うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 流行――流れ行くという字の通り、それは移ろいやすいもの。
 だが、その一瞬一瞬に一喜一憂しているものがいることを、忘れないでほしい。


第24話―おしゃれのおはなし

 時の流れとは残酷なものだ。

 少し目を離した隙に、あらゆるものが変わってしまう。

 

 例えば季節。

 例えば風景。

 例えば関係。

 

「待ってくれ、サリア。俺の話を――」

「話すことなどない。仕事にかかれ、ドクター」

 

 そう、人間関係など、移ろいやすいものの筆頭だ。

 相手と接すれば、近付く。

 相手と接しなければ、遠ざかる。

 どんな努力を為そうとも、人との関係を留めることなど出来ないのだ。

 

「これは仕事の能率に関わる話だ。早急に対策を考える必要がある、切迫した問題なんだ」

「それはお前自身の問題だろう? 私には関係ないことだ」

「いいや、違う。サリア、お前がこの問題の中心と言っても過言ではないくらいだ」

 

 そして、時に人間関係以上に流動の激しいものがある。

 ある人にとって、それは生死に直結するほどのものとなる。

 ある人にとって、それは路傍の石以下の価値のものとなる。

 絶えず動き、人々を苦しめる、それは――

 

「サリアがその尻尾と角のカバーを取ってくれれば、あとそれを存分に触らせてくれさえすれば、ついでだからあれやこれやをしてくれれば、それだけで俺は満足なんだ!」

「だけ、と言いつつ多くを要求するな!」

 

 ――おしゃれ、である。

 

        ***

 

 その日は、静かに始まった。

 

 いつものように、Dr.黒井鹿は自室で目覚めた。まず右腕に付けられた手枷をはずし、洗面所で顔を洗う。

 ……手枷が気になる? 寝ぼけたDr.黒井鹿が欲望のままに動かないように、という考えの下、ケルシー主導で造られた物だ。既に三回ほど脱出されているので、あくまで気休めに過ぎないが。

 

 顔を洗った後は、自室で朝食だ。午前4時――人によっては今から寝るという時間では、さすがに食堂も開いていない。なので、Dr.黒井鹿みずから作って食べるしかないのだ。

 

「ふむ、龍門郊外でオリジムシが大量発生。天敵であるハガネガニの減少が原因、か……。さすがに乱獲し過ぎたか。オリジムシを大量に調理……保存食に挑戦してみるとしよう」

 

 新聞の斜め読みが終わる頃には、朝食は綺麗さっぱりなくなっている。食器を流しに入れ、甲殻を袋に入れて隠せば、片付けも終わりだ。

 食休みもほどほどに、Dr.黒井鹿はいつもの服に着替え、部屋を出た。

 するとそこにサリアが通りかかった。

 

「ドクター、おはよう」

「ああ、サリアか。おはよ……ッ!?」

 

 その姿を見た瞬間、Dr.黒井鹿の全身に電撃が流れた。

 そう錯覚するほど、サリアの姿は衝撃的だった。

 

「さ、サリア……その恰好は、どうしたんだ?」

「何かおかしなところがあるか?」

「いや、おかしいわけではないんだが……」

「なら行くぞ。時間は有限だ」

 

 すたすたと歩きだすサリアの後を、Dr.黒井鹿は慌てて追った。

 一つ深呼吸をし、Dr.黒井鹿は改めて横を歩くサリアを見た。

 サリアの角と尻尾を。

 正確には、彼女の角と尻尾を覆う布を。

 

「そのカバーはどうしたんだ? まさかと思うが、怪我でもしたのか?」

「まさか。千切れでもしない限り、私のアーツでどうとでもなるさ」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「ただのおしゃれだ」

 

 ふむ、と。Dr.黒井鹿は考えた。

 たしかにサリアとて女性だ。あまりそういったことに興味があるようには見えなかったが、それは自分が鈍いだけかもしれない。思い返せばヴイーヴルのオペレーターで集まって女子会を開くなど、それらしい面も見せていた。

 なるほど、と思い、Dr.黒井鹿は聞いた。

 

「それで、本当のところは?」

「こうしていれば、合法的にお前の接触を断てると思ってな」

「そんなことだろうと思ったよ……」

 

 まあ、おしゃれと呼ぶには、サリアが身に着けているカバーは地味に過ぎるだろう。かなり暗い灰色なのだが、普段の橙色との落差でほぼ黒に見える。そのぶん服の橙色が際立っているので、なかなか格好良くなってはいるのだが。

 

「よし、サリア。こういうのはどうだろうか?」

「却下だ」

「そのカバーを脱いでくれれば……提案を言い始める前に却下するのは、さすがに酷くないか?」

「ドクターのことだ。どうせロクな提案ではない」

 

 にべもなく断られて傷心したDr.黒井鹿の感覚に、曲がり角の向こうにいるケモミミの気配が引っかかった。これは……ジェシカ!

 

「あ、ドクター。おはようございま――」

「ケモミ――ミ?」

 

 そこに立っていたのは、ゴツい防護服だった。パイオニアシリーズと呼ばれる服、そのうちの一着を纏ったジェシカだ。重装オペレーター以上の重装備である。なぜ安全な基地内でこんなものを着ているのやら。

 それでも、普段ならば耳と尻尾は無防備に露出している。いくら防護性能を上げるためといっても、それらを塞いでしまっては歩くことすらままならないからだ。

 だが、今は違った。

 

「ジェシカ、その耳は……」

「こ、これですか? バニラちゃんがプレゼントしてくれた物で……。に、似合いますか?」

「あ、ああ。似合ってると思うぞ」

 

 黒地に赤い肉球のマークがついたその耳当ては、普段の服装ならば映える事間違いなしだろう。今は防護服のせいで返り血を浴びたように見えていたが。

 ジェシカはサリアにも挨拶をすると、重い足取りで去って行った。製造所での仕事を終え、部屋に帰るところだったのだろう。

 

「サリア、もしやと思うが……」

「想像の通りだ。ああいった装身具が流行していてな。角や耳を露出させている者はほとんどいないだろう」

「Damn it!」

 

 叫び、Dr.黒井鹿は床に拳を打ち付けた。その姿からは、この世の理不尽への恨みが立ち昇っていた。

 

「誰だ……? 誰がそんな非人道的な服装を思いついたんだ!?」

「それをドクターが言うのか? 肌を見せないことにかけては右に出る者のいない、年中厚着のお前が」

「それはそれ、これはこれだ!」

 

 全身に怒りを漲らせ、Dr.黒井鹿は立ち上がった。

 そして、天まで届けとばかりに吼える。

 

I am the born of my horn, tail, and kemomimi(体は角と尻尾とケモミミで出来ている)!」

「それだとドクター自身に角と尻尾と獣耳が付いていることになるぞ」

「仕事なんてしてる場合じゃない。すぐにこの流行の源の特定と、その阻害策を――」

「……アーミヤ」

「――立てるのは仕事を終わらせてからにしようか! やるべきことを先にやらないとな!」

 

 サリアの一言によって、Dr.黒井鹿の怒気は一瞬で鳴りを潜めた。名前を呼んではいけないあの人(アーミヤ)の名は、彼に対する特攻兵器なのだ。

 

「さあ、仕事にかかるぞ」

「う、うう……やはり力が入らない……。まずは尻尾を触ってからでないと……」

「大丈夫だ。この一ヶ月、お前は誰の尻尾も障らずに仕事をしてきた。同じようにすればいいだけだ」

「それをやると大切な何かを失う気がするんだ!」

「人の大切な尊厳をゴリゴリ削っておきながら何を言う!」

 

 そんな不毛な口論をしつつ、二人は仕事に取り掛かるのだった……。

 

        ***

 

 時は流れて昼飯時。この時間の食堂はいつも混雑している。

 

「あ、いらっしゃい、ドクター! 注文は~? グムのオススメはB定食かな。今日は白身魚のいいのが入っててさ~」

「……ケモミミを1つ」

「えっ? え~っと、ドクター? 大丈夫?」

「ああ、気にしないでくれ。グム、B定食を2つ頼む」

「あ、サリアさんもいらっしゃい! B定食2つだね!」

 

 その空間は、Dr.黒井鹿にとって地獄に等しかった。

 右を見れば尻尾、左を見ればケモミミ、正面を見れば角が見える。だが、その悉くが多種多様な布で覆われているのだ。

 食事で例えるならば、極上の料理があるにもかかわらず、それがガラスケースの中にあるせいで食べられない、という状態だ。そのくせして見た目や匂いはしっかりと伝わってくるため、否応なく欲望が刺激される。

 

「ドクター、無事か?」

「…………尻尾を見ることすら出来ない世界なんて滅んでしまえ」

「駄目そうだな」

 

 B定食の載ったトレイを運びつつも、Dr.黒井鹿の足取りは怪しい。まるで夢遊病患者だ。

 

「…………人は睡眠欲、食欲、触欲の三大欲求によって生きているんだ。つまりお触りを禁じられるということは3分の1ほど死んだ状態になるということで――」

「……分かった。では、こうしよう」

 

 その姿を哀れに思ったのか、サリアがこう提案した。

 

「今日の分の仕事が終わったら、終業時間まで私の尻尾を触っても――」

「終わらせてきた」

「馬鹿な!?」

 

 Dr.黒井鹿の姿が一瞬ブレたかと思うと、その手には書類の束が握られていた。その全てに対して、必要な処理が行われている。

 

「待て待て待て! ここから執務室までだけで三分はかかるだろう!? 今の一瞬でどうやって……」

「信ずるもののためならば、物理法則すら打ち破ろう」

「物理法則どころか時空すら無視していないか!?」

 

 叫ぶサリアに、にじり寄るDr.黒井鹿。その手はそれぞれが個別の生き物かのごとく蠢いていた。

 

「ま、待てドクター。まずは食事を――」

「もう済ませてある」

「本当にどうやって!?」

 

 いつの間にやらDr.黒井鹿のB定食は完食されていた。おそらく姿がブレたうちに食べきったのだろう。揚げ物のクズ1つすら残さない、見事な食べっぷりだった。

 

「いや、だがここでは人目があり過ぎるだろう?」

「大丈夫だ。俺は気にしない」

「私が気にするんだ!」

「なに、みんな食事に集中しているから気付かないさ」

「この騒ぎに気付かないようなオペレーターはクビにすべきだ! 危機察知能力が低過ぎる!」

「ふむ、そういうことなら、うちは優秀な人材に恵まれたようだな」

 

 言われて辺りを見回せば、あれほど混雑していた食堂は人っ子一人いなくなっていた。厨房にいたグムすらどこかに消えている。

 近くの机に置かれた紙には、こう書かれていた。

 

『ごゆっくり by リスカム』

 

「リスカム!?」

「さて、サリア。覚悟はできたか?」

「い、いや、ドクターの食事は済んでいても、私の食事がだな……」

「ああ、気にせず食べていてくれ。俺は勝手に堪能しているから」

「そういうことではなくてだな!?」

「ふっふっふ、では覚g――邪悪な気配!?」

 

 サリアに飛びかかろうとしていたDr.黒井鹿は、咄嗟に横に跳んだ。その残像を突き刺す、黒い帯状のアーツ。

 

「……お二人とも、こんな時間からナニをしてるんですか」

「「アーミヤ(人為災害)!?」」

「……とても不服な呼び方をされた気がしますが、無視します。用があるのはあなただけです、ドクター」

「用と言うと……暗殺か?」

 

 アーミヤの背後から尻尾のごとく伸びたアーツは、いまだ彼女の周囲を漂っている。いつその切っ先が再度Dr.黒井鹿を襲うか分かったものではない。

 

「私がドクターを暗殺なんてするはずないじゃないですか」

「そ、そうだよな。アーミヤなら暗殺なんてしなくとも、正面から堂々と倒せる強さがあるものな」

「ドクター、そういう意味ではないぞ」

 

 なお、暗殺とは「政治的、宗教的、または実利的な理由で要人の殺害を計画し、不意打ちをもって実行する殺人」のことなので、この場合は当てはまらない。ロドスとは特に関係ない豆知識だ。

 

「ドクター、私を見て何か思うところはありませんか?」

「禍々しい」

「……へえ?」

「さーせんしたぁっ! どうか命だけは!」

 

 つい本音がポロっと零れたDr.黒井鹿。一瞬で命の危機である。生存技能を磨く前に、こういったうっかりを直すべきではないだろうか。

 

「改めて、何かないんですか? ありますよね? あるはずです」

「え、え~と……」

 

 改めてじっくりと見ても、新しい発見はない。いつも通りの大き目な服、フードから飛び出た耳、禍々しいとしか言いようのないアーツ。まったくのいつも通りだ。

 と、そこでDr.黒井鹿は気付いた。

 

「ケモミミ……」

 

 そう、アーミヤは件の耳当てを着けていないのだ。さすがに付けられるものがなかったのかもしれない。

 

「そうです。こうしていれば理性を失ったドクターが本能のままに来てくれるんじゃないか……。そんな期待を抱いていたのに、なんで真面目に仕事をしてるんですか!?」

「いつも仕事しろと言って来るのはアーミヤなのに?」

「それはそれ、これはこれです!」

「いや、それとこれとは同じじゃないか!?」

 

 ツッコミが入るも、アーミヤの耳には届かない。彼女の耳は遥か彼方のDr.黒井鹿の声は聞こえても、すぐ近くの理性的な声は聞こえないようにできているのだ。

 

「さあ、ドクター。こっちへ来てください……」

「いやアーツを広げながらそんなこと言われても……」

 

 こうなってしまっては、頼れるのはサリアだけだ。なにせ彼女はアーミヤの次にDr.黒井鹿との付き合いが長い。1人では到底無理でも、2人ならば抵抗が叶う! ……かもしれない。

 

「サリア、なんとか逃げる隙を作ろう。俺がアーミヤの気を引くからその間に……サリア?」

 

 その一心で助けを求めたDr.黒井鹿が目にしたのは、机の上に置かれた1枚の紙だった。

 そこには、こう記されていた。

 

『ごゆっくり by サリア』

 

「サリアァ!?」

 

 それが、Dr.黒井鹿の最後の声となった。

 

        ***

 

 その後、耳当てや尻尾カバーのブームはすぐに過ぎ去った。

 理由は簡単、暑いのだ。これから夏に向かうという時に、そんな物をつけていられるはずもない。さらに、あれはけっこう手入れが大変なのだ。

 

 だが、サリアはしばらく角と尻尾のカバーを付け続け、Dr.黒井鹿を大いに苦しめたという。

 

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 アークナイツのスキンはスタイリッシュでいいですよね。特にジェシカ、追加スキンで露出度が減るソシャゲを見たのは初めてです。
 ところでサリアのスキンが見当たらないんですが、どこに行けば作ってもらえるんでしょうか……?

 それでは、また次回もお楽しみに!
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