ロドスの核たるその二人は、狂乱の宴に何を見るのか……。
という、第5話の裏話です。
好奇心は猫を殺す。
九つの命を持つと言われる猫ですら、自らの好奇心に殺される。
そんな風に自らを戒める格言だ。
だが、好奇心なくして今日の人の繁栄は無い。
どうすればより安全な住居を造れるのか、
どうすればより簡単に食料を入手できるのか、
どうすればより良い生活を送れるのか。
そういった好奇心・探求心がなければ、このか弱い生物はとうの昔に滅びているだろう。
「ドクター、気にならないのかい? いや、そんな訳はないな。ただのやせ我慢か」
「……何とでも言え。俺はそれを見る訳にはいかない」
それでも、踏み越えてはいけない一線というものがある。
その先を見れば、ただでは済まない。
その先に至れば、二度とは帰れない。
そういった一線は、たしかに。存在するのだ。
「見たまえ、ドクター。この乱痴気騒ぎ、なかなかの絶景じゃないか」
「ケルシー、アーミヤにバレたら後が無いぞ?」
例えば、乙女の集会を覗き見る、だとか。
***
事の起こりは少し前に遡る。
「おはよう、ドクター。良く眠れたかな?」
「……ケルシー? ここは……医務室か。俺は執務室で仕事をしていたはずなんだが……」
「ふむ、どこまで覚えている?」
「たしかこれからの周回計画を立てていたら、アーミヤがココアを持って来てくれたんだ。いつもコーヒーばかりでは身体に悪い、と言って」
「君はそれを飲んだわけだ」
「ああ。そして気付けばここにいた。……あのココアには何が入っていたんだ?」
「過労ではなく服薬を疑うか。君もおかしな生活を送っているな、Dr.黒井鹿」
眠気覚ましなのか、ケルシーはコーヒーを入れた。自分の分をビーカーに、Dr.黒井鹿の分をフラスコに入れ、話を再開する。
「まあ、君の読みは正しい。あのココアには睡眠薬が入っていたんだよ」
「睡眠薬か。穏当だな」
「一服盛られたことを穏当と呼べるかは分からないが……まあ、毒性のあるものではない。その分別は残っていたようだな」
「で、ケルシー。なぜ君はそれほど状況に詳しいんだ?」
「もちろん、私も一枚噛んでいるからだ。サイレンスが聞いてきたんだ。『この薬をドクターに飲ませたいのだけど、アレルギーとか大丈夫?』とな」
「まったく悪びれないな、君は……」
オリジムシの件でアーミヤにしこたま怒られてからというもの、Dr.黒井鹿とケルシーの間には不思議な共闘関係のようなものが生まれた。気質が似ているのか、互いの言動に共感できる部分が多いことも、その関係を助長していたのだ。
「それで、いったい何が起こっているんだ?」
「ちょうど今日、サリアの育成が終わっただろう? そのお祝いだ」
「まだ終わっていない。スキルランクがまだ7/8/8だ」
「それを普通は育成完了と呼ぶのだよ」
一旦Dr.黒井鹿に背を向け、ケルシーが手元のコンソールを操作する。
すると、それまでオペレーターたちのカルテを映していた端末の画面に、別の映像が表示された。
「これは……B401宿舎か」
「ああ、ここが祝賀会の会場だ。壮観だろう?」
そこは奇妙な空間だった。
真面目な顔をして議論を交わしている者の横で、賭博に興じている者がいる。
和気藹々と談笑している者の後ろには、コップ片手に泣き崩れている者がいる。
そして一部に布面積が普段より50~100%ほど少なくなった者たちが……
「————ッ!」
「ドクター、どうした?」
ありえない広さの肌色を認識した瞬間、Dr.黒井鹿の身体は180度逆を向いていた。ついでにもう180度ほど動こうとする足をなけなしの理性で抑え、壁のボルトを数える。これが周回の直後だったならば、彼はそもそも動くことすらできなかっただろう。
「ドクター、気にならないのかい? いや、そんな訳はないな。ただのやせ我慢か」
「……何とでも言え。俺はそれを見る訳にはいかない」
気になる。ならないわけがない。
多少特殊な立場に置かれているとはいえ、Dr.黒井鹿とて健全な男性なのだ。「裸は最も萌えない服装」などと口で言いつつも、肌色が増えれば嬉しいお年頃なのだ。そりゃーもうどーしよーもないことなのだ。
「見たまえ、ドクター。この乱痴気騒ぎ、なかなかの絶景じゃないか」
「ケルシー、アーミヤにバレたら後が無いぞ?」
それでも、越えてはならない一線というものがある。
たとえ誰にバレずとも、自分の記憶は残り続ける。そして、彼女たちのプライベートを覗き見たという罪悪感もまた残り続けるのだ。
「ふむ、残念だ。せっかくアーミヤとサリアの修羅場を見せてやろうと思ったのに」
「詳しく聞かせろそして見せろ」
その一線を、Dr.黒井鹿は易々と踏み越えた。
「ここだ。飛び火を恐れてか、この周りには誰もいない。宴会の主催者と主賓が一番目立たない場所にいるとは、なかなか見られない光景だな」
「これが宴席の一場面か……? 俺には裁判か何かに見えるのだが」
それも魔女裁判か何か。そう言いかけて、Dr.黒井鹿は口を噤んだ。あながち冗談になっていない。
「ケルシー、音声は無いのか?」
「あいにくと、ここは建造したばかりだから監視カメラがあるきりだ。盗聴器の設置には、もう1週間ほどかかる」
「設計段階で仕込んでおくべきだったか……」
そもそも盗聴器なんぞ仕掛けるな、と叫べる常識人は、この場にいない。
「上からの映像だから顔が見えないが……アーミヤの様子がおかしくないか?」
「同感だ、Dr.黒井鹿。動きの節々に違和感がある」
「それになんと言うか……纏っているオーラが不吉だ。あの状態のアーミヤにはなるべく近寄らない方が良さそうだな」
「誰のせいであんなことになっていると……まあ、良い。そのうちまとめて払うことになるだろう」
アーミヤの異常には気付けても、その原因までは思い至らない様子のDr.黒井鹿。彼がそのツケを払うことになるのは、また別のお話である。
「アーツや武力に訴えることは無さそうだが、アーミヤは素の状態で怖いからな」
「まったくだ。以前彼女のプリンを間違って食べたときなど、丸1月は出会い頭に『プリ……じゃなかったケルシー先生』などと言われ続けたんだ。あれは恐ろしかった……」
「それは全面的にケルシーが悪い」
不穏な空気を感じつつも、二人は穏やかに宴会(?)の様子を見守っていた。映像だけでは何を話しているのかわからず、ただ歓談しているだけという可能性も残っていたのだ。
その時までは。
「ッ! 突然アーミヤがサリアに掴みかかったぞ!?」
「いや、だが敵意は無いようだ。ただ肩を掴んで揺さぶっているだけのようだな」
「サリアもされるがままになっているな……。お、急に赤面したが何を話してるんだ?」
「やはり盗聴器を仕掛けておくべきだったか……。貴重なネタ……ではなくサンプルになっただろうに」
「ケルシー、お前に先生と呼ばれる資格があるのか、だいぶ不安になってきたぞ」
画面の中では耳をパタパタ動かすアーミヤと、それ以上に激しく揺れるサリアが激しく揉み合っている。監視カメラの映像が荒いせいでそのように見えるのだが、実際にはアーミヤが一方的に動いているだけなのだ。
そして、遂に決定的な瞬間が訪れた。
「おお、これはなかなか大胆な行動に出たな」
「……」
「何がどうなってこのような流れになったのかは分からないが……まあ、アーミヤはこのところ溜め込み過ぎていたからな。それを発散できたのなら良しとしよう」
「…………」
「いやしかし、彼女にこれほどの近接戦闘能力があったとは……案外、寝技は得意なのかもしれないな」
「……………………」
「む、そこまで行くのか。これは実にけしから……ではなく興味深い。念のためバックアップを取っておこう」
「…………………………………………」
「ドクター、知っていると思うが、トイレは扉を出て右だ。辛抱堪らなくなったなら行ってこい」
「やかましい!」
*
次の日のこと。
「Dr.黒井鹿、昨日はよく眠れたか?」
「……お陰様でな。ところでケルシー、物は相談なんだが……昨日の監視カメラの映像、俺の端末にも送っておいてくれないか?」
「……見返りは?」
「先週アーミヤが執務室に来た時の秘蔵録音だ。なかなか萌えるぞ」
「ふっ、良いだろう。交渉成立だ。お互いに楽しみだな」
「ええ、私も楽しみです。ドクターとケルシー先生がどんな取引をしているのか」
「「……散開!」」
そんなこんなで、ロドスは今日も案外平和である。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
いよいよ明日からイベントですね。楽しみ過ぎて夜も眠らず昼寝しております。
それでは、次回(イベント楽しすぎて忘れなければ明日)もお楽しみに!