うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

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 祝いの席とはめでたいものだ。
 それが自分とは無関係のものであっても、何となく気分が上向く。
 そんな不思議な魔力が、祝い事には込められている。

 しかし忘れてはいけない。
 この世の全ては等価交換。
 誰かが祝われる立場にいる時、その裏で誰かを呪う立場に立つ者がいることを……。


第5話―おいわいのおはなし

 誰かが言っていた。人とは争う生き物である、と。

 

 二人いれば差が生まれ、三人いれば派閥が生じる。

 社会的な生物を自称する割に、人の性質はとことん集団生活に向いていない。

 外の敵より内の敵を探し、全体にとって不都合であっても自らの都合を優先する。

 

「皆、こんなことは止めるんだ。この行為に意味は無い」

「……そんなことは分かっています。それでも、そうだとしても、やらなければいけない時というものがあるんです」

 

 だが、それでも人は団結して生きてきた。

 時に衝突し、時に決別し、それでも一つの集団として生きる術を磨いてきた。

 自らを律し、他者を律し、集団の安定が崩れないように我慢を重ねて生きてきたのだ。

 

 ただ1つ、その出来事が起こるまでは。

 

「それではみなさん! 呪、サリアさん昇進2段階Lv90パーティを始めますよ! 主催はこの私、昇進1段階Lv40のアーミヤで送りさせていただきます!」

「「「YEAH! Let's Party! 」」」

 

        ***

 

 B401宿舎。

 そこは混沌(カオス)としか言いようのない空間と化していた。

 

「終わりだよな? これでひとまずLS-5周回は終わりだよな!?」

「シュッと捕まえて引く。シュッと捕まえて引く。シュッと捕まえて……」

「分かるか? いくら動かないって分かっててもな、術師が重装兵目の前にしたら怖いんだよ!」

「ドクターの居ぬ間に酒盛りだ! 飲め飲め~」

「オリジムシは念入りに刺す。オリジムシは念入りに刺す。ハガネガニは落としてもらう……」

「瀕死→回復→瀕死のループはもう嫌ー! 私にも作戦記録見せてよ!」

 

 酒によって各々の暗部が垂れ流される中、一際暗い一角があった。

 部屋の隅に凝ったようなその暗闇こそ、このパーティの中心たる場所だ。

 

「サリアさん、まずは最大レベル到達おめでとうございます」

「……アーミヤ、こんなことをして、何が目的だ?」

 

 そこにいるのは主賓のサリアと、主催者のアーミヤ。

 ロドスを支える大黒柱と屋台骨だ。

 

「目的なんて決まってるじゃないですか。サリアさんの成長を呪……祝うためですよ」

「嘘をつけ! 後ろの垂れ幕にしっかり〝呪! サリアさん育成完了!〟と書かれているじゃないか!」

「目の錯覚ですよ。作戦記録の見過ぎで、目が疲れてるんじゃないですか?」

 

 なお、この場に限っては被告人と処刑人の間柄でもある。

 

「これで晴れてHP・防御力の2冠達成ですね」

「じ、術耐性と攻撃力はアーミヤの方が高いだろう?」

「そうですね。HPは半分以下なので、私の方が打たれ弱いですけど。攻撃要員である術師の私と防御要員であるサリアさんなのに、攻撃力の差が25しかありませんけど」

 

 アーミヤの口調に普段のハキハキとした調子はなく、ひたすら暗く澱んでいる。

 いや、口調だけではない。意外とよく動く表情は死に絶え、前髪の隙間から覗く瞳は瞳孔が開ききっている。

 

「ねえ、サリアさん……」

「……何だ?」

「……どうして、私じゃないんでしょうか?」

 

 ポツリ、と。アーミヤの口から言葉が零れる。

 

「私だって分かっています。サリアさんのような前線の方たちが頑張ってくれているから、私たち術師は攻撃に専念できるんです。まず土台を固めなければならない。そんなことは分かってるんですよ……」

 

 それは、彼女がずっと秘めていた想い。

 言ってはならないと自らを戒め、胸の内に隠し続けていた想いだ。

 

「だから、これは私の我儘です。もっと頼ってほしい。もっと頼られる存在になりたい。何があってもドクターを守れるくらい強くなりたい。……ドクターに一番想ってもらいたい。全部全部、ただの我儘です」

「アーミヤ……」

 

 そうして抑え続けたものだからこそ、一度流れ出してしまえば容易には止まらない。

 躊躇いがちにポツリ、ポツリと紡がれていた言葉は、今では後から後から出てくるようで、次の言葉に押されてつかえているようだ。

 

「それでもロドスのため、みなさんのため、ドクターのためだと自分に言い聞かせて我慢してきたんです……」

「アーミヤ、君は――――」

 

 そのつかえが取れれば――――

 

「でもドクター! さすがに他のメンバーの昇進をほったらかしてスキルランク10を優先するのはどーかと思うんですよサリアさんはどー思います!?」

「ちょっと待ってくれ! それは初耳だぞ!?」

 

 ――――言葉は今こそ奔流となる。

 

「だって今日のドクターの周回予定、明らかにサリアさんのスキル強化素材を取りにいくつもりでしたよ?」

「いや、だが今日はいつも通りLS-5周回を行ったような……」

「そこは私が一服盛って考えを改めてもらいました」

「サラっとドクターの扱いが酷くないか?」

「ちなみに薬の調合はサイレンスさんにお願いしました」

「サイレンスー!」

 

 轟々と流れ出る言葉の波に、サリアは押され気味だ。そもそもアーミヤは基本的に大人しい性格なため、このように人に詰めよって声を荒げること自体が稀なのだ。えてしてそういうタイプこそ、いざ行動を起こした時の凄みがある。彼女はまさしくその典型例だ。

 

「なんでですかドクター! なんでいつもいつもいつもいつもいつもサリアさんばっかり!」

「あ、アーミヤ。とりあえず少し落ち着いて話を――――」

「おっぱいですか? おっぱいなんですね!? 私のおっぱいが永遠の0だからですか! これでも頑張って寄せて上げればギリギリ揉めるくらいにあるんですからね!?」

「落ち着けアーミヤ! 私とて胸は無――――って、何を言わせる気だ!?」

「嘘です! 私知ってるんですから。サリアさんって服で誤魔化してるだけで、実はそれなりにあるじゃないですか! 私の目は誤魔化せませんよ!」

「比較の問題だ! 胸の豊かさを言うならばシージやスカイフレアの方がよほど……ってアーミヤ! どこに手を入れている!?」

 

 言葉はいつの間にか濁流となり、行動にまでその効果を及ぼしていく。

 サリアの背後からアーミヤの魔の手が這い寄り、その身体を蹂躙していく。左手は首元から服の内に潜り込み、右手はすらりと伸びた脚を撫で回している。Dr.黒井鹿すらそこまでしたことは無いというのに。

 

「この掌に収まる安心感、張りのある肌に適度な柔らかさ……。たしかにこれは良いですね。病みつきになりそうです。それに滑らかな生足……なるほどこういうのがドクターの好みなのですね。私も足を出した方が良いんでしょうか……いえ、ここは差別化を図るべきですね」

「ひ、人の身体を冷静に分析するなぁ!」

「それにしてもサリアさん、昇進2段階になって露出増えましたよね。首元が空いて色っぽい鎖骨が見えるようになってますし、長袖で覆われていた腕も透明素材のおかげで見えるようになってます。それに何ですかこの脚! 太ももからバッチリ見えちゃってるじゃないですか! これは同性の私でも誘われてるようにしか見えませんよ」

「こ、これは機能性を追求した結果であって、決してそのような淫らな思惑があるものでは――――」

「本人の意思がどうあれ、いやらしいものはいやらしいです。くぅ、クロワッサンさんみたいに開けっ広げなら大丈夫なのに、サリアさんだとどうしてこうも……」

「あ、アーミヤ! いい加減に――――」

「すみません、今いいところなので黙っててください」

「んむ~~~~!?」

 

        ***

 

 こうして、アーミヤによる抜け駆けへの制裁という名のセクハラは、サリアが力尽きるまで続けられた。周囲も好き勝手酔っぱらっていたため、誰にも見とがめられなかったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。

 ……余談だが、兎にも発情期があり、その期間中はどーしよーもない状態になってしまう、と記しておこう。あくまでも余談だが。

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 真面目にいつ頃アーミヤを強化しようか考えつつ、とりあえず次の育成対象をホシグマに定めました。硬さは正義だと信じています。

 それでは、またのお越しをお待ちしております(明日も次が出ると思いますので)。

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