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Dr.がバーの扉を潜ると、淡い光が室内を照らすこじんまりとした店内だった。
店内は狭く、座席はカウンターのみなため数名しか座れない。だが現在の店内はさらに狭く感じる、がっしりとした体格の同僚がいたからだ。
「よぉドクター、珍しいなこんな所に来るなんて」
「Ace居たのか」
Aceは既に何回か杯を空けているのか、顔がうっすらと赤くなっていた。身体をDr.の方に向けると隣の席を叩き、飲みに誘う。Dr.も特に拒否する理由もないため、素直に席へと着いた。
「マスター、ジン・トニックを一つ」
「飲めたんだなドクター」
「...ああ、普段飲まないが飲めないわけじゃない」
「お疲れのようだな」
「少し、な。研究に行き詰って、気分転換にと思ってな」
「なるほど。なら今日はパーっと飲むべきだ!」
「医師に言うことじゃないだろ」
「たまには必要さ。特に今日みたいな日はな」
「まったく...」
疲れを見せるDr.にAceは態と大げさな反応で対応した。自身を元気付かせるためだということに気づいたDr.は、心が少し軽くなったように感じた。
そうこうしている内に、ジン・トニックが運ばれてきた。グラスを手に取ったDr.は一口目は唇を濡らす程度に、二口目で舌で味わい、三口目で飲み干した。
「おいおい、飛ばし過ぎじゃないか?」
「こういう時もあるさ。それに今日はバーっと飲むんだろ?」
「言ってくれるじゃないか。マスター、ウイスキーフロートを二つ」
Aceはグラスに残っていたお酒を空にすると、Dr.の分も含めて追加で注文した。二人は注文を待つ間、肴を摘みつつ近況を話し合う。
「Ace、新入りの教練の方はどうなんだ?」
「教程はほぼ終了している。あとは実践を積ませるだけだな」
「それは重畳。頼りにさせて貰う」
「こっちの台詞だ。優秀な医者のお陰で教程を縮めることができたからな」
「それはケルシーに言ってやれよ。研究ばかりな方じゃなくてな」
「馬鹿言え、どっちも重要だ」
肴を摘みつつ会話に花を咲かせる。そしてちょうど会話の切り目に、マスターからグラスが差し出される。二人はグラスの下半分が透明で上半分が琥珀色のウイスキーフロートを手に取った。
「一杯遅れたが」
「既に飲んでる奴もいるが」
「「乾杯」」
カララン、とグラスと氷の音が鳴り響く。
その後も話し込みながら、キール、エバ・グリーン、ロングランドアイスティー、カイピロスカなどを頼みグラスを空にしていった。
そこそこの量を飲み干したAceとDr.の顔の赤ら顔になっており、酔いが回っていることが見て取れる。それでも飲む速度は変わらず、Aceはシャンディガフを、Dr.はスクリュードライバーを手に持っている。
「なんにしても、研究の方も大詰めか」
「ああ、あと少しだ」
「これで晴れてロドスも本腰を入れられるか。腕が鳴るなドクター」
「長いこと時間を掛けてしまった。今まで救えなかった分も含めて...」
「あまり一人で気負うな。アーミヤの嬢ちゃんにDr.ケルシーがいるんだ、勿論俺たちロドスのオペレーターも、な」
「...ありがとう」
「始めて聞いたかもな、Dr.からの感謝の言葉。あ?」
「グラスが。んん、こっちも?」
二人が飲み終えたグラスを机に置くと、嫌な音と共にグラスが割れた。飲み干した後であったため、悲惨なことにはならなかったが何か不吉なモノを臭わせた。
割れたグラスは酒場のマスターが見えていたこともあり、何か言われるまでもなく下げられた。
「もうここらで飲むのを止めろってことかもしれないな」
「大分飲んだしな」
「最後に一杯だけ飲んで終わりにするか」
「『ギムレット』を一つ」
「『ウォッカ・アイスバーグ』を」
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時はチェルノボーグ脱出して1日が経ったころ、暗い自室のベットの縁でボーと座り込んでいるDr.は心あらずといった様子。
「ドクター、今いいでしょうか」
控えめなノックのあとに聞こえた声はロドスアイランドの最高責任者アーミヤのものだった。
「...ああ、構わない」
部屋の主たるDr.は、何度か声を掛けられて漸く返事を返した。そして入室した人物の顔を見て始めて誰が訪問してきたのか認識した。
「アーミヤ君か...」
「ドクター...」
痛ましい姿のDr.が目に映り、呼ばれた名前に胸が苦しくなるアーミヤ。そしてそんな自分に嫌悪も抱く悪循環。
辛そうな顔をしているアーミヤを不思議に思ってDr.が声を掛ける。
「アーミヤ君、どうかしたのかい?」
「あ、いえ、何でもないです...。ドクターに渡すものが」
「私に?」
頭を振って、気を取り直すと一通の便箋をDr.へと手渡すアーミヤ。受け取ると、たしかに宛名にはDr.の名前が書かれており差出人には『Ace』と書かれてあった。
「Ace、さんから?」
「...っ!そう、です...」
何気ない一言がアーミヤに突きつけられる。Dr.の記憶、そしてチェルノボーグでの一連の出来事を。
Dr.も思い出しているのか、便箋を受け取った手が自然と下がり膝の上で止まる。
「私からは、以上です。失礼しました」
「ありがとう、アーミヤ君」
胸のうちから込み上げるものがあるが、敬愛する人物の前では見せたくないのか小走りに退室するアーミヤ。しかしながら、退室すると堰を切った様にあふれ出たものが目から流れ落ちる。
暗い室内でまた一人となったDr.は、動きが鈍い手をなんとか動かし便箋の封を切り中身の手紙を読み始めた。
Dr.は記憶がない、勿論Aceとの記憶もない、ないはずなのに手紙を読み進める。読み進めると次第に手紙の文字が滲みだした。
記憶がないから、ではなく記憶がなくても、なのかもしれない。
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ウォッカ・アイスバーグ「ただ貴方を信じて」
ジントニック 「強い意志]
ウィスキーフロート 「楽しい関係」
キール 「最高の巡り合い」
エバ・グリーン 「晴れやかな心で」
ロングランドアイスティー 「希望」
カイピロスカ 「明日への期待」
シャンディガフ 「無駄なこと」
スクリュードライバー 「油断」
ギムレット 「長いお別れ」
ウォッカ・アイスバーグ 「ただ貴方を信じて」