日頃からお世話になっている宿屋。その部屋の一室で、私とレオナさんによる会議が開かれている。
題材は、言うまでもなく私の探し人に関して。
このイヅルマでカナリア自警団や町の人達のご協力もあり、直接お話を聞かせて頂いたり、資料を拝見させて頂ける事が出来た。
それらの中から私の探し人に関連していそうな事柄を抜き出し、地道に資料のまとめ作業をしていたのだが、ここにきてようやく完成の目途が立ち始めた。
山積みにされていた数々の資料を整理し、一冊のノートに綺麗に収まった時、なにやら運命じみた物を感じてしまった。日頃から何かを信仰している存在なんていないのに。
「ハルトを手伝ってくれた人達の想いさ」
「だとしたら感謝の言葉では足らない程なのですが」
「彼等からすれば同じ気持ちだと思うぞ? 元は議会の疑いから始まり、半場強制的にイヅルマへ連れて来られた人間が、自分たちの町を守る為に命を賭けてまで守ってくれたのだから」
「そこまでおだてられても何もでませんって。それにイヅルマ自警団の皆さんや市民の皆さんのご協力あってこそだと思いますが」
「お互いがお互いに感謝を忘れず、それが巡り合っているのさ。ハルトもその気持ちは忘れずにな」
レオナさんから伸びる手は、私の何時もの定位置に置かれる。イヅルマへ来てから何度目かは覚えていないが、レオナさんに頭を撫でられるのはとても心地よい。
当初は羞恥心が勝る事も多かったが、今ではこうしてもらえると不思議と心が落ち着くのだ。これが大人の女性の包容力。どちらの世界でもあってもとても貴重な存在と言えよう。
「長いようで短い間だったが、こうしてハルトとイヅルマで生活するのもあと僅かなのだな」
「資料が出来上がり次第、一度ラハマに帰還してマダムにご報告。アレンやケイトには作成した資料を確かめてもらい、情報の精度について話し合いをしたりしなければいけませんね」
お互いの共有すべき内容と、自身も確認の意味合いも含めて今後の予定を口に出していく。
レオナさんからの発言は、私の気が付かない事を教えてくださる事が多く、いつもおんぶに抱っこの様な関係だ。
「一通りの確認は済んだかな?」
「はい、お手伝いいただきありがとうございます。レオナさん」
「気にしないでくれ。前にも言ったかもしれないが、ここに居るのは仕事である事に間違いはないのだが、ハルトとこうしてイヅルマで過ごす日々は楽しかったぞ」
「そんなに嬉しい事を言われたら、ラハマに戻ってもレオナお姉ちゃんって口に出してしまいそうです」
「レオナお姉ちゃん? ハルトは私の事をそう思っていてくれたのか?」
あ、やべ。心の内ではよくお姉ちゃんっぽいとか考えていた事は確かだけど、実際にレオナさんご本人にお姉ちゃんなんて言ったのは初めてだったか!?
お姉ちゃんと呼ばれたご本人は、机の反対側で満面の笑みを浮かべている。
「そうか。私もハルトは目の離せない人間だと思っていてな、私がきちんと手を握ってあげていないと勝手に何処かへ行ってしまうんじゃないかと心配していたんだ」
「否定したくても覚えがあり過ぎて否定が出来ないのですが」
「そうだろう? 今回の件も改めて事情を聴いた時は、成り行きだったとはいえ肝を冷やしたぞ? 余りお姉ちゃんを心配させないでくれ」
「ごめんなさい。それでもカナリア自警団や町の人達のお手伝いが出来るのであればと思い、こちらからお願いしたのです」
「それは自分の事で責任感を感じた事によるものか?」
「はい。ですが自分でも驚くほど、イヅルマの町が好きになっていた事が大きいのですが」
「……そうか。なら私から何か言うつもりはない」
「もし自己嫌悪から来る行動でしたら、どうなっていました?」
「一日かけてその己惚れを叩き直してやるところだったよ」
笑みを浮かべるレオナさんの背後から、本気だと思わされる程の圧がこちらに向けられる。
あの時、恥ずかしくてもイヅルマ全力周回ダッシュをしてアコさんに諭され、みんなが受け入れてくれたおかげで今の自分がある事を改めて思い知る。
そのみんなとはあと僅かでお別れなのだ。私は本来の目的である探し人の旅に再び戻らなければならないのだから。
一呼吸置いてレオナさんを真っ直ぐに見つめる。何かを察してくれたレオナさんは何を言う訳でもなく私の言葉を待ってくれている。
「レオナさんとイヅルマで一緒に居られて凄く安心出来ました。私の知らないレオナさんを知る事が出来たりと嬉しく楽しかったです。本当にありがとうございました」
頭を真っ直ぐに下ろして感謝の言葉を伝える。きっと顔を上げれば慌てふためくレオナさんの姿が目に映るのだろう。そう思っていた。
だが、実際は落ち着いた様子で私の言葉を受け取るレオナさんがそこにいた。
「顔を上げてくれ、ハルト。先程伝えたが、私もハルトと一緒にいられて楽しかったのは確かなんだ。こちらも続けて様々な出来事があり、事が終えた後も取材やら慣れない仕事が舞い込んできたりとかな」
「自由博愛連合を倒した事による反響ってそれほど凄かったのですか?」
「ああ。だが、そのトップが穴の先で未だ健在。それどころか人を送り込んで来たのだから驚きさ」
苦笑いをしながら語り掛けるレオナさん。でもどことなく嬉しさを感じる。
「でも安心したよ。イサオが送り込んできたユーハング人、ハルトは私が懸念していた様な人物で無かった。それどころか逆にその知識によって助けられた事も」
「私の記憶にある限りだと、アレンの治療が途中で止まっている事ぐらいしか浮かびませんが」
「マダムもユーリア議員も言っていた事さ。人一人が現れただけで大騒ぎ。だけどそれは悪い事ばかりでなく、むしろ良い事の方が多かったとさえ私は思う」
「……今の私にはまだ判断が難しいのです」
本来の目的もまだ未達成。けれど着実に近づいてきているというのは分かる。こうして手元に資料として形に表されているから。
だけど、私が現れた事による良し悪しなんて、きっと一生賭けても自分自身で答えは出せないだろうな。
私がいて良かったね! なんて言える程の図太い神経は持ち合わせていないし、何よりそういう事はヒロインにお任せしたい。けれど……。
「ハルトと出会えて良かった。それだけ覚えていてくれれば良いよ」
こうして不意にヒーローが現れるのがイジツ。その魅力に太刀打ちできる訳もなく。再び私の頭部には手が置かれ、なすがままにされるのであった。
レオナさんが有利の話し合いの最中、突如として聞こえる足音は大きな音を立てながら急ぎ足で階段を上る。そして私達がいる部屋の前で足音を止め、代わりに扉に向けてノックを繰り返す。
何事だと二人して警戒をしているところへ聞き慣れた女性の声が、叫ぶように私の名前を呼ぶ。
「ハルトさん! 助けてください!!」
その声の主は、カナリア自警団の団長であるアコさんであった。
「たたた大変です! 私達、今度は歌を歌わされるみたいなんです!」
扉を開けた先には興奮状態のアコさん。そのまま立たせておくのも失礼かと思い、部屋へと招き入れベッドに座らせ水を渡す。
喉を立てながら水を飲み干し、何があったのかを聞いてみればこの返答をもらう。
「歌、ですか?」
「はい! 私達カナリア自警団は広報も担当をしている為、イベントや慰労の際に自己紹介をしてお話をさせて頂くする事が多いのですが、もう一つ新しい何かが欲しいと市長が……」
「あの市長の闇を市民の皆さんに暴露したらどうです? そうすれば辞任に追い込めるでしょう?」
「物騒な事を言わないで下さいよ! それにもう遅いんです!」
「遅いとは一体?」
「既に歌が出来上がっていたんです……」
盛大に項垂れるアコさん。その体勢のままこちらに折り畳められた跡が残る紙を渡してくる。
その紙を机で広げて内容を確認すると、歌詞が書かれてあり、誰がどのパートを歌うかまで決められている。
「音楽の事はよく分からないが、これはまた立派な歌だな」
「市長の作詞作曲でなかった事が救いですね」
「流れの吟遊詩人の方と酒場で意気投合して作って頂いたそうです」
「酔っ払いが二人になると厄介な存在になるのは、どこの世界も同じですか」
アコさんと同時に溜息をしてしまい、レオナさんが慰めるように言葉をかけてくれる。
「そうだ、こういう時の為にエルさんという秘密兵器がいらっしゃるのでは?」
「市長に対しては、何の相談も無しに行ったという理由で『めっ』をしてくれたのですが……」
「ただのご褒美にしか思えませんが」
「ですよねえ……」
「ぎ、吟遊詩人の方はいらっしゃらなかったのか?」
「既に町を離れた後だったようで、伝言として『歌って貰えるのを楽しみにしている』と言葉を残されてまして……」
「そうなると歌わないというのは、その人に対して失礼になってしまうな」
「そうなんですよ! レオナさん! 分かって頂けますか!」
今度はレオナさんに対して前のめりで同意を得ようとするアコさん。勢いに押されているレオナさんから送られて来る視線が私に助けを呼んでいる。
「しかし何故、私に助けを? ここまできたら歌う以外に他ないと思うのですが」
「急遽イベントが開催されたあの日、私が助けを呼んだら駆けつけてくれるって約束してくれたじゃないですか!」
「呼ばれる前に駆けつけられた訳ですが」
「物事の前後を気にしたら負けです。おねがい、たすけて」
「助けます! 助けますから! 覇気のない声を出すのは止めて! 綺麗な瞳に光を取り戻して!」
私の返事によって意識を取り戻したのか分からないが、灰色に染まりかけていた瞳は徐々に光を取り戻し、見慣れたアコさんの姿を取り戻す。
「あ、ありがとうございます! ハルトさん! あの時の言葉は私を誤魔化す為の嘘じゃなかったんですね!」
「その悪意の無い地味に傷つく言葉やめて! 今度は私の心がおれちゃう!」
「二人とも、一体どんな約束をしたというのだ……」
いたって普通の約束だったと記憶にあるのですが、アコさんの慌てる姿につられて自分でもよく分からなくなってきました。
「私達が練習しているところを見守ってくれるだけでいいんです。自分達だけでは他の方からどう聞こえているのか判断が難しいので」
落ち着きを取り戻したアコさんから再び詳細を聞き、私達の役割を教えて貰う。
ピアノを演奏出来るエルさんの伴奏の元、本番に向けて練習を重ねる間に気になった部分があればお伝えすればいいという話。そこへレオナさんも付き合ってくれる事になった。
「歌い方を教えて欲しいとかの話でなくて安心しました。自慢じゃないですが私は音痴なので」
「私も歌は上手だとは思いませんが、これも自警団のお仕事だとたった今割り切りました」
「自警団というのも大変な仕事だというのが、イヅルマへ来てからよく思う様になったよ」
「多分、イヅルマのカナリア自警団だけが特殊なんだと思いますよ、レオナさん。とりあえず善は急げとも言いますし、他の皆さんと合流しましょうか」
再び魂が抜けかけてきたアコさんに手を差し出してベッドから立ち上がらせる。
簡単な準備を整え、向かう先はいつもの自警団詰所である。
「一番最初の歌い出しは私一人なんですか!?」
「くそねみー」
「ヘレンさん! 最初に歌い終わったからって寝ないでくださいよお!」
「ひ、一人で歌う箇所もあるんですね……。これもお姉様の為、ミント頑張ります!」
「まさか歌の中でもあの自己紹介をやらされるなんてね」
「明るく楽しくなれるこの歌は、私は大好きですよ」
練習中に各々が提供された歌の歌詞について思いを打ち明ける。
私の手元にある紙にも写しで書かれた歌詞が記載されているが、カナリア自警団への愛情に溢れた内容となっている。
市長の暴走に日頃は苦労していそうだけど、この歌を作って頂いた吟遊詩人の方には頭が下がる思いだ。
「しかし驚いたな。みんな上手じゃないか。心配するようなところは私には見つからないのだが」
「不思議と歌いやすい歌で私も驚いています!」
「きっとアコの最初の掛け声がみんなを鼓舞しているのよ」
「そ、そうなのかな? そうだったら嬉しいな。えへへ……」
「そうですとも! お姉様に応援して頂けるだなんて! 私、生きててよかった……!」
「いやあ、応援する人達はあくまで聞いてもらう人達に対してなんですけどね、ミントさん」
そんなアコさんの言葉をスッと受け流し、自分のパートを反復練習するミントさん。やる気が湧いたなら問題なさそうである。
どちらかといえば、いつでも自分のペースを崩さないヘレンさんが気になるところ。
「ハルトー、あたしの代わりに歌ってー」
「そればかりは無理です。私はカナリア自警団の団員ではありませんから」
「えー、カナリアくんを着た仲じゃん」
「どんな仲だというのですか、それは」
「ですがヘレンさんの言う事も一理あると思います! ハルトさんも自分達と一緒に合唱部分を歌ってみましょうよ!」
「私、音痴やねん。無理なものは無理やねん。見逃してや」
「なんで急に訛りを強調する喋り方になるのかしら? 私と歌うのはそんなに嫌なの?」
「その言い方って卑怯だと思うのですが、教官殿」
「それならレオナさんも一緒にどうですか! 自分の見込みでは上手だと思いますよ!」
「わ、私もなのか!? どんな見込みか分からないが歌なんてほとんど歌った事はないぞ!」
「大丈夫です! 戦闘機に乗る人達はみんな声が大きいですから!」
まず声がデカイ事ありきで話を進めるリッタさんに押され気味のレオナさん。ついに根負けをして歌詞が書かれた紙を片手に輪の中へ。
エルさんの伴奏の元、再び通しで歌が紡がれる。
アコさんの力強い声は、皆さんを引っ張り上げる力を持つ。カリスマ団長の肩書は決して伊達ではない。
エルさんの愛情に包まれ声は、大切な事を伝えるように歌い上げる。癒し担当とはまさにエルさんの為にある。
ミントさんの一生懸命に歌う姿と声には、聞く側に勇気を分けてくれる。妹担当は精一杯の応援をみんなに与えている。
リッタさんの元気な声は、その声の通りみんなに元気を分け与えてくれる。突貫娘とはいうけれど、自身の信じる者の為に意思を突き通すことが出来る人だ。
ヘレンさんの寝ぼけた声は、いつでもどの状況でも変わる事のない不変不動。でも寝ぼすけ娘なのは分かるけれど、歌う時だけは頑張って起きてて欲しいな。
シノさんの凛とした声は、歌う者にも聴く者にも自分の意志の大切さを教えてくれる。クールビューティなんて言うけれど、誰よりも仲間想いだと思うんだ。
そして飛び入り参加のレオナさん。二度三度、練習をしただけなのに綺麗な声で歌い上げる姿に驚きを隠せない。
ただ、コトブキ飛行隊として、レオナさん個人として、背負ってきたものが大きすぎた反動なのか、今回の明るさ全開のカナリアの歌とは少し相性が悪い模様。
きっとレオナさんの為に作られた歌があれば、聞いた後に泣いている自分が簡単に想像出来てしまう。
「レオナさんは残念でしたけど、まだハルトさんが残っていますよ!」
「マジで無理です。またカナリアくんを着て後ろから応援するお手伝いをしますので勘弁してください」
「ダメですよ。レオナさんも挑戦して頂いての断念なのですから、ハルトさんも始める前から諦めるのは『めっ』です」
「そうは言われましても壊滅的なのですよ」
「わ、私も自信はありませんでしたが何とか歌えました! ハルトさんもきっと大丈夫です!」
「そう信じて何度自分の歌声に絶望を覚えた事か」
「まだ聞いた事のない自分には絶望的かどうかは分かりません! ハルトさんも観念したらどうですか!」
「へ、ヘレンさん。助けて」
「さっき助けてくれなかったからやだー。それにあたしもハルトの歌声聞いてみたいー」
「シノさん! シノさんなら分かって頂けますよね!?」
「ええ、分かるわよ。曲がりにも私が手取り足取り空戦のイロハを叩き込んであげた相手が歌一つ歌う勇気が無い事にね! 覚悟しなさい、ハルト!」
やべぇ教官殿はお怒りのデスロードだ。
レオナさんは……諦めろの視線を送ってくる! 嫌だ! どこぞの人みたいにボエーな声ではないのだが、音程がうまく取れないのだ!
こうなれば仕方ない。一度、諦めたフリをして歌う準備に取り掛かろうとする。
そして不意に出来た皆の気の緩み、騙して悪いが逃げさせてもらいます! あばよとっ……お嬢ちゃん!
「ああ! ハルトさんが窓から逃げ出しましたよ! みなさん、追いかけて絶対に捕まえますよ!」
『了解!!』
ハルトを追いかける為に部屋から大慌てで出ていくカナリア自警団の皆……の内の一人、ヘレンは部屋に置いてあったソファに寝転がる。
「皆とハルトを追いかけなくていいのか?」
「大丈夫、なんだかんだでハルトはちゃんと戻ってくるから」
「ハルトの事を随分と信頼しているのだな?」
「お父さんの事で色々とお世話になっちゃったからね。きっとこの先もずっとハルトと一緒に居る事が多いと思うんだ」
「そうか……」
「レオナは? なんとなくそんな気がしない?」
そんな気か。改めて言われてみれば、その様な気もしてきた。
まだ私達とハルトとの出会いは始まったばかりなのだ。これから起こる事も考えれば、長い付き合いになる事は間違いないだろう。
ハルトが飛び出していった窓に近寄り、そこから空を見上げる。穏やかで平和そのものだ。
カナリア自警団は、愛と正義で平和を守る為、この空を守り続ける。そんな彼女達が少しだけ眩しくもあり、羨ましくも思えた。
それでも私とてコトブキ飛行隊の隊長だ。立場は違えど、守るべき人の為に空を飛ぶ事に変わりはない。
いずれは町と町の間で協定が結ばれて、カナリア自警団と共に仕事をする日も近い予感がする。
その際に、マダムから仲介役を頼まれて慌てふためくハルトの姿が簡単に想像出来てしまうのが、なんだか無性におかしく感じられて自然と笑みが浮かぶ。
「ハルト、まだまだ仕事が山積みみたいだぞ?」
本人の居ない所で、私はそっとそう呟くのであった、
カナリア自警団編はこれで一区切りとなります。
遅くなりましたが書き切れてよかったです。