金がねえ!仕事もねえ!故郷もねえ!ゲラルトは金に困っていた。みんな金に困っていた。そこで、金持ちの家に押し入って金を奪うことにした!熟練のウィッチャー、優れた頭脳を持つスパイ、そして歴戦の軍人たち、コマは揃っていた。この計画は完璧だ!さあ、強盗を始めよう!
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「卵を割らずにオムレツは作れない」
ロッシュはそう言うと、右手に持っていた赤色の卵を空高く放り投げた。その卵は感謝祭に使われるはずのものだったが、テメリア人ゲリラの略奪活動によって彼らの食糧となっていた。弧を描いて何処かへ飛んでいくはずだった卵は、ロッシュのシャペロンに垂直に落ちポシャッと音をたてた。しかし、その場にいるゲラルト、ザラー、ヴェス、そしてロッシュ自身も何事もなかったかのように沈黙していた。
「お前いつもそう言ってるけどな、卵だけ割ってほとんどオムレツ作ってねえだろ」
その沈黙を破りザラーは悪態をついた。ロッシュはそれを無視した。
「このご時世だ、強盗くらいなら何の問題もないだろう。それに大金を稼ぎたいのならこれくらいの悪事は必須だ」
ゲラルトは言った。ゲラルトは倫理に反するようなことには滅多に手を出さない。彼の性根が原因だ。だが、今は金に困っていた。誰からも嫌われる変異体として、冷酷にならなければならない時だった。
ゲラルトはランバートとのグウェント勝負でボロ負けしていた。相手は『ランバートだから』とタカを括っていたら、有り金を全て失った。ランバートの傲慢で偉そうな態度、そして『ケツの毛までむしり取ってやった』という発言はゲラルトを復讐へと駆り立てた。熟練のグウェントプレイヤーとして次こそは必ず勝つと誓っていた。
「俺はいくらもらえる?金額によっては熱狂的な愛国者のごとく活躍するぞ」
ゲラルトは言った。
「すぐ取り分の交渉とはな、見直したぜ」
ザラーは言った。
「ターゲットは元ヴィジマの伯爵と聞いてはいるが、テメリアが亡国となった今そこまで金を持っているとは思えない。だから前もって聞いているんだ」
ゲラルトは咄嗟に出まかせを言った。彼のプロフェッショナルを感じさせる出で立ちが、そこに真実味を帯びさせた。
「それは心配ないわ」
ヴェスは言った。
「彼はヴィジマに住む伯爵だったけど、フォルテスト王暗殺の混乱に乗じて国外に逃げたの。しかも国庫から『貴族でも一生遊んで暮らせるような資産』を盗んで。彼は売国奴なのよ!」
彼女のいつもより早口で低い声には激しい怒りがこもっていた。
「そもそもこの作戦は『強盗』ではない。テメリアの資産を取り戻すだけだ!」
ロッシュはキレ気味でそう言い放った。
「そうか、大変だったんだな……それでザラー、俺の取り分は?」
ゲラルトは言った。
「俺たちが五割、内部の協力者が四割の取り分。つまり、お前は一割ってことだ。それでも5000クラウンはいくだろうよ」
ザラーは言った。
「一割でその金額か!?相当貯め込んでいるようだな……いいだろう、契約成立だ。協力者がいるのも心強い」
ゲラルトは熟練のウィッチャーとして淡々と契約を結んだ。だが、頭の中ではまだ手に入れていないその大量の金貨を一枚一枚数えていた。
「よし、これでコマは揃ったな。それでは『テメリアの資産を取り戻す作戦(Reason of Assets)』の概要を説明する。一度しか言わないからよく聞け」
ロッシュは言った。
「まず事前に、給仕として潜入したヴェスが目標地点周辺の地図を作成する。そして作戦執行日の朝、『豪商』に偽装したザラーがターゲットと接触、嘘の商談を進める。この時に数人の守衛を引き寄せられるはずだ。その間に俺とゲラルトは地下水道をたどって金庫室の真下から天井を破壊し、直接忍び込む。内側の協力者、つまり金庫の番号を知っている男を手引きして金目のものを奪って脱出。最後はヴェスが用意した馬車2台で俺たちは逃げる。以上だ」
「シンプルで要点を得ている。良い作戦じゃないか」
ゲラルトは言った。頭の中ではまだその金貨を数えていた。
「コイツが立案したもんだからな、シンプルすぎるだろ?」
ザラーは頭をかきながらそう言った。
「何か文句でもあるのか?それなら今のうちに言え」
ロッシュはそう言うとザラーに詰め寄った。
「いや別に、これでいいといいんじゃねーの」
ザラーは不服げに答えた。そして小さな声でこう呟いた。
「レッセフェール(為すに任せよ)」
数日前にロッシュとザラーは、この作戦の協力者と密談していた。ヴェスには見張りを任せていた。その協力者の男は、ターゲットである元ヴィジマの伯爵に長い間仕えている会計係だった。彼は全ての金庫の番号を覚えていて、金庫室のドアさえ突破できればいくらでも盗み放題だと豪語した。
取り分のこと、作戦執行日のこと、守衛の人数……全ての打ち合わせがあらかた合意に達し、ある程度の見通しが立ち始めた。そうして両者の間に穏やかな空気が流れた。会計係の男は思いっきり背伸びをすると脚を組み、ザラーとロッシュを眺めながら口元に笑みを浮かべた。
「何がおかしい?」
ロッシュはその胡散臭い笑顔に気付いた。
「あなたはスラム街から王の右腕にのし上がったとお聞きしました。確かに、それならテメリアの復活を目指す方がリターンが大きいですよね。このまま働いたところでその日暮らしでうだつの上がらない労働者だ」
会計係の男はそうベラベラと喋った。なかなか当たり障りのある男だとは察しがついていたが、ここまで直球に物事を言うことにザラーは心底驚いた。
「そこまでにしてくれないか。コイツは血の気が荒くキレやすい。前よりは丸くなったが、俺にはハンマーみたいな拳が今にもお前さんの鼻先にのめり込むんじゃないかとヒヤヒヤしている」
ザラーはそう言って会計係の男を嗜めた。手こそ出てはいなかったが、ロッシュの顔には彼の本音が表れていた。
「……俺はそんなことは気にしない。俺の人生の問題はどうだっていい。テメリアだけが俺の問題だ」
ロッシュは瞬きもせず、男を凝視しながら言った。
「そしてザラーさん、あなたは頭が良い。テメリアが北方諸国の不良債権となった今、こんな負け戦に身を投じず他の仕事を始めてみては?この横領が終わってからでも間に合います。それに、私を通してくださればヴィヴァルディ銀行からの融資が簡単に通りますよ」
その無神経な男はさらに話し続けた。ザラーはその途切れることなく続く勧誘セールスを聞きながらモノクルの位置を直して手を組んだ。協力者でしかなかったはずの男のお喋りが終わるのを待ちながら、ふと後ろに立っているロッシュを見た。想像以上に爆発寸前だった。この場をめちゃくちゃにしないためにも、ザラーは手を振って無理やりセールスを止めさせた。
「まあ、とにかく俺はそんな話には興味はない。これだけはいくら押されても変わらないぞ」
ザラーは再びモノクルの位置を直した。
「そもそも、なぜ俺たちに協力する?お前の言う通り俺たちは大国相手に戦う亡国の残党だ。かなりリスクの高い行為だと思うが」
ザラーは探るように会計係の男の目を見つめた。
「俺も気になる点がある。お前はヴィジマにいた頃からその伯爵に仕えていたはずだ。なぜ裏切ることにした?理由は?」
ロッシュも疑惑の目で会計係の男を見つめた。
「大金を手に入れるにはリスクはつきものです。それに彼はただの雇い主にすぎません。私が忠誠を誓っているのは『金』だけです」
彼はザラーの目もロッシュの目も見ずに流れるように話した。
「……なるほどな、お前は骨の髄まで『会計係』ってことか。俺はコイツと手を組んでも問題ないと思うぜ。お前は?」
ザラーはロッシュに尋ねた。
「……いいだろう。当日はよろしく頼む」
ロッシュは静かに、ゆっくりとそう言った。
前日にヴェスは全員へ作成した地図を渡した。丁寧に作られていて端にはメモ書きもしてあった。当日、ザラーは別人かのような清潔で高級そうな衣服に身を包み、身分や名前を詐称し嘘の商談をこなしていた。ターゲットや数名の守衛を一か所に留めることに成功した。
そして、ゲラルトとロッシュは薄暗い汚水まみれの地下水道を進んでいた。
「ヴェスの地図によればちょうどここの真上が金庫室のはずだ」
ロッシュは言った。地図によると横道の行き止まりが目印だったので間違いはなさそうだった。
「よし、さっそく天井を破壊するか」
ロッシュは天井を手で確認しながらそう言った。
「ああ、やろう」
ゲラルトはそう言うと天井が崩れてくるのを待った。だが、待っても待っても何も起きなかった。
「おい、まさか破壊手段を考えていなかった訳じゃないよな?どうして何もしない?」
ゲラルトは沈黙に耐えきれず、ロッシュに話しかけた。
「いや、どうって……」
「冗談だろ!本当に考えてなかったのか!」
「文句を言うな!お前だって良い作戦だって言ってただろ!」
「クソッ……いや待て、閃いたぞ。俺の手持ちの爆弾を使おう。天井くらいなら壊せるはずだ」
ゲラルトは咄嗟の機転でそう言った。熟練のウィッチャーは予想外の出来事に遭遇しても冷静に対処できるのだ。
「さすがだ!お前はいつも頼りになる」
ゲラルトは手持ちの爆弾を全て天井に取り付けた。そして、イグニの印を結んだ。すぐに激しい爆発音が地下水道に轟いた。ゲラルトとロッシュはざっくばらんに瓦礫を押し除けて天井に空いた穴を登った。そこは壁一面に小さな箱が取り付けられている部屋、つまり金庫室だった。ロッシュが扉を見つけ内鍵を開けると、協力者である会計係の男がなだれ込んできた。
「何をしたんですか!すごい大きな音が屋敷中に響き渡っていましたよ!」
会計係の男はヒステリックにそう詰め寄った。
「まずいな……ということはすぐに守衛がやってくる」
ゲラルトは言った。
「この状況じゃ時間がなさそうだ。おい!さっさと金庫を開けろ!」
ロッシュは会計係の男を金庫が設置されてある壁の方へ引っ張った。
会計係の男はブツブツと文句を垂れながらもひたすら金庫を開け続けた。ロッシュは開いた金庫から宝石や金の延棒、債券などを無造作に取り出し持ってきた袋へ投げ込んだ。ゲラルトもそれを手伝いながら、ふとヴィジマの銀行に預けてある財産を思い出した。テメリアが亡国となり、ヴィジマもニルフガードが占領している。俺の金はどこへ消えたんだ?
その時、ウィッチャーの優れた聴覚によってゲラルトはこちらへ向かってくる数人の足音に気付いた。彼はすぐに鋼の剣を抜いた。
「全員やれそうか?」
ロッシュはその抜剣から事態を察した。
「全力は尽くすが、それにも限りがあるぞ」
そう言うとゲラルトはオオカミのマスクを着けて顔を見られないようにした。
すぐに守衛はやってきた。1人目は簡単に倒せた。だが、次は3人が同時に襲いかかってきた。これもなんとか倒したが、次は5人が一斉に襲いかかってきた。金庫室から通路にかけての狭い空間での攻防はゲラルトをてこずらせた。相手が5人ともなると尚更だった。なんとか5人中3人は倒せたが、残りの2人は歴戦の強者らしく動きも俊敏で剣さばきも優れていた。
『ウィッチャーは怪物退治ではなく、予想外の些細な出来事で死ぬことが多い』
エスケルが言ったこの言葉がふと脳裏に浮かんだ。
ゲラルトが残った2人のうち1人の守衛の細かな剣突きを回避していると、もう1人の守衛が後ろから剣を大きく振りかぶった。なんとか致命傷を負わずに済んだが、オオカミのマスクが割れてしまい顔を見られてしまった。また指名手配されることが確定した。
ゲラルトがヤケを起こそうとした瞬間、1人の守衛が前のめりに倒れこんだ。すぐにもう1人の守衛も床に転がった。頭部には矢が刺さっていた。奥の通路の方を見やるとヴェスが石弓を持って立っていた。
「こっちに敵はもういないわ!用意した馬車はザラーに任せた、急いで!」
ヴェスはそう叫ぶと早く来いと荒々しく手招きをした。
「ヴェス!でかしたぞ!」
ロッシュはそう言うと、重くなった袋2つを肩に背負った。
こうして4人は屋敷の外へと、ザラーが待っている馬車へと走った。途中で宝石がいくつか落ちたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
馬車が出発してすぐに追手はやってきた。最初は馬に乗った兵だった。彼らはゲラルトの石弓から発された矢によって馬から転落していった。だが、しばらくすると3台の馬車が追ってきた。ニルフガード産らしく馬力があり、じわじわと距離を詰められていった。
「まずいな…あれ相手では石弓どころかアードの印も効かない」
ゲラルトはそう言って石弓をしまった。ゲラルトが乗っている馬車はザラーが操っていて、後ろにはゲラルトの他に会計係の男も乗っていた。
「私に考えがあるわ、いい?聞いて!」
もう1台の馬車を操っていたヴェスが叫んだ。そちらには彼女のほかロッシュが乗っていた。
「こっちの馬車で道を塞いでみる。ほんのちょっとかもしれないけど時間が稼げるはずよ。ロッシュ、あっちに飛び移って!その大きな袋も忘れないで!」
「よし、了解した!」
ロッシュはそう言うと、宝石や金の延棒で重くなった袋をザラーが操る馬車へ思いっきり投げつけ、自らも飛び移った。
「もっと丁寧に乗り移れ!揺れでゲロ吐いちまうとこだったぞ!」
ザラーはそう叫んだ。
ヴェスはその一連の出来事を確認した後、空っぽになった馬車を勢いよくスライディングさせ道を塞いだ。そして、その壊れた馬車から脱出するとすぐさま身を隠した。そこに先頭を走っていた追手の馬車が思いっきり突っ込んだ。次にやってきた馬車はそれを回避したが荷台が横転し、馬は突然の出来事に暴れ回っていた。だが、最後尾を走っていた馬車は執念深くゲラルトたちを追っていた。
「ザラー!もっと早く走れないのか!追手は鼻の先まで近づいてきているぞ!」
ゲラルトは叫んだ。
「これが全力だボケ!それにお前らこそ何をやってる?クソでもしてんのか!」
ザラーは馬を器用に操りながらも、いつもの薄汚い言葉で応答した。
「ゲラルト、何とかできないか!」
ロッシュが言った。
「俺にできることはもう何もない!」
ゲラルトはキレた。そしてその場に座り込んだ。隣で会計係の男が膝を抱えてうずくまっていた。ゲラルトは牢屋の錆と汚水が混じった臭いを思い出した。心は不思議と落ち着いていた。ゲラルトは投獄されることに慣れすぎていた。
そわそわとした様子だったロッシュが突然、こぶしを握りしめ大きな声で叫んだ。
「お前ら!国も法もない今!捕まったらどうなるか分かってんのか!」
「牢屋に入るだけだろ。その主が個人になるだけだ、何も変わらない」
ゲラルトは熟練の投獄者として子供をあやすかのように言った。そして、ゲラルトはランバートの憎々しい勝ち誇った顔を、傲慢で最悪な態度を再び思い出していた。何もかもアイツのせいだ。ゲラルトはランバートにどう仕返しをするか、そのことで頭がいっぱいになっていた。
「今の俺たちの身分は『国家』を相手に戦争を仕掛けてるゲリラだ!捕まったらどうなるか分かるか?すぐにニルフガードへ引き渡される!」
「はぁ?」
ゲラルトはロッシュの真意を理解できなかった。脳の90%をランバートへの復讐計画に使っていたからだ。
「ああクソッ!このままじゃエムヒルにタマ抜かれるって言ってんだよ!」
ロッシュはヒステリックにそう叫び、ゲラルトの首根っこを掴んだ。
「冗談だろ!それだけは勘弁してくれ!」
ゲラルトは思わず字義通りに受け取ってしまい反射的に答えた。
「あの爺さんにファックされるくらいなら犬のクソをアホ面晒して食べる方がマシだ!」
ザラーはその比喩の真意を察したらしく、さらに最低な比喩で返答した。
「何か策があるんですか!」
会計係の男はただこの状況から抜け出したくて反応した。
「俺たちの意見は一致したみたいだな」
ロッシュは組織のリーダーのごとく厳かに、そして冷静沈着に言った。
「やるぞ!」
そう言うとロッシュは会計係の男をためらいもなく馬車から投げ捨てた。会計係の男は弧を描きながら飛んでいき、馬車の慣性によって地面に激しく転がり落ちた。その投げ捨てられた男は、驚きと全身の痛みからか悲鳴すらあげることなくその場で身悶えしていた。
「本当に申し訳ないと思っている」
ロッシュは言った。満足げに口元をほころばせていた。ゲラルトはただ見ていることしかできなかった。一瞬の出来事だった。
「言っただろ。こいつは食えない野郎だと」
ザラーは吐き捨てるように言った。
ロッシュの機転は上手くいったようでその後追手が見えることはなかった。
「私はレダニアの高官にコネを持っている、彼に話を通してください!オクセンフルト大学で学友だったんです!それに私はあなた達が想像もできないような大金も持っていますから『お礼』はいくらでもできますよ。牢の鍵を開けてくれればすぐに銀行へ行き小切手を作ってお渡しします!」
ロッシュたちの思惑は外れ、会計係の男はニルフガードに引き渡されることなく野蛮な前近代国家レダニアの牢屋に入れられていた。
「ったくまだ言ってるよ……おい、クソ野郎!キチガイのお前だよ!いい加減にしねえとまたぶっ叩くぞ!」
「おいおい、やめとけよ。そんなことしてもコイツは治らんよ」
「いやいやこういうのはな、水銀を飲ませればポンと治るって聞いたぜ。あっちの部屋にあったはずだ。試しに飲ませよう」
牢屋の見張りについていた3人の兵士はレダニアの高官にコネを持っていると主張する犯罪者を後ろ手で縛り、首根っこを掴みながら引きずって牢屋の出口へと向かった。
「私は裁判すら受けていない!絞首台にはまだ送れないはずだ!」
そうして彼はどこかへ消えていった。牢屋には遠くから聞こえる発狂したかのような叫び声がこだまするだけだった。
おわり