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ロドスアイランド移動基地、資料室。ロドスが集めた資料及び学術書などの書籍が保管されている資料室だが、製薬会社であるために薬学などに偏っている。また資料室という名前であるが、規模はちょとした図書館のようになっている。
ロドス所属者なら誰でも利用できる資料室内は、蛍光灯の明かりに照らされている。その明かりの元で一人の男性が勉強していた。借りてきた本と睨めっこしており、長時間勉強しているせいか眉間に皺がよっていた。
勉強していた男性は頭の中で煮詰まってしまったのか、桜色の綺麗な髪をぐしゃぐしゃにすると机の上に突っ伏した。机の上に広がる桜色の髪と同色の垂れ耳、ぶつぶつ何かを呟いてた。
「やっぱり、私では無理なんでしょうか...」
精神的に追い詰められているのか、弱気な言葉が紡がれた。男性自身も、弱気ではいけないと思いつつも疲弊した精神では負の方へと引っ張られてしまうは人の道理である。
ノートを枕にして詰まれた本の山を死に掛けた目で眺めていると、目の前に湯気が立ち上がるカップが置かれた。数秒してからマグカップの存在に気づいた男性は、ガバリと起き上がるとマグカップを置いた人物を探した。
前、左を見ても誰もおらず、右へ向くと一人の人物がマグカップを啜っていた。
「飲まないのか、冷めるぞ。調香師のパフューマーが見繕ってくれたハーブティーだ、疲れが良く取れる」
白衣に黒のロドスジャケットという井出立ちの人物は、うまいと言いながら飲み進めた。突然の訪問者に戸惑うものの、態々淹れて貰ったものを拒否するのは悪いと口につけた。
「あ、ありごうございます...。あ、美味しい...」
じんわりと熱すぎない温度に身体の中から温まり、ハーブティーの芳香な香りは頭を冴えさせと同時に落ち込んでいた気分を和らげてくれた。一口、二口、三口と、大事に大事に飲み進める。
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
マグカップを両手に包みながら一息つく。先ほどまでの憂鬱なものはどこからへと行ってしまったのか、眉間にあった皺はなくなり安堵へと変わっていた。
それはそうと、と白衣とジャケットの人物へと体を向け、姿勢を正して礼をする。
「ありがとうございます。私の名前はアンセル、最近ロドスに就職した研修医です」
「そうか君が。私は、まぁドクターと呼んでくれ、ロドスのしがない医者の一人だよ」
勉強していた男性、アンセルはDr.と名乗った男性の首にかけられた社員証を盗み見するとCOO、最高執行責任者の文字が書かれていた。
何故そんな人物がここにいるのか、目を丸くしているとそれに気づいたDr.は社員証を隠した。
「これは気にしないでくれ、どんな地位に居ようがここロドスでは関係ないからな。特に医者に関しては、な」
「は、はぁ...」
苦笑を溢すDr.に生返事を返すことしかできない。気にしないでくれと言われて実践できるのはそうは居ない、特に生真面目なアンセルには無理な話であった。
固くなってしまったアンセルに、Dr.は自分のミスを悟り新たな話題を切り出し始めた。
「ところで何を勉強していたんだ?」
「あ、えっと。ケルシー先生からの課題でレポートを提出しないといけないんですが...」
「内容は?」
「『鉱石病の症状と治療、現状に関して』なんですが、資料が中々まとめられなくて」
「ほう...」
自分の勉強不足だと気落ちするアンセルだが、対するDr.は我が意を得たりと言わんばかりに目を鋭くさせた。尚、俯き加減でため息をついていたアンセルには見えていなかったが。
「もうちょっとだけ頑張ってみます」
「手を貸そう」
「...え?」
気を改めて、再度作業に手をつけようとしたところでDr.から待ったがかけられた。
「手を貸そうと言ったのだよ」
「え、でもこれ私の課題...」
「何少しアドバイスするだけだけし、私からケルシーに口添えしよう」
困惑するアンセルにDr.はさらに畳み掛けた。
「勉強するのは良い事だ、しかしな何事にも限界というものはある。
特に鉱石病は未解明な部分が多いから一人ではすぐに限界が来てしまう。
けれども一人で無理でも二人ならどうだろう。新しく見えてくるものがあるかもしれない。
ここは一つ、温故知新、私の為とも思ってどうだろうか」
アンセルは目を見開く。その通りだと思う気持ちにあのケルシー先生が他人に頼ることがあるのかと、そして目の前にいるDr.の情熱に。
しばし逡巡したあと、ケルシーから課題を渡されたときに他人の手を借りるなとは言われていないことを思い出したため恐る恐るながら手を貸してもらうことにした。
「それでは、お願いいたします」
「任された!」
カツカツと硬質の床を歩く音と同調する揺れで目が覚めたアンセル。体の前面から感じる温もりに、開いた目蓋がまた閉じようとする。
覚醒しきっていない脳内で、思い返す。
課題を終わらせようと資料室に篭ったこと。
思うように進まず諦めかけたこと。
そして課題を終わらせた喜んだこと。
そこまでは思い出せるが以降の記憶がないこと。
温もりに包まれながらそこまで思い出すと話しかけられた。
「起きたかい、アンセル君」
「ドク、ター...?ドクター!?」
ようやく覚醒すると、今おかれている現状を理解する。アンセルは課題を終わらせたあと、糸が切れたように眠ってしまったのだ。そして今、Dr.に背負われているのである。
「す、すみません!降ります、降ろしてください!?」
「おっとと、慌てるな慌てるな。疲れてるんだろう、大人しく背負われろ」
「ですが...」
いいかいいから、とDr.は降ろす気配がない。そのためアンセルは大人しく背負われることになった。
靴音と揺れる体、伝播する温もり。家族愛に飢えているアンセルはDr.の背に何を思うのか。
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「失礼しますドクター。いらっしゃらないのですか?」
ロドス基地内、Dr.の執務室の扉を何度も叩いても反応がないため、失礼だとは思いつつも入室したアンセル。と、そこには執務机に突っ伏して寝入っているDr.の姿があった。
「ドクター、ドクター?風邪を引いてしますよ、起きてくださいドクター」
手に持っていた書類を置き、Dr.の肩を揺するものの起きる気配がない。本当ならば、起こさなければならないと思いつつも肩を揺する手は止まる。
Dr.が戻ってきてまだ数日しか経っておらず、記憶をなくしたために新たに覚え直すことの多いDr.が無理をしているのはロドス内では周知の事実。アンセルも例に漏れずそのことを知っているため、起こすのを躊躇ってしまう。
「仕方ないですね」
仕方ないと、ため息をつくとイスからDr.を抱えて移動させソファーへと寝かせ室内にあるブランケットを掛ける。起きるまでは時間があるかと、湯を沸かしマグカップを二つ用意し始めた。
かちゃかちゃという音ともに、湯が沸く音が鳴る。マグカップにハーブティーを淹れると、Dr.が起きたのかゴソゴソという音がし始めた。
「おがようございますドクター。どうぞハーブティーです。パフューマーさんのハーブティーです、疲れが良く取れますよ」
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