぎは無い。だが、その主張によって他の全ての要素を撥ね退ける。それは思考停止ではないのか……?」

 

 きっかけはレユニオン部隊との交流だ。彼らの多種多様な好みと接するうちに、Dr.黒井鹿の中にある萌えが燃え上がったのだ。

 それらはしばし封印していたものだった。一度は堪えきれずに爆発させたが、二度と解放しないと心に誓ったものだった。

 だというのに、彼は再度考えてしまったのだ。

 

「好みを一つに限り、他の物から目を背ける。それは逃げではないか……?」

 

 逃げじゃない。逃げでも何でもないから大人しくしてろ。そんな事を言ってくれる常識人は、ここにはいない。

 

「あのフカフカとした獣毛に包まれたいと思うのも、耳の柔毛に触れてみたいと思うのも、人として当たり前のことじゃないか。なんで俺はそれを忌避していたんだ……?」

 

 もしも執務室でこんなうわ言を呟いていれば、サリアが諫めていただろう。だが、ここはDr.黒井鹿の自室である。止める人員がいなければ、彼の暴走は加速する一方だ。

 

「……よし、決めたぞ! 今日は角と尻尾以外を愛でる事にする!」

 

 Dr.黒井鹿、以前の暴走事件から何も学んでいないようである。

 

        ***

 

ケース1:メランサ(宿舎で休憩中に)

「あ、ドクター……。こ、こんにちは。えっと、貿易所の仕事が終わったから、休憩中で……ドクター? あの、何か不穏な感じがするんですが……あの、なんで何も言わないんですか? なんでだんだん近づいてくるんですか? ドクっ!? ちょ、あの、ドクター! ひゃっ、耳はやめてください! ま、またなんですか!? またタガが外れたんですか? え、今回は違う? ただ別の嗜好も試してるだけ? そ、そんなお試し感覚で――ひぁぁぁぁあああっ!?」

 

ケース2:スワイヤー(倉庫で物品の整理中に)

「あ、ドクター! 良いところに来たわね。食堂に行きたいんだけど道が分からなくて――ドクター? 息が荒いみたいだけど大丈夫? まったく、医者の不養生なんてそんなことぅるあ!? ちょっ、ちょっとドクター! いま私の尻尾に何したの!? え、触っただけ? そんなわけないでしょ? そんな生易しい感触じゃなかったもの! ……ついでに頬ずりして、匂いを嗅いで、根本から先っぽまで撫で上げて、最後に首に巻き付けただけ? 逆に今の一瞬でなんでそこまで色々とできるわけ!? は? 舐めるのは我慢した? …………死になさい!」

 

 

ケース3:シラユキ(訓練室で特訓中に)

「ふむ、御身か。斯様な場所まで何を……待て、其処より動くな。御身より邪悪な物を感知。説明を要求する。……耳と尻尾? 理解不能。シラユキの耳ならば、御身は診察時に触れている。ならば……何? 問答無用……其れは我が言葉。無体を働くというなら御身と言えど――ッ!? そ、その動きはなん、ッ~~~~~!?」

 

 

ケース4:サリア(廊下にて遭遇戦)

「ああ、ドクター。ちょうどよかった。この書類なんだが――ってなんで暴走モードなんだ!? そ、外はマズイ! せめて執務室に戻ってから――ひんっ! う、後ろに回り込むな! クラウンスレイヤーか、お前は! だ、か、ら、人の尻尾を舐めるにゃあああ!? き、貴様ついに口に含んだな? 今、私の尻尾を咥え込んだな!? …………今日という今日は許さんぞ、ドク――ッ!??」

 

「はっ!」

 

 Dr.黒井鹿の意識が戻った時、目の前にはサリアが倒れ伏していた。頬は赤く、瞳は潤み、口からはハァハァと荒い息が零れている。この姿はいつものことなので気にする必要は無い。……無いったら無い!

 問題は、この姿の彼女を見ないことを、先ほど誓ったはずだ、ということだ。

 

「サリア、無事か!?」

「こ、れが……無事に、見えるのか……?」

 

 息も絶え絶えに、サリアが返答する。Dr.黒井鹿の攻めを受けた後でまだ喋ることができるとは、彼女も成長したものだ。

 

「サリア、すまない……俺が不甲斐ないばかりに」

「いや、貴様がもう少し不甲斐なければ……こんなことにはならなかった」

「いや、違うんだ。そうじゃないんだ……」

「何が……違うと言うんだ……?」

 

 まあ、Dr.黒井鹿がもう少しだけ人間寄りの運動能力をしていてくれれば、これほどの事態にはならなかっただろう。サリアか、他の誰かが撃退できたはずだ。

 

「俺は……俺はただ、角と尻尾以外の属性も楽しみたかっただけなんだ!」

「待てドクター! 貴様また他のオペレーターに手を出したのか!?」

「まだメランサ、スワイヤー、シラユキの3人にしか出していない!」

「それは3人も、だ!」

 

 なお、スワイヤーに関してはまだDr.黒井鹿の理性が働いたのか、事件は未遂で終わった。……まあ、尻尾の分はしっかりと痛めつけられたのだが。

 

「くっ、今日は角と尻尾以外を愛でると決めたのに、どうして……」

「……そう言うのなら、せめて尻尾を撫でる手を止めたらどうだ」

「す、すまん。つい反射的に……」

「と言って角に手を置くな!」

 

 最早サリアといるときは角か尻尾を触っていないと落ち着かない体になってしまったようだ。末期である。

 

「はぁ、まったく……。今回はどうしたんだ?」

 

 Dr.黒井鹿の奇行にも慣れたもので、サリアは廊下に寝転んだまま聞いた。どうもまだ腰が抜けているようだ。

 

「……多様性は必要だと思ってな。自分の殻に閉じこもる者の嗜好……じゃなかった思考は偏って行く。ロドスの指揮官として、それは避けねばならない」

「つまり?」

「ムラムラしてやった。今はまだ反省も後悔もしていない」

「しておけ、馬鹿者」

 

 3人のオペレーターに手を出しても止まらなかったDr.黒井鹿は、サリアとの接触によって止まった。これはつまり、そういうことなのだ。

 不思議と温かい空気の中、二人がゆったり話していると……不意に黒いオーラが辺りを包んだ。

 

「「アーミヤ!?」」

「黒いオーラ=私なんですか。いえ、合ってるんですけどね」

 

 廊下の端を見やれば、曲がり角からアーミヤが覗いていた。顔の半分ほどしか出していないのだが、トレードマークの兎耳のせいで自己主張が激しい。

 

「お二人とも、イチャつくなとは言いませんが、せめて場所は弁えた方がいいですよ? なに廊下の真ん中でピロートーク繰り広げてるんですか」

「違う! アーミヤ、断じて違うぞ! これはだな――」

「乱れた息と衣服、とけた瞳、そして交わされる温かな会話……どこに否定できる要素があると?」

「悪意ある抽出だ! 見た目ではなく起きた事態を考慮に入れてくれ!」

「ドクターの欲望をサリアさんが体で受け止めたんですよね? やっぱり事後じゃないですか」

「だからそれが悪意ある抽出だと――」

「……だが、事実だな」

「ドクター!? 貴様まで何を言ってるんだ!?」

 

 Dr.黒井鹿の一言を受け、意を決したようにアーミヤが廊下に出てきた。その顔は……なんとも形容しづらい感情で満ちていた。

 

「ドクター、あなたの欲望はまだ収まってませんよね?」

「……いいや、サリアのおかげで収まったとも」

「嘘です。だってその証拠に……まだサリアさんの尻尾を触ってるじゃないですか」

「はっはっは、そんなわけは無……いと思ってたんだけどなぁ……」

 

 Dr.黒井鹿、注意された後も実はずっとサリアの尻尾を触り続けていたのである。本人は完全に無意識、サリアもなんとなくいつも通りの感覚で流してしまっていたのだが、ナデナデスリスリモニュモニュサスサスプニプニと、それはもう片時も休むことなく触り続けていた。

 

「……ドクター、あなたの前には2つの道があります」

「アーミヤ、できればその道は増設工事を行った後に選びたいんだが」

「1つはサリアさんと同じように私の尻尾も愛でる道」

「よしその道だ!」

「節操なしか貴様は!」

 

 叫んだDr.黒井鹿の頬を、サリアの尻尾が引っぱたいた。スナップの利いた良い一撃だ。たまらず彼の首が150度ほど回転する。日々鍛えているDr.黒井鹿でなければ即死の角度である。

 

「す、すまない。取り乱した。アーミヤ、もう1つの道はなんだ?」

「もう1つは……ドクターの股間をHAMELNに例えたとき、LとNをソウルブーストする道」

「1つ目だ! やはり1つ目しかない!」

「……いや、ドクターのHAMELN自体を取り除いてしまえば、ドクターの暴走を恒久的に止められるのではないか?」

「サリア、これまでのことは全面的に俺が悪かった! だからHAMELNは、HAMELNだけは勘弁してくれ! お嫁に行けてしまう!」

「大丈夫ですよ、ドクター。その時は私がもらいますから」

 

 元よりちょっとアブナイ思考回路のアーミヤに、若干Dr.黒井鹿色に染まって来たサリア。

 こんな二人を相手に戦えるほど、Dr.黒井鹿の精神は強靭ではない。狂人ではあるかもしれないが。

 

「こ、こんなところにいられるか! 俺は部屋に戻らせてもらう! ……サリア、『硬質化』を解いてくれ!」

「ゆっくりしていけ、ドクター。物理的な痛みだけでは、お前も退屈してきたころだろう?」

「さあドクター、力を抜いてください。大丈夫ですよ。痛いのは最初から最後だけですから――」

「いやそれ全部、あ、ちょっ、待っ、アッ―――――」

 

        ***

 

 その後しばらく、Dr.黒井鹿はサリアとアーミヤを見ると内股になるという変な癖を続けた。誰が聞いてもはっきりとは答えず、ただ「ちょっとHAMELNがな……」などと謎の供述を繰り返すばかりだった。

 女性陣が首を傾げる中、何かを察した男性陣はその間中Dr.黒井鹿に優しかったそうだ……。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 休憩として『賢勇者シコルスキ・ジーライフの大いなる探求 痛~愛弟子サヨナと今回はこのくらいで勘弁しといたるわ~』を読んだらこんなことになりました。思考汚染が凄いですね。

 それでは、明日……はたぶんキツイので明後日になると思いますが、次回もお楽しみに!

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