うちのろどす・あいらんど   作:黒井鹿 一

7 / 29
 呪いの宴が開かれた夜。その裏で動く二つの影があった。

 ロドスの核たるその二人は、狂乱の宴に何を見るのか……。


 という、第5話の裏話です。


第5.5話―うらのおはなし

 好奇心は猫を殺す。

 

 九つの命を持つと言われる猫ですら、自らの好奇心に殺される。

 そんな風に自らを戒める格言だ。

 

 だが、好奇心なくして今日の人の繁栄は無い。

 どうすればより安全な住居を造れるのか、

 どうすればより簡単に食料を入手できるのか、

 どうすればより良い生活を送れるのか。

 そういった好奇心・探求心がなければ、このか弱い生物はとうの昔に滅びているだろう。

 

「ドクター、気にならないのかい? いや、そんな訳はないな。ただのやせ我慢か」

「……何とでも言え。俺はそれを見る訳にはいかない」

 

 それでも、踏み越えてはいけない一線というものがある。

 

 その先を見れば、ただでは済まない。

 その先に至れば、二度とは帰れない。

 

 そういった一線は、たしかに。存在するのだ。

 

「見たまえ、ドクター。この乱痴気騒ぎ、なかなかの絶景じゃないか」

「ケルシー、アーミヤにバレたら後が無いぞ?」

 

 例えば、乙女の集会を覗き見る、だとか。

 

        ***

 

 事の起こりは少し前に遡る。

 

「おはよう、ドクター。良く眠れたかな?」

「……ケルシー? ここは……医務室か。俺は執務室で仕事をしていたはずなんだが……」

「ふむ、どこまで覚えている?」

「たしかこれからの周回計画を立てていたら、アーミヤがココアを持って来てくれたんだ。いつもコーヒーばかりでは身体に悪い、と言って」

「君はそれを飲んだわけだ」

「ああ。そして気付けばここにいた。……あのココアには何が入っていたんだ?」

「過労ではなく服薬を疑うか。君もおかしな生活を送っているな、Dr.黒井鹿」

 

 眠気覚ましなのか、ケルシーはコーヒーを入れた。自分の分をビーカーに、Dr.黒井鹿の分をフラスコに入れ、話を再開する。

 

「まあ、君の読みは正しい。あのココアには睡眠薬が入っていたんだよ」

「睡眠薬か。穏当だな」

「一服盛られたことを穏当と呼べるかは分からないが……まあ、毒性のあるものではない。その分別は残っていたようだな」

「で、ケルシー。なぜ君はそれほど状況に詳しいんだ?」

「もちろん、私も一枚噛んでいるからだ。サイレンスが聞いてきたんだ。『この薬をドクターに飲ませたいのだけど、アレルギーとか大丈夫?』とな」

「まったく悪びれないな、君は……」

 

 オリジムシの件でアーミヤにしこたま怒られてからというもの、Dr.黒井鹿とケルシーの間には不思議な共闘関係のようなものが生まれた。気質が似ているのか、互いの言動に共感できる部分が多いことも、その関係を助長していたのだ。

 

「それで、いったい何が起こっているんだ?」

「ちょうど今日、サリアの育成が終わっただろう? そのお祝いだ」

「まだ終わっていない。スキルランクがまだ7/8/8だ」

「それを普通は育成完了と呼ぶのだよ」

 

 一旦Dr.黒井鹿に背を向け、ケルシーが手元のコンソールを操作する。

 すると、それまでオペレーターたちのカルテを映していた端末の画面に、別の映像が表示された。

 

「これは……B401宿舎か」

「ああ、ここが祝賀会の会場だ。壮観だろう?」

 

 そこは奇妙な空間だった。

 

 真面目な顔をして議論を交わしている者の横で、賭博に興じている者がいる。

 和気藹々と談笑している者の後ろには、コップ片手に泣き崩れている者がいる。

 そして一部に布面積が普段より50~100%ほど少なくなった者たちが……

「————ッ!」

「ドクター、どうした?」

 

 ありえない広さの肌色を認識した瞬間、Dr.黒井鹿の身体は180度逆を向いていた。ついでにもう180度ほど動こうとする足をなけなしの理性で抑え、壁のボルトを数える。これが周回の直後だったならば、彼はそもそも動くことすらできなかっただろう。

 

「ドクター、気にならないのかい? いや、そんな訳はないな。ただのやせ我慢か」

「……何とでも言え。俺はそれを見る訳にはいかない」

 

 気になる。ならないわけがない。

 多少特殊な立場に置かれているとはいえ、Dr.黒井鹿とて健全な男性なのだ。「裸は最も萌えない服装」などと口で言いつつも、肌色が増えれば嬉しいお年頃なのだ。そりゃーもうどーしよーもないことなのだ。

 

「見たまえ、ドクター。この乱痴気騒ぎ、なかなかの絶景じゃないか」

「ケルシー、アーミヤにバレたら後が無いぞ?」

 

 それでも、越えてはならない一線というものがある。

 たとえ誰にバレずとも、自分の記憶は残り続ける。そして、彼女たちのプライベートを覗き見たという罪悪感もまた残り続けるのだ。

 

「ふむ、残念だ。せっかくアーミヤとサリアの修羅場を見せてやろうと思ったのに」

「詳しく聞かせろそして見せろ」

 

 その一線を、Dr.黒井鹿は易々と踏み越えた。

 

「ここだ。飛び火を恐れてか、この周りには誰もいない。宴会の主催者と主賓が一番目立たない場所にいるとは、なかなか見られない光景だな」

「これが宴席の一場面か……? 俺には裁判か何かに見えるのだが」

 

 それも魔女裁判か何か。そう言いかけて、Dr.黒井鹿は口を噤んだ。あながち冗談になっていない。

 

「ケルシー、音声は無いのか?」

「あいにくと、ここは建造したばかりだから監視カメラがあるきりだ。盗聴器の設置には、もう1週間ほどかかる」

「設計段階で仕込んでおくべきだったか……」

 

 そもそも盗聴器なんぞ仕掛けるな、と叫べる常識人は、この場にいない。

 

「上からの映像だから顔が見えないが……アーミヤの様子がおかしくないか?」

「同感だ、Dr.黒井鹿。動きの節々に違和感がある」

「それになんと言うか……纏っているオーラが不吉だ。あの状態のアーミヤにはなるべく近寄らない方が良さそうだな」

「誰のせいであんなことになっていると……まあ、良い。そのうちまとめて払うことになるだろう」

 

 アーミヤの異常には気付けても、その原因までは思い至らない様子のDr.黒井鹿。彼がそのツケを払うことになるのは、また別のお話である。

 

「アーツや武力に訴えることは無さそうだが、アーミヤは素の状態で怖いからな」

「まったくだ。以前彼女のプリンを間違って食べたときなど、丸1月は出会い頭に『プリ……じゃなかったケルシー先生』などと言われ続けたんだ。あれは恐ろしかった……」

「それは全面的にケルシーが悪い」

 

 不穏な空気を感じつつも、二人は穏やかに宴会(?)の様子を見守っていた。映像だけでは何を話しているのかわからず、ただ歓談しているだけという可能性も残っていたのだ。

 

 その時までは。

 

「ッ! 突然アーミヤがサリアに掴みかかったぞ!?」

「いや、だが敵意は無いようだ。ただ肩を掴んで揺さぶっているだけのようだな」

「サリアもされるがままになっているな……。お、急に赤面したが何を話してるんだ?」

「やはり盗聴器を仕掛けておくべきだったか……。貴重なネタ……ではなくサンプルになっただろうに」

「ケルシー、お前に先生と呼ばれる資格があるのか、だいぶ不安になってきたぞ」

 

 画面の中では耳をパタパタ動かすアーミヤと、それ以上に激しく揺れるサリアが激しく揉み合っている。監視カメラの映像が荒いせいでそのように見えるのだが、実際にはアーミヤが一方的に動いているだけなのだ。

 

 そして、遂に決定的な瞬間が訪れた。

 

「おお、これはなかなか大胆な行動に出たな」

「……」

「何がどうなってこのような流れになったのかは分からないが……まあ、アーミヤはこのところ溜め込み過ぎていたからな。それを発散できたのなら良しとしよう」

「…………」

「いやしかし、彼女にこれほどの近接戦闘能力があったとは……案外、寝技は得意なのかもしれないな」

「……………………」

「む、そこまで行くのか。これは実にけしから……ではなく興味深い。念のためバックアップを取っておこう」

「…………………………………………」

「ドクター、知っていると思うが、トイレは扉を出て右だ。辛抱堪らなくなったなら行ってこい」

「やかましい!」

 

        *

 

 次の日のこと。

 

「Dr.黒井鹿、昨日はよく眠れたか?」

「……お陰様でな。ところでケルシー、物は相談なんだが……昨日の監視カメラの映像、俺の端末にも送っておいてくれないか?」

「……見返りは?」

「先週アーミヤが執務室に来た時の秘蔵録音だ。なかなか萌えるぞ」

「ふっ、良いだろう。交渉成立だ。お互いに楽しみだな」

「ええ、私も楽しみです。ドクターとケルシー先生がどんな取引をしているのか」

「「……散開!」」

 

 そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
 いよいよ明日からイベントですね。楽しみ過ぎて夜も眠らず昼寝しております。

 それでは、次回(イベント楽しすぎて忘れなければ明日)もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。