晴天。雲ひとつない空。
青空には眩しいぐらいに光を放つ太陽。
そんな絶好のお出かけ日和の中、私はトラックの荷台で相棒と一緒にドナドナ状態になっていた。
右を見れば地元では見かけた事のない大きさの畑。左を見れば畜産をしているのか、動物達の姿が見える
ほんの少し前まで、ガソリン満タンで元気一杯の相棒であったが、このお出かけ日和。というには強すぎる太陽とアスファルトの照り返しにより、オーバーヒートを起こしてしまう。
目的地である曽祖父の家までは、まだ30km程かかる。スマホは繋がるのでせめて遅くなる事だけでも伝えようとしていた。
その矢先、私の前を通り過ぎて行った一台のトラックが路肩に止まり、運転手が降りてきて話しかけてきた。
「おーこんな所でどうした? バイクでも故障したのか?」
「暑さにやられてオーバーヒートしてしまいました」
「なるほどな。確かにこの暑さだ。それにしたって今年はちょっと異常だ」
地元の人でもこの暑さには違和感を感じるほどらしい。おじさんは首元に巻いているタオルで軽く汗を拭いている。
しばらく他愛もない話をしていた所で、トラックのおじさんから乗って行くか? とのお誘いを受ける。
二つ返事でお願いをして、バイクを荷台に乗せてくれる所まで手伝ってくれた。ありがたい。
「普段は家畜を載せているから匂いは勘弁してくれな」
「とんでもない。助かります。ありがとうございます」
「良いって事よ。ところでこの先に用事でもあったのか?」
「はい、もう少し先にある曽祖父の家に呼ばれていまして、そこへ向かっている最中でした」
「あの爺様の曽孫さんか! 呼ばれたとはいえ、よくこんな僻地まで来たな」
「お小遣いたんまりとあげるから今すぐ来いと言われてしまって」
「学生さんはその言葉には勝てんなぁー。俺もあの爺様の自宅なら分かるし、しばらく荷台でゆっくりしてな!」
「ありがとうございます。お世話になります」
トラックは心地よいエンジン音と振動と共に走り出す。風が当たってとても心地よい。
おじさんとも話していた通り、突然、曽祖父から電話があり、可及的速やかにこちらに来てくれと連絡があった。横文字にするとASAPなのだろうか。
元々、曽祖父は職業軍人をしていたので、時々でてくる固い言葉を理解するのに少し時間がかかる。昨日、連絡を貰った時もそうだった。
何かが聞こえる。
人の声ではなく、機械的な音。日々使っているスマホのアラームは、夏休み突入の時点で切ったはずなのにスマホは鳴り響く。
そうとなれば誰かからの着信になる。だけど正直、眠い。何故なら昨日は夜中まで好きな事をして寝たのは明け方。大型連休は生活のリズムを著しく崩すのである。たとえ初日からであっても。
だから今日はゆっくり英気を養って、夕方に起きたら、始まったばかりの長い休みに何をするかを決めるんだ。
そう自分を説得するかのように布団に再度、潜り込む。
だが無常にも、スマホはずっと着信音を鳴らし続ける。流石にこれだけ鳴らされると、何かあったんじゃないかと不安になる。
半分、寝ている脳みそと身体を動かしてスマホを手に取る。相手は……曽祖父からであった。仕方ないので通話ボタンを押す。
「おぉ、やっとでたか。私だ、私」
「詐欺は結構です」
緊急案件じゃない雰囲気だけは分かったので、通話を切り二度寝に入ろうとしたが、案の定また着信音が鳴る。
「……ひーじぃです。起きてますか?」
「寝てます」
「いや起きてるよね! 受け答えしているし!」
バレた。当たり前だよね。
「ごめんごめん、それでひーじぃは突然どうしたの? 電話なんか寄こしてさ」
「実は、ハルトにお願いしたい事があって連絡をしたんだ」
「お願い? それはまた珍しいね」
「うむ。詳しい説明をすると長くなるから用件だけを先に伝える」
そう言って一呼吸を置いてからひーじぃはこう喋り始めた。
「今から私の所に来てくれないか?」
「あ、無理です、ごめんなさい。家から出れない病気が発生しちゃって。ゲホゲホ」
「そんなの無いよね! いま考えたよねそれ!」
「だってひーじぃの家って北の大地じゃないですか? 私の居る場所からだと半日本横断ですよ。夏休み突入して惰眠を貪っていた人間がそんな元気でないって」
「無理は承知で言っているのは分かっている。だけど頼めるのはハルトしかいないんだ」
「父さんやお爺ちゃんは駄目なの?」
「あ奴等は最近、構ってくれないから駄目だ」
基準はそこですか曽祖父殿。
とはいえ実際に今から行くとしても何を準備すればいいやら。
曽祖父の家は文字通り、周りに何もない場所に建っている。森林やらはあるが基本は広い農地である。昔、何度迷子になった事か。
その為、公共機関を乗り継いで辿り着くのは少し絶望的。となると私が自由に使えて足となるのはバイクのみ。
なんだかんだで行こうとする為に思考をしていたら、曽祖父からの悪魔の囁きが聞こえてきた。
「来てくれるなら勿論、旅費は出すぞ」
ピクッ
「美味しい食べ物に、お小遣いもたんまりやろう」
ピクピクッ
「丁度、私の家に珍しい物があってだな。それをハルトと一緒に見て楽しみたかったのだが。そうか、やる気が沸かないか……」
この曽祖父様、今日に限って押しが強いぞ!
そんなに人に自慢したいぐらいに珍しい物が手に入ったのだろうか。年に一度は会ってるはずなのに。いつの間に入手したのだ。
好奇心が沸いてくる。一体なんだろうか。そんな想像をしつつ相槌をしながら対応していたら、突如、曽祖父の声のトーンが下がる。あ、これ本気のお願いする時の空気だ。
「頼む。今すぐ来て欲しい事は確かなんだ」
もしかしたら初めてなんじゃないだろうか。曽祖父の真面目なお願い。
それが何故、曽孫の私に対してなのか分からないけれど。曽祖父にとってはとても重要な事があるみたいだ。
……私は学生だし、夏休みに入ったばかりの暇人。後はやる気だけかな。
「ん。分かったよ。ひーじぃ。でもこれから行動開始をしても、着くのは明日になっちゃうよ?」
「それで構わない。無理しないように来てくれ」
「ほーい、それじゃ明日にでも会いましょ」
そう言って電話を切ろうとした時に名前を呼ばれる。そして。
「急なお願いで、詳細も伝えてないのに来てくれてありがとうな」
「お寿司ね、お寿司」
「分かった分かった、着いたら好きな物を食べさせてあげるよ」
なんだか照れ臭くて反射的に食べたい物を言ってしまったが、曽祖父は笑いながら承諾してくれた。
さっ、頑張って会いに行くとしますかね。バイクの点検にルート決め。念の為にお金も下してこなきゃ。
曽孫との電話も終わり一息入れる。
ハルトとの会話は脱線するような事が多いが、これが意外と楽しい。
ひーじぃと慕ってくれる可愛い曽孫。半面、自分のエゴの為に片棒を担がせる事に自分自身に嫌気が差す。
せめてこちらに無事ついた時には美味しい物を食べさせてやらねば。
しかし、相変わらず寿司が好きだな。そんな事を考えていると思考を遮るかのように声をかけてくる男がいる。
「曽孫さんとの会話は終わったかい?」
黒髪にスーツの似合う男が問いかけてくる。
「あぁ。明日にはこちらに着くそうだ」
「そりゃよかった! 彼には色々と教えて貰いたい事がたくさんあるからね!」
「だが、その前に約束通り聞かせてもらう事がある」
そう言って男と対面するように席に着く。
相手はせっかちだなぁ。といったリアクションを取るが気に留めず、老人は問いかける。
「貴方はイジツからやってきたのか?」
「荷物はこれだけか?」
トラックのおじさんに、曽祖父の家の前まで送り届けて頂き、バイク等を降ろす。
「はい。これで全部です。大変助かりました。ありがとうございました」
「気にしないでくれ。俺もここの爺様には助けて貰った事があるんだ。そのお返しが出来てよかったよ」
それじゃあな、とトラックを走らせて去っていくおじさん。お辞儀をしてふぅと一呼吸。
「あっつぅー」
曽祖父との会話も終わった後に、ここまで辿り着く為に調べたルートの結果はフェリー経由だった。
フェリーで一泊して明け方に北の大地に降り立つ。
曽祖父の家はフェリー乗り場から数時間はかかる場所にあるが、ここから先は公共機関を使うわけではなく、バイク移動という事もあり自由は効いた。オーバーヒートは読めなかったが。
トラックのおじさんに助けられながらも太陽が真上に位置する頃にようやく辿り着いた。相変わらず周囲には曽祖父が所有する建物以外は見当たらない。まるで隔離されているかのような感覚に陥るぐらいに。
私が生まれる前からこういう場所だし。そういう場所なんだよなと認識している。
そんな事を考えながら玄関近くまでバイクを手押しで移動し荷物を降ろす。あれ、なんか地面がデコボコしているような。
併設されている大きな車庫には何かを牽引したかのような土の跡が地面に残っている。
畑でも耕していたのやら、森林伐採でもしたのやら。曽祖父は機械に強いからなんで出来るなぁ。そんな事を考えていた。奴から話を伺うまでは。
呼び鈴を全力ピンポンして曽祖父を呼び出す。暑いからはよ開けてくれ。
中から足音が聞こえ、鍵が開く。そして開かれた扉の先には。
「やぁハルト君! 君を待っていたよ!」
「……あんた誰よ?」
こうして私の。式守ハルトの夏休みが始まった。