うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 自分だけの基地があれば……そんなことを考えたことは無いだろうか?
 樹上であったり、地下であったり、空中であったり。
 人の数だけ理想の基地があると言えるだろう。

 年を取って来ると変に現実的になり、なかなか夢想出来ない内容だ。
 だが、年を取っているからこそ思い描ける基地があるはずだ!

 そんな思いとは(ほぼ)関係無い内容です。


第4話―ぞうかいちくのおはなし

 万物は移ろいゆく。

 そこに原因はあれど理由は無く、意味はあれど意思は無い。

 動いている物は動き続け、止まっている物もふとした弾みに動き出す。

 そうしてこの世は廻っている。

 

 なればこそ、人はそれに歯向かうのだ。

 

 木を組み、石を積み、鉄を打つ。

 為すべき事が変わっても、人は理由と意思を持って万物を時に移ろわせ、時に留めさせて来た。

 

 そして、ここにその流れを汲む人の子らがいる。

 

「上官これ以上は無茶です撤退すべきです」

「何を言っている。まさにこれから、というところじゃないか」

 

 恵みと災いを同時にもたらす自然から身を守る。

 その一点すら進化させて切れていない人類の、その最前線で戦う者たち。

 地上だけでなく、地下までも生活圏とした、飽くなき開拓魂を秘めた冒険者(フロントランナー)

 

「さあショウ、上級補強材の加工、張り切って行こう! なに、あと精々30個程度だ」

「嫌です無理です撤退許可を求めます!」

 

 ……であると同時に、一度動き出したら自ら弾みをつけて加速する暴走者(スピードジャンキー)でもある。

 

        ***

 

 始まりは静かなものだった。

 

「サリア、聞きたいことがあるんだが」

「何だ? 変態的なことでなければ何でも聞こう」

「俺はサリアに変態的な話をしたことなど一度も無いぞ?」

「……また肉体言語で話し合う必要がありそうだな」

 

 すっ、と右腕を引いたサリアを見て、Dr.黒井鹿は即座に両手を頭の後ろに回した。万国共通の「降参」のポーズだ。決してアブドミナル・アンド・サイではない。

 

「はぁ。それで、聞きたいこととは何だ?」

「ああ、重要な案件だ。サリアの3サイズはオーケー分かった俺が悪かっただからアーツは止めるんだ!」

「……ドクター、この間龍門の者から聞いた格言がある。〝仏の顔も三度まで〟というものでな」

「……つまり?」

「ドクター。私は、仏では、ない」

「…………肝に銘じておこう」

 

 サリアがアーツを収めると、Dr.黒井鹿も腕を下ろした。顔が見えないので、本当に反省しているのか分からないのが難点だ。

 

「本題なんだが……ランク8以上へのスキル強化をするには、どうすれば良いんだ?」

「そんなことか。それなら基地に訓練室を造ればいい」

「訓練室か。なるほど、今以上の習熟を望むのなら、それ相応の環境を整える必要がある、ということか」

「そういうことだ。それにしても、だ。ドクター、意外ときちんと考えているのだな」

「どういうことだ?」

「いや、最近のドクターを見ていると、真面目に物事を考えているとは到底思えなくてな……」

 

 まあ、近ごろのDr.黒井鹿と言えば言動の9割が奇行と変態行為(主にサリア相手)で構成されている。信じられないのも無理は無い。

 残りの1割? 周回だ。

 

「腐ってもロドスの指揮官だからな。為すべきことは為すさ」

「それと同じように、為すべきでないことは為さない努力をしてもらいたいものだ」

「それは無理な相談だな」

 

 サリアの苦言をDr.黒井鹿は平然と受け流す。もはや定型句になりつつあるやり取りだ。

 

「それじゃ、その訓練室というのを造ればいいんだな? それならB205の空きスペースに――――」

「待て、ドクター。そこは事務室の予定地だっただろう? 最初に決めた設計通りにやるべきだ」

「くっ、そうだったな……。資材搬出の関係で加工所がB105、通信設備の都合で事務室がB205。ということは、訓練室を造れる部屋は……B305か」

「そうなると、先に制御中枢を強化しなくてはな」

「オペレーターの育成ばかりにかまけていたツケが回って来たか。まあ、いつかやらなくてはならなかった事だ」

 

 基地の地図を携え、Dr.黒井鹿は執務室を後にした。

 そう、全ては訓練室を造り、サリアを更に強化するため—―――!

 

「……ところで、一番上のBだけでも教えてくれないか?」

「貴様B3まで直送してやろうか!?」

 

 強化より先に狂化が入ったサリアであった。

 

        ***

 

 訓練室を造ろうと思えば、必要になるのが中級補強材と上級補強材だ。これらは炭素材を特殊な方法で加工することで作られる物で、基地の増改築には欠かせない。

 

「という訳で、これから炭素材を集めに行く。ショウ、クリフハート、今回の要はお前たちだ。しっかり頼むぞ」

「了解です」

「任せといて~」

「残りのメンバーはいつも通り頼む。特別強いわけではないからな。そう苦戦することは無いはずだ」

「了解した。私が抑えて、術師たちで一斉攻撃すればいいのだろう?」

「ああ、そうだ。よし。資源確保任務SK-3およびSK-5、周回開始!」

 

 やるとなれば徹底的に。Dr.黒井鹿は一日で必要個数の中・上級炭素材を揃えた。

 当然のように「それじゃ龍門弊も集めよう!」などと言い出した彼をアーミヤが慣れた手付きで気絶させ、ロドスに帰還してから早1日。

 

 地獄は続いていた。主に冒頭の場面の宿舎とかで。

 

「どうしてですか何故小官ばかりが昨日から働き通しなのですか!」

「適材適所、というやつだ。Sk-5の攻略において、あの働きが出来るのはショウだけだ。だから起用した」

「それは有難いお言葉ですがそれと小官の現状がどう結びつくのですか?」

「そして、この基地で建築資材の加工スキルを持っているのもショウだけだ。なに、休息はしっかり取っているだろう?」

「休息してようやく回復したところに毎度上官がやって来るので全く気が休まらないのです!」

「そうか。まあ、身体が休まっているのなら、3日くらい不眠不休でも大丈夫だ」

「それは上官の働き方と考え方が異質に過ぎるだけではないかと」

 

 要塞殲滅作戦、通称SK-5の戦場には落とし穴が多い。敵が用意したのであろうその仕掛けを利用することで、半数近い敵を戦うことなく無力化できるのだ。

 そのためにはロープ、クリフハート、ショウといった敵を移動させることに長けたオペレーターの力が必須だ。

 中でもショウは重量級の重装隊長すら突き落とすことが可能で、この作戦に欠かせない存在となっている。

 

 それと同時に、ロドスに在籍しているオペレーターの中で、建築資材の加工に最も秀でているのもショウだ。少しずつ余った炭素材を集めて補強材を作り出し、炭素材の余剰を生み出す技術は、未だ誰も模倣出来ていない。

 

 普段はなかなか出番が無いのだが、いざ出番となるととことん使い倒される。それがショウというオペレーターの在り様なのだ。

 

「そもそも未だドローンの充電が完了していないはずですならばこれ以上補強材を作成しても無意味です!」

「それは2つの意味で間違いだ。今使わなくともいつか使う資材なのだから、作っておいて無意味ということは無い。そして、ラヴァ、イフリータ、Lancet-2のおかげでドローンの充電は終わっている。さあ、仕事の時間だ」

「上官は鬼ですか!?」

「オニを侮蔑語として使うのは感心しないな。ホシグマたちに失礼だ」

「では悪魔ですか!?」

「今度はヴィグナたちに喧嘩を売る気か?」

「決してそういう意味ではありませんただの比喩表現です!」

 

 断固として2段ベッドの上段に籠城を決め込むショウ。どうしたものか、と考えこむDr.黒井鹿に向けて、下段でリンゴを向いていたクリフハートが声をかけた。

 

「ドクター、さすがに休ませてあげたら? 嫌々やっても成果なんて出ないだろーし、それなら彼女以外にやらせても同じことでしょ?」

「それはそうだが……」

「ほら、いつもの周回にでも行ってきなよ。今日はまだでしょ?」

「と言われても、今のところ緊急で必要な資材は――――」

 

 その時、見計らったようなタイミングでサリアが部屋に入って来た。その手には書類の束が抱えられている。秘書業も板についたものだ。

 

「ドクター、またしても龍門弊が底をつきそうだ。早急に手を打つ必要がある」

「この間溜めたばかりだろう? 何故急に無くなったんだ?」

「補強材の加工だ。特に上級補強材を作るための機械は繊細で、1回ごとにメンテナンスするせいで金がかかる。ほぼ輸送任務1回分だな」

「……はぁ、今日の周回場所が決まったな」

 

 助かった、とばかりに目を輝かせるショウに、Dr.黒井鹿は1枚の紙を手渡した。

 

「上官これは何ですか?」

「俺が帰って来るまでに作っておく補強材のリストだ」

「上官には人の心が無いのですか!?」

「そう言うな。訓練室の建造が終わったら、お前の好きな物を奢るから」

「……小官は高級ナッツ詰め合わせがたらふく食べたいです」

「用意しておく」

 

 こん、と拳を合わせて約束の印として、Dr.黒井鹿はサリアと共に部屋を出た。

 

「……では作業に参ります」

「あれ、もう行くの? さっきはあんなに嫌がってたのに」

「…………不服ではありますが報酬の分は働くのが小官の主義ですから」

「そっか。それじゃ行ってらっしゃい。リンゴ用意して待ってるよ~」

「ありがとうございます」

 

 まだ休めと叫ぶ理性を無視して、重い手足を動かして、それでも期待に応えるために、ショウは部屋から一歩を踏み出した。

 

「――――それでサリア、せめてBの10の位だけでも――――」

「一足先に上まで行っていろ!」

 

 とりあえず、その瞬間に聞こえてきた会話と轟音は、幻聴だと思ってやり過ごすことにしたショウだった。

 

        ***

 

 後日、訓練室にて。

 

「あの、馬鹿ドクターは、一体、何が、したいんだ!」

「サリア殿、どうなさったのです? いつも冷静なあなたらしくもない」

「……ああ、すまない、ホシグマ。少し取り乱したようだ。もう大丈夫だ」

「そうでありますか。ああ、ドクターといえば、このところドクターの執務室からあられもない声が聞こえてくる、という噂があるのですが、サリア殿は何かご存知で――――」

「…………なえ」

「は、なんと?」

「……………………記憶を失ええええぇぇぇ!!」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 ようやくB401の宿舎が解放された弊ロドスです。さて、後は各施設のレベル上げだけ……ショウ、そんな目でこちらを見ないように。

 ではでは、次回(明日に出来ると嬉しい)もお楽しみに。


追記:タイトルの「第4話」を書き忘れていたため、追加しました(2月3日)。

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