徒然なる方舟のままに   作:玖神 米利

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 セイロンがドクターに羽を贈る話

※社交界に関しては、19世紀のロンドン社交界を参考にしています。
※服装に関してはウィーン舞踏会を参考にしています。
 調べる時間を惜しんだため、情報が統一されていませんがご了承ください。


小翼羽という贈り物 (セイロン)

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 とある昼下がり、ドクターの執務室にて話したいことがあるとセイロンがやって来ていた。

 実験等で意見を交わす仲であるが、ドクターには改まって話したいことに心当たりが無かった。実験器具や設備、もしくは戦闘に関してか、はたまたシュヴァルツに関してかと呑気に構えていた。

 

 

「恋人になってもらえないかしら」

「…え?」

 

 

 セイロンから放たれたその一言にドクターの思考は完全停止した。

 沈黙の十秒間、ドクターは自身の聞き間違いを疑い耳に小指を突っ込んだ。

 

 

「ドクター、恋人になってもらえないかしら?」

「…ああ、うん。聞き間違いでも空耳でもないのね…」

 

 

 だが笑顔のセイロンに再度言われ、幻聴であって欲しかった願望を打ち砕かれる。

 大きく息を吐いて、気を取り直す為に冷め切ったコーヒーを一気に飲み干した。

 

 

「はぁ。それで、訳があるのだろう?」

「あら、私が恋人では不満かしら」

「その問いはずるくない?」

 

 

 悪戯が成功したのが嬉しいのか、クスクスと口元に手を当て上品に笑うセイロン。その姿にドクターは、取りあえず深刻な話ではないことを察してほっと一息ついた。

 

 

 

 

 

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「婚活パーティー?」

 

 

 セイロンから聞かされたのは、上流階級にしては俗物的なものだった。怪訝そうなドクターに、セイロンは新しく淹れた紅茶を口につける。

 セイロンの父親は独立都市シエスタの市長である。また、シエスタは都市国家であるため市長というのは国家元首と同等だといえる。そのためセイロンの存在は重要であり、婿になれば次期市長の座も夢ではなくなる。

 だからこそ不可解なのではあるが。

 

 

「君のお父さんは承知しているのかい?いや、してないとこんな話来るはずもないのだろうけど」

 

 

 ドクターが奇妙に思っているのが、シエスタ市長のヘルマンが一人娘たるセイロンを政略結婚させるとは思えないからである。その気があるならロドスに行かせることもないはずであり、件の事件において多少なりとも人となりを知っているから余計にである。

 そう思い問いたが、セイロンは苦虫を噛み潰したような渋い顔になり吐き捨てるようにして口を開いた。

 

 

「…断りきれなかったのよ」

「親族から、とか?」

 

 

 ドクターはあのヘルマンが断れなかった、ということは外部の人間ではなく近しいところからと当たりをつけるがセイロンを頭を振って否定した。

 

 

「親族の親族、とその周辺から結構な人数から来たらしいわ」

「それはまた…」

 

 

 烏合の衆とも言えるが、数は力でもある。シエスタは民主主義を採用しているとはいえ、有力者の支持があるとないとでは結果が違ってくる。そのためヘルマンも断りきれなかったのだろう。

 そこで出てくるのが先ほどの恋人になってほしい発言、つまるところ。

 

 

「私と一緒に参加することで男避けとする、か」

 

 

 呟いた言葉にセイロンは反応を示さない。理由も理屈も分かった、けれどもドクターは一つ疑問に思うことがあった。

 

 

「何故私なんだい?」

 

 

 ドクターが選ばれたことである。ルックスが特別良いわけでもなく、腕っ節もない。そのことが不思議であった。

 選ばれる理由がない、そう思うドクターだったが、セイロンは不思議そうに首を傾げていた。

 

 

「私がいいと思った殿方がドクターだったからよ?」

 

 

 あっけらかんと言い放ったセイロンの言葉に、ドクターは固まった。

 カチコチに固まったドクターだが、視界に入っていたセイロンの顔には弧に描かれた口があった。そしてクスクスという笑い声で、ドクターはようやく自分がからかわれていることに気づいた。

 

 

「冗談は程ほどにしてくれ…」

「ふふ、楽しくてつい。それで理由だったかしら、単純にドクターの顔が外部に割れてないから」

「顔…。ああ、探られて今回の企みが看破されたら再度同じことが起こるかもしれないのか」

「ええ」

 

 

 ロドス内でしか顔を晒さないドクター、あのオブシディアンフェスティバルの時でもフードバイザーの井出立ちだった。そのため探られても身元が判明し難くいとなると、なるほど適任といえた。

 ドクターは、相応の理由があるなら協力することは吝かではないため話を詰めていくことにした。

 

 

「私がパーティーに参加するにあたって停滞する仕事は?」

「ケルシー先生から許可は貰っていますし、なんとかするそうですわ」

「ドレスコードは?」

「こちらで準備いたしますわ」

「日程や会場までの交通、ダンスといった事前の準備も」

「勿論、こちらで」

 

 

 次々にドクターから放たれる問いに、淀みなくすらすらと返答するセイロン。

 

 

「分かった。協力しようセイロン」

「ありがとうドクター」

 

 

 双方全てを確認し終えると、ドクターが承諾の意を示した。

 セイロンは安堵の表情を浮かべながら、指を一つ鳴らすと執務室の扉が開かれた。

 入ってきたのはセイロンの護衛も勤めるシュヴァルツであった。入室するとシュヴァルツはドクターに近付き。

 

 

「失礼します」

 

 

 といいながらドクターを肩に担いだ。

 

 

「え!?何、シュヴァルツ!?」

 

 

 突然のことに僅かながら抵抗するドクターだが、悲しきことに腕力では敵うわけもなかった。

 

 

「よろしくね、シュヴァルツ」

「お任せください」

 

 

 そして二人の間では話がついているのか、当事者であるはずのドクターを置いてきぼりだった。

 ドクターを担いだシュヴァルツは、そのまま退室しようと足を動かす。ドクターは必死にもがくが抜け出せず、苦し紛れに言葉を発する。

 

 

「待って!?どこに連れて行かれるの!?」

「ダンスの稽古です」

「…今から?」

「はい」

 

 

 シュヴァルツが律儀に答えたために、目的も理由も分かったドクターだったが納得はできず。

 

 

「仕事がぁぁ~~~ああああ!!」

 

 

 ドクターの叫びは閉じられたドアによって遮られたのだった。

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

 

 一人部屋に残ったセイロンは、笑顔を浮かべながら手を振っていた。

 

 

 

 

 

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 一ヵ月後の夜、シエスタのとある豪華な会場前。ドクターはセイロンから頼まれた社交界という名の婚活パーティー会場の入り口へと来ていた。

 ドクターは、ドレスコードである濃紺のタキシードに黒の蝶タイのブラックタイを着用していた。準正装と言われる格好だが、着慣れていないためか窮屈そうにしていた。

 

 会場入り口で一人で待っているためか、次々にやってくる参加者達が横を通り過ぎる。参加者には老若男女いるが特に若い男性が多く見受けられ、皆一応にドクターを訝しげに見ながら通り過ぎていった。

 居心地が悪いのかそわそわし始めたドクターの前に、一台の黒塗りの高級車が止まった。車のドアが開かれると、中から出てきたのはセイロンであった。

 セイロンはドクターを見つけると、微笑みながら近づいて来た。

 

 

「こんばんはジョン。今日はよろしくね」

 

 

 セイロンが呼んだジョンというのは、ドクターを本名でもドクターとも呼ぶわけにはいかないための偽名である。

 そして呼ばれた当のドクターは呆けたようにセイロンを見つめていた。

 濃紺のイブニングドレスに身を包み、明るい群青色の羽がついたクランチをバックを持っていた。髪もアプヘアに纏められており、大胆にも首筋から背中にかけて肌を露出していた。

 

 

「ジョン?」

「あ、ああ。すまない、見惚れていた。綺麗だよセイロン」

「ふふ、ありがとう」

 

 

 声をかけられ気を持ち直したドクターだったが、セイロンの仕草に目が奪われてしまっている。

 ドクターの様子に、セイロンは嬉しさの中に僅かな気恥ずかしさを混じる。実のところ、衣装も髪型もバッチリと決めたドクターは新鮮でありセイロンも見惚れていたりする。

 

 

「あら、ちゃんと着けて来てくれたのね」

 

 

 互いに見詰め合っていた中、先に声をあげたのはセイロンであった。その視線はドクターの胸元へと注がれており、そこには群青色の羽をあしらったブローチがあった。

 

 

「シュヴァルツから絶対着けていけと念押しされてまで言われたから着けてきたけど、本来なら社交界で男性がこういうのを着けるのはダメだと思うのだが…」

「今回はいいのよ。むしろ見せびらかさないと」

 

 

 困惑するドクターだったが、言い切るセイロンになにやら思惑があるのかと納得する。それこそ、ブローチの羽とセイロンの羽が同じ色合いをしていることに意味があるのだろうと。

 

 

「それじゃあ、エスコートしてくださるかしら?」

 

 

 セイロンから差し出された手を、ドクターはそっと下から支えるように手を取る。

 

 

「もちろんだとも」

 

 

 

 

 

 

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 ドクターとセイロンの二人が、社交界会場に足を踏み入れると、本日の主役、セイロンが来たと参加者が色めき立つと同時に動揺が走った。

 本来、社交界それも舞踏会のような場に参加するときに令嬢は、親族の女性から付添人を伴うはずなのである。それが今回セイロンは、親族ではない若い男性を伴ってやって来たのだ。

 セイロンの婚約者を決めるために開かれた社交界といっても過言ではなく、本人もそれを知っていたはずなのにである。

 

 

「…凄い見られてる」

「大丈夫ですわ。これが目的の一つなのだから」

 

 

 負の感情が多く混ざった視線を一身に受けるドクターは、勤めて冷静に振舞う。

 対してセイロンは、姦計を働かせた面子の鼻を明かせたことに上機嫌であった。

 

 

「誰だあいつは…」

「知らん。見たことない顔だ」

「セイロン様は未婚ではなかったのか…?」

 

 

 ヒソヒソという話声があちらこちらで聞こえるなか、舞踏会は始まりを向かえた。

 

 

 

 

 舞踏会が始まってから、ドクターとセイロンの二人は常に側に居ることを決めて、声をかけてくる参加者を相手にしていた。

 若い男性やその親族と思わしき人物達からは敵視を。浮ついた話が無かったセイロンが突然よい人を連れて来たことに対して色めきたってやってくる女性陣。セイロンを幼い頃から知る老齢な者達からは泣かれるといった有様であった。

 

 舞踏会も半ばまで進むと、音楽団が登場し曲を奏で始めた。舞踏会の本番である。

 ドクターは聞こえ始めた音楽に、緊張しながらセイロンに声をかける。

 

 

「私と踊ってくれませんか?」

「喜んで」

 

 

 ドクターから差し出された手をセイロンは取り、会場の中央へと向かった。

 ダンスを踊り始めるも、人を殺せるのではないかというほどの熱い視線を受けているためか、初めての舞踏会だからか、それともセイロンとダンスをしているためか、ドクターの動きはぎこちなかった。

 ドクターの姿に、周りから嘲笑が聞こえてくる。ドクターの努力を知っているセイロンは、その声にムッと顔をしかめた。なんとかドクターの緊張を解こうと、セイロンは声をかけることにした。

 

 

「ありがとう、ドクター」

「突然、どうしたんだい?」

 

 

 周囲にばれないように、小声で喋る二人。

 

 

「今回の件、引き受けてくれたお礼ですわ」

「大した事じゃないさ」

 

 

 ドクターにって社交界のマナーやルールを覚えたりするのは苦ではなかった。もっとも運動不足なドクターが、一ヶ月もの間シュヴァルツにみっちり扱かれ全身筋肉痛になったりはしたが。

 

 

「それに…」

「それに?」

 

 

 ダンスの最中だが、言葉を言いよどむ普段お転婆なセイロンが見せる恥じらいに、ドクターはドキリとさせられる。

 

 

「ドクターとこうして踊れることが、嬉しくて…」

「ッ!」

 

 

 予想していなかった言葉に、ドクターは驚き足元がぐらつく。だが、セイロンは予期していたのかカバーすることでドクターのミスを周囲から隠し切った。

 心臓の鼓動が早くなったドクターはセイロンに一言申そうとするが、口元がアーチ状になったセイロンを見てからかわれたことを察した。

 

 

「心臓に悪いよ、セイロン」

「ごめんなさいドクター。でも緊張は解れたでしょ?」

「…もっと別の方法にして欲しかったなぁ」

 

 

 セイロンにより、体の固さが抜けたドクターは先ほどまでよりスムーズにダンスを行えるようになったのは事実である。だが代わりに早くなった心臓の鼓動は、緊張が解かれたことによりセイロンの美しさを理解できるようになったため落ち着くことはなかった。

 

 ドクターの緊張がなくなったあとは、二人の踊りに目を奪われる参加者で溢れ返った。嘲笑もなくなり、セイロンはご満悦のまま舞踏会は終幕した。

 

 

 

 

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 社交界が終わった数日後、ドクターは執務室でブローチを手にとって悩んでいた。

 

 

「これ、返したほうがいいよね…?」

 

 

 舞踏会が終わって、ブラックタイなどの服装はセイロンに返却したのだが。群青色の羽のブローチだけはドクターの手元に残ったままだった。

 小さめなながらも、キレイな色の羽のブローチは舞踏会で一緒に踊ったセイロンを思い起こさせる。

 散々悩んだ挙句、セイロンに直接聞こうと腰を上げると、執務室の扉がノックされた。

 

 

「ドクター?いらっしゃるかしら」

「丁度いい、居るよ」

 

 

 聞こえてきたのは件のセイロンであった。これ幸いと、ドクターはセイロンを招き入れる。

 

 

「やぁセイロン。丁度よかった」

「あら、何かありました?」

「このブローチなんだけどね」

 

 

 ドクターがブローチを見せると、セイロンは納得がいったと様子であった。

 

 

「それでしたら、差し上げますわ」

「いいのかい?」

「ええもちろん。私の羽を使ったものですもの、ドクター持ってなくては意味がありませんわ」

「そうか、セイロンの羽…ん?」

 

 

 ドクターは思わず納得しかけたが、聞き捨てならない言葉があった。

 

 

「セ、セイロン、君の羽って…」

 

 

 リーベリから贈られる自身の羽には特別な意味がある。それを知っているドクターは、激しく動揺しセイロンに問おうとするが。

 

 

「それでは、ごきげんよう」

 

 

 当の本人はそそくさと退室していってしまった。

 

 

「待ってくれぇー!!セイローーーン!!」

 

 

 ドクターの絶叫は、パタリと閉じられた扉に遮られた。

 

 

「ほんと楽しい人」

 

 

 そしてセイロンは小走りでその場を去っていく。その顔に笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

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