うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 生体、生態、整体、声帯……。
 様々なセイタイがあるが、Dr.黒井鹿が選ぶのはただ1つだ。

 曰く、サリアの角と尻尾は「聖体」である、と……。


第22話―せいたいのおはなし

 今更ながら、Dr.黒井鹿はその敬称の通り医者である。

 鉱石病を専門とする医者であるため多分に研究者としての要素を多く持つが、それでも彼の本分は医者だ。

 外科、内科を問わず、彼はロドスの医学書を片っ端から読み漁ってきた。失くした知識はまた得ればいいだけ。そう言わんばかりに。

 

「ドク、ター……そこは……ッ!」

「楽にしろ。じきに良くなってくるさ」

「そ、んな事を……言われても……くふっ!」

 

 その中で、彼が最も熱心に学んだ分野は何だろうか?

 

 外科? たしかに重要だ。

 鉱石病の主たる症状である身体の鉱石化、これを論ずるうえで外科の知識は必須と言える。

 

 内科? これも大切だ。

 元々の臓器の配置を知らずして、どうして内臓の異常陰影を判別できようか?

 

 薬学? あるに越したことは無い。

 根本治療のための特効薬を作るのならば、この分野の知識も必要不可欠だ。

 

 だが、どれも違う。

 Dr.黒井鹿は全てをある程度学んでいるが、どれもそれなりでしかない。

 彼が最も力を入れているのは――

 

「ほら、ここは特に凝っているだろう? 念入りに解さないとな」

「くぅぅぅ! 無駄に上手いのが腹立たしい!」

 

 ――解剖学。と言えば聞こえは良いが、要するにマッサージ術である。

 

        ***

 

 実のところ、Dr.黒井鹿がオペレーターをマッサージするという光景は、このロドスにおいて珍しいものではない。

 彼は巡回と称して基地内を徘徊しているのだが、そこで休憩中のオペレーターを見かけるとマッサージを申し出るのだ。そのためのマットレスが各宿舎に置かれているほどだ。用意周到にも程がある。

 

 そしてこのDr.黒井鹿のマッサージ、やたらと評判が良いのだ。

 

「ずっと悩まされていた肩こりが消えた」

「身体が嘘のように軽くなった」

「寝覚めが良くなった」

「宝クジが当たった」

 

 ……最後の1つは置いておくとして、おおむねこのような感想だ。

 だが、全てのオペレーターが共通して抱く疑問があった。

 

 ――これだけ耳や角や尻尾を目前にして、なぜドクターの理性が保たれているのか?

 

 その答えが、これだ。

 

「……分かっているな、ドクター? マッサージ中、私の角と尻尾に指一本でも触れたら、今日はもう触らせないからな」

「分かっている。『マッサージ中はマッサージに集中すること』だろう? そっちこそ覚えているだろうな。これを乗り切ったら、俺が満足するまで角と尻尾を触っていい、と」

「いや待てそんな約束をした覚えはない!」

 

 定期的にサリアをマッサージし、その間彼女の角や尻尾に触れないという苦行に耐える。そうすることで、他のオペレーターをマッサージした時に「あれを耐えられたのだからこの程度……」と思うことができるのだ。

 

「それにしても、やはりヴイーヴルの首と腰の凝りは深刻だな。角と尻尾が備わっている種族だというのに、筋肉の付き方が他の種族と変わらないのは、生物としての欠陥じゃないか?」

「そう言われてもな……。おそらく、私たちはまだ進化の途上なんだ。アーツの発動起点として角や尻尾を獲得したが、骨格等がそれに追いついていない。いつかきっと、ヴイーヴルは自らの重みに負けない身体を手に入れるはずだ」

「そういうものか……。あ、もう少し強めてもいいか?」

「ああ、もう少しなら……くぅぅぅぁぁぁ」

 

 弛緩した、というより身体を弛緩させようとするサリアの声が響く。それはのんびりしたもので、伸びをする時の声に似ている。

 互いに慣れたのか、もういつぞや(第9話)の時のようなあられもない声は出ない。

 

「今日は一段と凝っているな。何かあったのか?」

「誰のせいだと思っている……」

「……俺のせいなのか?」

「そうだ。まったく、力任せに無茶をして……」

 

 ……この部分だけをアーミヤに聞かせれば、またしても()ーミヤが爆誕しそうだ。

 だが、安心してほしい。

 

「この間の5-10作戦、何度もあんなことをされては身がもたないぞ。必要ならば何度でもやるが、やはり極力減らしてもらえると助かる」

「……すまない。あの作戦では、敵の攻撃をほぼサリアに集中させることになった」

「いや、そこではなくてな……。ドクター、アーミヤを私の近くに配置するなとは言わないが、それならそうと先に言ってくれ。覚悟を決めるのにも時間がかかるんだ」

「あ、そっちか」

 

 この通りだ。なにせDr.黒井鹿とサリアである。

 

「最近のアーミヤはどうしたんだろうな。時おり肉食獣の目をしているぞ(肩を揉みつつ)」

「彼女のアレは最近に限った話か? お前が目覚めてからというもの、常にあの調子だと思うのだが」

「そうだったか? 目覚めたばかりの頃はまだ正気だった気が……いや、そんなものか。思えばホシグマやイフリータが来たあたりから予兆はあったな(背中を揉みつつ)」

「ホシグマとイフリータ……ああ、あの上級作戦記録3桁耐久視聴か。あれのせいで、イフリータに会いに行く機会を逃したんだ」

「会いに行くというのなら、今すぐ行って来ていいんだぞ? イフリータは会いたがっているからな。まあ、サリアの心の準備と、サイレンスがどう出るかは分からないが(腰を揉みつつ)」

「い、いや、いい。やはりこういうことは手順を踏んでだな……」

「彼女が誘ってきたのに逃げるヘタレ男みたいな言い分だな(尻尾を揉みつつ)」

「いやそういう訳ではなく――ってドクター! 貴様どさくさに紛れてどこを触っている!?」

 

 のんびり喋りつつマッサージを進めているうちに、ふと気付けばDr.黒井鹿の手はサリアの尻尾(いつもの場所)に。そのあまりの自然さは、触られた本人すら一瞬気付けないほどだった。

 サリアが力任せに起き上がると、その背に乗っていたDr.黒井鹿は吹っ飛ばされた。そのまま猫のように空中で体勢を整え、彼は何事も無く着地する。

 

「ドクター、なんのつもりだ!」

「ああ、すまない。先に脚を揉むべきだったな」

「そういう話ではない! そういう話ではないぞドクター!」

「……たしかに、デスクワークにおいて凝るのは脚よりお尻だったな。だがサリア、いくら俺でもそれはマズイと思うんだ。いい歳の男女が密室で二人きり、そのうえ尻を揉むなど……俺のHAMELNがハメルンになってしまいかねないからな」

「お、お、お前は何を言っているんだ!?」

「お尻でもないのか? ……ああ、サリア。お前の言いたいことは分かった。よく分かったとも」

 

 Dr.黒井鹿が大きく頷く。そしてサリアに近寄り、その肩にポンと手を置いた。そこからはうっすらと、本当にうっすらとだが優しさや慈しみといったものが感じ取られる。

 サリアの経験則から言うと、これは盛大に勘違いしているときの特徴である。

 

「サリア、聞いてくれ」

「人に話を聞けと言う前に、お前は人の話を聞け」

「お前にはショックなことだろう。ああ、俺とてこれを告げるのは辛い。だが、誰かがやらねばならないことなんだ」

「おい、ドクター。いい加減に――」

 

「サリア、お前の胸は揉めるほど無んばるめぃっ!?」

 

 サリアと向かい合って立っていたDr.黒井鹿のHAMELNに、勢いよく上げられたサリアの膝がクリティカルヒットした。その姿は「私には胸が無くとも、この脚がある」と言っているようだった。……本人にその気は無いだろうけれど。

 

「く、うぉぉぉ……。サリア、なにもHAMELNに手を出さなくとも……。せっかく『ソウルブースト』の傷が癒えたのに…………」

「私はただ足を上げただけだ。それが当たるほどパーソナルスペースに踏み込んだお前が悪い」

「くっ、ライン生命に男性はいなかったのか……。1人でもいれば、こんな非人道的な行いが許されるはずが……」

「……あの連中に、人道などというものが残っているものか」

 

 サリアが吐き捨てるように言う。その瞳は目の前のDr.黒井鹿を映しておらず、どこか遠くを見ていた。

 

「……やつらは既に研究者ですらない。ただ他の命を弄ぶ、神様気取りの愚か者の集団だ。だから私は……ドクター、私は今、かなり真面目な話をしている」

ほうはは(そうだな)

「それが分かっているのなら、尻尾を舐めるな口に含むな甘噛みするな!」

 

 だが、すぐに移さざるを得ない状況に追い込まれた。

 

「ふっ、甘いな。俺がただ尻尾を舐めているだけだと思っているのか?」

「それ以外に何が……尻尾の凝りが取れている、だと?」

「資料室に『これで骨ヌキ! ヴイーヴル整体大全』という本があったんでな。ちょっと実践してみた」

「なんだ、そのドクターしか得をしない本は……」

「だが、楽になっただろう?」

「……ああ、そうだな。感謝する」

 

 少し前までの暗い表情を消し、サリアがほほ笑む。普段表情を動かさない彼女だからこそ、こうして時おり見せる笑顔は胸に来るものがある。……はいそこ、アーミヤに絡まれてる時は? とか言わないように。あれは表情を動かしてるんじゃなく涙目になってるだけだから。

 

「さて、これでマッサージは一通り終わりだ。……つまり、これからはおさわり(ご褒美)の時間だ」

「いや待てドクター。貴様、あれだけ尻尾を触っておいて何を言っている?」

「俺は約束通りにしたぞ? 『マッサージ中はマッサージに集中する』――俺がさっきまで尻尾に触っていたのは、純粋なマッサージだ。なにも 問題は ない」

「大ありだ! それは詐欺だろう!?」

「詐欺も何も、この文言はサリアが言い出したものだ。恨むなら過去の自分を恨むんだな」

「ま、待て。とりあえずその蠢く両手を下げ――いや、尻尾に向けて下げろということでは、あ、ちょっ、貴様――ッ!!!?」

 

 その後、執務室で何が行われたのか。それは分からない。

 だがまあ、Dr.黒井鹿のHAMELNはHAAAAMELNやハメルンにならなかった。それだけは明記しておこう。……そういうことにしておけば、皆幸せなはずだ。

 

        ***

 

 翌日、移動車両内にて。

「サリアさん、サリアさん」

「あ、ああ。アーミヤか。どうしたんだ?」

「……昨日はお楽しみでしたね」

「な、なぜそれを知っている!? 馬鹿な、執務室の盗聴器は全て破壊したはずだ!」

「……ふーん、お楽しみは否定しないんですね」

「い、いや違う! それよりも指摘すべき点があっただけだ!」

「……などと供述してますが、皆さんはどう思います?」

「「「……ノーコメントで」」」

「どういうことだ!?」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ふと目覚めると、そこは13時半過ぎでした。危うく理性を溢れさせるところでしたよ。危ない危ない……。
 これからも理性は溢れさせず、ゴリゴリ削って精進してまいります!

 それでは、また明後日(たぶん)の投稿もお楽しみに!

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