うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 記念日と言われ、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろうか。

 温かな食卓を囲む人々か、墓前に集う人々か。

 それは十人十色、千差万別。人の数だけ形が違う。
 だがそれでも、その人なりの記念日を過ごせることが最も重要なのだ。


第26話―いっしゅうねんのおはなし

 記念日というものがある。

 往々にして、それは喜ばしいものだ。

 

 例えば、誰かと出会った日であるとか。

 例えば、何かを為しえた日であるとか。

 

 例えば、何処かへ帰還した日であるとか。

 

 そう言った日を、人は祝う。

 喜びを分かち合える仲間と共に、かつての出来事を思い返すのだ。

 

 そして、ここにも一人、記念日を迎えた者がいた。

 その者は今――

 

「な、なんとか一段落……」

「ドクター、おかわりだ」

「ぴぎいいいいいいぃ!」

 

 ――喜びではなく、仕事に押し包まれていた。

 

        ***

 

 その日の朝、特別なことなど何も起こらなかった。

 

 Dr.黒井鹿はいつものように目を覚まし、いつものようにシャワーを浴び、いつものように感染生物の世話をしてから執務室に向かった。

 これまたいつものように部屋で待っていたのはサリアだ。2人のうちどちらが先に来るかは日によるが、どちらかというとサリアが先に来ていることが多い。

 そして、サリアはDr.黒井鹿に右ストレートを見舞った。

 

「いや待てなんでだ!? 俺は普通に仕事をしに来ただけだぞ!」

「……ああ、そうだな。3日間ほどサボった仕事を、な」

「…………まだ2日じゃなかったか?」

 

 Dr.黒井鹿がそう言った瞬間、今度は左フックが彼を襲った。それを避けると尻尾と右の回し蹴り。これを尻尾は受け、蹴りは流す。エフイーター直伝のカンフーである。

 

 その後も数分間、攻防が続き――

 

「……まあ、朝の運動はこのくらいにしておこうか」

 

 ――ようやくサリアが動きを止めた。

 

「仕事を始めるぞ、ドクター」

「……なあ、サリア。今のは朝の運動だったのか?」

「ああ、そうだ。軽い朝の運動だ」

「…………そうか」

 

 いくつも穴の空いた壁を見つつ、Dr.黒井鹿はため息を吐くのだった。

 

        ***

 

 とあるオペレーター曰く、ロドスの事務仕事は拷問と変わらないそうだ。

 無限に思える資料の山、こなしても増えていく未決書類、関係機関の多さから生じる手続きの煩雑さ。そういった諸々から、事務を担当する者たちは戦場に立っているのと変わらないと評されるほどだ。

 では、そんな仕事を3日間も放置したらどうなるのか。

 

「殺せ……いっそ一思いに殺してくれ……」

 

 結果はこの通りである。

 

「ほらドクター、手を緩めるな。訓練室から機材補充、食堂から人員補充、宿舎から菓子補充の要請書類だ」

「もう全部承認でいいだろ……。どれも必要なんだしな」

「駄目だ。予算は限られているからな。やるとしてもどれか1つが限度だ」

「あー、じゃあ宿舎への菓子補充で」

「それなのか!?」

 

 そんな調子で1時間が経ち、2時間が経ち、3時間が経ち……

 

「発電装置の調子が悪い、か。外部に依頼するほどではないな。あとでグレイに頼むか。次はヴァルカンから新しい金床……。自作するなら許可、ただし設置場所は応相談、と」

 

 ……7時間が経過した頃、Dr.黒井鹿は真面目に仕事に取り組んでいた。

 

 それを見たサリアは言った。

 

「ドクター、休憩にしよう」

「いや、まだいい。調子が出てきたところだからな」

「いいから休め。お前が真面目に仕事しているなど異常だ」

「酷い言いざまだな」

 

 そんな会話をしつつもDr.黒井鹿の手は止まらない。超高速で資料に目を通し、書類を捌いていく。その姿は非常に頼もしいものだ。

 だが、それを見るサリアの顔は険しい。

 

「お前がそうやって仕事を続けると、そのうち理性をなくして私の尻尾に飛びつくんだ。そうなる前に休め」

「いや、大丈夫だ。まだまだいけるとも」

「……時々、お前は私の角や尻尾を触るために仕事をしているように思えるな」

「…………そ、そんなことナイですヨ?」

 

 サリアの顔が更に険しくなり、Dr.黒井鹿の仕事スピードは更に速くなっていく。

 その気まずい雰囲気を打破したのはノックの音だった。

 

「ドクター、いる? 龍門警察との定期連絡を……ってすごい速度ね」

「ああ、スワイヤーか。そこに置いといてくれ」

「そこってどこよ。もう置き場ないんだけど?」

 

 机の上は既に紙束で占拠され、その支配領域は徐々に床を侵食しつつあるほどだ。このまま行けば出入口すら塞がれかねない。

 

「そう言えばドクター、このところ何してたの? 見つけたら即座に捕獲、生死は問わないって聞いたわよ」

「いや死なさないでくれよ!」

 

 知らぬ間に死の危険にさらされていたDr.黒井鹿。(仕事)前逃亡は死ということか。

 

「それで何してたのよ。急にいなくなるからみんな心配してたわ」

「……プレゼントを用意していたんだ」

 

 そう漏らすと、Dr.黒井鹿は机の下から包装された箱を取り出した。片手で持てる程度のサイズだ。

 

「プレゼント……誰にだ?」

「これはサリア、お前用だ」

 

 そう言って包みを渡すDr.黒井鹿。手に取ってみると見た目の割にはズシリと重い。中身は液体のようだ。

 

「ありがたくもらっておくが……いったい何のプレゼントなんだ?」

「今日で俺が救出されてから1年が経つだろう? その記念だ」

「あら、まだ2週間も経ってないはずじゃない?」

「……1年経ったんだよ。そういうことにしておいてくれ」

 

 時間軸とはいくつもある。つまりはそういうことである。

 

「この1年、みんなには色々と苦労をかけたからな。そのお礼も兼ねてプレゼントでも、と思ってな」

「苦労をかけないようにと思うなら、まず耳や尻尾を触るのをやめたらどうだ」

「サリア、それは俺にとって死と同義だ」

 

 お前の分もあるぞ、とスワイヤー用の包みも取り出したDr.黒井鹿。2人に開けるよう仕草で促した。

 

 その包みから現れた物とは――

 

『パーフェクト・サシェ~角用(ヴイーヴル向け)~』

『パーフェクト・サシェ~鱗用(ヴイーヴル向け)~』

『パーフェクト・ソフナー~耳用(フェリーン向け)~』

『パーフェクト・ソフナー~尾用(フェリーン向け)~』

 

 ――角や尻尾の手入れ用品だった。

 

「……ドクター、これは私たちへのプレゼントではなく、自分へのプレゼントと言うのでは?」

「い、いや決してそんなことは……」

「分かりきった嘘を吐くな! 明らかにお前の欲望そのものだろうが!」

 

 ド直球ストレートにDr.黒井鹿の欲望丸出しである。まあ、彼が今まで自身の欲望を隠したことがあったかどうかは不明だが。

 

 しかし、このサリアの詰問に待ったをかける人物がいた。そう、スワイヤーだ。

 

「ドクター、これ、本当にもらっていいの?」

「あ、ああ。存分に使ってくれ」

「ありがとう! これ欲しかったのよ!」

 

 意外にも好評だった。

 

「この会社の商品、今すごい人気なのよ。どこもかしこも品切れで手に入らなかったのよね~」

「そうなのか?」

「そうなのよ。これ、オペレーター全員分あるの?」

「ああ、職員全員分あるぞ。Lancet-2やCastle-3には機械油を用意した」

 

 スワイヤー曰く、一度使ってしまうと他の手入れ用品にはもう戻れないとの噂が絶えないそうだ。そのリピート率の高さも品薄の原因なのだとか。

 

「それを人数分とは……よく用意できたな」

「ああ、それは簡単だ。裏面を見てくれ」

「裏?」

 

 2人が箱を裏返すと、その右下には小さくこう書かれていた。

 

『制作協力:Dr.黒井鹿(ロドス・アイランド製薬所属)』

 

「あなたが作ってたの!?」

「いや、あくまで協力だ。だがその分の報酬ということで、今回こうして送ってもらったというわけだ」

 

 和気藹々と会話に花を咲かせるDr.黒井鹿とスワイヤーの横で、サリアは箱の裏面を見ていた。というよりも睨み付けていた。

 

「……ドクター」

「ん、どうした? サリア」

「この原材料名のところなのだが……『エキス』とは何のエキスなんだ?」

「健康に害はないタイプのエキスだ」

「…………」

「…………」

 

 瞬間、空気が凍り付いた。スワイヤーまでもが笑顔のまま固まっている。

 

「えーっと、ドクター……説明、してくれるかしら?」

「……また今度でいいか?」

「私の同僚にもこれ使ってる人けっこういるし、何より危ない物なら龍門で売らせるわけにはいかないし……。というわけでドクター、ちょっと任意同行してもらえる? ちなみに拒否権はないわ」

「任意の意味を調べて来い!」

 

 叫ぶと同時にダッシュ開始。しかし出入口は既にスワイヤーの鎖によって封じられていた。そしてそこに襲い来るサリアの拳。あまりに迅速な連携だ。

 しかも、その拳も普段のそれではない。スワイヤーの指揮によって鋭さを増しているのだ。これにはDr.黒井鹿も逃げの一手である。

 

 そして出入口以外から逃げるとなれば、脱出口はただ一つ。天井のダクトである。

 

「はっはっは、ではさらば! 俺はオペレーターたちにプレゼントを配ってくる!」

「待てドクター! ダクトはまずい!」

「三十六計逃げるに如かず、まずかろうがうまかろうが逃げ切れば勝ちだ!」

 

 狭い室内を走り、壁を蹴って勢いをつけるDr.黒井鹿。ダクトに通じる格子を蹴破って中に入ると――

 

「ドクター、お待ちしてました」

 

 ――アーミヤがいた。

 

 その後のDr.黒井鹿がどうなったかは誰も知らない。しかしその日、ロドスのあちこちで彼のものらしき悲鳴を聞いた、という報告が上がったという……。

 

        ***

 

 後日、件の手入れ用品を成分分析したところ、怪しい成分は検出されなかったそうだ。

 そしてロドス内部は「ドクターが協力したんだから性能は確かなはず」派と「ドクターが協力したんだから何かヤバいものが入っているはず」派に分かれて争ったという。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 最終投稿が去年の4月というのを見て、自分で愕然としていました。どうにもコロナ禍に入ってから時間間隔がおかしいです。コミケがないせいですかね。

 さて、なぜか時計の日付が1月17日となっていますが、アークナイツ的には午前4時までは16日のはず。というわけで1周年の記念日に投稿できました! (詭弁)

 それでは、次回の更新もお楽しみに!
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