うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 再開じゃ。
 再会じゃぁ!


第23話―さいかいのおはなし

 ……一ヶ月以上前の出来事だ。

 Dr.黒井鹿が、唐突に行方をくらませたのは。

 

 行方をくらませたと言っても、ロドスからいなくなったわけではない。

 任務の遂行時は戦場にいるのだが、それ以外では影も形も見当たらない。普段ならば宿舎の隅で怪しげに目を光らせているというのに、探せど探せど見つからない。

 

 ならば、Dr.黒井鹿はどこに消えたのか。

 その答えをオペレーター達は知っていた。

 

 ――彼は執務室に監禁されたのだ。

 

 理由は簡単だ。誰もいないはずの執務室に、アーミヤとサリアが入って行く姿が度々目撃された。ただそれだけだ。

 しかし、ただそれだけの出来事を知ることができず、不安を募らせていた者達がいた。

 それは――

 

「ドクター、どうしちまったんだろうな?」

「あいつがいない戦場は寂しいぜ……」

「このところ飯食いにも来ないしな。……こうなったらいっちょ潜入でもするか」

「やめとけ。すぐバレるぞ」

 

 ――レユニオンの偵察部隊(Dr.黒井鹿の変態仲間)だ。

 

        ***

 

 彼らが異変に気付いたのは、三週間ほど前のことだった。

 

「なあ、ドクターが最後に来たのってどれくらい前だ?」

「もう二週間近く前だな。これまでは週一くらいで来てたってのに」

「だよなぁ。せっかく新食材のアシッドムシ仕入れといたってのに」

 

 この二週間ほど、レユニオンとロドスはこれまで通りに戦闘を続けている。適度に対立しつつ、双方に決定的な被害が出ない程度を保っていた。

 だが、それすらも異常が生じていた。

 

「なんか、このところのロドスの連中は怖いよな。戦い方に人間味がないというかさ」

「ああ、ひどく機械的だ。まるで決められた動きを繰り返しているだけのような……」

「あと、やたら同じ地域で戦い続けるよな。そんでこっちの資源根こそぎ持って行きやがる」

 

 そう。ロドスの戦い方が、画一的過ぎるのだ。

 

 戦闘に出てくるオペレーターが常に同じ。

 布陣や能力の発動タイミングが常に同じ。

 それが二週間。これまでのDr.黒井鹿の戦い方と比べると、あまりに異常だ。

 

 Dr.黒井鹿は基本的に当たって砕けるタイプだ。とりあえず事前情報なしで任務に向かい、行き当たりばったりでそれを乗り切る。

 故に、彼の布陣はよく変わる。反省を活かして戦略を練り直し、次に向かう。それが彼の戦い方だったはずだ。

 

「ま、そのうちひょっこり顔出すだろ」

「そうだな。盗撮がバレて折檻されてるだけかもしれないしな」

「それなんてご褒美だ?」

 

 小さな違和感を抱きつつも、レユニオンの面々はそれほど危機感を覚えていなかった。

 あのDr.黒井鹿なのだから、そうそう大事になっているはずがない、と……。

 

        ***

 

 そうして、更に三週間が経過した。

 

「……さすがにおかしい。あまりに異常だ」

「今日のオペレーター達の様子を見たか? 同じ任務の繰り返しで疲弊しきっていたじゃないか。あのドクターがそれを看過するはずがない」

「一ヶ月以上も似た事の繰り返しだ。そりゃ精神にクるだろうさ」

 

 そう話すレユニオン側も、既に疲労の限界だ。同じ敵、同じ戦い方との連続戦闘。訓練時代の模擬戦闘の方が変化に富んでいただろう。

 だが、それは三週間前と変わらない。

 

「ああ、それに何より――」

 

 だが、レユニオンは今日、Dr.黒井鹿の異常を示す決定的な証拠を見てしまったのだ。

 

「――あのDr.黒井鹿が、毛並みや甲殻の乱れを無視するはずがない」

 

 オペレーター達の、身嗜みの乱れを。

 

「あのドクターだぞ? 自分の顔を洗い忘れることはあっても、他人の甲羅の汚れには気付くはずだ」

「ああ、ドクター自身の頭が鳥の巣状態だとしても、他人の尻尾のブラッシングは忘れない。あれはそういう男だ。特に今は換毛期だしな」

「そもそも脱皮不全のオペレーターを前線に出している時点でおかしいんだ。下手を打つと後々まで痕が残るんだぞ、あれは」

「……ああ、だから、俺は帰って来たんだ」

 

 不安と心配の声の中、一際通る声が響いた。

 その声の源にいたのは――

 

「「「ドクター!?」」」

「心配をかけたな、みんな。今、戻ったぞ」

 

 ――Dr.黒井鹿だった。

 

「うおおおぉ、心配したぞこの野郎! とりあえず食え! 飲め! そして話せ!」

「ドクターの帰還祝いだ。酒持ってこーい!」

「誰かオリジムシ持ってきてくれ! たしか昨日作った燻製があっただろ!」

「ドクターが来たのか!? よし待ってろ。一番よくできたやつを持ってくる!」

 

 そこからは早かった。すぐさま部隊全員が集まり、大宴会となった。話題に上るのは、やはりDr.黒井鹿の今までの行動だ。

 

「ケルシーと協力して盗聴器やカメラの設置に勤しんでいたら、本業を忘れてしまってな。アーミヤに監禁されてたんだ。必要な時以外は執務室から一歩も出られなくて、もう辛かったこと辛かったこと……」

「そんなことに……。まあ、今はとりあえず飲め。飲んで忘れろ」

「ああ、ありがとう。……なかなか美味いな。何の酒だ?」

「アシッドムシの分泌液を果汁で薄めて、ハガネガニの甲殻で醸造したんだ。甘過ぎず辛過ぎず、なかなかいい出来だろ?」

「ああ、これは良い。……アシッドムシさえ手に入れば、ロドスでも作ってみるか。マトイマルあたりが興味を持ちそうだ」

「それならツマミも作ったらどうだ? バクダンムシから作ったタレが刺激的で美味くてな――」

 

 またも多数の被害者を出しそうなレシピを考案しつつ、夜は更けていく。

 全員程よく酔いが回ったところで、レユニオンの一人がポツリと聞いた。

 

「なあ、ドクター」

「なんだ?」

「言いづらいなら別にいいんだが……なんでお前は正気に戻れたんだ? 何かきっかけがあったんじゃないか?」

「…………近々、シエスタで音楽フェスがあるだろう?」

「ああ、あるな。それがどうかしたか?」

 

 

 

「……あの祭りを、みんな楽しみにしていたんだ。こんなご時世で、こんな情勢だが、だからこそ息を抜ける機会は大切にしたい。そう思っていたんだ。だが……」

「だが、どうしたんだ?」

「……今日、その前夜祭が始まったというのに、誰一人として明るい顔をしていない。それを見て正気に戻ったんだ。俺がすべきは執務室に籠もって仕事をこなすことじゃない、とな」

 

 そう、Dr.黒井鹿の本来の役目は鉱石病患者の治r――

「俺がすべきは! オペレーター達を愛でて愛でて愛でまくることだ!!」

 

 ……ハイ、ソウデスネ。

 

 そんなDr.黒井鹿の妄言を、ロドスならばサリアが止めただろう。

 だが、ここはロドスではない。すなわち、この後に待つのは……。

 

「よく言った! よく言ったぞ、ドクター!」

「そうだ、それでこそドクター(変態紳士)だ!」

「ああ、正直お前だけいい目を見てる気がしないでもないが、それでも構わん。これからも色々と横流ししてくれ!」

「ガヴィルの鱗が剥がれかけてたぞ。あれきっちり剥がれたら譲ってくれ!」

「シルバーアッシュの兄貴の毛玉とかなら言い値で買うぞ! 内臓売ってでも買うぞ!」

「おいこの銀灰教徒どうにかしろ! 目がイッてる!」

 

 御覧の通りだ。一応フォローとして記しておくと、彼らはもれなく酒を飲んでいる。そのため正常な思考ができない状態にあることをお忘れなく。

 ……まあ、酔っていようが何だろうが、まったく思っていないことは口に出しようがないのだが。

 

 そうして何だかんだと飲んでいるうちに、自然とDr.黒井鹿の横に二人の男が座った。進行役の男(イフリータ推し)サルカズ大剣士(ホシグマ推し)だ。

 

「お前たちか。久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだな、ドクター。まずは、よく戻って来てくれた」

「……我からも。やはり貴様がおらぬと、張り合いがない」

 

 前回のDr.黒井鹿訪問時、本部への報告で部隊を留守にしていた二人とは一ヶ月半以上ぶりの再会だ。当然、語り合うネタには困らない。

 三人はふっと柔らかい笑みを浮かべ――

 

「おっし、そんじゃ前回の続きだ。『ロドスの中心にいるのは誰なのか』の議題。いいかげん決着つけようや!」

「周囲を振り回すイフリータだと言っているだろうが」

「……誰がどう見ようとホシグマであろう」

「だーかーらーなー! サリアだっつってんだろ!?」

 

 ――頭を突き合わせて議論に興じるのだった。

 

        ***

 

 飲み、食い、語り。気付けば夜が空けようとしている。

 そんな時間になっても、Dr.黒井鹿はいまだレユニオンの野営地にいた。

 

「くっ、今回も結論が出なかったか……」

「お前達が……頑固なせいで……」

「……まだまだ、だ。まだ、我の主張は終わっていない……」

 

 最早起きているのは三人だけ。残りはそこら中で酔いつぶれている。もしも今攻撃を仕掛けられれば、この部隊は為す術もなく壊滅するだろう。

 

「さて、そろそろ俺は出るぞ。アーミヤやサリアが起きる前に帰らないと怪しまれるからな」

「ドクター……また、来るだろうな?」

 

 進行役の声には不安が滲んでいた。

 またしても不意にいなくなるのではないか。その声は、言外にそう問うていた。

 

 それに、Dr.黒井鹿は力強く答えた。

 

「来るさ。来るとも。この一ヶ月、語れずにいた事がまだまだある」

「……そうか。それならいい」

「……また来い。今度は我の故郷の料理を食わせてやる」

 

 温かい眼差しを向けてくる二人に背を向け、Dr.黒井鹿は歩き始める。

 自分の居場所であるロドスへt――

「……しまった。酒を飲んだから運転ができん」

 

 ……………………。

 

「……あー、送ろうか? 移動用のバギーくらいはある」

「……ならば我は留守を守ろう。見張りすらいなくなる、というのは不用心に過ぎる」

「……すまん、恩に着る」

 

        ***

 

「それにしても、本当に監禁されていたのか?」

「ああ、そうだ。いつものようにアーミヤのアーツを喰らって気絶して、目が覚めたら執務室にいてな。それからアーミヤとサリアが交代で見張りに付いていて、ずっと抜け出せずにいたんだ」

「必要な場合以外は出られなかったと言っていたが、どんな用事なら外に出られたんだ?」

「サリアの場合は、トイレに行きたいと言えば出してくれたな」

「アーミヤの場合は?」

「……トイレに行きたいと言えば、瓶を出してくれたな」

「…………よく、生きていたな」

「ああ、我ながらよく耐えたと思っている。まあ、それでもこうして久しぶりに外に出られたんだ。終わり良ければ総て良し、だ」

「いや、外に出るのは久しぶりでもないだろう? 戦闘の指揮をしていたじゃないか」

「? なんのことだ? 俺はこの一ヶ月、一度たりともロドスの基地外に出ていないぞ」

「いや、だが俺達はたしかに戦場に立つお前を見たんだが……」

「……」

「……」

 

「「……アーミヤか?」」

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 たいへんお久しぶりです。ちょっと色々と立て込んで更新が途絶え、なんとなーく再開のタイミングを掴めずにダラダラと来てしまいました……。
 これからまたぼちぼち更新していく予定ですので、よろしくお願いします。

 それでは、明日か明後日か明々後日あたりの更新もお楽しみに!

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