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「なぁリスカム、そろそろ止めにしないか」
「...私ではダメなんですか」
薄暗がりの中で二人の男女が向かい合っていた。
「そう言う訳じゃない、ただ」
「私だって、私だって出来るんですよ!?」
男性が止めてようと宥めるものの、対する女性は激昂し男性にさらに顔を近づける。
なんとか抑える男性だったが、口は災いの元とはよく言ったもので。
「フランカに怒られて」
「今は私を見てよ!」
宥めようとしたが逆効果で、女性が男性の襟元を掴み引き寄せた。
鼻と鼻が接触しそうになる程の近さである。
「私だって、私だって...。どくたぁ~...」
「リスカム...」
わなわなと振るえ、潤んだ瞳に昂揚し赤くなった頬をした女性リスカム。
Dr.は仕方がないというように、リスカムの両肩に手を置いた。
「飲みすぎだ。酒臭いぞ」
「私だって飲めるも~~ん!!!!」
そっとリスカムを引き剥がし、手に水の入ったコップを手渡した。
Dr.は何とか落ち着かせることが出来たようで、リスカムはめそめそとカウンターに突っ伏しながらおつまみを貪っている。
「すまないなマッターホルン」
「いえ、お気になさらないでください」
漸く一息ついたDr.は、コップに残っているお酒を消費する。
バーテンダーのマスターをしており、事の成り行きを見守っていたマッターホルンは苦笑する。
「しかし、リスカムさんがここまでお酒に弱いとは思いませんでした」
「同感だ。まさかコップ一杯のウィスキーで何て...」
そうベロンベロンに酔っているこのリスカム、コップ一杯も飲まずに酔ってしまったのである。
下戸の中でも下戸であったのである。
「ですが、リスカムさんは何でまた、ドクターと一緒にお酒を飲もうと思ったんですかね」
「あー。この前フランカと飲んだことを話したら、自分もと言い出してな」
「なるほど、対抗意識ですか」
「何に対してなんだか...」
「ドクターは好かれますからな」
「...? そうでもないと思うが」
事情を知ったマッターホルンは、リスカムを見つつ生暖かい視線を向けた。
ただ当のリスカムは酔い潰れて、寝入ってしまっている。くぅくぅという寝息も立てている。
「やれやれ。フランカに連絡するか」
リスカムをこのままにはしておけないと、Dr.は通信機を取り出し始めた。
それを見ていてたマッターホルンは、複雑な顔をしつつやんわりと止めに入る。
「ドクター、連絡せずともよいのでは...」
「このままにはしておけないだろう?」
訳が分からないと首を捻り、通信機の操作を続ける。
本当に分かっていないのかとマッターホルンはDr.の鈍感さに驚かされている。
「もしもし、フランカか? すまないが、今いいか?」
結局、マッターホルンは止まらなかったDr.にため息をつきつつ、リスカムに憐憫の目を向けた。
もっとも本人には寝入ってしまっており、気づくことはなかったが。
「え! いやだがな...」
通信機片手に何やら慌てだしたDr.、どうやら通信相手のフランカに何か言われているらしい。
これはこれは、と流れが変わった事にマッターホルンの顔に喜色が浮かぶ。
「しかし、リスカムは嫌がるんじゃないか? そんなことない? むしろ嬉しがる? ...どういうことだ、って切れた」
一方的に切られたDr.は、通信機を片手に途方に暮れる。
つまるところ、フランカにリスカムはDr.が送ってやれとのことらしい。これにはマッターホルンもニッコリ笑顔である。
「いや、しかしだな...」
パートナーのフランカ公認とはいえ、Dr.は踏ん切りが付かないのか腕を組み唸ってしまう。
「送って上げてくださいドクター」
「マッターホルン、お前もか」
最後の後押しとして背中を押されるが、Dr.は裏切られたように感じたのか天を仰いだ。
最早逃げ場はないと、Dr.は諦めてリスカムを背負い始めた。
むにゃむにゃと何か寝言を言っているようだったが、きちんとした言葉に成ってはいなかった。
「まったく、送り狼というのを知らんのか」
「リスカムさんなら喜びそうですけど...」
ぶつぶつと理解不能だと呟くDr.だが、貴方の方が理解不能だと思うマッターホルンであった。
「何か言ったか?」
「いえ何も。お気をつけて」
「そうか? まぁ、また来るよ。眠り姫を届けないといけないからな」
「ええ、またのお越しをお待ちしております」
そしてそのままリスカムを背負ったまま、バーテンダーを後にした。
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「ん...んぅ...」
部屋に運ぶ最中、Drは時々起きそうなのかリスカムが身じろぎをするのを背に感じていた。
もぞもぞと背中で動かれるため、くすぐったいのだがリスカムは起きる気配はなかった。
「すぅ...ん、どくたーの、匂い...」
「臭い...まさか加齢臭か?」
力が入ってないリスカムは顔面をDr.の背に押し付けている。そのため、息を吸う度にDr.の匂いを感じ取っている。
Dr.は戦々恐々としており、歳かなと思いつつも体臭についてどうしようかと考えを張り巡らせている。
ただリスカムは、表情をへにゃりと崩しながら笑みを浮かべているため、そこまで気にする必要はなかったりするのだが。
「どくたぁ...。どくたぁのいい匂い...」
「おおう!?」
どうしたものかと考え込むDr.に、リスカムはここぞとばかりに肺一杯にDr.の匂いを堪能する。
ただ未だに寝ているため、リスカム本人は覚えていないだろうしDr.は気づいていない。
しかし、気分が昂揚したリスカムが、弱いパルス電流を垂れ流してしまったことでDr.は驚き大きく揺れたことでリスカムも目を覚ましたのだが。
「ん、んん...。はえ、ドクター...?」
「お、おおう。起きた、か、リスカムぅん」
リスカムから止まらないパルス電流に、Dr.は変な声を出しながら聞く。
だが寝起きかつ、まだ酔いが覚めていないリスカムには声が届いていないようで。
「ドクターの匂いだ...いい匂い」
「おいぃ。嗅ぐなっ、嗅ぐなリスカム...!」
「にへへ...いい匂い」
Dr.はリスカムを背負っていることに加えて手足で抱きしめられたことにより、振り解こうにも出来ない状態になってしまった。
止めようと四苦八苦するものの、上手くいかずリスカムの笑顔を見てしまい止め様にも止められなくなってしまった。
「せめて電流はなんとかしてくれ」
「や。ぱちぱち~...」
「んんん! くすぐったい...」
やることなすこと逆効果になってしまい、本格的に諦め始めるDr.だが背中がむず痒くて仕方がなかった。
「ドクターだけ...」
「ん?」
「これするの、好きなドクターだけだから...」
「...そうか」
その後は、Dr.は黙って受け入れることにした。
その好きというのがどういう意味なのかを考えながら。
暫くするとリスカムの部屋と着いた。その頃にはパルス電流は収まり、Dr.の背からは寝息も聞こえ始めていた。
「お疲れ様ドクター」
リスカムの部屋のドアを開けようとする前にドアが開き、中からフランカが出てきた。
Dr.は多少驚くものの、リスカムをフランカへと渡した。
「フランカ。起きていたなら...」
「それは野暮ってものよ、ドクター」
苦言を呈するものの、フランカはのらりくらりとかわしてしまう。
ならば、リスカムのあの『好き』は何だったのかと聞くも。
「えっ!? おやまぁ、リスカムったら」
「で、どうなんだ?」
「私の口から言うこと程、野暮なことはないでしょ」
「...そうだな」
さすがに無粋すぎたと、Dr.は聞くのを止める。ただその顔にはどうしたらいいのか分からないと書いてある。
フランカは何かを思いついたのか、Dr.に耳打ちをする。
「明日、本人に聞いてみたらどう」
「いや、いいのか? たぶんほとんど覚えてないぞ」
「いいからいいから。私が保証してあげる」
「うーん...フランカがそう言うなら...」
Dr.は不承不承と頭を傾けながらも、フランカの助言を聞いてしまった。
フランカは明日が楽しみだと、口角を吊り上げた。
後日、顔を真っ赤にさせたリスカムがフランカを追いかけ回したことは明記していこう。
「でどういう意味だったんだ?」
「ばっ!? まだ聞くのそれ!?」
「いや気になるだろ」
「す...」
「す?」
「......ドクターのバカー!!!」
「何だったんだ、本当に」
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