うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 忙しい時、辛い時ほど休息は必要だ。
 世界が滅びかけていようと、強大な敵が待ち受けていようと、まずは一服力を抜く。
 そういう精神が、いざという場面で好機をもたらすのだ。

 働けドクター、死なない範囲で!
 休めドクター、捕まらない範囲で!


第3話―きゅうそくのおはなし

 Dr.黒井鹿の朝は早い。

 

 日の出る前から起き出し、まず行うのは基地の巡回だ。夜通し働いたオペレーターたちを労いつつ、その成果を確認する。定期的に確認に行かなければ、基地の機能が止まってしまうからだ。

 その後、徐々に起き出したオペレーターたちを引き連れて日課の周回に向かう。月・木・土・日曜日はひたすら輸送任務を受け続け、4日間で1週間分の活動費用を稼ぎ出す。その他の曜日も殲滅戦の演習を行ったり、昇進やスキルのランク上げに必要な資材を取りに行ったり、食料用のハガネガニを捕獲しようとしてオペレーターたちにどつかれたり、とやるべきことは尽きない。

 だが、それらをやり遂げる前に理性回復回数の方が尽きてしまうのが常だ。まだ舞える、などと謎の主張を繰り返しつつオペレーターたちに引きずられ、ロドスに戻って来るころには事務仕事が出来るだけの理性が回復している、という具合だ。

 その後は理性が回復するたびに「周回に行きたい」と愚痴りつつ、サリアやアーミヤによる監視のもと資産運用や各地の組織との情報共有について指示を出し、一区切りつけば周回に乗り出す。

 そうこうしているうちに日が沈むと、資源節約ということでDr.黒井鹿は早々に眠りにつく。

 毎日がこの繰り返しだ。

 

 ……これは人間に行える生活だろうか?

 

 いくら不治の病――――仕事病(ワーカホリック)にかかっているDr.黒井鹿とはいえ、一切の休息なくこの生活をこなすことは不可能だろう。体力もそうだが、精神が先に朽ち果てそうだ。

 ならば、彼は一体いつ休んでいるのだろうか?

 

 睡眠? 否だ。それは身体と頭脳のための休息であって、精神の休息ではない。

 戦闘? 否だ。彼は戦闘行為によって快感を得るほど屈折した嗜好をしていない。

 やはり休憩していない? 断じて否だ。彼はそんな超人ではない。割と普通の人間なのだ。はいそこ。オリジムシを食べるやつは普通じゃないとか言わないよーに。今けっこう真面目な話をしてるので。

 

 彼はいつ、どこで、どのように精神の安定を図っているのか。

 その答えが、ここにある――――!

 

「は~、やっぱりサリアの尻尾は生き返るわ~……。この時間のために俺は生まれたのか……」

「……ドクター、感想を口に出すのは止めてくれと、以前言ったはずだ」

 

        ***

 

 Dr.黒井鹿は、ある種族特有の要素に萌えたり燃えたりするタイプの変態である。

 

 ウルサスならばその丸っこい耳に。

 コータスならばピンと立った耳に。

 アスランならばタテガミのような髪と尻尾に。

 フェリーンならば毛皮に覆われた、自在に動く尻尾に。

 ループスならば、内に秘めた思いを表す尻尾に。

 ペッローならば、ブンブンと風を切って振られる尻尾に。

 ヴァルポならば、相手を誘うように緩やかに動く尻尾に。

 フォーティならば、天を突く逞しい角に。

 カプリーニならば、知性を体現したかのような角に。

 エラフィアならば、袋状になった耳に。

 アナティならば、短い毛で覆われた尻尾に。

 ザラックならば、はしっこさを実現する尻尾に。

 リーベリならば、髪と一体化している羽毛に。

 クランタならば、スラッと伸びた尻尾に。

 サヴラならば、全身を覆う鱗に。

 ペートラムならば、背中に残る甲殻に。

 オニならば、時に狂気の源ともされる角に。

 サンクタならば、まばゆく輝く光輪に。

 サルカズならば、隠そうとも隠せない尖り耳に。

 アダクリスならば、硬い鱗に覆われた尻尾に。

 

 そして、ヴイーヴルならば――――

 

「この程よく筋肉が感じられる尻尾……。獣毛系の尻尾も良いが、こうして相手の熱を感じられるのはやはり良いものだな」

「だから感想を言うなと言っているだろう」

「それは無理な相談だ。サリア、お前だって自分が素晴らしい物を見つけた時、他人に自慢したくなるだろう?」

「それを本人に言うのが非常識だと言っている」

 

 二人の逢瀬――――と呼ぶにはあまりに一方的な交流は、基地の隅にひっそりとある執務室で行われていた。

 有事の際に備えて地図に載っていないその部屋は、Dr.黒井鹿が一日の大半を過ごす場所だ。

 基本的に何か用事が無ければ入室は許されず、そもそも用も無しに近寄る輩がいない。そんな場所だった。

 

 つまり、Dr.黒井鹿が休息(変態行為)に及ぶのに適した部屋というわけだ。

 

「ドクター、そろそろ仕事に戻れ。かれこれ三十分は私の尻尾を触っているぞ」

「大丈夫だ。今やれる仕事は全て終わっている。後はドローンの充電とショウの体力回復が終わってからだ」

「まったく、無駄に仕事の早いやつだ……」

 

 頭痛に耐えるかのように目頭を揉むサリアの前にあるのは、オペレーターたちのカルテだ。これらの管理はケルシーの管轄なのだが、彼女はアーミヤによって食堂の給仕係に駆り出されている。死に体で仕事をこなす彼女を見かねて、サリアがこっそり手伝いを申し出たのだ。

 

「悪いな。俺がその仕事も手伝えれば良かったんだが」

「いや、これは私が引き受けた仕事だ。そもそも、ドクターは働き過ぎなのだから、これ以上仕事を増やそうとするな」

「俺と同量の仕事をこなしているサリアに言われると、堪えるものがあるな」

「誰かがやらねばならないことだ。ならば、私がやるさ」

 

 それからはしばし無言の時間が続いた。それぞれが、それぞれの為すべきことに集中する。

 

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにむに。

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにむに。

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにむに。

 カリカリカリ、もにょもにょもにょ。

 ペラペラペラ、むにむにぺろっ。

 

「~~~ッ! ど、どど、ドクター! いま私に何をした!?」

「? 尻尾を舐めただけだが?」

「な、舐め、なななめ!?」

「落ち着け、サリア。急にどうしたんだ?」

「それはこちらの台詞だっ! 貴様、いったいどういうつもりだ!?」

 

 Dr.黒井鹿、記念すべき「お前」呼びから「貴様」呼びへのランクアップである。なお、最終ランクにあるのが「あなた」なのか「抹殺対象(ターゲット)」なのかは気にしてはいけない。

 

「突然舐めてしまったことは詫びよう。サリアの目には舐めた態度と映ってしまったかもしれない」

「もう一度ふざけた冗談を言ってみろ。エナメル化したカルシウムの硬さをその身に刻んでやる」

「それは勘弁してくれ。……ああ、俺の言うことなど信用ならないかもしれない。だが、これだけは信じてくれ」

 

 右ストレートの構えに入ったサリアに向けて、Dr.黒井鹿はあくまで冷静な声で語りかける。

 その真摯な態度に思うところがあったのか、サリアの動きは腕を後ろに引いたところで止まった。

 

「俺は下心でサリアの尻尾を舐めたんじゃないんだ」

「では、なんだと言うのだ?」

「出来心だ」

 

 引き絞られた右腕が解放され、一瞬前までDr.黒井鹿が座っていた椅子を粉砕する。その拳は青白いアーツの光に包まれており、反対に顔は真っ赤に染まっていた。この赤さを羞恥によるものだと考える輩がいた場合、即刻頭の病院に向かうことをお勧めしておこう。

 Dr.黒井鹿とて伊達に戦場に出向いているわけではない。オペレーターから手解きを受け、護身術程度は身に着けている。それでも、今の一撃を避けられたのは奇跡に近かった。

 

 その奇跡を自覚しているのかいないのか、Dr.黒井鹿は更に燃料を投下していく。

 

「サリア、考えてもみてくれ。俺はこのところずっと、お前と二人で、この部屋で仕事をしてきた。その間中ずっと、俺はお前の尻尾を見せつけられ続けていたんだ。理性のたがが外れても、誰が責めることができる?」

「私は出来るぞ!」

「そうは言っても、尻尾を見せてきたのはサリアだろう? 俺はその誘いに乗っただけだ」

「人を痴女のように言うなぁっ!!」

 

 両拳、両足にアーツの光を纏い、狭い部屋を疾走するサリア。対するDr.黒井鹿は最小限の動きで攻撃を躱し、すれ違いざまに相手の尻尾を触るほどの余裕を見せている。

 あからさまにおちょくられている状況に業を煮やしたのか、サリアが奥の手を発動する。

 

「『硬質化』!」

「ッ!」

 

 ずん、とDr.黒井鹿の身体が重くなる。サリアの広域アーツ『硬質化』の効果だ。範囲内の味方を回復させ、敵の身体を変調させる。

 

「ふっ、サリア。技の選択を誤ったんじゃないか? これでは意味が無いぞ」

 

 だが、Dr.黒井鹿はかえって余裕の表情だ。

 

 そう、『硬質化』はたしかに強力なアーツだ。

 だが、その代償として彼女はアーツの維持以外の行動が取れなくなるのだ。

 

 その煽りを受け、サリアが示した表情は――――

 

「!?」

 

 ――――笑顔だった。それもニヤリ、という感じの、かなり悪めのやつだ。

 

 一拍遅れて、笑顔の理由が部屋に入って来た。

 

「ドクター、サリアさん、何があったんですか!? この部屋からすごい物音が……」

 

 アーミヤである。

 

「アーミヤ、実はこういった事情でな――――」

 

 アーツを維持しつつ、サリアはアーミヤに事の顛末を伝えた。Dr.黒井鹿もなんとか弁明しようとしたのだが、弱体化を強められ、あえなくダウンした。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

 ふぅ、と溜息を一つ吐き、アーミヤが右腕を上げる。

 

「ドクター、あなたならご存知ですよね。サリアさんの『硬質化』の効力を」

 

 知らない訳が無い。なにせ、いつも戦場でその力を目の当たりにしているのだから。

 

「対象のアーツ被ダメージの増加――――どうかその身で味わってください」

 

 後日オペレーターたちは語る。その日、基地のどこかから怨霊の断末魔のような声が聞こえてきた、と……。

 

        ***

 

 後日、執務室にて。

 

「ドクター、あれから大事ないか?」

「ああ、問題無い。1週間ほど生死の境をさ迷っただけだ」

「まあ、その、なんだ。少しやり過ぎたと反省している。すまなかった」

「いや、俺の方こそすまない。いきなりあんなことをされれば、あの反応は当たり前だ」

「……そう言ってくれると助かる」

「そうだ、サリア。折り入って話があるんだが」

「ああ、なんだ?」

「……尻尾を舐めさせてくれないか?」

「……貴様、何を言っている?」

「いや、急にするのが駄目なら、許可を取ればいいんじゃないか、と思ってな」

「よしドクター、そこに直れ! もう一度、黄泉の国へ長期旅行に行かせてやる!!」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ノリノリで書いたあげく、投稿予約しておくのを忘れました。ようやく気付いたのがこんな時間です。ライターズハイって怖いですね。

 ではでは、次回(おそらく明日)もお楽しみに。

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